第7話「空から降ってきたあの娘」
二回目の試験が終わってから、数日後。
アーリアの訓練での動きは、以前よりもかなりよくなっていた。
「なんだか体が前よりも、動くようになってきた気がするブヒ」
剣の振り方もなんだか様になってきた気がする。
これも勉強会で、人間の知識をいくらか理解できたからなのかもしれない。
「でも、やっぱり剣から光が出たりはしないブヒね……」
まだアーリアは姫騎士の力が使えないようだ。
「訓練の成果は出てるんだ、このまま特訓を続けていこう」
「わかったブヒ」
そう言って、アーリアは素振りを再開する。
最近のアーリアは、かなりがんばっていると思う。
そのせいか、俺も何かしなければという気持ちになってくる。
「それじゃあ俺は錬金術で使う素材を集めてくるよ、夕飯の時間になったらちゃんと寮に帰るんだぞ」
「わかったブヒー」
素振りを続けるアーリアを残して、俺は学院の裏山に向かう。
店で買うとお金がかかるので、自分で集められる素材はなるべく裏山などの近場で集めることにしたのだ。
「俺も、もっと強くならないとな……」
サラサとの戦いでアーリアが姫騎士の力を使わなければ、俺達は殺されていただろう。
またあんな事が起きないとも限らない。
「……とは言っても、錬金術師の俺にできることって物を作り出す事だけだよな」
そもそも錬金術師は戦闘に向いている職業じゃない、中には例外もいるが少なくとも俺の能力は戦闘向きじゃない気がする。
親父は錬金術の他にも様々な魔法が使えたが、俺には錬金術以外の魔法の才能がまったくないのだ。
使える魔法は才能で決まる、もちろん努力で伸ばす事もできるが人によって伸び幅が全然違うのだ。
ちなみに、俺の他の魔法の才能はほぼ0だ。
まあ今更そんなこと考えても仕方ないので、自分のできる範囲で何とかするしかない。
「やっぱり何か新しい物を作り出さないとな、しかし何を作るべきか……」
そんな事を考えながら、裏山を歩いていると上の方から何か音が聞こえてくる。
空を見上げると少女が降ってきた。
「とりゃあ!!」
俺は手を伸ばして、空から降ってきた少女を受け止める。
今回もやはり、ほとんど衝撃は無かった。
そして受け止めた少女が目を開ける。
「シンク・ストレイア、また貴様に会うとはな……」
空から降ってきた少女は思ったとおり、ソフィーだった。
俺はソフィーを近くの木陰に寝かせると、その隣に座る。
「また飛行魔法を試してたのか?」
「今回も術式をいろいろと工夫をしてみたのだが、やはり失敗だったようだ」
古代魔法の術式を工夫って、この娘はいったい何者なんだろう?
