第8話「仮面の少女」(挿し絵あり)
「シンク・ストレイア……死んでもらいます」
そう言った女子生徒は、やや長身で聖王国では珍しい褐色の肌をしており、綺麗な銀色の髪を頭の後ろで束ねていた。
そして一番目に付くのは、大きな胸……ではなく顔を覆い隠している仮面だ。
その仮面は普通の仮面と違い、どこか機械的な感じがした。
仮面を着けた女子生徒は、俺に向かって両手の短剣で斬りかかってくる。
「うわぁ!!」
女子生徒の素早い斬撃をなんとか回避して、俺は近くの林の中に逃げ込む。
「いきなり斬りかかってくるなんて……誰かと勘違いしてるんじゃないか!?」
俺が襲われる理由がわからない。
「いえ、あなたで間違いありません、シンク・ストレイア」
女子生徒は林の中に入ると、短剣を持って俺に迫ってくる。
俺は鞄の中から煙玉を取り出すと、地面に向かって投げつける。
すると辺りを白い煙が包み込み、俺はその間に走って逃げる。
「小賢しいですね……」
なんで俺を狙ってくるのかわからないが、殺される訳にはいかない。
せめて会話できる状況にしなければ……。
「甘いですよ、私から逃げられるとでも思ったんですか?」
気が付くと、俺の隣に仮面を付けた女子生徒がいた。
そして少女の短剣が俺の体に突き刺さる瞬間、自分の体に設置したホールドトラップを発動する。
「なっ!?」
すると、魔力の鎖が俺と女子生徒の体に絡みつく。
「うおっ!!」
俺達の体は密着し、女子生徒の大きな胸が俺の顔に押し付けられる。
「なっ……何をするんですか!?」
「ご、ごめん!!」
こんな体勢になるとは思っていなかったので、つい謝ってしまう。
それにしても、なんて大きくて柔らかい胸なんだ……って今はそんな事を考えてる場合じゃない。
「そ、そんなことよりも、なんで俺を狙うんだ?」
「それは、あなたがお嬢様を誘拐したからに決まってるじゃないですか!!」
どうやらこの女子生徒は、俺を誘拐犯と勘違いしているらしい。
「そのお嬢様とやらが誰かはわからないが、俺は誘拐犯なんかじゃないぞ」
「ソフィーお嬢様の事を知らないとでも言うんですか?」
という事は、この女子生徒はソフィーの関係者か。
「もしかしてあんたは、ソフィーのパートナーなのか?」
「そうだったらなんだというんですか!?」
「ソフィーが誘拐されたって言ってたけど、どういう事なのか教えて欲しい」
だとしたらこんな事をしている場合ではない。
「何を今更……お嬢様があまりにもかわいすぎるから、我慢できなくなって誘拐したんでしょう!!このロリコンめ!!」
酷い言いがかりである。
「俺はソフィーを誘拐なんてしてない、信じてくれ!!」
「人の胸に顔を押し付けながら言われても、説得力ありませんよ!!」
うん、確かにその通りだ。
「そもそも、なんで俺が誘拐犯になるんだ!?」
「お嬢様が、あなたと裏山から一緒に出てくるのを見たと言ってる人がいたんです」
それは確か一昨日の話だ。
「もしかして、ソフィーは一昨日から寮に帰ってないのか?」
「そうですけど……もしかして本当に知らないんですか?」
俺の中で、嫌な考えが思いついてしまう。
もしかしたら、街でおきている行方不明事件にソフィーは、巻き込まれたのかもしれない。
「あんたは、今街で行方不明事件が起きてるのを知ってるか?」
「その犯人が、あなたなのではないですか?」
この女子生徒は、完全に俺を疑っているようだ。
何か証拠になる物を見せない限りは、信じてもらえそうにない。
「違う!!俺はソフィーに飛行魔法を可能にする錬金装備を持ってきただけだ……そこに転がってるから確認してくれ」
そう言って、俺はホールドトラップを解除する。
「飛行魔法を可能にする錬金装備……いいでしょう、ただし嘘だったら殺しますね」
「好きにしろ」
女子生徒は俺から離れると、地面に転がってる布を開いて中身を確認する。
「これは、なるほど……考えましたね」
「見ただけでわかるのか?」
「このレベルのものなら識別可能です」
どうやら、女子生徒の着けてる仮面に、何か秘密がありそうだ。
「シンク・ストレイアあなたを信用しましょう」
短剣を腰のベルトにしまうと、女子生徒は俺の方を向く。
「私は騎士科のカリン・シララギ、この学院でソフィーお嬢様のパートナーをしています」
ソフィー誘拐の疑いが晴れた俺は、改めてカリンに詳しい情報を教えてもらう。
それによると、ソフィーは一昨日の朝に寮を出てから帰ってきていないそうだ。
その日は、飛行魔法を試すから、帰るのが遅くなるかもしれないと言っていたらしい。
「放課後、俺が裏山で別れるまでは一緒だったから、その後に行方不明になったってことか……」
もっと情報を集めないと、さすがにわからない。
「俺と一緒にいた以外に、ソフィーの目撃情報はなかったのか?」
