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第45話「ゼノバルトの日記」

 リコリスに会った次の日。

 夕食をすませ自分の部屋に戻ると、ソフィーが机の椅子に座っていた。


「ふん、やっと戻ってきたか」

「……なんでソフィーが俺の部屋にいるんだ?」


 おそらく部屋の窓から入ってきたのだろうが、いったい何しにきたのだろう?


「シンクに渡す物があってな」


 そう言ったソフィーの足元には頑丈そうな黒いトランクが置かれていた。


「そのトランクは……」

「開けてみるがいい」


 ソフィーに言われたとおりトランクを開くと、中には金色に輝く剣と腕輪が入っていた。

 その腕輪の形には、なんとなく見覚えがある。


「これってまさかマルチウェポンか!?」


 以前使っていたマルチウェポンの腕輪もこんな形をしていたはずだ。


「そうだ、貴様の新しい武器として用意した……以前の武器は壊れてしまったようだからな」


 シオンから貰ったマルチウェポンはリューゲとの戦いで壊れてしまった。

 今の俺には武器がないので、正直ありがたいが……。


「嬉しいけど、どうやってこれを?」


 魔導機であるマルチウェポンが聖王国で簡単に手に入るとは思えない。


「オレ様の実家は魔導機技師の家だからな、色々とツテがあるのだ」

「ソフィーの実家って魔導機技師だったのか……」


 マリネイル王国には魔導機技師が多いって聞くし、ソフィーは家の関係で魔導機技師の知り合いがいるのかもしれない。


「まあな……それより早く腕輪を着けてみろ」

「ああ、わかった」


 金色の腕輪を右手に着けると、以前と同じように腕輪から声がしてジジジジと機械音が鳴り響く。


『データノ登録ヲ完了シマシタ』


「これでこの魔導機は貴様の物だ」

「このマルチウェポンは前の物とは違うみたいだけど」


 色もそうだが、大きさが以前の物よりも一回り小さく感じる。

 前は『弓』『槍』『ハンマー』だったが、このマルチウェポンはどういう組み合わせなんだろう?


「この魔導機には『片手剣』『ナックル』『ライフル』の三つがセットされている」

「ライフルって……俺は銃なんて使ったことないぞ」


 聖王国では銃が普及していないため、普通の武器屋でもなかなか売っていない。

 だから一般市民の俺が銃に触れることもなかった。


「大丈夫だ、シンクならすぐに使えるようになる」


 弓も少し練習するだけで使えるようになったし、たぶんなんとかなるとは思うけど……。


「でも銃って弾丸が必要なんじゃないか?」


 弓を使うのに矢が必要なように、銃を使うのには弾丸が必要だ。

 銃が普及していない聖王国では弾丸を手に入れるだけでも苦労しそうだ。


「それに関してはレシピを用意してある」


 ソフィーから渡された紙切れには、ライフルの弾丸のレシピが書かれていた。


「弾丸は錬金術でも作れるのか……これは工夫しだいで色々できそうだな」


 レシピを見ていたらなんだか創作意欲が沸いてきた。

 錬金術で様々な効果を持った弾丸を作れるのなら、銃は錬金術師と相性のいい武器かもしれない。


「そういや、なんでこの武器は金色なんだ?」


 金色だと、ちょっと目立つ気がする。


「この魔導機にはヒヒイロカネが使われているからな」

「ヒヒイロカネって……本当かよ!?」


 ヒヒイロカネは魔国アビスフレイムにある禁忌の洞窟でしか採れない希少な魔法金属だ。

 聖剣や魔剣の材料として使われており、ヒヒイロカネで作られた武器は神さえ傷つける力があると言われている。


「本当だ、先日ゼノバルトの屋敷の地下で見つけてきた」

「もしかして……この間、ルクアーヌに行った時か?」


 ルクアーヌの病院で目覚めた時に、ソフィーは屋敷の地下に行ったと言っていた。


「そうだ、まさかヒヒイロカネの塊があるとは思わなかったがな」


 親父がヒヒイロカネを持っていたなんて知らなかった。

 錬金術の素材にでもするつもりだったのだろうか?