「そういえば、この間の試験で満点取ってたけど、ソフィーって頭がいいんだな」
「あんなもの合格点さえ取れれば、満点だろうと結果は同じであろう」
「それはそうだけど、普通はあのテストで満点なんて取れないと思うぞ」
他の生徒の点数も見てみたが、試験で満点をとったのはソフィーただ一人だった。
「わからぬぞ……目立つ事を嫌い、手を抜いた生徒がいたかもしれぬ」
「えっ、そんな生徒がいるのか?」
確かに、そういう生徒がいる可能性が無いとはいえない。
「ただ言ってみただけだ、気にするな」
「言ってみただけかよ……」
まあ、いた所で俺には関係ないだろうけど……。
「終わった試験の話などどうでもよかろう、もっとオレ様が興味を持てる無駄話はないのか?」
無駄話というのは引っかかるが、ソフィーには聞いてみたいことがあった。
「それじゃあ、ソフィーはどうして飛行魔法を何度も試してるんだ?」
「それは……そこに空があるからだ」
「なんだその登山家みたいな理由は……まあ言いたくないならいいよ」
言いたくない事を無理に聞きだそうとは思わない。
俺にもそういうのはあるしな。
「そういえば貴様も魔法科だったな?」
「ああ、そうだけど」
「簡単に説明するが、飛行魔法は発動中に常に魔力を消費する、魔力消費量は重さに比例して大きくなっていくため、軽い方が消費量も少ない」
だとしたら、小柄なソフィーは飛行魔法に向いている体系だ。
「言っておくが、この貧弱な小娘の体は魔力量の問題もそうだが、体が魔法の負担に耐え切れず飛行中に意識を失ってしまうのだ」
「自分から貧弱な小娘なんて言わなくてもいいんじゃ……」
確かにソフィーの体は小さいし、腕や足も細くて体力は無さそうに見える。
「なので術式を工夫して消費する魔力量を減らしてみたのだが、コントロールが不安定になってしまい、こんな裏山まで飛ばされてしまったという訳だ」
それでこんな裏山に落ちてきたのか。
「貴様ならこの貧弱な小娘が、飛行魔法を使うにはどうすればいいと思う?」
「えっと……装備で補うとか?」
魔力が足りないなら、装備で補うのが一番手っ取り早いはずだ。
「それならすでに試している」
ソフィーは腕につけた銀色の腕輪を見せてくる。
「この腕輪には、使用者の消費した魔力を自動的に回復させる力がある」
「なるほどな、飛行魔法で常に消費する魔力を自動回復で補うわけか」
「だがそれでも足りないのだ、それに魔力は回復できても体にかかる負担は減らす事はできない」
どうやら魔力の消費量と魔法の使用による体への負担が問題なようだ。
「うーん、それなら……」
俺は頭の中で、使えそうな錬金術を模索する。
「軽くする錬金を使って、魔力の消費を別のモノで……だとしたらやはりアレか、確かにアレならソフィーにも似合いそうな気がするな!!」
「貴様いったい何を言っているのだ?オレ様にもわかるように話せ」
「簡単に説明するとソフィーが飛行魔法に必要な要素を、錬金術で付加するんだ」
うまくいくかはわからないけど、試してみる価値はあると思う。
「ふむ、錬金術か……貴様のような学生ごときに何かできるとは思えないが、試す価値くらいはあるだろう、作ってみるがいい」
相変わらず偉そうだけど、作って欲しいようだ。
「それじゃあ作ってみるけど、持ってこれるのは明後日の放課後かな……待ち合わせ場所はどうする?」
「そうだな……なら裏山の入り口で待っている事にしよう」
「わかった、それじゃあ俺は必要な素材を集めに街に行くけど、ソフィーはどうするんだ?」
さすがにこの状態のソフィーを、裏山で一人で置いて行くわけにはいかない。
「こんな裏山に用は無い、オレ様も行こう」
そう言って、ソフィーは立ち上がる。
「もう大丈夫なのか?なんならおんぶしてもいいけど?」
「誰がそんな辱めを受けるものか、調子にのるな!!」
怒られてしまった。
「この腕輪の力でもう魔力は回復しているから問題ない、さっきまで動けなかったのは単なる魔力不足だ」
ソフィーの付けている腕輪は、魔法使いにとってかなり便利な腕輪のようだ。
