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第44話「深夜の密会」(挿し絵あり)

 深夜、俺は物音をたてないようにそっと部屋を抜け出す。

 忍び足で階段を降り、玄関から寮の外に出る。


『明日の午前二時に一人で教会に来てください』


 リコリスから受け取った手紙の裏にはそう書いてあった。

 正直、罠の可能性がないとは言えない。

 それでもリコリスに会うことで女神教団に関する情報が何か手に入るかもしれない。


「まずは行ってみるか」


 俺は街灯に照らされた道を通って教会へと向かう。

 女神教団の教会は街外れにあり、学院の寮からは離れた場所にある。

 普段来ない場所なので少し迷ってしまったが、無事に教会に辿り着くことができた。


「リコリスは中かな?」


 持ってきた懐中時計を確認すると待ち合わせの時間の五分前だった。

 この時間ならリコリスも来ているはずだ。

 教会の扉に手をかけると鍵がかかっておらず、簡単に中に入ることができた。


「シンク様、お待ちしておりました」


 声のしたほうに視線を向けると、月明かりに照らされた窓の下にリコリスが立っていた。

 夕方に会った時とは違い、ローブではなくワンピースを着ており、その手にはバスケットを持っている。


「俺を呼び出した用件はなんだ?」


 聞きたいことは他にもあるが、まずはリコリスが俺を呼び出した理由を知りたい。


「それはもちろんシンク様とデートするためです」

「えっ!?」


 予想外の答えに思わず間抜けな声が出てしまう。


「えーと、リコリスが言ってるのは男と女が一緒にするあのデートか?」

「そうですけど……デートって、他に何かあるのですか?」


 なんだろう……リコリスの考えがさっぱりわからない。

 もしかしてデートと言っておきながら、実際は別のことが狙いなのか?


「リコリスは俺とデートしたくて、こんな深夜に教会まで呼び出したのか?」

「はい、そうです」


 その顔は嘘を言っているようには見えない。

 リコリスは本気で俺とデートするつもりのようだ。


「その……シンク様とデートするために、着替えてきたのですがどうですか?」


 そういえば今のリコリスはワンピースを着ている。

 前に会った時はドレスだったのでなんだか別人のようだ。

 服装のせいか、今は普通の女の子のように見える……正直、かわいいと思う。


「女の子らしくて、かわいいと思うぞ」

「本当ですか!?」


 リコリスが近づき、俺の顔に自分の顔を近づけてくる。


「あ、ああ……」

「えへへ、嬉しいです♪」


 リコリスは頬を染めて、嬉しそうに笑う。


「そういえば夕方に会った時は、なんであんな暑そうなローブを着てたんだ?」

「あれはその……信者達に見つかると騒ぎになるので変装していたのです」


 変装するにしても、今の季節にあの格好は無いと思う。

 むしろ逆に目立ちそうな気がする。


「そ、それよりも早くデートに行きましょう!!」

「デートって……こんな深夜にどこに行くんだよ?」


 そもそもデートするにしたって、こんな時間では酒場くらいしか店はやっていない。


「大丈夫です、リコリスについてきてください」

「あっ、おい!!」


 リコリスは早足で教会の扉から外に出て行ってしまう。


「……ったく仕方ないな」


 このまま帰るわけにもいかないので、俺はリコリスを追いかけて教会の外に出た。





 外に出るとリコリスは教会の裏にある墓地の方へと歩いていく。


「おい、どこに行くんだよ!?」


 まさか夜の墓場でデートなんてことはないよな?


「ここを通った方が近道なんです」


 リコリスは特に気にした様子もなく墓地へと入っていく。

 仕方なく俺もリコリスについていく。

 夜の墓地は静まり返っており、なんとなく不気味な感じがする。


「夜の墓場って何か出そうな感じだよな」

「死体は火葬されているのでゾンビは出ませんよ?」


 教会の墓に埋まっている死体は火葬されているので、死体がゾンビ化してアンデッドになるようなことはない。


「もしゾンビが出たところでシンク様の敵ではないはずです」

「まあそうかもしれないけど……」


 俺が創造錬金でクトゥグアの力を使えば、ゾンビも一瞬で消し炭と化すだろう。


「シンク様はあのダゴンですら倒しているのですよ、今更恐れるものなんてないはずです」


 創造錬金の力は邪神を倒せるくらい強力だ。

 だが、危険な力でもある……。

 この力は禁忌とされる邪神を創造する力だ……軽々しく人前で使えるものではない。


「女神教団はやっぱり俺の力のことを知ってるのか?」


 少なくともリコリスの前で創造錬金を使っているので、女神教団に伝わっている可能性はある。


「それはクトゥグアを生み出した力のことですよね?」

「そうだけど、リコリスはクトゥグアの事まで知ってるのか……」

「お父様から色々教えてもらったり、本を読んでたくさん勉強しましたから」


 そういえば深きものに関しても父親から聞いたと言っていた気がする。


「リコリスの父親って何者なんだ?」

「女神教団の司教の一人です、司教の仕事よりも研究で忙しいみたいですけど」


 司教ということは教団でもそこそこ地位が高いようだが、それよりも研究というのが気になる。


「研究って何を研究してるんだ?」

「それは……ごめんなさい、誰にも言っちゃダメって言われてます」


 リコリスが口止めされていることを考えると、禁忌に関する研究だろうか?


