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第38話「デートの行方」

 目を開けると、クリスの心配そうな顔が目の前にあった。


「ここは……」

「良かった、目を覚ましたんだね!!」


 辺りを見回すと、そこは図書館の中だった。

 どうやら今回は自力で戻ってくる事ができたようだ。


「本を開いたら急に倒れたから、びっくりしたよ」

「急に眩暈がして……最近寝不足だったせいかな」


 クリスに本当の事を教えるわけにもいかないので、ここは誤魔化しておく。


「もう、ちゃんと寝ないとダメだよ」

「ごめん、わかったよ……それで俺が開いた本は?」

「それなら、そこに……」


 クリスの目線を追うと、俺から少し離れた場所ににさっき開いた本が落ちていた。

 俺は立ち上がると本の場所まで移動して手を伸ばす。


「あっ……」


 すると、別の方向から伸びてきた綺麗な手に、先に本を拾われてしまった。


「ここはあなた達のような子供が来る場所ではありませんよ」


 顔を上げると、薄い緑色の髪をした美しい少女が立っていた。

 人間とは思えない白くて綺麗な肌をしており、細身だが胸や尻はそれなりに大きく、バランスのとれた体系をしている。

 制服を着ているので、おそらく魔法学院の生徒だと思うが……その制服はなぜか男子の制服だった。


「どうかしましたか?」


 男子の制服を着ている事も気になったが、それ以上に気になる事があった。

 それは少女の長く尖った耳だ。


「……エルフ」


 俺がそう呟くと少女の長い耳がピクリと動いた。

 やはり本物の耳のようだ。


「すみません、すぐ出ていきます……ほら、シンク君行くよ!!」

「あっ、おい!!」


 俺はクリスに手を引かれ、その場を後にした。

 それから階段の近くまで移動するとクリスは手を離した。


「ほら、やっぱり怒られたじゃないか」

「悪い……でも、さっきの娘も俺達と同い年くらいに見えたぞ」


 学生服を着ていたし、俺達とあまり年齢は変わらないはずだ。

 もしかして、あの娘も俺と同じようにエロ本を探して……いや、それはないな。


「年齢はともかく、学生服を着ていたから魔法学院の生徒だと思うよ……この図書館は一部の学生も管理してるって話だし、さっきの人もそうだったのかもね」


 これだけ大きい図書館だと人手は必要だろうし、学生の手を借りるのもわかる気がする。


「なるほどな、じゃあさっきの娘も図書館の関係者だったわけか……でも、なんで男子の制服を着てたんだろうな?」


 俺がそう言うと、クリスが不思議そうな顔をする。


「なんでって……男子だからでしょ?」

「胸があったし、あれは女子だろ」


 男子の制服を着ていたが、あの膨らみは絶対に本物のおっぱいだ、それだけは間違いない。


「そ、そうなの?」

「あれぐらい見たらわかるだろ」


 胸だけじゃなく、顔だってどう見ても女の子にしか見えなかった。


「僕には男の人にしか見えなかったけど」

「いくら男子の制服を着ていても、あれは女だって」

「うーん、そうなのかな……」


 クリスは納得していないようだったが、そこまで気にするほどの事でもないし、この話はここまでにしておこう。


「まあいいや、図書館はこのくらいにして、昼飯でも食いに行くか」

「うん、そうだね」


 階段を下りて図書館を出ると、学生の集団が俺達の方に向かって歩いてきた。


「あっ、あれは!?」


 隣を歩いていたクリスが、突然驚いた声をあげる。

 どうやら学生の集団を見て、驚いているようだが……。


「あの学生達って魔法学院の生徒だよな?」


 学生達は、さっき図書館であった少女と同じ制服を着ている。


「あの集団の真ん中にいる人は第三王女のミラルカ様だよ!!」

「えっ!?」