「そうですね、私が聞いた限りでは、これといった情報はありませんでした……あなたと別れた後の目撃情報が無い事から、おそらくあなたと別れて一人になった時に誰かにさらわれたのでしょう」
確かにその可能性が高いと思う。
「そういえば、俺とソフィーが一緒にいるのを見たって言ってるのは、どんな人だったんだ?」
「騎士科の女性の方だったと思いますけど……お嬢様を誘拐する理由があるとは思えません」
「そうか……」
俺は、ソフィーと別れた時のことを思い出す。
確かあの時、ソフィーは学院の方に向かって歩いていたはずだ。
「それじゃあ学院と裏山を繋ぐ道を調べてみよう……たぶん、そこでソフィーは連れ去られたはずだ」
「わかりました、それじゃあ識別モードから索敵モードに切り替えます」
カリンがそう言うと、仮面の目の部分の色が変化する。
「えっと、気になってたんだけどその仮面はいったい何なんだ?」
「これは魔導機です」
魔導機というのは、魔導列車の用に魔導機関で動く機械の事だ。
だけど、こんな仮面のような魔導機なんて俺は知らない。
「魔導機って事は、魔導列車と同じようなものか?」
「そうですね……まあ使用目的も大きさも全然違いますけど、それにこれは聖王国ではなくマリネイル王国で開発されたモノですし」
確かに聖王国では、こんな小型の魔導機を見たことがない。
「この魔導機には武具に付与された効果を見抜いたり、索敵能力を高めて隠れた人や物を見つける事ができます……他にもありますが、説明が長くなるので今はやめておきますね」
「とりあえず、なんかすごい技術だってことはわかった」
そんな物を作れるなんてマリネイル王国は、聖王国よりも魔導機の技術が上なのかもしれない。
「では早く行きましょう」
「ああ、そうだな……」
カリンの事はいろいろと気になるが、今はソフィーの手がかりを探す事に集中しよう。
俺は、カリンと一緒に注意深く辺りを確認しながら、裏山から学院に繋がる道を歩く。
すると少し歩いた所で、カリンが立ち止まる。
「シンクさん、あちらの草むらを調べてみてください」
「わかった」
カリンに指示された草むらを調べると、薄い皮みたいな物が落ちていた。
「なんだろうこれ?」
広げてみると、それは人の手の形をしていた。
中は空洞になっているみたいで、ゴム手袋みたいだ。
「ちょっと見せてください」
俺は、カリンにゴム手袋みたいな物体を手渡す。
「ふむ……これは人の皮みたいですね、おそらく手の部分でしょう」
カリンは、そんな予想もしていなかった事を言い出す。
「人のって……これは人間の手なのか?」
「私の魔導機には、そう識別されています」
このゴムみたいなのが人間の手だなんて、いったいどんな魔法を使ったらこんな風になるんだ?
「すみませんシンクさん、ちょっとこの皮を手につけてみてくれませんか?」
さらっとそんなことを言って、カリンは手の形をした皮を俺に渡してくる。
「嫌だよ!!だってこれ人の皮なんだろ!?」
「大丈夫です、死にません」
「そういう問題じゃないっての!!」
こんな誰の手かもわからないモノを、自分の手につけるなんてありえない。
「そういえば、さっき私の胸に顔を押し付けてたきた人がいたんですけど、誰だったんでしょうね?はぁ、あんなこと初めてだったのに……」
カリンはわざとらしくそう言って、ため息をつく。
これはやらないといけない空気だ。
「……わかったよ、やればいいんだろ」
「ありがとうございます」
俺は仕方なく、受け取った皮を左手に通す。
すると皮は俺の手に張り付き、白くて綺麗な手に変化した。
「な、なんだこれ!?」
触ってみるとスベスベしていて、まるで自分の手じゃないみたいだ。
それにちゃんと感覚があって、自分の手として動かす事ができる。
「これはいったい……」
自分でも、いったいどういう仕組みで、こうなっているのかわからない。
「女性の手みたいですね……魔導機で調べてみましたが、シンクさんの左手だけが別の人間のモノに変化しているようです」
そう言われてみると、指も細くて爪も綺麗だし女性の手に見える。
「なんで俺の手が女性の手に!?」
「おそらく今のシンクさんの手は、皮になった手の持ち主と同じモノになっているんだと思います」
「そんなことがあるはずが……」
いや可能性はある。
体を入れ替える黒いナイフ、もしあれと似たようなモノがあれば……。
「急に黙ってどうしたんですか?」
「いや、なんでもない、それよりこれどうやって外せば……」
変化している肌と、変化していない肌の境目に指を入れると簡単に外すことができた。
外れた手の皮は萎れて、元のゴム手袋みたいになってしまった。
「外れた……けどまた元の形に戻ったな」
この手の本当の持ち主は、手だけでなく体までこんな皮みたいな状態にされてしまったのだろうか?
