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第42話「夢、そして目覚め」

 歌が聞こえる……。

 これは昔、母さんが歌ってくれた子守唄だ。

 なんだか懐かしくて、とても心地いい……。


「……母さん?」


 目を開けると、そこには大きな二つの膨らみがあった。

 よく見るとそれは女性の胸だった、しかも片方の胸が俺の顔と同じくらい大きい。


「でかっ!?」

「どうやら目を覚ましたみたいですね」


 どこかで聞いたことがある声がするが、目の前の胸が大きすぎて顔が見えない。

 頭には柔らかい感触があり、どうやら俺は膝枕をされているようだ。


「いったい、誰が……」


 起き上がって、俺に膝枕をしていた人物を確認する。

 するとそこには、銀色の長い髪をしたスタイル抜群な美人がいた。


「あなたは……」


 それは以前夢に出てきた自分を女神と名乗る女性だった。


「それじゃあ、これは夢なのか?」

「夢ですけど、ただの夢ではありません……ここは私がシンクと交信するための空間です」


 辺りを見回すと、そこは以前に自称女神と出会った神殿のような場所だった。

 前回もそうだったが、夢にしてはあまりにもはっきりしすぎている。

 それに一度ならともかく二度も同じ人物が夢に出てくるとなると、さすがにただの夢とは思えない。


「シンクは限界以上に創造錬金を行なったことで意識を失ったのです」

「やっぱりそうか」


 自分でもそうなることは予想していた。


「原因はトルネンブラの制御の失敗ですね、上手く制御できれていれば血の消耗は少なかったはずです」


 そういえば以前の夢でも、俺の血から邪神を創り出しているようなことを言っていた気がする。


「おそらく音楽の邪神であるトルネンブラを制御するには、音楽に関する技術が必要なのでしょう」

「音楽ですか……」


 俺は今まで楽器を弾いたことすらないし、歌だってまともに歌ったこともない。

 そんな俺に音楽の技術なんてものがあるはずがない。


「こんなことならシンクに音楽の勉強もさせておくべきでした」

「今さらそんなこと言われても……っていうか、そういうのは普通親のセリフですよ」


 母さんや師匠ならともかく、目の前の自称女神にそんなことは言われる筋合いはない。


「そ、それよりも今回のシンクの行動はあまりにも無謀すぎます!!」


 どうやら話題を変えるつもりらしい。


「なんですか、突然?」

「誰かを助けるためとはいえ、簡単に自分の命を投げ出すようなことはするべきではありません」


 ダゴンに創造錬金を使った時のことを言っているようだ。

 確かにアーリア達を助けるためとはいえ、自分でも無茶をしすぎたと思う。


「でも、あの時は他に方法はなかったと思います」

「だからって、あなたは自分の命が大事じゃないんですか?あなたのやったことは自分勝手な自己犠牲です」


 自己犠牲なんてのは結局ただの自己満足、正しいと胸を張って言えることじゃない。

 俺のやったことは普通に考えたら間違っているのかもしれない。

 それでも……。


「それでも俺にとってアーリアは、自分の命をかけてでも守りたいと思える大切な存在なんです」


 きっと相手がソフィーやカリン、シオンやクリスでも俺は同じ行動をしたと思う。


「それならなおさら、自分の命を投げ出すようなことはしないでください……あなたの大切な人が悲しみます」

「わかっています……でも、そんなことを言うってことは俺はまだ生きてるんですね」


 もし死んでいるなら、夢すら見ることはないはずだ。


「はい、あなたは死んでいません……教団の巫女が助けてくれたようです」

「巫女って、リコリスが!?」


 海に落ちた俺をリコリスが泳いで助けに来てくれたのだろうか?


「シンク、あの少女は危険です」

「どういうことですか?」

「彼女は、この世界に存在するべきではないのです」


 リコリスは確かに普通の女の子ではないかもしれない。

 あの怪力もそうだが、深きものと戦う姿に少し狂気めいたものを感じたのも事実だ。

 それでも、存在するべきではないなんて言いすぎた。


「いくらなんでもそれは言いすぎです!!だったらなんで、あなたはリコリスに俺と結婚するように仕向けたんですか?」


 目の前にいる自称女神が本当の女神なら、いろいろと言っていることが矛盾している。


「彼女をあなたに仕向けたのは私とは違う偽の女神です……いえ、邪神と言った方が正しいですね」


 自称女神は、そんなとんでもないことを言い出す。


「邪神って……」

「私の体は邪神に奪われてしまいました、今は女神となった邪神が女神教団を操っているのです」


 100年前の戦争で、邪神は姫騎士マリヴェールの双子の妹であるルリヴェールの体を乗っ取っていたとソフィーが言っていた。

 もし邪神にそんな力があるのなら、女神の体を奪うことも可能なんじゃないだろうか?