 学生の集団に目を向けると、他の生徒に囲まれるようにして歩いている生徒の姿が見えた。

 大きな胸に大きな尻……そして制服からはみ出るほどの大きなお腹。

 スカートの下から見える足はとても毛深く、髪は薄く禿げあがっていた。

 その姿はまさに……。


「おっさんじゃねぇか!?」


 思わず声を上げて叫んでしまう。


「シンク君、何言ってるの?」

「何言ってるのって……クリスが何言ってるんだよ!?」


 どう見たって、あれは女装した中年男性にしか見えない。


「なんでおっさんが王女なんだよ!?なんで女子の制服着てるんだよ!?なんで他の生徒は平然としてるんだよ!?」

「シンク君、落ち着いて!!」


 あまりにツッコミ所が多すぎて、つい興奮してしまう。


「いや、だっておかしいだろ?」

「シンク君はたぶん他の生徒と勘違いしてるんだよ……ほら、もっとよく見てよ」


 再度、集団の中央にいる生徒に目を向けるが、やっぱり女装した中年男性にしか見えない。


「ミラルカ様、今日のお昼はどうします?」

「ミラルカ様、今日は天気もいいですし、庭園に行きませんか?」

「ミラルカ様、もし時間があれば今日の放課後、私と一緒に……」


 取り巻きの生徒達が女装した中年男性に向かって、ミラルカ様と呼びながら話しかけるのが聞こえてくる。

 信じられないが、やっぱりあれが第三王女のミラルカのようだ。


「久しぶりに見たけど、ミラルカ様はやっぱり美人だよね」


 ミラルカを見ていたクリスがそんなとんでもない事を言い出す。


「さすがにそれは無いだろ……」

「ミラルカ様は、シンク君の好みじゃなかった?」

「当たり前だろ、あれと比べたらクリスの方が百倍綺麗だよ」


 とてもじゃないが、俺には美人に見えない。


「そ、そんな風に言われると、なんていうか照れちゃうね……」


 クリスの顔はなぜか真っ赤になっていた。


「本当にあの人が王女なのか?」

「それは間違いないよ、周りの生徒もミラルカ様って呼んでたし」


 あれがハーフエルフの王女だなんて正直信じられない。

 むしろ女なのかも怪しいくらいだ。

 だけど取り巻きの生徒やクリスの反応を見ていると、やはり本物のようだ。


「ハーフエルフは美人って聞いてたけど、あれは嘘だったみたいだな」


 正直、ちょっと残念だ……。


「僕は十分美人だと思うけど……シンク君の好みじゃないなら仕方ないね」

「まあ俺達には関係ないし、そろそろ行こうぜ」


 俺が王族と関わることなんてこの先一度も無いと思うし、気にする必要はないだろう。


「それじゃあ近くに食堂があるから、そこに行ってみようよ」





「はぁ~、うまかったな♪」


 あの後、クリスが案内してくれた食堂で昼食を済ませたのだが、その時食べたハンバーグがかなりおいしかった。

 焼き加減も丁度いいし、ソースも普通の物とは一味違って好みの味だった。


「シンク君が喜んでくれて良かったよ、ハンバーグが好きってパルカさんから聞いてたから」


 師匠はそんな事までクリスに教えてるのか……。


「もしかして俺がハンバーグが好きって聞いたから、あの店に案内してくれたのか?」

「うん、そうだよ……あの食堂のハンバーグはおいしいって噂で聞いてたからね」

「そうか、ありがとな……お礼じゃないけど、次はクリスの行きたい所に付き合うよ」

「じゃあ、あそこに行こうかな」


 クリスに連れて来られたのは、カードゲームの専門の店だった。

 店の棚には様々なカードゲームが売られており、奥の方にはカードゲームをするためのテーブルがいくつも置かれていた。


「へぇ、こんな店がタングラルにあったのか……クリスはこの店には何度も来てるのか?」

「うん、今の学院に入学してからは何度も来てるかな、アリアドリにはこういう店は無いからね」


