第39話「運命のあなたへ」(挿し絵あり)
クリスに告白された日から、俺は答えを出せずに悩んでいた。
誰か一人を選ぶのか、全員断るのか、それとも……。
色々考えてみたが、結局未だに答えを出せずにいる。
俺は、いったいどうしたいのか……。
「シンク!!シンク!!」
気がつくとアーリアが俺の腕を掴んでいた。
「アーリア……どうした?」
「どうしたじゃないブヒ、さっきから呼んでるのに反応がないブヒ!!」
どうやら悩みすぎて、アーリアの声が聞こえていなかったようだ。
「もしかして、どこか具合が悪いブヒ?」
「大丈夫だ、ちょっと考え事をしていただけだ」
俺とアーリアは、豪華客船のディナーに参加するためにルクアーヌの港に来ていた。
「オレ達の乗る船はどれブヒ?」
「えっと……」
港を見渡すと、すぐに巨大な船の姿が目に入る。
港に止まっている他の船とはあきらかに違い、装飾も綺麗で、いかにも豪華客船といった感じだ。
「たぶんあれだな、行ってみよう」
船に近づくと、乗り場の前に燕尾服を着た男性が立っていた。
男性は俺達に気づくと、こちらに近づいてくる。
「すみません、本日のディナーは完全予約制となっており、チケットを持っていないお客様の入場はお断りしています」
ディナーという事は、どうやらこの船で間違いないようだ。
俺はチケットを鞄から取り出して男性に見せる。
「はい、問題ありません……では、お入りください」
チケットを渡すと、男性はすんなり中に通してくれた。
船の中に入ると、今度はメイド服の女性が話しかけてくる。
「お客様、本日のディナーはドレスコードが定められております、失礼ですが衣装はお持ちでしょうか?」
「えっと、こちらで服を借りられると聞いたんですけど……」
ビヒタス先生はそう言っていた。
「わかりました、ではこちらへどうぞ」
女性について行くと、俺とアーリアは別々の部屋に案内される。
部屋に入ると別のメイド服を着た女性がおり、希望の服装について聞かれたが、こういう所は初めてなので「お任せします」と答えておいた。
「それでは、こちらでコーディネートさせていただきます」
メイド服の女性はいったん部屋の外に出ると、俺にぴったりのサイズの燕尾服を持ってきてくれた。
そして着替え終わると、さらに俺の髪型まで整えてくれた。
「お連れの方の着替えが終わるまで、しばらくこちらでお待ちください」
メイド服の女性はそう言うと部屋を出て行った。
「とりあえず座って待つか」
男の俺と比べて、女のアーリアは着替えにも時間がかかるのだろうし、終わるまで座って待つことにする。
一人になると、また告白の答えを考えて悩んでしまう。
「はぁ……」
他にも考えなければいけないことはあるのだが、告白の答えを出すと決めてから、その事ばかり考えてしまう。
答えを出せない自分が情けなくなり、ため息が出てくる。
コンコン
その時、ドアをノックする音が聞こえてきた。
たぶんアーリアの着替えが終わったのだろう。
「おう、今開ける」
俺が扉を開けると、黒いドレスを着た淡いピンク色の髪の少女が立っていた。
歳は俺と同じくらいでスレンダーな体系をしており、胸は小さいが色白で綺麗な肌をしていた。
「えっと……誰だ?」
かなりの美少女だが、俺はこんな女の子知らない。
「はじめましてシンク様、女神教団の巫女のリコリスです」
「女神教団の巫女だって!?」
「はい、巫女になったのは最近ですけど」
俺はリコリスと名乗った少女の瞳が赤い色をしている事に気づく。
この娘は、もしかしてホムンクルスなのか?
でも、意思があるように見えるし、それじゃあ魔族か?
