第6話「二回目の試験」(挿し絵あり)
ボンデとサラサの件だが、黒いナイフが消滅した事で二人は元の体に戻れなかった。
しかも、サラサは黒いナイフを体に取り込んだ後遺症で魔力を失ったため、学院を退学する事になってしまったのだ。
「それじゃあ世話になったわね、私はコイツと一緒に元に戻る方法を探してみようと思うわ」
どうやらボンデは、まだあきらめていないようだ。
「もうおしまいだ……魔力を失ったんじゃ、この体はもうただの女と変わらねぇよ」
反対にサラサの方は、無気力状態になっていた。
「うるさい!!とっと行くわよ……あんたには私の美しい体を奪った責任を取ってもらうんだから!!」
ボンデは、そう言って無理矢理サラサを引っ張りながら、学園を去っていった。
「……」
俺はなんとも言えない気持ちのまま、そんな二人の後姿を黙って見送ることしかできなかった。
「オレ、この力をちゃんと使えるようになるブヒ」
隣にいたアーリアも何かを感じたのか、その瞳には強い意志が感じられた。
次の日から放課後になると、アーリアは姫騎士の力を制御するために毎日特訓をするようになった。
特訓といっても具体的な方法は無く、まずは今の体の動きに慣れるために剣の素振りやランニング等の運動をさせている。
この方法が正しいかはわからないが、姫騎士の力が使えなくても戦闘でそれなりに戦えるようにはなってもらいたい。
そんな日々が何日か続き、時間は過ぎて二回目の試験の一週間前になった。
アルクラン暦1101年 6月。
「そういえば今回の試験の内容は一週間前に発表されるらしいな、確か掲示板に張り出されるはずだ」
「それじゃあ一緒に見に行くブヒ」
アーリアと一緒に学院内にある大きな掲示板を見に行くと、そこにはたくさんの生徒達がいた。
「やっぱり込んでるな……」
掲示板を見上げて、書かれている試験の内容を確認するとそこには……。
『筆記試験』
……と書かれていた。
「もうおしまいブヒ、できるわけないブヒ……」
最近やる気だったアーリアが、試験内容を見た途端ヘタレてしまった。
「おい、いくらなんでも早すぎだろ」
俺は、今回の試験についての詳しい内容を確認する。
それによると各生徒ごとに250点満点のテストをして、パートナーとの合計点数が250点以上なら合格らしい。
内容は、基本知識問題が100点、騎士科問題が50点、魔法科問題が50点、特殊問題が50点という配分だ。
特殊問題というのが気になるが、これなら前回の試験よりも難しくない気がする。
「確かに、この試験の内容は予想外だったけど、そんな絶望するほどか?」
むしろ前回のように、ゴーレムと戦う方が大変だと思う。
「シンクは錬金術とかやってて、頭いいからわからないんだブヒ……そもそもオークのオレが筆記試験なんてできる訳ないブヒ」
確かに数ヶ月前まで、オークだったアーリアには厳しい試験内容かもしれない。
「なら、やることは一つだな」
「シンクが250点取るブヒ?」
「それは無理」
俺は別に天才でもなんでもないので、満点なんて取れる訳がない。
「試験の前にする事といったら勉強だろ!!」
「なん……だと……ブヒ」
どのみちアーリアには姫騎士の力を制御するために、人間の知識を教えるつもりだったのでちょうどいい。
「……という訳で勉強会をするぞ!!」
「ブヒィィィィ!!」
こうしてアーリアの下品な悲鳴と共に勉強漬けの日々が始まった。
女子寮に男子は入れないので、男子寮にある俺の部屋で勉強会をする事になった。
「シンクの部屋、本がたくさんあるブヒね……」
「魔法科の生徒なら、みんなこれくらい持ってるよ」
俺の部屋には大きな本棚があり、、魔法関連の本がぎっしりと詰まっている。
ほとんどが親父のおさがりだが、自分で買った本も何冊かある。
後は趣味で読んでる小説が、机の上にあるくらいだ。
「エロ本とか無いブヒ?」
「ねーよ」
本当はあるが、中身がオークだとはいえ見た目が美少女のアーリアに見られるのは、なんだか恥ずかしいので秘密にしておく。
「うーん、何かおもしろそうな物はないブヒ?」
「いいからさっさと勉強するぞ!!」
俺はベットの下に潜り込もうとしていたアーリアを引っ張り、机に座らせる。