「このマルチウェポンは親父の持っていたヒヒイロカネで作られたんだな……」

「勝手に使ったことを怒っているか?」

「いや、俺が持っていても使い道はなかったと思うし、武器にしてもらった方がありがたいよ」


 俺だったら利用方法が思いつかずに持て余していただろう。


「でも、マルチウェポンって魔導機だし、作るのにかなりの値段がかかったんじゃないか?」

「心配はいらん、余ったヒヒイロカネは好きにしていいと言ったら無料で構わないと言われた」


 ヒヒイロカネは一欠けらでもかなりの価値がある。

 鍛冶師や魔導機技師なら、喉から手が出るほど欲しいはずだ。


「今月の試験はもうすぐだ、それまでにこの魔導機に慣れておくのだな」

「ありがとう、試験もあるし武器はどうしようかと思ってたんだ」


 人目のある場所では創造錬金は使えないし、今後のことを考えれば武器は必要だ。

 ヒヒイロカネで作った武器なんて自分には正直もったいない気もするが、ありがたく使わせてもらおう。


「他には屋敷の地下に何かなかったのか?」


 ヒヒイロカネだけでも十分な収穫だが、邪神に関する情報も欲しい。


「……これを見ろ」


 そう言ってソフィーが差し出してきたのは薄汚れた分厚い手帳だった。


「なんだこれ?」


 受け取って開いてみると、古代語らしき文字で何かが書かれていた。

 古代語を読めない俺には何が書いてあるのかわからなかったが、この字の書き方には覚えがある。


「書いてることはわからないけど、これは親父の字だな」

「それは古代語で書かれたゼノバルトの日記だ」


 言われてみると確かに日記のような書き方に見える。


「なんで古代語で書いてるんだよ」

「他人に読まれたくなかったんだろう」


 読まれたくないってことは、何か重要なことが書かれているんじゃ……。


「ソフィーは古代語が読めるんだろ?いったいどんなことが書いてあったんだ?」


 親父の日記なら、俺の力に関する事が書かれているかも……。


「シンクが今開いているページにはゼノバルトの理想の少女について書かれている、髪は銀髪のツインテールで年齢はじゅうに……」

「親父はいったい何を書いてるんだよ!!」


 思わずつっこんでしまった。


「次のページには理想の少女との卑猥な妄想が書かれているが読んだほうがいいか?」

「やめてくれ!!」


 自分の親父のエロい妄想なんか知りたくない。


「もっと邪神に関するような重要なことは書いてなかったのかよ?」

「……」


 するとソフィーは急に黙り込んでしまう。


「ソフィー?」


 まさか、この日記には親父のエロい妄想しか書いてなかったのか?