「すべては100年前の戦争から仕組まれていたこと、この大陸は人間が気づかないうちに邪神によって侵略されているのです」

「この大陸って……聖王国だけじゃないんですか?」

「はい、アルキメス王国もマリネイル王国もすでに邪神の侵略を受けています」


 邪神の問題は聖王国だけでなく、大陸全体にまで広がってるっていうのか……。


「私だけでなく、竜神、獣神、海神は邪神によって消滅し、魔神は封印されてしまいました」

「それじゃあ今残っている神は、女神のあなただけなんですか?」

「はい、ですが今の私は体を失った魂だけの存在です、こうやってあなたと交信するくらいのことしかできません」


 つまり、今この大陸を救える神はいない。

 それが本当ならこの大陸はもう……。


「ですが……シンク、今はあなたがいます」

「えっ、俺!?」

「あなたは既に邪神を倒しているのですよ、邪神を創造する創造錬金の力で……」


 女神の言うとおり、俺は創造錬金の力を使ってガタノソアを撃退し、ダゴンを倒している。


「もしかして俺に邪神を倒して、この大陸を救えとでも言うつもりですか?」

「それは……」


 女神は一瞬躊躇したような素振りを見せるが……。


「……はい、そうです」


 俺の目を見てはっきりとそう答えた。


「シンク、あなたは邪神を倒すために……この大陸を救うために生まれてきたのです」

「いくらなんでも冗談ですよね?」


 俺が邪神を倒して大陸救うなんて……あまりにも話しがぶっ飛んでいる。

 こんな嘘、子供だって信じない。

 それなのに、俺には女神が嘘を言っているようには見えなかった。


「このままではこの大陸……いえ、世界は滅び、あなたは大切な人達をすべて失うことになるでしょう」

「なんだよそれ……」

「あなたが守りたいと思った少女も、あなたの友人達も、あなたを育ててくれた女性も……この世界に住むすべての生命が滅びます」


 アーリア、ソフィー、カリン、シオン、クリス……カティアさんやミントさん、そして師匠まで死ぬっていうのか……。

 この世界すべての命が滅ぶなんて……話が大きすぎて、理解が追いつかない。


「そろそろ時間ですね……答えは次に会った時に聞かせてもらいます、どうするべきか考えておいてください」


 女神はそう言うと、俺に背を向け歩き出した。


「待ってくれ!!まだ聞きたいことが……」


 俺が女神に向かって手を伸ばすと突然周囲が暗くなり、女神の姿は見えなくなった。


「ごめんなさい、シンク……」


 女神の謝る声が聞こえた瞬間、全てが暗闇に包まれた。





 気が付くと、そこはベットの上だった。


「俺は……」

「目を覚ましたようだな」


 声のした方に顔を向けると、そこにはソフィーが立っていた。


「なんでソフィーが……ここはいったい?」

「ここはルクアーヌの魔法病院だ、貴様は船の沈没事故に巻き込まれたらしいが憶えているか?」


 ディナーの後に深きもの達に襲われて、船が沈没したのは憶えている。

 それから創造錬金でダゴンを倒して、海に落ちて……。


「そうだ、アーリアはどうなったんだ!?」


 アーリアは無事に港まで辿り着けたんだろうか?


「アーリア・セルティンなら別の病室で眠っている」

「大丈夫なのか?」

「安心しろ、ただの疲労だ……おそらく姫騎士の力を使いすぎたのが原因だろう」


 別に怪我をしているというわけではないようだ。


「それじゃあリコリスは……ピンク色の髪をした女の子なんだけど、どうなったか知らないか?」

「そんな奴は知らん」


 夢で女神は、俺を助けたのはリコリスだと言っていた。

 それが本当ならリコリスもきっと無事なはずなのだが……。


「じゃあ俺はいったい誰に助けられて……」

「シンクを病院に運んできたのは漁師の男だ」


 俺を助けたのはリコリスじゃなかったのか?