「まずは、一番得点が多い基礎知識問題に関する事を憶えてもらうぞ」
「わ、わかったブヒ」
とりあえずアーリアには、最も基本的な事から教える事にした。
「まず、俺達のいるこの大陸は『アルクラン』と呼ばれている」
「大陸に名前なんてあったんブヒね」
自分がいる大陸の名前すら知らなかったようだ。
「この大陸には四つの大きな国、『グラーネ聖王国』『アルキメス王国』『マリネイル王国』そして……魔族が住む『魔国アビスフレイム』が存在する」
「アビスフレイムっていのうは、昔魔王がいた国ブヒね」
アーリアも魔王に関する事は知っていたようだ。
「まあ今のアビスフレイムは、国と言っていいのかわからないけどな」
100年前の戦いで魔王が倒されて、アビスフレイムは国として崩壊した。
今では一部の魔族達がひっそりと暮らしているという話だが、詳しい事はわからない。
「ちなみに『グラーネ聖王国』っていうのが、大陸の東側にあって俺達がいるアリアドリ騎士魔法学院がある国だな……この国の『聖王騎士団』に入るのを目的にしている生徒も学院には結構いると思う」
「『聖王騎士団』っていうのは、そんなにすごいブヒ?」
「100年前の魔王軍との戦いで活躍したって話だ、だが今は……」
聖王騎士団には、個人的にあまりいい印象がない。
だがその事を、今アーリアに伝える必要もないだろう。
「急に黙ってどうしたブヒ?」
「いや何でもない……騎士団に入れば給料はいいし、それなりにいい暮らしができるだろうから人気があるのかもな」
「なるほどブヒ」
もちろん中には騎士そのものに憧れている生徒もいるだろうし、他にも違う理由の生徒もいるかもしれない。
「それと聖王国には鉄道が引かれていて、魔導列車が通っている」
魔導列車というのは、魔導機関で動く列車で10年前から国内で使用されるようになった。
「そういえばこの街に来る時に、オレも列車に乗ってきたブヒ」
「魔導列車のおかげで、国内の物資の搬送や移動はかなり楽になったと言われてる」
それでもすべての街に駅がある訳ではなく、田舎などでは今でも馬車が使われている。
「それじゃあ、他の国はどんな感じブヒ」
「とりあえず簡単に説明するけど……『アルキメス王国』は大陸の西側にある山岳地帯で、竜騎士と呼ばれるドラゴンに乗って戦う騎士達がいるらしい」
「あの凶暴なドラゴンに乗って戦うなんて、すごいブヒね」
「だけど100年前の魔王軍との戦いでドラゴンの数が激減して、それから竜騎士の数もかなり減ったっていう話だ」
ちなみに聖王国には竜騎士は存在しないし、竜騎士というモノを俺も見たことがない。
「大陸の南にある『マリネイル王国』は砂漠と海の都って言われてる、盗賊や海賊、傭兵団なんかもいて、あまり治安がいい国とは言えないな」
「傭兵団っていうのは何ブヒ?」
「金さえ払えばなんでもする武装集団って所かな、盗賊や海賊に雇われてる所もあれば、国に雇われてる所もあるらしい」
「なんか危なそうなやつらブヒね……他の国に攻めてきたりはしないブヒ?」
「『グラーネ聖王国』『アルキメス王国』『マリネイル王国』は100年前の魔王軍との戦いから不戦条約を結んでるから、それはないと思うぞ」
まあ実際は、裏で何か起きていたって可能性もあるかもしれないが。
「とりあえず大陸名とこの4つの国の名前は、今後も憶えておいた方がいいだろう」
「わかったブヒ」
アーリアはそう言うと、ノートにかわいらしい文字で国の名前を書き始めた。
なんだか年頃の女の子の字って感じがする。
「アーリアの文字って随分かわいいんだな」
「そう言えば、俺は文字なんてまったく書けなかったはずなのに、いつの間にか書けるようになってるブヒ!!」
「アーリアが知らなくても、その体が文字を書くことを憶えていたのかもしれないな」
もしかしたら最近の訓練で、マリヴェールの体を動かす事に慣れてきたせいかもしれない。
「なるほど……そういえばマリヴェールってどこの国の姫様だったんブヒ?」
「マリヴェールのいた国は、もうこの大陸には存在しないんだ」
「どういうことブヒ?」
「100年前に大陸の中央に『フリスティア王国』っていう国があったんだけど、魔王が倒された後、たちの悪い疫病が発生してあっという間に国が滅んだんだ」