もしかしたら、これは行方不明になった女性のモノなのではないだろうか?
そうだとしたらソフィーも……。
嫌な考えが頭をよぎるが、まだそうと決まった訳ではない。
「こういうのはお嬢様がいれば、もっと詳しくわかると思うんですが……」
「とりあえず、他にも怪しいモノがないか探してみよう」
その後、カリンと一緒に何かないか探してみたが、結局目ぼしい物は見つからなかった。
「さて、それでは次はどうしますか?」
「そうだな……」
アーリアにも手伝ってもらった方がいいだろうか?
人探しをするなら人数が多いほうがいいかもしれない。
だけど何があるかわからない以上、姫騎士の力を制御できていないアーリアを連れて行くのは危険な気がする。
「街でもっと情報を集めよう」
考えた結果、今回はアーリアは連れて行かない事にした。
「わかりました、それでは向かいましょう」
俺達は街に向かって歩き始める。
空は赤く染まり、時刻は夕方になっていた。
街に着くと、今日も警備隊の兵士がいつもより多かった。
やはり、まだ行方不明事件の犯人は捕まっていないようだ。
「ちょっと君達いいかな?」
突然警備兵に呼び止められる。
「はい、なんですか?」
「そっちの彼女、なんで仮面を着けてるのかな?」
どうやらカリンの事を言っているみたいだ。
確かにこんな事件が起きてる時に、仮面なんか着けて歩いてたら怪しまれるよな。
「えっと、それは……」
俺が、何て言い訳しようかと考えていると……。
「隣の彼の趣味です」
横にいたカリンが、そんなとんでもない事を言い出した。
「彼は仮面を着けている女性にしか興奮できない人間なんです……私は彼に愛してもらうために、仮面を付けていなくてはいけないんです!!」
何その設定、初耳なんですけど!?
「そ、そうか……世の中いろんな趣味の人間がいるからな、まあ本人が納得してるならいいだろう」
そう言うと警備兵は、これ以上関わりたくないのか早足で俺達から離れていった。
「さて、行きましょうか」
カリンは、何事もなかったように歩き出す。
「おい、何しれっと行こうとしてるんだ!!なんなんだよ今の……あれじゃあ、まるで俺が特殊な趣味の人みたいじゃないか!!」
「ふむ、あれが一番ベストな設定だと思ったんですけどね」
どう考えても、俺にとって最悪な設定だ。
「そんな訳ないだろ!!っていうか、おまえが仮面を外せばいいだけの話じゃないか!!」
「それは無理です」
即答される。
「なんでだよ!?」
「この魔導機を外してしまうと、私は目が見えなくなってしまうんです」
「えっ!?」
「昔、失明してしまったもので……今はお嬢様の件もありますし、どうか我慢してもらえませんか?」
そんな話を急にされると、こっちもなんて言ったらいいか、わからなくなってしまう。
「……わかったよ」
とりあえずそう答えておく。
「ありがとうございます」
「それじゃあ、俺は知り合いの所に行ってみようと思うんだけど、カリンはどうする?」
「ふむ、そうですね……ここで聞き込みをしても警備兵に止められそうですし、私も一緒に行っていいですか?」
確かに一般人の学生が事件に関わろうとしてるなら、警備兵も止めるだろう。
「わかった、それじゃあ一緒に行こう」
俺はカリンを連れて、東通りにある宿屋に向かう。
確か、ここでボンデとサラサが働いているはずだ。
宿屋に入ると、店員の女性が話しかけてくる。
「いらっしゃいませ、今日は宿泊ですか?それともお食事ですか?」
「あの、ここで働いている人に用があるんですが……ボンデさんは今いますか?」
「ボンデは今、外の方に出てるので戻ってくるのはもう少し時間がかかると思います」
「そうですか……」
ボンデがいないなら、別の場所で情報を集めるべきだろうか?