 アリアドリにも色々な店はあるが、カードゲームの専門店は見たことがない。


「あっ、これ『モンスター・ナイト・キングダム』だな」


 俺は棚に置いてあったドラゴンの絵が描かれた箱を手に取る。


「それは最新のスターターデッキだね、それを買えばすぐにゲームができるよ」

「後は対戦相手が必要だけどな」


 子供の頃の俺はぼっちだったので、対戦する相手はいつも師匠だった。

 一人の時はデッキを組んで、イメージトレーニングをよくやっていた気がする。


「シンク君さえよければ、もう一度カードゲームをやってみない?」

「えっ……」

「実は最近、新しいカードゲームが発売されたんだ、よかったらシンク君と一緒に始めたいなって思ったんだけど……ダメかな?」


 そう言いながら、クリスが上目遣いで俺の顔を見てくる。

 そんなかわいい顔でお願いされると断りにくい……。


「それってどんなゲームなんだ?」

「ええとね……」

「誰かと思ったら『聖剣の騎士』じゃねえか……女になったって噂は本当だったみたいだな」


 声のした方を振り向くと、黒いフードを被った長身の男が立っていた。


「『狂竜の狩人』……久しぶりだね」


 クリスに『狂竜の狩人』と呼ばれた男が俺達の方に近づいてくる。


「知り合いか?」

「前に何度か手合わせしたことがあるけど、かなりの実力者だよ……今の僕じゃあ勝つのは難しいかもしれない」


 クリスがそう言うってことは、相当な実力者のようだ。

 『狂竜の狩人』なんて呼ばれるくらいだから、ドラゴン並の力を持っているに違いない。


「俺を三度も倒しておいてよく言うぜ……だが、今度は負けないぜ!!」

「待てよ、こんな所で戦うつもりなのか!?」

「当たり前だろ、今を逃せばいつ戦えるかわからねぇしな」


 街中で戦うなんて正気とは思えない。

 クリスの言うとおりの実力なら、衛兵じゃ止められないだろうし、ここは俺がなんとかして止めないと……。


「今のクリスは女の子なんだぞ、それでも戦うのか?」

「性別なんざ関係ねぇ!!ヤるかヤられるか……それだけだ!!」


 フードの中から見えた鋭い目は本気の目だった、この男は本気でクリスを……。


「わかった、相手になるよ」

「クリス!?」

「くくく、さすが『聖剣の騎士』わかってるじゃねえか……さあ始めようぜ、血塗られた戦いをっ!!」

「それじゃあ、店の奥に行こうか」


 クリスがそう言うと、二人は店の奥へ行きテーブルの椅子に座った。


「えっ……」


 すると二人は『モンスター・ナイト・キングダム』のカードを取り出し、テーブルの上に並べ始めた。


「って、カードゲームかよ!!」

「えっ、そうだけど?」


 クリスが「当たり前でしょ」って顔で答える。


「じゃあ『狂竜の狩人』っていうのは……」

「ドラゴン型のカードをデッキに組んで暴れる姿から、彼はそう呼ばれているんだ」

「それじゃあ『聖剣の騎士』っていうのも……」

「この男……いや、女は騎士型のカードと聖剣のカードを巧みに使いこなすことから、そう呼ばれているのさ」


 つまりカードゲーム仲間の間で呼ばれている二つ名ってことか……。


「……全部カードゲームの話なのかよ」


 雰囲気からして、てっきり本当の戦いをするのかと思ってしまった。


「シンク君、悪いけど少しだけ待っててね」

「くくく、今日こそ貴様に恐怖と絶望をあたえてやるぜ!!」


 そして『聖剣の騎士』と『狂竜の狩人』の戦いが始まった……。


 ――十分後。


「魔剣ネクロカリバーの効果を発動して、シャイニングドラゴンマンを破壊、さらに追加でプレイヤーに直接攻撃」

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 直接ダメージを受けたわけでもないのに、『狂竜の狩人』が叫び声をあげて椅子から転げ落ちた。