「話によると、なんでも港の近くの砂浜に倒れていたらしい……その時、貴様の傍に見たことも無い化け物がいたそうだ」

「化け物?」

「ああ、夜だったので暗くて姿はよく見えなかったらしいが、漁師の姿に気づくと海の中に逃げていったそうだ」


 まさかその化け物っていうのが……。

 いや、それはいくらなんでも考えすぎか。


「そうか……ところでソフィーはなんでルクアーヌにいるんだ?」


 ソフィーがカリンと一緒にどこかに出かけていたのは知っていたけど、ルクアーヌだなんて聞いてない。

 それに、なぜ俺が運ばれた病院にいるのだろう?


「オレ様とカリンは、この街でゼノバルトに関する情報を集めていたのだ」

「ゼノバルトって……親父のことを調べてたのかよ!?」


 それでカリンと二人でルクアーヌに来ていたわけか。


「その時にシンク達が乗っていた船が沈没したことや、アーリア・セルティンが港で倒れて病院に運ばれたことを知り、この病院まで来たわけだ」


 おそらくアーリアは港に辿り着いて力尽きたのだろう。


「まさか病院に着いてすぐにシンクが運ばれてくるとは思わなかったぞ」


 ソフィーの目の下にうっすらとクマが見える。

 どうやら俺が目を覚ますまで、ソフィーは傍についていてくれたようだ。


「心配かけて悪かったな……でも、言ってくれれば俺だって情報収集くらい手伝ったのに」


 この街のことはそれなりに詳しいし、親父に関することなら俺も自分で調べたい。


「やっていたのは情報収集だけではない、ゼノバルトの屋敷の地下にも行ってきた」

「えっ、屋敷の地下に行ったのか!?」


 屋敷のある森があった場所は、今は聖王騎士団に封鎖されて中に入れないはずだ。


「ああ、途中で聖王騎士団の連中と戦うことになったが、転移魔法でなんとか逃げることができた」


 俺のいない所で、ソフィー達がそんな危ない事をしていたなんて……。


「なんでそんな危険なことを……」

「言っておくが、正体がバレるような失態はおかしていないぞ」

「そういう問題じゃない、もしかしたら殺されていたかもしれないんだぞ!!」


 もし、そんなことになったら俺は……。


「俺のためだって言うなら、そんな危ないことはもうしないでくれ」


 ソフィー達が死んだりしたら、後悔してもしきれない。


「その言葉、はっきり貴様に返すぞ」

「えっ?」

「邪神ガタソノアが現れたとき、貴様はオレ様達を見捨てず戦った……自分が死ぬかもしれないというのにな」

「そ、それは……」

「あれだけ危険なことを自分でやっておいて、オレ様にはするなとどの口が言える?」


 そう言われると返す言葉が見つからない。


「それにオレ様は魔王だ、魔王に心配など不要だ」


 俺は自分の素直な気持ちをソフィーに伝えることにした。


「魔王かどうかなんて関係ないよ、ソフィーは大事な友達で、俺にとって大事な女の子でもあるんだ……だから無茶なことはして欲しくない」


 あれ?今なんだかとんでもないことを言ってしまったような……。


「大事な女の子だと!?それはつまりオレ様のことを……」


 ソフィーは顔を赤くすると、後ろを向いてしまった。

 俺もさっき言ったことを思い返して顔が熱くなる。


「と、とにかく貴様は無理しすぎだ、もう少し周りにいる奴らのことも考えろ!!」


 そういえば、夢で女神にも命を投げ出すなと怒られた気がする。


「わかったよ、できるだけそうする……だからソフィーも危険なことをする前に俺に相談してくれ」

「ふん、気が向いたらそうしてやる」


 あまりしつこく言っても逆効果だろうし、これくらいにしておこう。


「そういえばカリンは一緒じゃないのか?」

「カリンなら別室にいるアーリア・セルティンの傍についている」


 ソフィーはこちらを向くと、まだ少し赤い顔でそう答えた。


「それより今は船で何が起きたのか教えろ、あれだけの船が沈むなど普通はありえない」

「ああ、実は……」


 俺は船で遭遇した深きものやダゴンのことをソフィーに伝えた。


「深きものにダゴン……こんな街の近くの海でそんなモノが現れるなんて、普通ではありえんな」

「ソフィーは深きもののことを知っているのか?」

「実際に見たことは無いが、知識としては知っている」


 おそらく魔王だった頃の記憶として憶えているのだろう。


「奴らはマリネイル王国の海域に生息しているはずなのだが……」

「そいつは海神教団の差し金さ」


 病室の扉が開き、ケインさんが中に入ってくる。


「ケインさん!!無事だったんですね!!」

「ああ、そっちこそ無事で良かったぜ」


 ケインさんのことだから大丈夫だとは思っていたけど、本当に無事で良かった。


「あの状況でケインさんもよく無事でしたね、どうやって街に戻ってきたんですか?」

「ん?普通に泳いで戻ってきただけだが」


 さすがAランクの冒険者、あの距離を泳いで戻ってくるなんて……。


「でも、深きものやデビルオクトパスがいたんじゃ……」

「そいつらならダゴンが倒された後に、海に見たことがない化け物が現れて逃げていったよ」

「化け物ですか?」

「夜だったから暗くて姿はよくわからなかったけど、ダゴンが倒されたのと化け物の出現で、深きもの達は撤退することにしたみたいだ、おかげで街まで無事に戻ってくることができたぜ」


