第3話「街へ」(挿し絵あり)
俺とアーリアは武器屋に行くため、駅前の大通りを歩いていた。
隣でアーリアが歩くたびに大きな胸がタプンと揺れる。
すれ違う男達のほとんどが、そんなアーリアの姿を見て振り返る。
アーリアは、その事に気づいてるのかいないのか……。
ブリィ!!ブパァ!!
人前だろうと気にせず、下品な音と一緒に尻から臭いオナラ垂れ流す。
すると今度は別の意味で、すれ違った男性が振り返る。
「おい、公共の場でオナラは自重しろ」
マナーとしてアーリアを注意する。
「そんなこと言っても、今まで一度も我慢したことないから、無理ブヒ」
今まで一度も我慢した事ないとかありえないし、たぶん嘘だろう。
「隣にいる俺がしてると思われるだろうが!!」
なんだか俺を見る周りの目が冷たい気がする。
違うんだ、オナラをしてるのはこの隣でブヒブヒ言ってる女なんだ!!
「じゃあシンク以外がいる時は、オナラをしないように努力するブヒ」
「いや、俺しかいない時も努力しろよ」
そんな事を話してる間に、武器屋に辿り着く。
店の中に入ると、剣や槍や斧等、様々な武器が並べられていた。
「なんかいっぱい武器があるブヒ」
「ここならアーリアにあった武器も見つかるはずだ、俺としては軽くて扱いやすい武器がおすすめ……」
「シンク、この剣錆びててすげぇ汚いブヒ!!」
俺の話も聞かずに、アーリアが錆びた剣をどこからか持ってくる。
「おい、勝手に持ってきたらダメだろ……それにそんなナマクラ持ってきたって使えないし」
「ナマクラとは失礼だな少年」
振り返ると、俺の背後に眼鏡をかけた店員らしき女性が立っていた。
「その剣は昔、姫騎士マリヴェールが使っていたと言われる聖剣アリスキャリバーだ!!……と言って、よくわからんおっさんが売りつけてきたモノだ」
「それ絶対偽物だろ!!」
ちなみに姫騎士マリヴェールというのは、100年前に魔王を倒した英雄の一人だ。
なんでも大国の姫でありながら、相当な剣の使い手だったらしい。
「そして今ならそのナマク……もとい自称聖剣がたったの100Gだ!!」
「安いブヒ!!買うブヒ!!」
「待て待て待て!!」
勢いで買おうとするアーリアを止める。
「今ならなんとこの曲がった槍も一緒に付けよう、この槍は吸血王ドランヴァイルが使ったと言われる呪われた槍ブラッドザインだ!!……と言ってよくわからんおっさんが売りつけてきたモノだ」
「呪われてる武器とか売るなよ!!それも絶対偽物だろ!!」
そもそも聖剣や呪いの武器が街の武器屋に売ってるはずがない。
しかも、よくわからんおっさんが売りつけてきたモノとか絶対信用できないし。
「ふむ、そっちの彼女は頭悪そうだが、彼氏の方はしっかりしているようだね」
「いや、彼女じゃないんで……っていうか頭悪そうとか失礼だな、おい」
まあ実際にアーリアは、ちょっとアレっぽいけど。
「でもこの剣、シンクなら錬金術で使えるようにできるんじゃないブヒ?」
確かに錬金術の素材さえあれば、普通の武器として使えるようにすることは可能だと思う。
「できるとは思うけど、それなら新品の売ってる剣を買った方がいいんじゃないか……っていうか使う武器は剣でいいのかよ?」
せっかく武器屋に来たのだから、もっと他の武器も見て決めた方がいいはずだ。
「なんていうか、その剣を握った時にブヒッときたブヒ……それにシンクが錬金してくれた剣ならきっとがんばれる気がするブヒ」
「そ、そうか……」
そんな風に言われたら、こっちとしても断りにくくなってしまう。
「少年、顔が赤いぞ」
「うるさい」
なんなんだ、この店員は……入る店を間違えたかもしれない。
「それじゃあ、その剣を買っていくか……まあ100Gくらいなら俺が出してやるよ」
そう言って、店員に100G渡す。
「ゴミ処分ありがとうございます」
「店員がゴミとか言うな!!」
決めた、この店にはもう二度と来ない。
「シンク、ありがとブヒ」
「お礼は、無事に錬金できてからにしてくれ」
俺は、錆びた剣とついでに曲がった槍を受け取り、店を出る。
「それじゃあ帰るブヒ?」
「そうだな……」
そういえば、俺は元々錬金の素材を買いに街に来るつもりだったんだ。
「錬金の素材を切らせてるから、ちょっと素材屋に寄っていいか?」
「もちろんブヒ」
俺達は、素材屋のある裏通りに向かって歩き出す。
相変わらず、すれ違う男達がアーリアに視線を向けてくる。
「ブヒブヒ♪ブヒヒヒ~♪」
そんな視線も気にせず、アーリアは上機嫌で、よくわからない鼻歌を歌っていた。
武器屋で剣を買ったのが、よほど嬉しかったのだろう。
これは錬金を失敗するわけにはいかないな。
そんな事を考えていると……。
「私の体返してよ!!」
太った男が叫びながら、金髪の女に詰め寄っているのが見えた。
両方とも俺達と同い年くらいで、金髪の女の方はアリアドリ騎士魔法学院の制服を着ていた。
アーリアには及ばないが胸も大きく、顔立ちも整っていて結構な美人だ。
「何わけのわからない事を言ってるのかしら?あたなは学院の試験に失敗したんだから、とっとと故郷に帰りなさい」
「ふざけないで!!合格したのは私よ!!」
どうやら試験に落ちた生徒と合格した生徒が喧嘩しているみたいだ。
それにしても太った男の方は女みたいな話し方だが、オカマというやつなんだろうか?
