第5話「アーリアの秘密」
俺が目を覚ますと、そこはベットの上だった。
「あら、眼が覚めたみたいね」
声のした方に振り返ると、三十代前半くらいの眼鏡をかけた赤髪の女性が立っていた。
美人だが、もしかして学院の教師なのだろうか?
「ここはどこですか?」
俺が女性にそう尋ねると……。
「学院の保健室よ、ボンデ君……いえサラサさんがあなたをここまで運んできたのよ」
「言い直したってことは、あなたは事情を知っているんですね?」
そうでなければ、そんな言い方はしないはずだ。
「ええ、ボンデ君とサラサさん……それとアーリアから聞いたわ」
「アーリアは無事なんですか?」
「ピンピンしてるわよ、あなたの事を心配してたけど時間も遅かったから寮に帰らせたわ」
目の前の女性からその話を聞いて、俺はほっとする。
「あの娘のこと心配してくれてるのね」
「まあ、一応パートナーですから」
「ふ~ん、なるほどね……」
眼鏡の女性は、なぜか意味ありげに俺を見てくる。
「失礼ですが、あなたはこの学院の教師の方ですか?」
「そういえば自己紹介がまだだったわね、私は『マリリア・ルリリラ』特科クラスの担任をしているわ」
特科クラスというと、アーリアが所属しているクラスだ。
担任ということは、この人ならアーリアのあの力が何なのか知っているかもしれない。
「特科クラスの担任という事は、マリリア先生はアーリアの力について何か知っているんですか?」
「ええ、知ってるわよ」
マリリア先生は、あっさりとそう答える。
「それじゃあ、教えてもらってもかまいませんか?」
「いいけど、他の人に話したら殺すからね」
そんな物騒な事を言ってくる。
「えっと、それは冗談とかじゃないですよね?」
「もちろんよ……それでも聞きたいって言うなら話すけど、どうする?」
どうやら本気のようだが、マリリア先生はどこか俺の事を試しているような感じもする。
少しだけ考えてから、俺は答えを出す。
「話してください」
「本当にいいのかしら?これを知ったらあの娘とパートナーを組んでいられなくなるかもしれないわよ」
「構いません、パートナーの事は知っておくべきです……それに今後あの力が暴走した時に何か知っていれば対処できるかもしれませんしね」
今思えば、俺はアーリアの事をあまりよく知らない。
本人が話したくないなら別にいいと思っていたが、あの力について無知なままでいるのは危険な気がする。
「なるほど……それじゃあ話すわよ」
「はい、お願いします」
いったいアーリアのあの力にはどんな秘密があるのか……。
「あの娘はね、姫騎士マリヴェールなの」
マリリア先生は、突然意味のわからない事を言い出す。
「……って言っても体だけで、中身は別物なんだけど」
「あの、先生言ってる意味がわからないんですけど……」
姫騎士士マリヴェールって言うのは、100年前の人物だ。
魔王を倒してすぐに行方不明になったと言われているが、それがアーリアであるわけがない。
「だからそのまんまよ、あの娘の体は魔王を倒した英雄の一人、姫騎士マリヴェールなの」
先生の目を見るが、嘘を言っているようには見えない。
確かにあの力が姫騎士マリヴェールのモノだと言うなら、あの強さも納得できるが……。
それでも、すぐに信じられるような話ではない。
「それならどうして100年前から生きてるマリヴェールがここにいるんですか!?それに中身が別物ってどういう……」
「順番に話すから、落ちつきなさい」
「……わかりました」
まずは先生の話を聞いてから判断しよう。
「3ヶ月くらい前にね、とある場所でマリヴェールの体が発見されたのよ」
「とある場所ってどこですか?」
「それは教えられないわね……とりあえずこの大陸のどこかとだけ言っておくわ」
それじゃあ広すぎて、さっぱりわからない。
「話を続けるけど、マリヴェールの体は特殊な封印がされていて、老いることなく若いままだったの」
一部の優れた魔法使いは、魔力で老いを遅らせて寿命を延ばすことができるらしいが、さすがに100年も同じ若さを保つなんて人間には不可能だ。
マリリア先生の話が本当ならその封印とやらは、よほど特殊なモノだったのだろう。
「そして、その体にはマリヴェールの意思はなかった……魂が入っていなかったの」
「魂が入っていない?」
「要するに生きてるんだけど、何の意思も無い状態ね、なぜそんな状態になっていたのかはわからないけど」
魂の入っていない空っぽの体……それは死んでいるのと同じなのではないだろうか?