俺は錬金する時くらいしか魔力を使わないから、あまり必要無さそうだけど。
「元気になったんならいいんだ、それじゃあ行こう……足元には気をつけろよ?」
一応、人が通れるようになってるとはいえ、ここは山道だ。
「いちいちうるさっ……ひゃう!!」
かわいい悲鳴を上げてソフィーが転ぶ。
「おい、大丈夫か?」
「う、うるさい!!これだから貧弱な小娘の体は……」
ソフィーが立ち上がると、足から血が出ていた。
「血が出てるじゃないか……ちょっと待ってろよ」
「こんなものたいした傷では……」
俺は鞄からタオルを取り出すと、水筒の水で濡らしてソフィーの足についた土をふき取る。
「お、おい!?」
「いいから黙ってろ、女の子なんだから綺麗な足に傷跡が残ったら大変だろ」
ソフィーの足の傷口に薬を塗り、一応包帯も巻いておく。
この程度の怪我ならすぐに治るはずだ。
「よし、これでいいぞ」
「まったく、強引なやつだな……こんなもの治癒魔法を使えばいいというのに」
そういえばソフィーは魔法科の生徒だから、治癒魔法を使えるのか。
自分が使えないから、すっかり忘れていた。
「ごめん、俺、錬金術以外使えないから、すっかり忘れてたよ」
「別によい……いいからさっさと行くぞ」
ソフィーは、俺に背を向けてそのまま歩き出した。
「足元本当に気をつけろよ、治癒魔法を使っても傷跡が残ることがあるんだからな」
「……わかっている」
その後、ソフィーは一度も転ぶこと無く裏山を降りる事ができた。
「ではな……期待しているぞ」
ソフィーはそう言うと、学園の方に歩いていく。
「おう、それじゃあまたな」
転んでからソフィーは一度も俺の方を振り返らなかったが、期待はしてくれているようだ。
「なら、その期待に答えないとな」
ソフィーと別れた俺は、必要な素材を買うために街に向かった。
街に着くと、なんだかいつもと雰囲気が違う事に気づく。
街の中にいる警備隊の兵士が、いつもより多い気がする。
何か事件でもあったんだろうか?
「あっ、シンク君じゃない!!」
俺に話しかけて来たのは、太った男……ボンデだった。
「ボンデ……いやサラサか?おまえ学院を出て行ったんじゃなかったのか?」
てっきり二人は、もう街を出て行ったと思っていた。
「学院を出たんだけど、二人そろってお金が無い事に気づいてね……今はこの街でバイトして旅の資金を貯めてるのよ」
「そうだったのか」
「東通りにある宿屋で住み込みで働いてるのよ、もちろんアイツも一緒にね」
どうやらサラサも、ちゃんと一緒にいるようだ。
「男の体って結構力あるのね、毎日力仕事させられてるんだけど重い物とか思った以上に簡単に持ち上げられるし、なんだか変な感じだわ」
「サラサ……いやボンデはうまくやっているのか?」
「宿屋の食堂で働いてるけど、さすが私の体なだけあってお客さんには大人気よ……まあ最初は愛想も無くて失敗ばかりだったけど、少しはマシになってきてるわ」
とりあえず話を聞く限りは大丈夫そうだ。
「まあ私がついてるんだからシンク君は心配しなくても大丈夫よ、だからそんな申し訳なさそうな顔しないで」
「えっ?」
「あの時、私のこと信じてアイツから体を取り戻そうとしてくれただけで、もう十分よ……元々あなたには私を助ける理由なんてなかったんだし」
「それは、そうかもしれないけど……」
確かに俺がそこまで気にする必要はないはずなのだが、なんだか気になってしまうのだ。
「シンク君って、責任感があって優しいのね……この体で良かったらサービスするわよ♪」
「結構です」
俺は即答した。
「うふふ、冗談よ……まあ過去の事を後悔するより未来の事を考えたほうが建設的よ、私も完全に割り切れた訳じゃないけど、今は目標に向かってがんばるわ!!」
ボンデ……いやサラサは、思った以上にタフな精神をしているようだ。
「確かにそうだな、俺も今するべき事をがんばるよ」
簡単に忘れることができない事だってあるけど、今の俺にはするべき事がある。