 その化け物は、たぶん俺が海に落ちた時に見たモノと同じだと思う。

 そして、俺が砂浜に倒れていた時に傍にいたという化け物もきっと同じ存在のはずだ。


「貴様が『不死身のケイン』か……どんな危険な依頼でも必ず死なずに帰ってくるらしいな」


 ソフィーが言ったとおり、ケインさんは冒険者達の間で『不死身のケイン』と呼ばれている。

 どんな危険な依頼でも必ず生きて帰ってくることから、そう呼ばれるようになったそうだ。

 ケインさんはこの街の冒険者としては有名なので、おそらくソフィーはこの街で情報を集めていてケインさんの事を知ったのだろう。


「この小さい嬢ちゃんはシンクの友達か?」

「ああ、ソフィーって言うんだ」

「そんなことはどうでもいい、それより海神教団がどうのと言っていたな、貴様は何か知っているのか?」


 ケインさんの方がずっと年上だというのに、そんなことはお構い無しにソフィーは普段通りの口調で話しかける。


「ああ、そのことについてなんだが……」

「シンク、大丈夫!?」


 病室の扉が開き、今度は師匠が入ってくる。


「あっ、師匠」

「シンク!!」


 師匠は俺の姿を見ると、突然抱きついてきた。


「し、師匠!?」

「ううっ、シンクが病院に運ばれたってさっき聞いて……体は大丈夫なの!?」


 師匠は泣きながら俺の体を強く抱きしめる。


「この通り俺は大丈夫だから安心してよ、姉さん」


 あえて師匠ではなく、姉さんと呼ぶ。


「ぐすっ、シンクに何かあったら私……」


 それからしばらく、師匠は俺を抱きしめたまま泣き続けた。

 こんな風に泣く師匠を見たのは初めてな気がする。

 俺は女神が言っていた言葉を思い出す。


『それならなおさら、自分の命を投げ出すようなことはしないでください……あなたの大切な人が悲しみます』


 今なら女神の言っていたことが、わかる気がする。


「姉さん、俺は絶対に死なないよ」

「シンク……」


 そうだ、こうやって泣いてくれる人を悲しませないためにも俺は死ぬわけにはいかない。


「えーと、俺も結構大変な目にあってきたんですけど」


 師匠の旦那であるケインさんがそう呟く。


「あれ、ケインいたんだ」

「最初からいたよ!!」


 ケインさんのツッコミが病室内に響き渡る。


「たくっ、パルカは相変わらずのブラコンだな……」

「だって、私はシンクのお姉ちゃんだし」


 師匠はそう言って、俺をさらに抱き寄せる。

 ソフィーに見られて恥ずかしいので、そろそろ離して欲しいのだが……。


「それにケインは、何があっても絶対に私の元に帰ってきてくれるって信じてるから」

「パルカ……そうだぜ、俺はなんたって不死身のケインだからな、どんな依頼もどんとこいだ♪」


 師匠の言葉でケインさんは急に上機嫌になる。

 なんというか……単純だな。


「とんだ茶番だな」


 ソフィーは俺達を見て、呆れたようにそう呟いた。


「えっ、なにこの娘……超かわいい!!」


 師匠はソフィーに目を向けると、キラキラと目を輝かせる。


「その娘は俺の友達のソフィーだよ」

「ソフィーちゃんって言うんだ……抱っこしてもいい?」

「ダメに決まっているだろ!!」


 師匠の突然のお願いをソフィーは全力で拒否する。


「じゃあ、頭をなでなでするだけでも……」

「断る」

「髪に触るくらいなら」

「拒否する」

「ちょっとだけ、先っちょだけでいいから……」


 なんかちょっと変態っぽい。

 どうやら師匠は、ソフィーのことが気に入ったようだ。


「はいはい、俺達はこれから大事な話をするから、パルカは病院のロビーで待っててくれ」


 ソフィーと師匠の間にケインさんが割り込んでくる。


