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第46話「離れた手」

 次の日の朝、俺はシオンの部屋の前に立っていた。

 あれから一晩考え、昨日ソフィーと話したことをシオンにも話しておくことにしたのだ。

 もちろんシオンだけではない、アーリアとカリンにも話すつもりだ。


「よし、それじゃあ……」


 俺が部屋の扉をノックしようとすると、扉が開き制服を着たシオンが出てくる。


「シンク様?」

「お、おはよう、シオン」


 とりあえず挨拶をする。


「はい、おはようございます……それで、わたしくに何か用ですか?」

「ああ、実は……」


 廊下で話すわけにもいかないし朝は時間がないので、放課後に俺の部屋に来てもらうことにしよう。

 今日はミントさんも用事があって歌の特訓を手伝えないって言ってたし、特訓は休みでいいだろう。


「今日の歌の特訓は休みにしようと思うんだ」

「別に構いませんけど、何か用事ができたんですか?」

「実はシオンに大事な話があるんだ……だから放課後、俺の部屋に来てくれないか?」


 俺は真面目な話だと伝わるようにシオンの目をしっかり見て話す。


「大事な話ですか?」

「ああ、俺の今後に関わる重要なことなんだ」


 俺の話を聞いて、シオンがどう思うかはわからない。

 それでもシオンにはきちんと話しておくべきだ。


「シンク様の今後に関わる大事な話……そ、それって……」


 なぜかシオンの顔が急に赤くなる。


「シオン?」

「……わかりました、必ず行きます」


 なんだか少し様子が変だけど、とりあえず来てくれるようだ。


「そ、それでは準備があるので、わたくしはこれで!!」


 そう言うとシオンは早足で俺の前から去っていった。

 準備って、朝から何か用事でもあったんだろうか?


「まあいいや、次はアーリアとカリンにも伝えておかないとな」






 放課後、俺は急いで寮に戻ると自分の部屋の掃除を開始する。

 三人も来るとなると、ちゃんと座れるスペースを作っておかないと……。

 ちなみにアーリアとカリンには昼休みに大事な話しがあると伝えてある。


「ふぅ、こんなもんかな」


 床に散らばっていた本はすべて片付け、念のため床も拭いておいた。

 掃除が終わると、すぐに扉をノックする音が聞こえてきた。


「おう、今開ける」


 扉を開くと、そこには私服のシオンが立っていた。

 リボンのついた薄いピンク色の服を着ており、なんだかいつもと雰囲気が違う。


「シンク様、入ってもいいですか?」

「お、おう」

「それでは失礼します」


 シオンが俺の横を通り過ぎると、綺麗な薄紫色の髪から女性らしい甘い香りがした。

 その匂いになんだかドキドキしてしまう。


「えっと……今日は制服じゃないんだな」

「シンク様は制服のほうが好きでしたか?」

「そういうわけじゃないけど……シオンの私服って珍しいと思ったから」


 隣の部屋に住んでいるけど、シオンが制服以外の服を着ているのをあまり見たことがない。


「この服、似合ってませんか?」

「そんなことない、かわいいと思うぞ」


 こういうかわいい感じの服もシオンには似合ってる気がする。

 正直、今のシオンを見てると男だということを忘れてしまいそうになる。


「ありがとうございます……」


 照れているのか、シオンの頬はほんのり赤く染まっていた。


「なんていうか……今日のシオンはいつもと違った感じがするな」


 まるで彼氏とのデートに向かう女の子のような格好だ。


「シンク様が大事な話があると言っていたので……今日は何があってもいいようにちゃんとシャワーも浴びてきました」


 俺の話とシオンの格好に何か関係があるんだろうか?

 それにシャワーって……いまいちシオンの言っていることがわからない。


「それでシンク様の今後に関わる大事な話というのは……やっぱりそういうことなんでしょうか?」


 もしかしてシオンは何か勘違いをしているんじゃないだろうか?