「なんで疫病が発生したブヒ?」
「それはわからないけど、魔王の呪いって言われてる……今は国があった場所は『死の森』って言われてるんだ」
ちなみに100年経った今でも、感染の可能性があると言われ『死の森』への立ち入りは禁止されている。
『フリスティア王国』は緑豊かな国だったらしいが、今では植物は灰色に変色して不気味な森と化している。
「そんな所があったなんて、知らなかったブヒ」
「死の森の北には魔族が住むアビスフレイムがあるんだけど、死の森があるせいで今は地下道を通るくらいしか行く方法がないんだ。」
大陸の北の海は、海流がかなり激しく船で行くことはほぼ不可能と言われている。
他に方法があるとすれば、空から行くしかない。
「アビスフレイムには行ってみたいと思ってたのに、残念ブヒ」
その後も、アーリアにいくつか国や大陸に関する基本的な事を教える。
「うーん、憶えることがたくさんありすぎて疲れたブヒ」
アーリアは机に顔を押し当て、ぐったりしている。
「それじゃあ少し休憩するか、売店で何か飲み物でも買ってくるよ」
「頼むブヒー」
アーリアを残したまま、俺は部屋を出て学院の中にある売店に向かっていた。
その途中、上の方から音がしたので空を見上げると少女が降ってきた。
自分でも何が起きてるのか、まったくわからなかったが、俺はとっさに手を伸ばして少女を受け止める。
その時、強い衝撃が来るのを覚悟したのだが、思っていた以上に弱い衝撃だった。
腕の中の少女を見ると、とても小柄で明らかに年下かと思ったが学院の制服を着ていたのでたぶん同い年くらいだろう。
髪は金髪のツインテールで、人形のような、とてもかわいらしい顔をしている。
「あっ……」
少女が目を開くと、俺と目が合う。
少女の瞳はアーリアと同じような、綺麗なエメラルドの色をしていた。
そして、少女の顔が徐々に赤くなっていく……。
「な、何だ貴様!!魔王であるこのオレ様を抱き上げるなどと……こんな恥ずかしめを受けさせるとは何事だ!!」
腕の中で少女が暴れ出したので、地面に降ろす。
すると力が抜けたのか、ペタンと地面に座り込んでしまった。
「おい、大丈夫かよ?」
「これだから貧弱な小娘の体は……」
少女は、よくわからない事をぶつぶつ言っている。
とりあえず俺は少女の体を持ち上げて、日陰になってる近くのベンチまで運ぶ。
「お、おいっ!!!貴様!!」
騒ぐ少女を無視して、ベンチに寝かせる。
「保健室まで運んだ方が良かったか?」
「ふん、少しすれば動けるようになる……余計な事をするな」
見た目はかわいいのに、随分と口の悪い少女だ。
「えっと、空から落ちてきたみたいだけど本当に大丈夫なのか?」
「そうか飛行魔法に失敗したのか、やはりこの体では難しいのか……」
飛行魔法って確か古代魔法で、現在は失われている魔法の一つのはずだ。
「おまえ飛行魔法が使えるのか?」
「その通りだ……と言いたい所だが、失敗してしまったようだな」
そう言って、少女は空を見上げる。
空から降ってきたのは、飛行魔法に失敗したせいのようだ。
「飛行魔法を試せるだけでも十分すごいけど、やるならもっと安全な所でやれよ」
「ふん、バカめ……最初から失敗した時の事を考えて、衝撃を緩和する魔法をかけておいたに決まってるだろう」
なるほど、だから受け止めた時の衝撃が弱かったのか。
「へぇ、小さいのにちゃんと考えてるんだな」
「小さいは余計だ!!こっちだって好きでこんな体でいるわけではない」
どうやら小さい体にコンプレックスがあるようだ。
「ごめん、気にしてたんだな」
「だが、この体が小さくて貧弱なのは事実だ……オレ様はこの事実を受け止めなければならない」
自分の事をオレ様だなんて言って、どうにも見た目と口調が合ってない娘だな。
まるでアーリアみたいだ。
「えっと、もしかしておまえは特科クラスなのか?」
「あのようなやつらの集まりと一緒にするな、オレ様は魔法科の生徒だ」
「魔法科って事は俺と同じだな、どんな魔法を学んでるんだ?」
俺とは違うクラスだからたぶん錬金術ではないだろう。
「今更こんな学院で魔法を学ぶ必要などオレ様にはない……」