「むぅ、仕方ないわね……わかったわ、それじゃあまた後でね」


 不満そうな顔しながらも、師匠は素直に病室を出て行った。


「それじゃあ、さっきの話の続きといこうか」

「その前にローゼさんはどうなったんですか?それに船に乗っていた他の乗客達は……」


 俺がそう言うと、ケインさんの顔つきが険しくなった。


「今回の事件で、生存が確認されているのは今のところ俺達と女神教団の巫女だけだな」

「巫女ってリコリスのことですよね?」

「ああ、今朝方に街から少し離れた砂浜で発見されて、教団関係の魔法病院に運ばれたらしい」


 やっぱりリコリスは無事だったようだ。

 だけどローゼさんや他の乗客が一人も助かっていないなんて……犠牲者が多いのは予想していたけど、まさかここまでだとは思わなかった。


「ケイン・ルービリ、貴様はなぜシンクと同じ船に乗っていた?まさかこうなることを知っていたのか?」

「まさか、知るわけないだろ、俺達は冒険者ギルドの依頼で船に乗っていただけだ」


 ソフィーの問いにケインさんはそう答える。


「もし、船を沈めることがわかっていたら、事前に準備して人数だってもっと揃えていたさ」


 あの船に乗っていた冒険者はケインさんとローゼさんと後一人だけらしいし、さすがに三人だけで深きもの達の襲撃を防ぐのは不可能だ。


「その依頼って、どんな依頼だったんですか?」

「あの船に乗っていた海神教団の連中の調査さ」

「えっ、海神教団があの船にいたんですか!?」


 教団関係者はよほどの理由が無い限り、他国に入国できないはずだ。

 法律で決まってはいないが、それが教団同士の暗黙のルールだ。


「ああ、最近ルクアーヌの周辺の海でデビルオクトパスが確認されていて調査していたんだが……夜の海で海神教団の人間と深きものが一緒にいるのを見たっていう情報があってな」


 なるほど、ケインさんは海神教団と深きもの達に繋がりがあることがわかっていたから、船への襲撃が海神教団による差し金だと言ったのか。


「さらに調べてるうちに、あの船に海神教団の連中が乗るっていう情報を手に入れたんだ」

「それでケインさん達も、あの船に乗っていたんですね」


 これでケインさん達があの船に乗っていた理由はわかった。

 他に気になることと言えば……。


「今回の件は女神教団も関係しているんですか?」


 あの船には女神教団の巫女であるリコリスも乗っていたし、他の女神教団の関係者も乗っていたはずだ。


「ああ、どうやら海神教団は女神教団と何か取り引きをしていたみたいだ」


 だとしたら女神教団の連中がわざと聖王国に海神教団の連中を入国させたのかもしれない。


「奴らが一緒にいるところは確認できたんだが、邪魔が入って取り引きの内容まではわからなかった」

「邪魔っていうのは?」

「海神教団が雇っていた傭兵団だよ」


 海神教団はマリネイル王国の教団だし、傭兵団を雇っていても不思議ではない。


「その後、船内に深きもの達が入り込んでいたらしく、船の底に穴を空けられて海水が流れ込んできたり、機関部が破壊されたりで、大混乱ってわけだ」

「船内の方も大変だったんですね」


 デッキだけでなく、船内もかなり大変なことになっていたようだ。


「おかげでローゼ達ともはぐれてな……どこかで生きてりゃいいんだけど」


 俺達とリコリス以外の生存報告がないことを考えると、正直生きてる可能性は低い。

 ケインさんもそれはわかっていると思う。


「だけど海神教団はなぜ船を沈没させようとしたんでしょうか?」

「予想だけなら色々できるが、女神教団との交渉が決裂した可能性が高そうだな、他にはあの船ごと沈めたい人物がいたか……まあ最初から計画して、あの海域に深きもの達やデビルオクトパスを忍ばせておいたのは確かだろうな」


