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第41話「殺戮の海」

 俺は肩に槍が突き刺さった痛みで、その場に膝をついてしまう。


「くっ……」

「シンク、今回復をするブヒ!!」


 アーリアが駆け寄ってくるが、目の前に敵の大群が迫っているのに回復している余裕はない。

 右肩に刺さった槍を引き抜くと血が噴き出したが、痛みを堪えて立ち上がる。


「それより、今はリコリスを連れて床穴から船内に逃げるぞ」


 リコリスがここまで来たということは、壊れた床の穴から船内に入れるはずだ。

 また魚人の増援が現れるかもしれないし、今の状態で戦い続けるのは厳しい。

 ここは一旦引くべきだ。


「ほら、リコリスも行くぞ……っていない!?」


 さっきまでリコリスがいた場所を見ると、いつの間にかいなくなっていた。


「シンク、あそこブヒ!!」


 アーリアの向いている方を見ると、魚人の集団の前にリコリスが立っていた。


「シンク様を傷つけたのはあなたですね?」


 そう言って、槍を投げた魚人に向かって近づいていく。


「何やってるんだ……リコリス戻ってこい!!」


 俺は肩の痛みを堪えて、リコリスの元へと駆け出す。


「シンク!!」

「アーリアはそこで待ってろ、リコリスを連れ戻してくる!!」


 俺が走っている間に、二匹の魚人がリコリスへと襲い掛かる。


「リコリスの邪魔をしないでください」


 リコリスは二匹の魚人の頭を両手で一つずつ掴むと、シンバルのようにぶつけあう。

 すると、グシャっという鈍い音が響き、二匹の魚人の頭は砕け散った。


「なっ!?」


 突然の事に、俺は思わず足を止めてしまう。

 いったい何がどうなっているのだろう?

 魚人達も驚いているようだったが、すぐに落ち着きを取り戻し、今度は一斉にリコリスに襲い掛かろうとする。


「どうしてリコリスの邪魔をするんですか?」


 リコリスは先ほど頭を破壊した魚人の足を片方ずつ持つと振り回し、近づいてきた魚人達を吹き飛ばしていく。


「おいおい、マジかよ……」


 細身の少女が自分よりも大きな魚人の体を振り回して戦うその姿は、とても信じがたいものだった。

 ハンマーを振り回すシオンの腕力もすごいと思ったが、女神教団の巫女というのはみんな怪力なのだろうか?


「リコリスはただシンク様を傷つけた人の手足を引きちぎり、目玉をくり抜いて、体中に槍を刺し、心臓を握りつぶしたいだけなのに……」


 なんだろう、今リコリスがすごく怖いことを呟いていたような気がする。

 うん、きっと聞き間違いだな。


「あっ、足がとれてしまいました……仕方ありません、あなたを使わせてもらいます」


 リコリスは振り回していた魚人の足が引きちぎれると、まだ生きている別の魚人の足を掴み、再び武器のように振り回す。

 リコリスに捕まった魚人は足が引きちぎれるまで何度も振り回され、別の魚人達を吹き飛ばしていく。

 そんなリコリスに向かって、背後からデビルオクトパスが触手を振り上げているのに気づいた。


「危ない!!」


 俺はリコリスに向かって駆け出すと、クトゥグアの力を創造する。

 人前で使うつもりはなかったが、このままリコリスを見殺しにはできない。

 俺の肩から流れていた血は炎へと変わり、右腕を包み込む。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!」