「その意気よ、もし私が元の体に戻れたらいろいろサービスしてあげるわね……もちろんアーリアちゃんには内緒でね♪」
「なぜそこでアーリアの名前が出てくる……」
「さあ、なんでかしらね~♪」
そんな話をしていると、警備隊の兵士が俺達の横を通り過ぎる。
「そういえば、今日は警備隊の兵士が多いけど何かあったのか?」
「ああ、それね……実は一週間前から街で行方不明者が出てるのよ」
ここ最近は試験のために勉強会をずっとしていたため、街でそんな事件が起きてるなんて知らなかった。
「この一週間で行方不明者は3人、しかも全員美少女って話よ」
「なるほど、だからたくさん警備隊がいるのか」
「早く犯人が捕まるといいんだけど……アーリアちゃんに気をつけるようにちゃんと言っておきなさいよ」
確かに見た目だけなら美少女だから、アーリアが狙われる可能性もあるのか。
「わかった、気をつけるように言っておくよ」
「それじゃあ私は仕事があるから、そろそろ行くわね」
「ああ、またな」
ボンデと別れた俺は、ソフィーの依頼に必要な素材を買い揃えて、学院の寮に戻った。
次の日の放課後。
アーリアに街で起きてる事件について伝え、気をつけるように言ってから俺は錬金工房に向かった。
すると工房の前にマリリア先生が立っていた。
「マリリア先生、こんな所でどうしたんですか?」
「君に少し話しがあってね」
話ってもしかしてアーリアに関する事だろうか?
「昨日、君はソフィー・ユリーシと一緒にいたわね?」
「はい、そうですけど……それがどうかしたんですか?」
まさかマリリア先生にソフィーの事を聞かれるとは思っていなかった。
「彼女とはあまり関わらない方がいいわ」
「どういうことですか?」
「ソフィー・ユリーシには魔族と繋がりがあるという情報があるの……もしかしたらアーリアを狙っている可能性があるわ、魔族は姫騎士マリヴェールを怨んでいるだろうしね」
魔王を倒した英雄の一人である姫騎士マリヴェールが、魔族に怨まれていても確かにおかしくない。
「それはどこの情報ですか?証拠はあるんですか?」
「とある筋の情報としか今は言えないわ……だけど信用はできると思うわよ」
ソフィーがアーリアの体を狙っている、だから俺と接触してきたという事か……。
彼女が失われた飛行魔法を知っているのも、魔族との繋がりがあるからという考え方も確かにできる。
だけど……。
「俺はソフィーに関わるのを、やめるつもりはありません」
まだ数回しか会っていないが、俺には彼女がそんなことを考えているようには思えなかった。
それに先生の『とある筋の情報』というのは情報元も不明だし、証拠がないので信用できない。
それなら俺は、自分が彼女と会って感じた情報を信じたい。
「私の情報が信じられないってことかしら?」
「いえ、先生の情報と自分の情報を合わせた結果ですよ」
「なるほどね……それじゃあアーリアに何かあった場合、どうするのかしら?」
その質問の答えは決まっている。
「アーリアに何かあれば俺が守ります」
マリリア先生の目を見て、はっきりとそう答える。
「その言葉憶えておくわ……邪魔したわね」
「いえ、こちらこそすみません……わざわざ情報ありがとうございました」
「彼女が『姫騎士の器』を狙っていない事を私も願ってるわ……それじゃあね」
そう言って、マリリア先生は俺の前から去っていった。
もしかしたら怒らせてしまったかもしれない……。
「とりあえず今すべき事をするか」
俺は錬金工房に入ると、ソフィーのための錬金を開始した。
そして、ソフィーとの約束の日の放課後。
俺は完成した錬金装備を持って、待ち合わせ場所である裏山へと向かう。
裏山の入り口に着くと、まだソフィーは来ていなかった。
そういえば、放課後とは言ったけど特に時間は指定していなかった。
「まあ待っていれば、そのうち来るだろう」
すると突然、近くの木の上から女子生徒が飛び降りてくる。
「な、なんだ!?」
女子生徒の顔には仮面が着けられ、両手には短剣が握られていた。
「シンク・ストレイア……死んでもらいます」