 俺は自分がシオンに言ったことを思い出す。


『実はシオンに大事な話があるんだ……』

『俺の今後に関わる重要なことなんだ』


 あれ、これってもしかして……。


「シンク様が望むならわたくしは……」


 その時、部屋の扉が勢いよく開き誰かが入ってくる。


「シンク、来たブヒ!!」

「アーリアさん、シンクさんの部屋とはいえノックくらいした方が……あっ、シオンさんはもう来てたんですね」


 それはアーリアとカリンだった。


「あ、あのっ、どうしてお二人が!?」


 シオンは部屋に入ってきた二人を見て、珍しく驚いた表情をしていた。


「どうしてって、シンクに大事な話があるって呼ばれたから来たブヒ」

「私もアーリアさんと同じですけど……シオンさんもそうなのでは?」


 そういえば二人が来ることをシオンには話していなかった気がする。


「シオンには言い忘れてたけど、アーリアとカリンにも一緒に話すつもりだったんだ」

「……」


 シオンは無言になると、立ち上がり部屋の隅へと移動する。


「シ、シオン?」


 そして、その場に膝を抱えて座り込んでしまう。


「しばらく放っておいください……」


 シオンは死んだ魚のような目でそう呟く。


「期待したわたくしが悪いんです……ふふふ……ふふふふふふふふふふ」


 これはちょっと怖い……いや、まずいような気がする。


「シオンはいったいどうしたブヒ?」

「わかりませんけど、まるでシンク様に告白されるかと思ったら、勘違いで死にたい……と思ってるような顔をしてますね」


 カリンは絶対わかってるだろ。


「このままでは話もできそうにありませんし、シオンさんが落ち着くまで私達は部屋を出ていましょう」

「うーん……よくわからないけど、シンクに任せるブヒ」


 カリンとアーリアは入ってきた扉から再び部屋を出て行ってしまう。


「あっ、おい!?」

「がんばってくださいね♪」


 カリンはそれだけ言うと、いたずらっぽい笑みを浮かべて部屋の扉を閉めた。

 部屋の中には俺とシオンだけが残される。


「……」

「……」


 お互い無言になり、部屋に静寂が訪れる。

 シオンをこのままにはしておけないし、なんとかしなくては……。


「その、シオンごめんな……期待させるようなこと言って」


 そもそもアーリア達が来ることをシオンに言い忘れた俺が悪い。


「いえ、わたくしが悪いんです……わたくしなんかが期待したのがいけなかったんです」


 シオンはかなりネガティブになっているようだ。


「そんなこと……」

「今のわたくしは男です、男のわたくしがシンク様に愛してもらえるはずがありません……そんなの少し考えればわかることでした」


 確かに俺自身、男になったシオンを好きになれるかと言われたら抵抗がないわけじゃない。

 それでもシオンには幸せになって欲しい……いや、幸せにしてあげたい。


「シオン……」


 俺は後ろからシオンを抱きしめる。

 その体は思ったよりも硬くてしっかりしていた。

 それは今のシオンの体が男である証拠だ。


「シンク様、いいんです……優しくしなくても、わたくしはわかっていますから」


 シオンは自分が同情されているだけだと思っているのだろう。

 だけど違う、これは同情なんかじゃない。


「俺はシオンに惹かれてる」

「……嘘ですよね?」

「嘘じゃない、シオンが男でもこの気持ちは本物だ」


 好きになるのに性別が関係ないとは言わない。

 だけど、俺がシオンに惹かれているのは事実だ。

 なぜならシオンを抱きしめた俺の心臓はこんなにもドキドキしているのだから……。