「じゃあなんでこの学院にいるんだよ?もしかして聖王騎士団に入るためか?」
「くっくっく、このオレ様が聖王騎士団か……おもしろいことを言うな小僧」
「誰が小僧だ」
違ったようだが、自分より小さい娘に小僧とか言われたくない。
「ならば、名を教えよ」
なんか偉そうだけど名乗っておくことにする。
「俺はシンク・ストレイアだ、おまえは?」
「オレ様は……ソフィー・ユリーシだ」
「ソフィーか、オレ様なんて言ってるけど見た目通りかわいらしい名前なんだな」
「ふん、黙っていろ」
ソフィーはそう言うと、ベンチから立ち上がる。
「もう大丈夫なのか?」
「ああ、貴様と無駄話をしてる間に回復したようだ」
「無駄話って……」
その時、遠くから「お嬢様どこですかー」と誰かを探す声が聞こえてきた。
「どうやら用事ができたようだ、オレ様はこれで失礼する」
「おう、それじゃあな」
ソフィーは、俺に背を向けて少し歩いた所で立ち止まる。
「それと……必要無かったとはいえ、オレ様を助けようとした事は一応感謝しておく」
それだけ言うと、そのまま早足で去っていった。
意外にかわいい所がある娘かもしれない。
ソフィーと別れた後、俺は売店で買い物を済ませて寮に戻る。
自分の部屋の扉を開けると、ベッドでアーリアが眠っていた。
「うぅん、もう食べられないブヒー」
そんなありがちな寝言を言いながら、俺の枕に涎を垂らしている。
とりあえず、起こそうとアーリアに近寄ると……。
ブリブリィ!!ブパァ!!
尻から下品な音と共に、臭いオナラが垂れ流される。
恋人なら100年の恋も冷めそうな光景だ……。
「おい、さっさと起きろ!!」
「ブ、ブヒィ!!」
その後、アーリアを叩き起こして再び勉強会を始めた。
その日のベットは、アーリアのいい匂いと、なんとも言えない臭いがした。
試験当日。
俺は一週間で、できる限りの知識をアーリアに教えて詰め込んだ。
「それじゃあ行ってくるブヒ……」
昨日の夜は、徹夜してずっと一人で勉強していたらしくアーリアの目の下にはくまができていた。
「試験中に寝るなよ」
「わかったブヒ……」
アーリアはよろよろと歩きながら、試験会場の教室に入っていった。
本当に大丈夫だろうか……。
不安に思いつつも、俺も自分の試験を受けるために別の教室に向かう。
それから少しして試験が開始された。
試験の内容はだいたい予想通りだった。
ただ特殊問題というのが、魔族やエルフ等の別種族に関する問題が多かったため、俺にはわからない問題が多かった。
試験が終わり、真っ先にアーリアに手ごたえがどうだったか聞きに行くと、燃え尽きたアーリアが机に突っ伏していた。
疲れきっていたようなので、とりあえず女子寮の入り口まで送って試験がどうだったかは聞かなかった。
そして翌日、試験の結果が校内の掲示板に張り出された。
俺は、自分達の名前が書かれた場所を探し出す。
シンク・ストレイア 192点
アーリア・セルティン 71点
合計 263点
合計点数が250点を超えている、ということは……。
「やったぞアーリア、俺達合格だ!!」
「やったブヒ!!俺達合格ブヒ!!」
そう言って、アーリアが俺に抱きついてくる。
するとアーリアの大きくて柔らかい胸が、俺の体に押し付けられる。
「お、おう……」
その感触に思わずアーリアを意識してしまう。
「さすがシンクブヒ、シンクががんばってくれなかったら危なかったブヒ」
「いや、アーリアのがんばりがあったからさ……最初のほとんどわからなかった状態から、これだけ点数取れただけで大したもんだよ」
どうなる事かと思ったが、アーリアのがんばりのおかげで二回目の試験も乗り越える事ができたようだ。
「あっ!!あっちには上位者の名前が載ってるみたいブヒ」
アーリアは、そう言うと俺から離れていってしまう。
胸の感触が無くなり、ちょっとだけ残念な気持ちになったのは秘密だ。
「おお、こいつなんかすごいブヒ!!」
「どれどれ……」
俺も気になったので、上位者の名前に目をやる。
するとそこには……。
試験成績第一位
ソフィー・ユリーシ 250点
カリン・シララギ 239点
合計 489点
この前、出会った少女と同じ名前が書かれていた。