「……ゼノバルトは自ら邪神を作り出そうとしていたようだ」

「えっ!?」


 ソフィーのその言葉で、親父の妄想のことなどどうでもよくなる。


「ゼノバルトが作ろうとしていたのは制御できる邪神……それが何か、シンクにはわかるだろ?」

「それって俺の力のことか……」


 俺の創造錬金なら、一時的にだが邪神を創り出し制御することができる。


「ゼノバルトは100年前の邪神との戦いの後、魔法で体の老化を遅らせ、邪神を作り出すための研究をずっと続けていたようだ」

「ずっとって……親父はなんでそこまでして研究を続けてたんだ?」

「詳しいことまでは書かれていなかったが、この大陸に潜む邪神を倒すためらしい」


 もしかしたら、親父はこの大陸が邪神に侵略されていることに気づいていたのかもしれない。


「研究の末、ゼノバルトは長い年月をかけて邪神を創り出すためのホムンクルスを作成した」

「それは他のホムンクルスと何か違うのか?」


 邪神を創り出すくらいだ、普通のホムンクルスとは違うはずだ。


「そのホムンクルスの素材には邪神の肉片が使われている」

「邪神の肉片!?そんなもの親父はどこから持ってきたんだよ!?」

「『賢者の巨塔』の本部に保管されていたものを奪ってきたらしい」

「親父何やってんの!?っていうかなんで賢者の巨塔にそんなものがあるんだ!?」


 親父の行動もそうだが、賢者の巨塔が邪神の肉片を保管していたなんて驚きだ。


「そこまでは書いてないのでわからん……オレ様が知っているのは、賢者の巨塔にセノバルトが所属していたことくらいだ」

「親父って賢者の巨塔の人間だったのか!?」

「オレ様が魔王だった頃に本人から聞いた話だ、その時にはもう賢者の巨塔から抜けていたがな」


 つまり所属していたのは、100年以上も前の話ってことか。


「話を戻すが、意思を持たないホムンクルスでは邪神の細胞を制御することができず、数日で体が異形化してしまったそうだ」


 ホムンクルスには感情がない、心がないホムンクルスには意思がないのだ。

 邪神の細胞を制御できるのが意思を持ったホムンクルスだとしたら、俺は一人だけ知っている。


「そこでゼノバルトはホムンクルスに魂を宿らせることを考えた、邪神の力を制御できる強い魂を……」

「もしかして、親父は人間の魂を使ったのか!?」

「いや、人間の魂では邪神の力を制御できないとゼノバルトは判断し、邪神に対抗することができる同じ神の魂を使うことにした」

「それって……」


 夢の中で女神は言っていた……自分は魂だけの存在だと。


「ゼノバルトは邪神によって封印されていた女神の魂を開放し、その魂をホムンクルスの体へと移したのだ」


 その女神というのは、たぶん俺の夢に出てきた女神だろう。


「女神の魂を宿すことでホムンクルスの制御には成功した……というところで日記は終わっている」

「そのホムンクルスっていうのは、俺の……」

「おそらくシンクが思っている通りだろう」


 女神は俺と特別な絆で繋がっていると言っていた……。

 その意味がわかった気がする。


「この日記から手に入った情報はこれだけだ……もう一度地下を探せば続きの日記を見つけられるかもしれんが」

「いや、これで十分だよ」


 あそこにはまだ聖王騎士団の連中がいるだろうし、そこまで無理をする必要はない。

 それにソフィーの話を聞いて、夢に出てきた女神が本物だと確信が持てた。


「俺からもソフィーに聞いてもらいたい話があるんだ」

「なんだ話してみろ」


 俺は夢で出てきた女神についてソフィーに話すことにした。

 女神が言っていた、邪神がこの大陸を侵略していること、この大陸を救えと言われたこと……それらをなるべく詳しくソフィーに伝える。


「……ふざけた話だな」

「いや、信じられないのはわかるけど、本当に夢に出てきたんだ」


 やっぱりこんな話を信じろっていうのは無理か……。


「そうではない、女神の言ってることがふざけてると言ったのだ」

「えっ?」

「まるでシンク一人に全てを押し付けているようではないか……神とはいえ気に入らんな」


 ソフィーは怒っているようだった。


「シンクはどう思っているのだ?」

「どうって?」

「女神の言ったとおり邪神を倒し、この大陸を救うつもりなのか?」

「俺は……」


『シンク、あなたは邪神を倒すために……この大陸を救うために生まれてきたのです』


 夢で女神が言っていた言葉を思い出す。


「俺は邪神を倒すために生まれてきたのかもしれない」


 親父も母さんもそのために俺を産んだんだと思う。


「だけど、そんなことは関係ない」


 生まれた理由が決まっていても、自分がどう生きるかは自分が決める。

 だから俺は……。


「大事な人達を失うことになるっていうなら俺は邪神と戦うだけだ」


 邪神をこのままにしておけば世界が滅び、すべてが死ぬ。

 そこには俺の大切な人達も含まれる……それなら黙って見ているわけにはいかない。


「それがシンクの答えか?」

「ああ、俺が何者かなんて関係ない、創造錬金の力があろうがなかろうが俺は戦う」


 誰かに言われたからじゃない。

 両親に望まれたからじゃない。

 もちろん、世界のためなんかじゃない。

 俺は自分の大切なモノを守るために……俺自身のために戦うんだ。


「くっくっく、そうか……」


 ソフィーは邪悪な笑みを浮かべると椅子から立ち上がる。


「ならばオレ様も力を貸そうではないか」

「……いいのか?」


 邪神と戦うということはガタノソアのような奴と戦うということだ。

 次も無事で済むとは限らない。


「今更何を言っている、オレ様は過去に邪神と戦っているのだぞ?」


 ソフィーは転生する前、魔王として英雄達と一緒に邪神と戦っていた。

 生まれる前から戦う覚悟はできてるってことか……。


「すぐ隣に頼りになる友がいるのだ、黙ってオレ様を頼るがいい」

「ありがとう、ソフィー」

「ふん、任せておけ」


 ソフィーが力を貸してくれるのは正直心強い。


「でも戦うことを決めたのはいいけど、これからどうすればいいんだ?」


 覚悟は決まったが、何をすればいいのかわからない。


「そうだな……シンクは次に女神が夢に出てくるのを待て」


 女神は次に会った時に答えを聞かせてもらうと言っていた。

 きっと近いうちに夢に出てくる気がする。


「この大陸を救えと言うくらいだ、女神はその方法を知っているのだろう……そうでなくても有益な情報くらいは聞かせてもらわんとな」

「それじゃあ何か聞いておくことってあるか?」


 女神なら俺達が知らないことも知っているはずだ。


「ならばアルキメス王国の王都の崩壊について聞いておけ」

「あれってやっぱり邪神の仕業なのか?」


 王都を一日で崩壊させるなんて人間にできることではない。


「その可能性はあるが、今の情報だけで断定はできんな」


 他国の情報だし、こちらに正確に伝わっているとも限らない。

 聖王国内なら実際に現場に行って情報を集めることも可能だが、他国となるとそう簡単にはいかない。


「情報はオレ様の方で集めておく、シンクは次の試験に向けて準備しておけ」

「試験か……今後も俺は学生を続けてられるのかな」


 邪神と戦うとなると、学院をやめることになるかもしれない。


「それはわからん、だが学院の試験に落ちるようではこの先やっていけんぞ……修行だとでも思っておけ」


 確かにその通りだ、邪神を倒すなら試験なんかでつまづいてはいられない。


「そうだな、まずは次の試験を乗り越えよう」


 さっそくその日の夜から、俺は新しいマルチウェポンに慣れるための訓練を開始した。


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