「その上で俺は答えに迷ってる……優柔不断でごめん」

「シンク様……」


 はっきり決められないのは自分でも情けないと思う。

 だけど、自分がどうしたいのか答えはもう出ている気がする。

 でも、その前に……。


「俺は今から大事なことをみんなに話す、その話を聞いてシオンにはもう一度考えて欲しいんだ」

「わかりました、でもその前に……頭を撫でてもらってもいいですか?」


 俺は何も言わずシオンの頭を優しく撫でる。


「……ありがとうございます」





 アーリア達を部屋に呼び戻し、俺は改めて話をすることにする。


「今から話す内容は信じられないようなことかもしれない、だけど最後まで聞いてほしい」


 そう言うと、三人は黙って頷いた。


「昨日、ソフィーとも話したんだけど実は……」


 俺は昨日ソフィーと話したことをアーリア達にも話す。

 親父の日記に書かれていたこと、夢に出てきた女神のこと、そして俺が邪神との戦いを決意したこと……。


「今の女神様が邪神……そして本当の女神様はシンク様の……なんていいますか、驚いてます」


 女神教団の巫女だったシオンには衝撃的な内容だったのだろう。


「大体の話はお嬢様から聞いていましたが……やはりシンクさんは本気なんですね」


 カリンは既にソフィーから話を聞いていたらしく、そこまで驚いてはいなかった。

 今日は俺の覚悟を確認しにきたようだ。


「……」


 アーリアは目を閉じて、何か考えているようだった。


「アーリア、オレは学院をやめることになるかもしれない」


 パートナーであるアーリアには伝えておかないといけない。

 一緒に試験を乗り越えてこの学院を卒業しよう……以前にアーリアとそう約束したのに、俺はその約束を破ることになるかもしれない。


「そしたらアーリアは……」

「オレはシンクについて行くブヒ」


 俺の言葉を遮るようにアーリアはそう言った。


「オレはシンクのパートナーブヒ」

「でも俺が学院をやめたら……」


 そうしたら俺とアーリアは、もうパートナーではなくなってしまう。


「オレはシンク以外とパートナーを組む気はないブヒ、シンクが学院をやめるならオレも一緒について行くブヒ」


 アーリアの目は本気だった。

 学院をやめることになっても、本気で俺についてくるつもりのようだ。


「学院をやめてもオレはシンクのパートナーでいたいブヒ、シンクとずっと一緒にいたいブヒ」

「アーリア……」


 それはまるで告白のように思えた。


「わたくしもシンク様についていきます!!わたくしだってシンク様と一緒にいたいですから……」

「もちろん、わかっているとは思いますけど私もついていきますよ」


 アーリアに続いて、シオンとカリンも声をあげる。


「シンクが邪神と戦うならオレも一緒に戦うブヒ!!」

「わたくしもシンク様の敵なら何であろうと戦います」

「私はすでに覚悟はできてますよ」


 三人の気持ちが素直に嬉しい。


「みんな、ありがとう……」


 アーリア達が力を貸してくれるのは、戦力的にも精神的にも心強い。


「あのシンク様……クリスさんにはこのことを話さないのですか?」


 シオンが少し言いにくそうに聞いてくる。


「わたくしはクリスさんにも話しておくべきだと思います」

「シオン?」

「もちろん、シンク様が嫌なら無理にとは言いませんけど……」


 シオンはクリスのパートナーだ。

 クリスのことを考えて、言うべきだと判断したのだろう。


「俺は……」


 本当にクリスに話していいのか?