「それとシンク様の力についてですが、お父様は知っているようでした」

「やっぱりバレてるのか……」


 ルクアーヌの森で初めて創造錬金を使った時に、誰かに見られていたのだろう。

 だが未だに何もないことを考えると、聖王騎士団には伝わっていないようだ。


「ですが他の教団の方に関してはわかりません」

「そうなのか?」

「リコリスはあまり教団の方達と話さないので……向こうもリコリスとは話したがりませんし」


 そう言ったリコリスの声はなんだか寂しそうに感じた。


「だからこうやってシンク様とお話できるのはとても嬉しいです」


 リコリスはファンも多いし教団でも人気者だと思っていたのだが、実際は違うのかもしれない。


「あっ、でもお父様だけはリコリスとちゃんとお話してくれますよ」


 それでも父親とは仲がいいみたいだ。


「父親がいるってことは、リコリスはシオンのように教団の施設で育ったわけじゃないのか?」


 両親のいないシオンは施設で『修行』させられて巫女になったと言っていた。

 父親がいるならリコリスがそんな施設に入ったとは思えない。


「リコリスが育ったのはお父様の研究室です」


 研究室ということはシオンが育った施設とはやはり違うようだ。


「じゃあリコリスは研究室で巫女になる修行をしたのか?」

「勉強はたくさんしましたけど修行というのはしていません」

「でも女神の声を聞くには修行が必要なんじゃ……」


 修行という名の地獄……。

 シオンはそれを体験したことによって、女神の声が聞こえるようになったと言っていた。


「リコリスは最初から女神様の声を聞くことができましたよ」


 最初から女神の声が聞こえるなら、リコリスには修行をする必要は無かったということか……。

 だけど、そんなことがありえるのだろうか?


「リコリスは他の巫女達とは違うのです」

「それってどういう……」

「あっ、この林を抜けたら目的地です」


 リコリスは墓地を抜けた先にある林の中へと入っていく。


「おい、待てって!!」


 俺はリコリスを追いかけ林の中を進む。

 すると、どこからか川の流れる音が聞こえてきた。


「シンク様、こちらです」


 林を抜けるとそこには川が流れており、小さな光がいくつも飛んでいた。

 たくさんの小さな光が飛び回るその光景はなんだか幻想的に見えた。


「これは……」


 近くを飛んでいる小さな光をよく見ると、それはホタルだった。


「綺麗ですよね」


 そう言ってリコリスが近づいてくる。


挿絵(By みてみん)