だけど魔族が女神教団の巫女になれるとは思えないし、だとしたら魔族の血を引いているハーフという可能性も……。
「あの、シンク様?」
「すまない、話を続けてくれ」
巫女ならば、シオンと同じように辛い目にあってきたはずだ……。
目の色の事も何か事情があるのかもしれないし、今は触れないで置こう。
「今日はシンク様にお話があってきました、できれば部屋の中でお話させてもらえませんか?」
「……わかった、入ってくれ」
俺は少し考えてから、そう答えた。
ここに来た目的はわからないが、リコリスと話せば何か情報を得られるかもしれない。
「ありがとうございます」
「それじゃあ、そこの椅子にでも座ってくれ」
リコリスを部屋に入れると、さっきまで俺が座っていた椅子に座らせる。
「それで俺に話ってなんだ?」
「単刀直入に言わせてもらいます、女神教団に入ってください」
どうやらリコリスは、俺を女神教団へ勧誘しに来たようだ。
「なんで俺なんだ?」
予想はつくが、念のために聞いておく。
「リコリスの前の巫女から聞いているとは思いますけど、シンク様は女神様が定めた運命を変えてしまう危険性を持っているのです」
リコリスの前の巫女っていうのは、シオンのことだよな。
シオンは、俺を虚ろな運命を持つ者って言っていたけど……。
「教団に入っていただければ、こちらでシンク様を保護して安全な生活を保障します」
「安全な生活ね……つまり女神の邪魔になるから、手元で管理したいってことだろ?」
「それは否定しません」
リコリスは、はっきりとそう答える。
そこはてっきり否定してくるかと思っていた。
「ですが、女神教団に入ればお金には不自由しませんし、望むならある程度の地位を与える事もできます」
「なるほど、管理される変わりに金と地位が与えられるわけか」
「学院を卒業して普通に錬金術師になるよりずっと楽に生活できますし、悪い話では無いと思います……どうですか?」
確かに、金や地位の事だけ考えるなら悪い話ではない。
だけど……。
「断る」
俺はシオンに残酷な運命を押し付けようとした女神も女神教団も許すつもりはないし、そんな奴らの仲間になる気もない。
「そうですか、なら仕方ありませんね」
もう少し粘ってくるかと思ったが、リコリスはあっさりと引き下がった。
「では、その話はもういいので……リコリスと結婚してください」
「は!?」
この少女は突然何を言い出すんだ?
「ちょっと待て、何を言ってるんだ!?」
今の話の流れで、なぜ結婚に繋がるのか意味がわからない。
「リコリスの運命はシンク様の妻になることなのです」
「運命って……それは女神にでも言われたのか?」
「はい、女神様がリコリスに与えてくださった運命です」
巫女は女神の声を聞くことができる。
おそらくリコリスは女神にとって都合のいい運命を押し付けられたのだろう。
「俺とおまえは今日初めて会ったんだぞ、それでいきなり結婚とかおかしいだろ!!」
「それが運命なら受け入れるべきです」
「運命なんてただの結果だ、そもそも女神には俺の運命が見えないのに、なんでおまえと結婚するのが運命だってわかるんだ」
女神には俺の運命は見えないはず、それならリコリスと結婚するなんてわからないはずだ。
「シンク様の運命ではありません、リコリスの運命です……リコリスはシンク様と結婚する運命なのです」
リコリスは完全に女神を信じきっているようだ。
だから何の疑問も抱かずに運命を受け入れているのかもしれない。
「おまえは女神に運命だって言われたら、好きでもない男と結婚するのかよ」
「はい、女神様の運命には従うべきです」
リコリスの目は本気だった。
本気で女神の運命を受け入れて俺の妻になるつもりだ。
「それと『好きでもない男』ではありません、リコリスはシンク様を愛しています」
「愛してるって……いつ好きになったんだよ?」
今日初めて会ったのに、どうやったら好きになれるというんだ?
一目惚れしたとでも言うのだろうか?
「女神様にシンク様が運命の人だと聞いた瞬間、好きになりました」
「いくらなんでも早すぎだろ!!っていうか絶対嘘だろ!!」
さすがにそんな嘘は俺でもわかる。
「リコリスは嘘なんて……」
「どっちにしたって、俺はおまえと結婚なんてしないぞ」
女神の考えはわからないが、運命通りに動いてやるつもりはない。
「なるほど……虚ろな運命を持つ者として運命に抗おうと言うのですね」
「いや、普通に断っただけだぞ」
女神の事を抜きにしても、出会ったばかりの相手にいきなり結婚しろなんて言われたら、誰でも断ると思う。
「ですが何を言ってもリコリスとシンク様が結ばれる事は変わりません、それが運命というも……あっ!?」
するとリコリスは突然椅子から立ち上がった。
「いったいどうした?」
「もうこんな時間でした……ごめんなさい、リコリスは失礼します!!」
どうやら部屋の時計を見て立ち上がったようだ。
何か他に用事があるのだろう。
「ちょっと待ってくれ、どうしておまえは俺がこの船に乗る事を知ってたんだ?」
この船はチケットが無いと乗れないし、都合よく出会うなんてことはないと思う。
「リコリスがシンク様の事を知っているのは当然です、リコリスはシンク様の妻になるのですから」
「答えになってないぞ」
「リコリスにはお仕事があるのです、今日はそれでこの船に来ました」
女神教団の巫女が、豪華客船でする仕事っていったい何だろう?