 クリスに話すということは、剣聖が俺の母親を連れ去ったことを話さなければならない。

 このまま何も言わないほうがクリスのためなんじゃ……。


「シンクがクリスを好きならちゃんと話しておくべきブヒ」


 アーリアにそう言われて、自分がどうするべきか理解する。


「わかった……クリスに話す」

「シンクさん、いいんですか?クリスさんは聖王騎士団の団長である剣聖の息子、シンクさんの力を知ればどう思うか……」


 カリンの言いたいことはわかる。

 おそらく剣聖の息子であるクリスは禁忌の存在を良く思っていない。

 俺の邪神を創造する力を知れば、俺のことを嫌いになるかもしれない。

 最悪、聖王騎士団に俺の力のことを伝える可能性だってある。

 それでも俺は……。


「どういう結果になろうと俺はクリスに話す」


 もう覚悟はできている……。

 そうと決まれば、すぐにでもクリスに会いに行こう。


「それじゃあ、ちょっとクリスのところに行ってくる!!」






 俺はクリスを探して裏山のふもとを歩いていた。

 シオンの話だと、クリスは最近この辺りで訓練しているらしいのだが……。


「あれ、シンク君こんなところでどうしたの?」


 上の方から声がしたので顔を上げると、クリスが木の枝の上に立っていた。

 残念ながら制服は着ておらず、運動用のズボンを穿いているため下着は見えない。

 ……いや、別に残念じゃないけど。


「クリスに話したいことがあって……なんで木の上にいるんだ?」

「これも訓練だよ、ほらこんな感じに……」


 クリスは木の枝を蹴って飛ぶと、隣の木の枝へと移動する。

 そして、次々と別の木の枝へと移動していく……。


「すごいな……でも、これってどういう訓練なんだ?」

「森で戦う時のための訓練かな、いつも自分に適した地形で戦えるとは限らないしね」


 クリスの言うとおり、いつも障害物のない平地で戦えるとは限らない。


「それに相手との実力差があっても地形を利用すれば勝てることもあるよ……シンク君もやってみる?」

「いや、俺にはちょっと無理かな……」


 木に登るくらいならできるが、クリスみたいに別の木の枝に飛び移れるような技量はない。


「そっか、シンク君と一緒に訓練してみるのもいいかなって思ったんだけど……」


 クリスは残念そうにそう言うと、木の上から降りてくる。


「それで僕に話があるって言ってたけど何かな?」

「ああ、実は……」


 俺がクリスに話そうとしたその時、背後に威圧感を感じた。

 急いで後ろを振り返ると、白銀の鎧を身にまとった女性が立っていた。

 美しい金色の髪をした美人で、落ち着いた雰囲気の大人の女性といった感じだが……。


「おまえは……」


 普通なら見惚れるところだが、その女性の顔に俺は見覚えがあった。

 あれは忘れもしない七年前……母さんを連れ去った剣聖が連れていた部下に女の騎士がいた。

 その女に目の前の女がそっくりなのだ。

 歳をとって多少見た目は変わっているが間違いない。


「そんな怖い顔しないでください、私は怪しい者ではありません」


 どうやら俺は無意識に女を睨みつけていたようだ。


「大丈夫だよシンク君、その人は僕の知り合いだから」


 クリスの知り合いということはやはり……。


「私は聖王騎士団第二部隊隊長のカトレア・ルーコットと言います」

「隊長って……なんでそんな人がこんな所に?」


 聖王騎士団には第一から第五までの五つの部隊が存在がする。

 それぞれの部隊には隊長がおり、そのすべてを統率しているのが剣聖というわけだ。


「団長からクリス様に用件を頼まれまして……」


 それでもわざわざ隊長クラスの人間が来るなんて……何か重要な用件なのだろうか?


「それよりもあなたがシンク・ストレイアさんですね?」

「そうだけど……」


 もしかしてこの女、俺が誰だか気づいているのか?


「クリス様が大変お世話になっているそうで……クリス様と仲良くしていただきありがとうございます」


 そう言うと、カトレアは俺に向かって頭を下げた。

 その態度に思わず拍子抜けしてしまう。


「カトレアさんには子供の頃から色々とお世話になってるんだ」


 どうやらカトレアはクリスと昔から付き合いがあるようだ。


「この前会った時にシンク君のことを話して、それで……」

「クリス様、お話中のところ申し訳ありません……今から私と来てもらえませんか?」


 カトレアはそう言うと俺のほうを見る。

 おそらく俺がいると話せないことでもあるのだろう。


「シンク君ごめん、僕行かないと……話はまた今度聞くから」


 クリスはそう言うと、俺から離れカトレアのほうに歩いていく。

 その時、脳裏に母さんが連れ去られたあの日の映像が浮かび上がる。


「クリス!!」


 気がつくと俺はクリスの手を掴んでいた。


「シンク君?」

「あっ……いや、なんでもない」


 何やってるんだ俺は……。

 クリスは別に連れて行かれるわけじゃない、母さんの時とは違うんだ。


「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だよ、僕はちゃんと戻ってくるから」


 そう言ってクリスは俺を安心させるように、にこりと笑う。


「……わかった、待ってるからな」


 俺は掴んでいたクリスの手を離す。


「うん、それじゃあシンク君、また明日」

「それでは失礼します」


 俺はクリス達を見送ると、そのまま寮の部屋へと戻る。

 そしてアーリア達にクリスのことを説明し、その日は解散となった。





 次の日、クリスは学院を休んだ。

 シオンの話によると、なんでも家の都合で学院を休むことになったらしい。


 それから一週間が経ち、試験当日。

 結局、クリスが学院に戻ってくることはなかった。


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