「それでマリヴェールの体を運んでる途中にちょっとしたトラブルがあってね……別の魂が彼女の体に入ってしまったのよ」
「その魂が、今のアーリアと言うことですか?」
「そうそう、物分りがいいわね」
だとすると、今のアーリアの心と体は別物という事になる。
それなら見た目と性格が、あまりに違うのも納得できる。
「それでトラブルと言うのは?」
「マリヴェールの体を奪おうとしたやつがいて、争ってる時に偶然近くにいたオークの魂が入っちゃったのよ」
「それじゃあアーリアの中身って……」
「ええ、オークよ……しかも雄のね」
だからあんなにブヒブヒ言ったり、人前で平気でオナラをしたりしていたのか……。
「美少女の中身が下品で醜いオークだと知って、幻滅しちゃったかしら?」
「正直驚きました……でも俺はアーリアのパートナーをやめるつもりはありませんよ」
マリリア先生に向かって、俺ははっきりとそう答える。
「ふ~ん、それじゃあ君に一つ教えておいてあげるわ」
「なんですか?」
「マリヴェールの体は『姫騎士の器』って呼ばれているわ」
『姫騎士の器』……魂の無い体は、他の魂を入れるための器ということか。
「もし、その言葉を使ってる人物がいたら注意しなさい、アーリアを狙ってる可能性があるわ」
「マリヴェールの体を奪おうとした奴がいたって言ってましたけど、もしかして彼女は狙われているんですか?」
「そうね、彼女が……というより彼女の体『姫騎士の器』が狙われているのよ」
魔王を倒した英雄の体だ、きっと色々な使い道があるのだろう。
「まあ『姫騎士の器』の存在を知ってるのは極一部だし、今のところ彼女の体から魂を取り出す方法は無いから、向こうもすぐには仕掛けてこないと思うけど」
「でもボンデやサラサの件みたいに、体を入れ替える錬金がされたナイフとかがありますよね?」
あれを使えば、お互いの体を入れ替えて体を奪うことができるんじゃないだろうか?
「マリヴェールの体には、そういう呪われた禁忌の力を浄化する力があるのよ、だから彼女にはそういった効果の魔法や道具は効かないわ」
暴走したアーリアの剣の光で、サラサの黒い炎が消えたのも、その浄化する力の影響なのかもしれない。
「だから今のマリヴェールの体を使うことができるのは、アーリアだけなのよ……まあ、その本人は姫騎士の力が使えないみたいだけど」
「アーリアは、なぜ姫騎士の力が使えないんですか?」
使えないのには、何か理由があるはずだ。
「オークの魂が入ったせいで姫騎士としての力が使えなくなったみたいよ」
「どういうことですか?」
「魂の質の問題なのかもしれないわね」
人間とオークとでは、魂の仕組みが違うということなんだろうか?
「マリヴェールってとても正義感が強くて高貴な人だったみたいだし、下品で醜いオークの魂じゃ力が使えないのかもね」
「体に力を使うことを拒否されてるってことですか?」
「はっきりとした理由はわからないけどオークの魂が入って髪の色も変わってしまったし、体に何らかの変化が起きているのかもしれないわ……まあ正体を隠すにはいいカモフラージュになってるけど」
魂と体の関係に関しては、俺もそんなに詳しくないのでわからない。
だけど、あのボンデがサラサの体を使って召還魔法を使っていた事を考えると、体に拒否されているという事だけが原因だとは思えない。
「本人がただ力の使い方をわかっていないだけって事もありますよね?今回の件で力を使った訳ですし」
正気では無かったとはいえ、アーリアは今回の戦いで姫騎士の力を使っていた。
「あの娘バカだしね、人間の知識や技術が理解できてないだけって可能性はあるかもしれないわ」
酷い言われようだが、だとしたら人間の知識や技術を理解できれば姫騎士の力を制御できるようになるかもしれない。
「まあ、こっちとしても姫騎士の力を制御できるようになってもらいたいけど、『姫騎士の器』を狙ってる人間もいるからバレないように気をつけてね」
「わかりました」
試験では使えないかもしれないが、もしもの時のためにアーリアには、これから姫騎士の力を制御する練習をしてもらおう。
「それと武器屋で買ったアーリアの剣が聖剣みたいに輝いていたんですけど……」
あの輝きはまさに聖剣のようだった、まさか武器屋の店員が言っていた通りあれは聖剣アリスキャリバーだったのだろうか?