「シンク様とは本当は別の日に会うつもりでした……ですが、この船に乗っているのを知ったら我慢できなくて話しかけてしまったのです」
「つまり、今日俺と会ったのは単なる偶然だったわけか」
どちらにしろ、俺に会いに来るつもりだったみたいだが。
「違います、運命です」
「運命かどうかは置いておくとして、仕事っていうのは……」
「ごめんなさい、リコリスももっとシンク様とお話したいのですが、もう行かなくてはならないのです……またお会いしましょう!!」
リコリスは申し訳なさそうにそう言うと、部屋を出て行った。
仕事がいったい何かはわからなかったが、俺に会うためにこの船に乗っていたわけではないようだ。
「寮に帰ったらシオンに話してみるか」
元巫女だったシオンならリコリスの事を知っているかもしれない。
そんな事を考えていると、部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。
「シンク、着替え終わったブヒ!!オレのドレスどうブヒ?」
それは綺麗な白いドレスに身を包んだアーリアだった。
その美しい姿に思わず見惚れてしまう。
「……」
「やっぱりオレには似合って無かったブヒ?」
俺が黙っていたせいか、アーリアが不安そうな顔になる。
「その逆だ、すごく似合ってて綺麗だよ」
中身がオークだという事を忘れてしまいそうになるくらい、アーリアのドレス姿は美しかった。
「ブヒヒ、オレが綺麗だなんて、なんだか照れるブヒ」
「その格好ならディナーに出ても違和感無いな」
今のアーリアは、完全にどこかのお嬢様にしか見えない。
むしろ一緒にいる俺の方が違和感がある気がする。
「シンクもいつもと違う感じがするブヒ」
「いつもと違うって……まあ服装も髪型もコーディネートしてもらったからな」
自分で言うのもなんだが、いつもよりマシな格好になっていると思う。
「今のシンク、好きブヒ」
突然アーリアに好きと言われて、ドキッとしてしまう。
「す、好きって……」
落ち着け、アーリアは別に俺を男として好きだと言ったわけじゃない、きっと今の格好が普段よりマシだって言いたいんだ。
「へ、変なこと言ってないで、そろそろ行くぞ」
「あっ、待つブヒ~!!」
俺は顔が熱くなるのを感じながら、ディナーが行なわれる会場へと向かった。
ディナーが行なわれている会場に入ると、大きなテーブルの上に豪華な料理がいくつも並べられていた。
「じゅるり、すごくうまそうブヒ!!」
「涎出てるぞ……それと他の客もいるんだからマナーには気をつけろよ」
会場内には俺達以外にも正装した客が大勢おり、派手なドレスを着た女性、髭の生えた紳士、宝石の付いた指輪をいくつもはめた太った中年男性など様々な人がいる。
客の他には、料理や食器を運ぶメイドや奥のステージでバイオリンを弾く演奏者がいた。
「俺がここにいるのは、なんだか場違いな感じがするな」
やはりこういう場所にいる客は上流階級の人間で、俺のような一般市民とは違う感じがする。
「シンク、この肉すげぇうまいブヒ!!」
声のした方を振り向くとアーリアが骨付き肉を両手に持って、そのまま噛り付いていた。
アーリアは周りの雰囲気などまったく気にした様子は無く、もはやマナーも何もあったもんじゃない。
「おい!!今さっきマナーに気をつけろって言っただろ!!」
「ごめんブヒ……あっ、あっちにもうまそうな肉があるブヒ!!」
アーリアはそう言うと、走って別の料理の所に行ってしまう。
「おいっ、こらっ!!」
「あれがシンクの彼女か、随分ワイルドな娘だな」
アーリアを追いかけようとすると、黒髪の男性が話しかけてくる。
その顔は、俺の知っている人物だった。
「あなたは……ケインさん!!」
ケイン・ルービリ、俺の師匠の夫でAランクの冒険者だ。
師匠と結婚する前から俺とも交流があり、師匠と素材を採取に行く時に一緒に行く事もあったし、工房に何度も顔を出していた。
ちなみに年齢は師匠と同い年だ。
「ケインさんがここにいるってことは、もしかして師匠も?」
「パルカはいないよ、今日は仕事で来てるからな」
どうやら冒険者の依頼で、この船に乗っているようだ。
「そっちこそ、なんでこんな所にいるんだ?」
「えっと、実は……」
俺は、実習の報酬で学院からチケットを貰った事をケインさんに説明する。
「なるほどな、シンクを見つけた時は驚いたが、そういう事だったのか……アリアドリの学院は太っ腹なんだな」
「やっぱりこういう所のチケットって高いんですか?」
テーブルの料理を見るだけでも、かなり高そうな感じがする。
「まあ安くても10万Gはするな、それに今日は……」
「ケイン、その子知り合いなの?」
ケインさんと話していると、赤いドレスを着た胸の大きな女性が近づいてくる。
年齢は師匠やケインさんと同じか少し上に見える、美人で大人の女性といった感じだ。
「ああ、この子はパルカの弟だよ」
正確には弟ではないのだが、今はそれよりも気になる事がある。
「この女の人、誰ですか?もしかして師匠がいるのに浮気ですか?」
「お、おい、そんな怖い目で見るのはやめろよ、ただの仕事仲間だって!!」
自分ではわからないが、そんな怖い目をしてたのだろうか?