 すべては海神教団の計画通りってことか……。


「でも深きもの達はどうして海神教団に協力したんでしょう?」


 深きもの達が海神教団に協力する理由がわからない。


「さあな、もしかしたら同じ神でも信仰してるんじゃないか?」

「でも、深きものは邪神を崇拝してるってリコリスが……」


 そういえば、夢で女神が海神は消滅したと言っていた。

 だったら今信仰されてる海神っていうのは……。


「海神教団と深きもの達の繋がりについては、俺も詳しくわかってない……もしかしたらマリネイル王国で何か起きてるのかもしれないな」

「ケイン・ルービリ、貴様はなぜ深きもの達のことを知っている?」


 ソフィーがケインさんに対して、突然そんな質問をする。


「Aランク以上の冒険者が受ける依頼にはたまにそういうのがあるんだよ……禁忌の存在に関わるようなモノがな」


 ケインさんが過去に受けた依頼に、深きもの達と関わるような依頼があったのだろう。


「それと今回の件は、船の整備不良が原因で起きた事故ってことになるから、シンク達もそういうことにしておいてくれ」

「やっぱり深きもの達が禁忌の存在だからですか?」


 あれだけの事件を単なる事故として片付けるなんて、普通ならありえない。


「そういうことだな……色々な所から冒険者ギルドに対して圧力がかかってきたらしくて、これ以上この件には関わるなってこの街のギルド長にさっき言われたよ」


 女神教団、賢者の巨塔、聖王騎士団、すぐに思いつくだけでも圧力をかけてくるような組織は三つもある。


「それじゃあ冒険者ギルドはこのまま何もしないつもりですか?」

「今回の件に関してはそうだろうな」


 冒険者が自由な存在とはいえ、国や大きな組織には逆らえないということか……。


「俺は仲間を殺されて黙ってるつもりはないけどな」


 ケインさんが、低い声でそう呟くのが聞こえた。


「ケインさん?」

「なーんて、冗談だよ……パルカを悲しませたくないし無茶なことはしないって」


 そう言って、ケインさんが俺の頭に手を乗せてくる。


「シンクのほうこそ、無茶ばっかりしてるんじゃないか?」

「そ、それは……」


 この病院に運ばれたのが無茶をした結果なので、否定できない。


「まあ今回は誰かさんがダゴンを倒したことで、海神教団や深きもの達も予想外の痛手を負っただろうし、それで満足しておくさ」

「もしかして見てたんですか!?」

「何言ってるんだ?俺は『誰か』がダゴンを倒したって言っただけだぜ、それが誰かは暗かったからわからないな~」


 どうやら俺が創造錬金を使ってダゴンを倒したことは、見なかったことにしてくれるようだ。


「ケインさん、ありがとうございます」

「なんのことはわからないけど、あんまり無茶してパルカを悲しませるなよ……それじゃあ俺はパルカを呼んでくるよ」


 ケインさんはそう言って、病室を出て行った。


「ケイン・ルービリか……奴はこちらの事情を知ってそうだな」


 さっきのケインさんの態度を考えると、その可能性はありそうだ。


「さて、俺はあのうるさい女が戻ってくる前にアーリア・セルティンのいる病室に行ってくる」

「じゃあ俺も師匠達が戻ってきたら、そっちに顔を出すよ」


 アーリアの事が気になるし、カリンにも心配かけたので会っておきたい。


「シンクはもう少しあの女と一緒にいろ……貴様を心配して駆けつけてきたんだ、どれだけ自分が大事にされているのか実感しておけ」

「そうだな、そうするか……」


 それから少ししてアーリアが目を覚ましたが、その日は病院を出ても学院には戻らず、久しぶりに師匠の錬金工房に泊まっていくことにした。

 師匠の勧めでアーリア達も泊まることになり、なんだか賑やかな一日となった。





 そして一週間後……。

 俺達の元に聖王国の西にあるアルキメス王国の王都が滅んだという情報が入ってきた。

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