「しつこい男ね……あんまりしつこいと衛兵を呼ぶわよ」
「そしたら本当の事を話すだけよ!!」
こういうのは関わらないのが一番だ、さっさと通り過ぎよう。
そう思ったのだが、アーリアが足を止めてしまう。
「アーリア?」
俺が話しかけても反応がなく、アーリアは言い争う二人を見ている。
「『私』と『あなた』の体が入れ替わった……そんなバカみたいな話、誰が信じるのかしら?」
「そ、それは……」
「今のあなたは学院の試験に落ちて、合格した私に嫉妬して難癖つけてるようにしか見えないのよ?」
金髪の女にそう言われ、太った男は体を震わせる。
「今のあなたは才能の無いただのデブ男……一生その体で生きていきなさい」
「うぅ……うわぁぁぁぁぁぁ!!」
太った男が叫び声をあげながら、金髪女に掴みかかろうとする。
その時、隣にいたアーリアが突然駆け出した。
「やめるブヒ!!」
そして太った男に体当たりする。
「きゃあぁ!!」
太った男は女みたいな悲鳴をあげて体制を崩すと、アリーアと一緒に地面に倒れた。
「ったく何やってんだよ!!」
俺は仕方なくアーリアに駆け寄る。
「邪魔しないで、私はあの男を許す訳にはいかないんだから!!」
太った男は、アーリアをどかして立ち上がろうとする。
「やめとけ、こんな所で喧嘩したら衛兵に捕まるだけだぞ」
「くっ、それはそうだけど……だけど……うぅっ!!」
よほど悔しいのか、太った男は大粒の涙を流して泣き始めた。
「ふふん、その人達のおかげで助かったわね……それじゃあね、さようなら♪」
金髪の女はそう言って、にやりと笑うと去って行った。
「アーリア、大丈夫か?」
倒れたままのアーリアに手を差し伸べる。
「ありがとブヒ、大丈夫ブヒ」
俺の手を掴んでアーリアが立ち上がる。
だが太った男は、その場にしゃがみこんで泣き続けていた。
「えっと、あんたもいいかげん立ったらどうだ……もしかして怪我でもしたか?」
「私の体が……私のすべてがあの男に盗られたの!!せっかく学院に入学して最初の試験にも合格したのに!!」
正直、この男が何を言ってるのか俺には理解できなかった。
「何言ってるんだこいつ?」
「たぶん、さっきの金髪女と体が入れ替えられたって、言いたいんだブヒ」
「いやいや、そんな事ありえないだろ」
確かに、そういう魔法が昔は存在していたという話は聞いたことがある。
だが、例えそんな魔法が存在していたとしても、学生なんかが使えるとはとても思えない。
「その娘が言ってる事は本当よ!!あの男が持ってる黒いナイフに刺されたら、私と体が入れ替わったの!!」
「黒いナイフ……」
そういえば禁忌の錬金をほどこした武具は黒く染まる……という話を親父から聞いたことがある。
「それじゃあ、そのナイフでさっきの金髪女を刺せば元に戻れるブヒ?」
「はっ……た、確かにそうね!!」
「待て待て、アーリアはこの男が言ってる事を信じるのか?」
可能性があるというだけで、この太った男が本当の事を言ってるとは限らない。
「信じるブヒ」
何の迷いもなくアーリアは答える。
「おいおい、マジかよ……」
いくらなんでも、簡単に信じすぎだろ。
アーリアの事がちょっと心配になってくる……。
「お願い!!あの男から黒いナイフを奪って、私の体を取り戻して!!」
太った男は、すがる様に俺達に向かって叫ぶ。
「そんなこと言われてもな……」
次の試験もあるのに余計な事はしたくない。
それに俺はアーリアみたいに、この男を信用してる訳じゃない。
「お願いよ!!なんでもする……なんでもするから!!」
地面に頭を擦り付けて、太った男が土下座する。
「……シンク」
アーリアは、何か言いたそうに俺の顔を見てくる。
なんだかすごく断りにくい。
「はぁ、わかったよ……一応やるだけやってやる」
「本当!?」
「だが、元の体に戻れたら本当になんでもしてもらうぞ?」
ただでさえ貴重な時間を使うのだ、こいつにも試験の準備を手伝ってもらうとしよう。
「わ、わかったわ……胸くらいなら触らせてあげる」
俺の言葉のどこを勘違いしたのか、男は照れながらそんな事を言い出す。
「何か勘違いしてるんじゃないか?俺が言ってるのは……」
「言わなくてもわかるわよ、私みたいな美人にあんなことやこんなことさせたいんでしょ?」
なんだろう、目の前の太った男に言われるとなんかむかついてきた。
「俺の話を聞けよ、だからそうじゃなくてだな……」
「なるほど、胸を触るだけじゃ物足りないって言うのね、仕方ないわね、それじゃあ……」
どうしよう、この男……いや中身は女なのかもしれないが話が通じない。
困ってアーリアの方を向くと、なぜか不機嫌そうな顔をしていた。
「アーリア、どうかしたか?」
「……別になんでもないブヒ」
と言いつつも、その顔は不満そうだ。
よくわからないが、これはとっと話を進めたほうが良さそうだ。
「報酬に関しては、アンタが元の体に戻れた時に詳しく話すよ……だから今は、アンタと入れ替わった男について教えてくれ」