まあ告白の答えを出せずに保留してる今の俺が、浮気をどうこう攻められる立場でもないのだが……。
「うふふ、よっぽどお姉さんが大事なのね、私はローゼ・エクタイン、彼の言うとおり『今は』ただの仕事仲間よ」
「『今は』ですか?」
もしかしたら、ケインさんと過去に何かあったのかもしれない。
それともこれから何かあるのか……。
「シンク、また目が怖くなってるぞ!!ローゼもシンクにあんまり変なこと言うな!!」
「ごめんごめん、冗談だから本気にしないで、それに今日はもう一人仲間がいるしね」
どうやらただの冗談だったらしい。
それに、もう一人仲間がいるなら二人きりというわけではないようだ。
「ローゼさんは師匠と知り合いなんですか?」
「ええ、最近この街に来て知り合ったの」
おそらく錬金術の依頼にでも行ったか、ケインさんが工房に連れていったのだろう。
「かわいい弟がいるって言ってたけど、キミの事だったのね……じゅるり」
ローゼさんは、なぜか俺を見て涎を垂らしていた。
「言っておくけど、シンクには彼女がいるから手を出すなよ」
カインさんにそう言われると、ローゼさんは残念そうな顔になる。
「ちっ、じゃあ仕方ないか……お姉さんが色々と教えてあげようと思ったんだけどな~」
なぜだろう……ローゼさんの傍にいると身の危険を感じる。
アーリアは彼女じゃないのだが、今は黙っておこう。
「ところで二人は今日どんな仕事でこの船に来たんですか?」
「ああ、それは……」
ケインさんが何か言おうとした瞬間、急に奥のステージの方が騒がしくなった。
「あっ、始まるみたいね」
「始まるって、何がです?」
「女神教団の巫女、リコリスの聖歌だよ」
ステージの方を見ると、黒いドレスを着たリコリスが立っていた。
「なんでリコリスが……」
「なんでって、弟くんはリコリスちゃんの歌を聞くためにこのディナーに参加したんじゃないの?」
「違います、そもそも今日彼女が歌うなんて俺は知りませんでした」
女神教団の事はそこまで詳しくないが、教会ならともかく、こんな豪華客船のディナーで歌を歌うなんて知らなかった。
「そうだったんだ、今日ここに集まってる人達のほとんどがリコリスちゃんの歌目当てだから、てっきり弟くんもそうなのかと思ったわ」
「リコリスってそんなに人気があるんですか?」
「女神教団の巫女はみんな歌が上手いけど、リコリスちゃんは別格よ……期待の新人巫女で彼女の歌を聞くためだけに各地を回ってる信者もいるくらいだからね」
そう聞くと、なんだか巫女というよりアイドルみたいな感じがする。
「ローゼさんもリコリスのファンなんですか?」
「女神教団には興味ないけどリコリスちゃんの歌は好きよ、前にいたシオンちゃんの歌も好きだったんだけどね……」
ローゼさんの言ってるシオンって、もしかして……。
「みなさん、今日はお集まりいただきありがとうございます」
ステージのリコリスがそう言うと、騒がしかったディナー会場が静まり返る。
するとリコリスの周囲に魔方陣が現れ、そこから曲が流れ始めた。
「あれは演奏魔法か」
演奏魔法というのは、楽器を使わず魔力で音楽を奏でる魔法の事だ。
扱うには魔法の才能だけでなく、音楽の才能も必要だと言われている。
「今日会った運命のあなたへ、リコリスの歌を捧げます」
そう言うとリコリスは一瞬俺の方を見たような気がした。
今のは、もしかして俺に言ったのか?
「今こっちを見たような気がしたけど……運命のあなたって、この会場にいるみんなの事よね?」
「普通に考えたらそうだろ」
ローゼさんの問いにカインさんはそう答える。
周りにいる他の客もそう思っているようだし、俺が考えすぎなだけかもしれない。
そして、リコリスの歌声が会場に響き渡る。
「こ、これは……」
それは信じられないくらい美しい歌声だった、いや美しいという言葉だけで説明できるモノではない。
本当に人間が歌っているのかと疑いたくなるような美しさなのだ。
俺はリコリスの歌声を聞いて、鳥肌が立っていた。
「驚いたな、ここまでとは……」
「やっぱりリコリスちゃんの歌はすごいわね」
カインさんとローゼさんだけでなく、その場にいる誰もがリコリスの美しい歌声に魅了され、聞き惚れているようだった。
「もぐもぐ、この肉もうまいブヒ!!」
ただ一人、テーブルの肉を貪るアーリアを除いて……。