「待っていれば帰ってくると思うので、それまでお食事はいかがでしょう?」
そういえば、そろそろ寮でも夕飯の時間だ。
今から戻っても間に合わないだろうし、今日はここで済ませるのも、いいかもしれない。
「戻ってくるまで時間がかかるみたいだし、ここで食事していってもいいか?」
「仕方ないですね……わかりました」
カリンの許可も得たので食堂に入ると、夕飯時という事もあり結構客がいた。
俺達は空いているテーブルを見つけると、そこの椅子に座る。
「それじゃあ何を頼むかな……」
テーブルの上に置かれていたメニュー表を見ていると、店員が水を持ってやってくる。
「ご注文はお決まりでしょう……か?」
店員の様子が変だったので、よく見るとサラサだった。
そう言えば食堂で働いてるって、ボンデが言ってたっけ。
「よう、久しぶり……ってほどではないかもしれないけど、元気にやってるか?」
とりあえず挨拶しておく。
「な、なんでおまえがここに……!?」
サラサは、俺がここにいる事に驚いているようだ。
「お知り合いですか?」
「ああ、学院に前いたやつなんだ」
「なるほど、そうですか……」
カリンは、サラサが試験に落ちた脱落者だと思ったようだ。
「ふん、こんな所で働いてる俺をバカにしに来たのかよ!!」
「いや、おまえの相方に用があってな……今はいなかったんで、待ってる間に食事でもしていこうと思って」
ボンデとサラサが入れ替わってる事は、カリンがいるし人前ではあまり話さない方がいいだろう。
「相方か……アイツのせいでこんな所で働く事になっちまうし、なんでオレがこんな格好でウェイトレスなんてしなくちゃいけないんだよ」
サラサはなぜかメイド服を着ていた。
「よく似合っていますけど」
悪気なくカリンがそう答える。
「ああ、似合ってるな」
俺もカリンに続いて、そう言ってやる。
「ちっ、いいからさっさと注文しろよ!!」
「わかったよ」
サラサに注文をすませると、機嫌悪そうにテーブルから離れていった。
ちなみに俺は野菜炒め定食を注文し、カリンはサンドイッチを注文した。
「さっきの方は、もしかしたら……」
もしかして、サラサの中身が違う事にカリンも気づいたのだろうか?
「いえ、なんでもありません……たぶん私には関係ないことでしょうし」
「そうか……」
とりあえず余計な事は、言わないでおこう。
それからしばらくすると、別の店員が料理を運んできた。
「それじゃあ、いただきます」
運ばれてきた野菜炒めを口に運ぶと、思った以上においしかった。
「これおいしいな、そっちはどうだ?」
俺がそう言うと、カリンはまだサンドイッチに手をつけていなかった。
「どうしたんだ?食べないのか?」
「いえ、その……食事をするには仮面を外さなくてはいけなくて」
どうやらカリンが食事をするには、仮面を外さなければならないらしい。
確かに口まで仮面で隠されてたら、食事なんてできない。
「やっぱり、目が見えなくなるのは不安か?」
「いえ、大丈夫です……外しますけど、あまりこちらを見ないでくださいね」
そう言って、カリンは仮面を外す。
「あっ……」
その顔は、俺と同い年くらいの少女に見える。
もっと年上なイメージをしていたのだが、予想に反してかわいい顔をしている。
ただ両目の部分には傷痕があり、彼女の目には光が感じられなかった。
「な、何かおかしいでしょうか?」
「いや、かわいい顔してるなと思って……」
「ふ、ふざけたこと言ってないで早く食事を済ませてください!!」
カリンはそう言うと、あっという間にサンドイッチを食べ終え、すぐに仮面を着けてしまう。
「そんなに急いで食べなくても……」
あれじゃあ味もわからないだろうに……。
「なんですか?文句あるんですか?殺しますよ?」
「な、ないです!!」
どうやらカリンは素顔を見られることが、あまり好きではないようだ。
おそらく顔に傷痕があることを、気にしてるのかもしれない。
「……」
目の前のカリンを見るが、仮面を着けていてその表情はわからない。
今日会ったばかりだし、何も聞かない方がいいだろう。
とりあえず今は、目の前の野菜炒めが冷める前に食べる事にした。