 振り下ろされたデビルオクトパスの触手をクトゥグアの炎に包まれた右腕で受け止める。

 俺の右腕から炎が燃え移ると、デビルオクトパスの触手は一瞬で消し炭と化した。


「続けていくぞ!!」


 そのままデビルオクトパスの本体も燃やそうとするが、急に疲労感に襲われ右腕の炎が消えてしまう。


「はぁはぁ……どうなってるんだ?」


 息が荒くなり、一瞬倒れそうになるが、足に力を込めて堪える。

 さっきトルネンブラを創造したことで、力を使いすぎたのかもしれない。

 このまま無理をして力を使えば、おそらく気を失ってしまうだろう。


「シンク様?」

「大丈夫だ……リコリス、ここから離れるぞ!!」


 いくらリコリスが常識外れの怪力だとしても、上級クラスのモンスターであるデビルオクトパスを相手にするのは厳しい。

 俺は左手でリコリスの手を掴むと、その場から走り出す。

 抵抗されるかとも思ったがリコリスは素直に俺に手を引かれ、そのままついてきた。


「シンク様、肩の怪我は……」

「今はそんなこと気にしてる場合じゃないだろ、まずは逃げるぞ!!」


 デッキの穴へと向かう俺達の前に二匹のデビルオクトパスが立ちはだかる。

 二匹とも触手を伸ばし、俺達を前へ進ませないようにしている。


「フレイム・シュート・トリプル!!」


 三つの炎の塊が飛んできて、デビルオクトパスの頭部に直撃する。

 ダメージが大きかったのか、デビルオクトパスは体勢を崩し隙ができる。


「シンク、今のうちにこっちに来て!!」


 そう叫んだのは白銀の髪に変化し、姫騎士の力を解放したアーリアだった。

 さっきの三つの炎の塊はアーリアの魔法のようだが、通常フレイム・シュートを一発ずつしか撃てないはずだ。

 たぶん姫騎士の力で魔法が強化されたのだろう。

 できれば姫騎士の力は人前で使って欲しくなかったが、俺もクトゥグアの力を創造してしまったし、この状況では仕方がない。


「よし、走るぞ!!」


 俺はリコリスの手を引きながら、体勢を崩したデビルオクトパスの方に向かう。

 だが、もう一匹のデビルオクトパスがそんな俺達を捕まえようと触手を伸ばしてくる。


「させない……ライト・ニードル・レイン!!」


 俺達に触手を伸ばしてきたデビルオクトパスの上空から小さな光の針が降り注ぐ。

 威力が低すぎてデビルオクトパスの体にはまったくダーメジを与えられないが、光の針が目に突き刺さるとデビルオクトパスが怯んで動きが鈍くなる。


「ナイスだ、アーリア!!」


 今のうちに体勢を崩しているデビルオクトパスの横を通り過ぎ、アーリアと合流する。


「シンク、あんまり一人で無茶しないでよね……心配するじゃない」

「ごめん、でも助かったよ」


 姫騎士の力を解放したアーリアは、普通の女の子みたいな話し方になるので、やっぱり違和感を感じる。


「それとあなたも一人で飛び出して何考えてるのよ!!」


 アーリアがリコリスを怒鳴りつける。


「リコリスはシンク様を傷つけた人を……」

「理由なんてどうでもいいわ!!あなたのせいでシンクも危ないところだったのよ!!」

「リコリスのせいでシンク様が……」


 リコリスの顔が真っ青になり、急におろおろし始める。


「ご、ごめんなさいシンク様!!リコリスは……リコリスは……」

「次から気をつければいいさ」


 俺はそう言って、リコリスの頭を軽く撫でる。

 リコリスには色々言いたいことや聞きたいこともあるけど、そういうのはここを切り抜けてからだ。


「……シンクは、かわいい子に甘いんだから」


 アーリアが不満そうにそう呟くが、今は否定している時間も無いので無視しておく。


「それより今は船内に移動……」


 突然、船の下の方から大きな爆発音が響き渡り、船が揺れ始める。

 すると、船の上にいたデビルオクトパスや魚人達が海に飛び込んでいく。


「いったい何が起こってるんだ!?」


 急にデッキの床が傾いて体勢を崩しそうになる。


「わわっ、どうなってるのよ!?」

「もしかして……」


 船の後部に目を向けると大きな穴が空き、海水が流れ込んでいた。

 たぶん、さっきの爆発音はこの穴が開いた音だったのだろう。


「おい、これってまずいんじゃないか!?」


 船の傾きはさらに酷くなり、デッキに積んであったコンテナが転がって海へと落ちていく。


「シンク、これ以上はもう立っていられないわ!!」

「とりあえず柱につかまれ!!」


 俺達はデッキの柱につかまり、なんとか海に落ちないように堪える。


「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 デッキに残っていた乗客達が次々と海に落ちていく。

 何人かは海から顔を出し、生きているのを確認できるが……。


「な、なんだコイツら!!」

「だ、誰か助けてぇぇぇぇ!!」


 海に落ちた乗客達はデビルオクトパスや魚人に捕まり、海中へと引きずり込まれていく。

 助けを求める声が聞こえてくるが、今の俺達にはどうすることもできない。

 水中ではクトゥグアの力も使えないし、おそらく戦ってもこちらに勝ち目はない。


「くそっ、どうなってんだ!!」


 あの魚人達の目的は船を沈ませることだったのだろうか?

 そもそもあの魚人達はいったい何者なんだ……。


「シンク、何かよくない感じがするわ……あっちを見て」


 アーリアが顔を向けた方角を見ると、月明かりに照らされた海に黒い影が見えた。

 影はだんだん大きくなり、水中からその姿を現す。

 それは身長が6メートル以上ある、巨大な魚人だった。


「な、なんだありゃあ!?」


 魚人というより、もはや巨人だ。

 前に戦ったガタノソアと比べれば小さいが、もしかしてあれも邪神の類なのだろうか?