「それは、きっとアーリアが聖剣化したからね」
「聖剣化?」
「姫騎士マリヴェールには、あらゆる剣を聖剣に変える力があるのよ」
「それって剣ならなんでも聖剣になるんですか?」
「ええ、本人がそれを聖剣だと思えばそれは聖剣アリスキャリバーになるらしいわ……まあ扱えるのは聖剣化した本人だけみたいだけど」
本人しか使えないにしても、 聖剣化なんてすごい能力だ。
さすがは魔王を倒した英雄の一人なだけはある。
「それじゃあアーリアについて話したし、そろそろ私は失礼するわね」
「待ってください、まだ聞いていないことがあります」
今までの話を聞いて俺は疑問に思っていたことがある。
「先生はいったい何者なんですか?普通の教師が『姫騎士の器』なんて知ってるわけないですよね?」
マリリア先生は、ただの教師にしては色々と知りすぎてる気がする。
「私は『賢者の巨塔』の人間よ、今回特科クラスを設立することになって呼ばれただけよ」
『賢者の巨塔』……100年以上前からある組織で、あらゆる魔法を研究しており、禁忌の魔法等の使用禁止を定めたのもこの組織だ。
「特科クラスにはね、アーリア以外にも色々と問題を抱えた生徒がいるのよ……そう言った生徒達の事情を理解できる、古代魔法に詳しい私が呼ばれたわけ」
古代魔法とは名前の通り大昔に開発された魔法の事で、そのほとんどが禁忌の魔法と言われている。
「特科クラスには、アーリアみたいな娘が他にもいるんですか?」
「世の中には知らない方いい事もあるのよ、君はアーリアだけを見ていなさい」
マリリア先生のその態度が気になった俺は、さらに突っ込んだ質問をしてみる。
「もしかして世間で言われてる『精神汚染者』っていうのは、ボンデやサラサみたいに体が入れ替わった人間の事じゃないんですか?」
「言ったはずよ……世の中には知らない方いい事もあるって」
答える気はないらしい。
だが、それがマリリア先生の答えでもあるような気がした。
「私の話はこれでおしまいよ、それじゃあがんばってねシンク君」
マリリア先生が保健室から出ようとして扉を開けると、そこにはアーリアが立っていた。
「ブ、ブヒ!?」
「あら、もしかして盗み聞きかしら……まあいいけどね、それじゃあ二人とも早く寮に帰るのよ」
そう言うと、マリリア先生はさっさと保健室を出て行ってしまった。
もしかしたら、最初からアーリアがいる事に気づいていたのかもしれない。
「えっと、体はもう大丈夫ブヒ?」
「ああ、もう痛みもほとんどないし問題ない」
そういえば体の傷が治ってるけど、もしかしてマリリア先生が回復してくれたのだろうか?
だとしたら、お礼くらい言っておけば良かったかもしれない。
「アーリアの方こそ体は、大丈夫なのか?」
「ちょっと気を失ってただけだから大丈夫ブヒ」
「そうか……じゃあもう朝になってるけど一旦寮に帰るか」
窓の外は既に明るくなっている。
授業に出るにしても、シャワーくらいは浴びておきたい。
ベットから立ち上がり保健室から出ようとしたその時、アーリアに腕を掴まれる。
「アーリアどうしたんだ?」
「シンクは……オレの中身がオークでも本当にいいブヒ?」
アーリアは、不安そうな顔で俺の事を見ていた。
「構わない、俺はアーリアを信じてるからな」
「どうして中身がオークのオレを信じられるブヒ?」
「デュラハーンに俺がやられた時、逃げずに俺を守ってくれただろ?自分が死ぬかもしれないのにさ……」
あの時、俺は嬉しかったんだ……。
逃げて欲しいと思いながらも、自分なんかのために戦う意志を見せてくれたアーリアに嬉しさを感じていたのだ。
「あの時は、そんな難しい事なんて考えてなかったブヒ、オレはただシンクを助けたい……そう思っただけブヒ」
「仲間のために命を賭けられる、そんなアーリアだから俺は信用できるんだ」
あの時、アーリアはその事を証明してくれた。
「アーリアの中身がオークだとしても、今は俺のパートナーなんだ、だから一緒に試験を乗り越えてこの学院を卒業しよう」
そう言って、俺が手を差し出すとアーリアはその手を掴んだ。
「シンク……ありがとブヒ、オレがんばるブヒ!!」
「ああ、これからもよろしくな、アーリア!!」