「……ああ、綺麗だな」


 俺は素直にそう思った。


「昨日の夜、散歩してる途中にこの場所を見つけて、シンク様にも見せたいと思ったのです」


 それで深夜に俺をこんな場所まで連れてきたのか。


「街の近くにこんな場所があるなんて知らなかったな」


 ルクアーヌに住んでいた時もホタルを見たことはあったけど、こんなにたくさん飛び回っているのを見るのは初めてだ。


「せっかくですし、ここでお昼にしましょう」

「いや今は昼じゃなくて深夜だぞ……」


 リコリスは俺の発言を無視して持ってきたバスケットを開く。

 その中にはサンドイッチが入っていたのだが、形が崩れており、挟んだ具がはみ出していた。


「これリコリスが作ったのか?」


 なんていうか……不器用な子供ががんばって作った感じがする。


「はい、シンク様のことを想って作りました……どうぞ食べてください!!」


 そう言われると断りにくい……。

 まあ毒が入っているようには見えないし、食べてみるか。

 俺はバスケットに手を伸ばし、サンドイッチを掴むと口の中へと運ぶ。


「もぐもぐ……」

「ど、どうですか?」


 見た目は悪いが普通に食べられる味だった。


「うん、おいしい」


 特別おいしいわけではないが、せっかく作ってくれたのでそう答えておく。


「本当ですか!?」

「っていうか自分で味見はしなかったのか?」


 人に作ったものなら味見くらいしているはずだ。


「リコリスは普通の人間と味覚が違うので、味見をしてもよくわからないのです」


 つまり味音痴ということらしい。


「なので本に書いてあった通りに作ってみました」


 味がわからないなりにがんばって作ってくれたようだ。


「だからこのサンドイッチはシンク様が食べてください、もちろん残しても構いません」


 普通の味付けをした料理ではリコリスの口には合わないのだろう。


「そうか、わかった」


 俺は一つも残さずにサンドイッチは全てたいらげた。

 不味いわけでもないし、俺のために作ってくれたのなら残すわけにはいかない。


「シンク様……」

「うまかったよ、ありがとな」


 リコリスの頭に手を乗せ、優しく撫でる。


「あうっ!?」

「おっと、悪い……つい癖で」


 最近誰かの頭を撫でることが多いので、ついリコリスの頭を撫でてしまった。


「い、いえ……その、撫でられるの好きです……だからもっと撫でてもらえませんか?」


 頬を染めながらリコリスが上目遣いで俺を見てくる。

 俺は少し考えて……。


「……少しだけだぞ」


 そう言ってリコリスの頭を撫でる。


「えへへ、お父様以外の人に頭を撫でられるのは初めてです♪」


 俺に撫でられてリコリスはすごく嬉しそうに笑う。

 その顔を見ていると、教団の情報を聞き出すことになんとなく罪悪感を感じてしまう。

 だけど、俺にはまだ聞いておきたいことがある。


「リコリス……」

「はい、なんですか?」


 リコリスが綺麗な赤い瞳で俺のことを見てくる。


「その……ホタルが好きなのか?」

「はい、好きです♪」


 リコリスが笑顔でそう答える。

 俺はいったい何を聞いているんだ……。


「この世界はとても綺麗なものに満ち溢れてキラキラしています」

「そうか?まあこの光景は綺麗だと思うけど」


 目の前で光ながら飛ぶホタルは綺麗だと思う。


「リコリスはお父様の研究室を出るまで、この世界がこんなに綺麗で美しいなんて知りませんでした」

「もしかしてリコリスはずっと研究室で暮らしていたのか?」

「はい、リコリスは研究室から出ることをお父様に禁じられていたのです……なので、外に出たのは巫女になってからですね」


 その話が本当なら、リコリスはかなりの年数を同じ部屋だけで過ごしてきたことになる。


「リコリスって何歳なんだ?」

「シンク様よりは年下です……それと女性に年齢を尋ねるのはマナー違反だと本に書いてありましたよ」


 正確な年齢は教えてくれないようだ。

 まあ俺より年下ってことは15か14歳くらいだろう。


「それじゃあ、なんで部屋から出してもらえなかったんだ?」

「外は危険だから出てはいけないと、お父様に言われていました」


 そんな理由で部屋から出さないなんて、あまりにも過保護すぎる。

 きっとそれ以外の理由があるはずだ。


「なのでリコリスはいつも部屋で本を読んでました……シンク様は本を読むのは好きですか?」

「まあ好きだけど……」


 昔から本を読むのは好きだった。

 友達のいなかった俺にとって読書は一人でも楽しめる趣味だったのだ。

 今でも時間があれば趣味で小説を読んだりしている。


「シンク様はどのような本を読むのでしょう?」

「魔法関係の本も読むけど、それ以外だと小説も読んだりするな」


 あとは写真集という名のエロ本だが、さすがにそれをリコリスに教えるわけにはいかない。


「リコリスも小説は好きです!!物語を読むのはわくわくします!!」


 リコリスはそう言って、自分の顔を俺の顔に近づけてくる。


「お、おう」

「よければシンク様の好きな小説を教えてください!!」

「別にいいけど……」


 リコリスと近くの芝生に並んで座り、俺は今まで読んだ小説について話す。


「個人的には『クロウの冒険』シリーズが良かったな」

「リコリスも読みました、三巻のドラゴンと戦うシーンはドキドキでした!!」

「リコリスも読んでたのか……確かにあのシーンは良かったな、特に聖剣を手に入れてからの展開が」

「はい、あれはとても感動しました!!」


「あとは『暗黒海物語』も好きだな、世間では賛否両論だけどあのラストは衝撃的だった」

「はい、あの展開はとても驚きましたね……まさかあんなことになるなんて」

「でも、ああいう終わり方は人を選ぶと思うけど」

「確かに超展開過ぎたかもしれません、リコリスも最初は意味がわかりませんでした」


 好きな小説について誰かと話すのは思った以上に楽しかった。

 こんな風に小説について話せる相手はリコリスが始めてかもしれない。


「リコリスはどんな小説が好きなんだ?」


 自分の話ばかりするのも悪いと思い、リコリスにも話を振ってみる。


「色々読みましたが、リコリスが好きなのは恋愛小説です、特にお気に入りなのは『ネリネの赤い糸』ですね」

「その作品は知らないな」


 おそらく女性向けの恋愛小説なんだろうけど、聞いたことのないタイトルだ。


「古い作品ですから……でもリコリスにとっては名作でした」

「どんな内容なんだ?」

「それはですね……あっ!?」


 リコリスが突然空を見上げる。

 暗かった空は徐々に明るくなり始め、いつの間にか飛んでいたホタルの姿も見えなくなっていた。


「そろそろ朝だな」

「す、すみませんシンク様!!リコリスはすぐに戻らなければなりません!!」


 そう言ってリコリスは急に立ち上がる。

 もしかして巫女の仕事でもあるんだろうか?


「巫女の仕事か?徹夜なんだしあんまり無理はするなよ」

「え、えっと……そ、それでは失礼します!!」


 リコリスは慌てた様子でその場を去っていった。


「あっ、おい!?」


 走って呼び止めようとしたが、リコリスの足が速すぎて追いつくことができなかった。


「一緒に帰ろうと思ったんだけど……まあいいか」


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