「あれはダゴン……『深きもの』の支配者です」


 そう言ったのはリコリスだった。


「『深きもの』って……あの魚人達のことか?」

「はい、邪神を崇拝する水陸両生の種族です」

「邪神を崇拝って……そんな種族初めて聞いたぞ」


 邪神を崇拝する種族がいたなんて初耳だ。


「邪神と関わる『深きもの』は存在自体が隠されてますから」


 つまり、深きものも邪神と同じ禁忌の存在ということらしい。


「それでダゴンっていうのは……」

「深きものの支配者……王のようなモノでしょうか、すごく長生きして成長した深きものらしいです」


 どれだけ長生きすれば、あんなに大きくなるのか想像がつかない。


「つまり奴が魚人達の……深きもののリーダーってことか」

「はい、リコリスもお父様から聞いた話なので、深きものに関してはそこまで詳しくありませんが……」


 俺達が話をしている間も船は沈み、ダゴンと呼ばれる巨大な魚人がこちらに近づいてくる。

 リコリスの父親のことも気になるが、今はそんなことを聞いている場合ではないようだ。


「絶体絶命ってやつか……」


 船は沈没寸前、海に落ちれば深きものやデビルオクトパスに襲われ、このまま待っていてもダゴンに襲われるだろう。


「シンク、ワタシは何があってもシンクと一緒だよ」


 アーリアが突然そんな事を言い出す。

 その目からは覚悟が感じられた。

 どんな選択をしても俺について行くという覚悟が……。


「アーリア、俺を抱えたままダゴンの頭上まで跳べるか?」


 この状況を切り抜けるための方法を一つだけ思いつく。

 だが、それを実行するにはアーリアの力が必要だ。


「ええ、この距離ならなんとか行けると思うわ」

「待ってください、シンク様いったい何を……」

「ダゴンをぶっ倒す」


 ダゴンが深きものの支配者だというなら、奴を倒せば深きもの達が撤退するかもしれない。

 そうすれば海で救助を待つこともできるはずだ。


「行くぞ、アーリア」

「うん、任せてシンク!!」


 アーリアはつかまっていた柱から手を離すと俺を抱き上げ、傾いたデッキの床を駆け上っていく。


「あっ、シンク様、リコリスも……」


 リコリスが何か言っていたが、ここでやめるわけにはいかない。

 ダゴンがどの程度の強さかもまったくわからないのに、自分でも無謀だと思う。

 それでも、今は……。


「俺をダゴンの頭上で降ろしたら、アーリアはそのまま港に救助を求めに行ってくれ」


 姫騎士の力を解放したアーリア一人だけなら、魚人達を引き離して、泳いで港まで戻ることもできるはずだ。


「シンクはどうするの?」

「ダゴンを倒したら、その場で救助を持つさ」

「大丈夫よね?」

「安心しろ、その辺はちゃんと考えてある、なんたって俺には創造錬金があるからな」


 俺はアーリアを不安にさせないために、自信満々にそう答える。


「うん、わかった……」


 アーリアが船の先端から、ダゴンに向かって勢いよく跳び上がる。

 まるで弓矢のように空まで上がるとダゴンの頭上へと到達する。


「アーリア、降ろしてくれ」

「……シンク、信じてるからね」


 アーリアの手が離れ、俺の体はダゴンに向かって落下していく。

 俺はクトゥグアの力を限界まで引き出して創造する。

 右腕から炎が噴き出すと膨らんでいき、巨大な炎の塊へと変化する。

 その炎はダゴンの体よりも大きく、全身を包み込めるほどの大きさだ。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!消し炭になれぇぇぇぇぇ!!」


 巨大な炎の塊に包まれた右腕をダゴンの頭上に向かって振り下ろす。

 俺の右腕から放たれた巨大な炎の塊がダゴンの全身を包み込み、その体を消し炭へと変えていく。


「これで……」


 俺の体は、そのまま夜の海へと落下する。

 沈んでいく体を動かそうとするが、力を使いすぎたせいか、指一本動かすことができない。

 こうなることはわかっていた、それでも俺は守りたかったんだ……。


「アーリア、ごめんな……」


 動けない俺に向かって、近くにいた深きものが襲い掛かってくる。


「ここまでか……」


 そう思った瞬間……深きものの手足が切り落とされ、その体がバラバラになった。

 一瞬何が起きたのかよくわからなかったが、よく見ると『何か』が俺の周りを泳いでいた。


「あれは?」


 その姿は夜のせいで暗くてよく見えない。

 『何か』は高速で移動し、俺に近づいてくる深きものの体を次々と切り裂いていく。

 それはデビルオクトパスも例外ではない……。

 すべての触手を一瞬で切り落とされ、胴体を真っ二つにされていた。


 数秒後、俺の周りには切り刻まれた大量の死体が漂っていた。

 深きもの達が襲ってこなくなると『何か』は俺の方に近づいてくる。

 俺はその姿を確認しようとするが、意識が朦朧として気が遠くなっていく。


「シンク様……」


 気を失う瞬間、俺を呼ぶ声が聞こえたような気がした。

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