「今回も僕の勝ちだね」

「くっ、また負けちまったか……」


 今の攻撃でクリスが勝利したようだ。


「なあクリス『聖剣の騎士』なのに魔剣使ってたんだけど……」


 気になったので聞いてみた。


「魔剣ネクロカリバーは元は聖剣っていう設定があって、ゲーム中に条件を満たすと聖剣に変化するんだよ」


 クリス達が対戦してるの見て思ったが、俺が知ってる『モンスター・ナイト・キングダム』とは色々とルールが変わっているようだ。


「さすがは『聖剣の騎士』だな、女になって彼氏を作っても腕は鈍っていないようで安心したぜ」

「シンク君は、まだ彼氏ってわけじゃ……」


 『まだ』ってなんだ……そこは勘違いされないようにちゃんと否定するべきだろ。


「くくく、なるほどな……それじゃあ俺はバイトがあるから行くぜ、またな」


 『狂竜の狩人』はそう言うと、店を出て行った。


「あいつバイトしてるのか」

「彼は魔法学院の生徒なんだけど、学費が高いから自分でもバイトして稼いでるらしいよ」


 言動は少し変わっていたけど、思ったよりも真面目な奴なのかもしれない。


「それでさっきの続きだけど……」

「新しいカードゲームだろ?俺もやってみるよ」

「えっ、いいの!?」

「ああ、クリス達が対戦してるのを見てたら久しぶりにやってみたくなった」


 あそこまで激しい対戦は俺には無理だろうけど、趣味として遊ぶには楽しそうに思えた。


「そ、それじゃあこのカードゲームなんだけど……」


 その後、俺はクリスから紹介されたカードゲームのスターターデッキを購入した。





「えへへ♪」


 店を出てからクリスは上機嫌だった。

 こんなに嬉しそうなクリスを見たのは、初めてかもしれない。


「そんなに新しいカードゲームをするのが楽しみなのか?」

「それもあるけど、シンク君がカードゲームを始めてくれるのが嬉しくてさ」


 きっと身近に対戦相手ができて嬉しいに違いない。

 俺じゃあクリスの相手が務まるかわからないけど……。


「さて、次はどこに行く?」

「それじゃあ……あっ、そういえば図書館でなんでもするって言ったよね?」


 そういえばそんな事を言ったような気がする。


「何かして欲しいことでもあるのか?」

「うん、もう一つ行ってみたい場所があるんだけど……」

「おう、どこでも付き合うぞ」


 そんな事なら頼まれるまでもない。


「そこに行くまでの間、僕と手を繋いで欲しいんだけど……ほら、あんな感じで」


 クリスの視線の先を見ると、仲良く手を繋いで歩いている男女がいた。

 あれはどう見ても恋人同士だ。


「ダメかな?」


 上目遣いでクリスが俺の事を見てくる。

 この顔で見られると、どうにも断りにくい。

 でも、俺と手を繋ぎたいって事は……。


「シンク君がどうしても嫌なら無理にとは言わないけど……」

「わかった、なんでもするって言ったしな」


 俺は右手でクリスの左手を掴む。

 その時、左手の薬指に俺が実習の時に渡した指輪がはめられていることに気づいた。


「あの時に渡した指輪してるんだな」

「うん、だって今日はシンク君とのデートだし……」


 やっぱりクリスはデートのつもりで俺を誘っていたようだ。


「ほら、それより早く行こう!!」


 クリスはそう言うと俺の手を引いて歩き出した。


「お、おい、どこに行くんだ!?」

「ついて来ればわかるよ」





 そこは街外れにある花畑だった。

 周囲に建物はほとんど無く、太陽のような黄色いヒマワリの花が一面に咲いていた。


「この辺りは街の方と随分雰囲気が違うな」

「そうだね……ほら、あそこが目的地だよ」


 クリスの視線の先を見ると、ヒマワリ畑の向こうに大きな一本の木が見えた。


「あの木に何かあるのか?」

「うん……それは着いてから話すよ」


 俺達はヒマワリ畑に挟まれた細い道を通って、大きな木がある場所まで辿り着く。


「それで、この木はいったい何なんだ?」


 俺には、なんの変哲も無いただの大きな木にしか見えない。


「えっと、その……」


 クリスは俺から手を離すと、顔を赤くてして何か言いづらそうにしている。

 もしかしたら俺には言いにくいことなのかもしれない。


「この木の下で告白すると、成功しやすいっていう話を聞いて……」

「それってつまり……」

「僕はシンク君の事が好きなんだ」


 デートだって言われた時から、そうなんじゃないかとは思っていた。


「それって俺が初恋の相手だったからか?」

「確かにそれが一番の理由だと思う、でもそれだけじゃない、それ以外の事も含めて好きになったんだ」


 子供の頃の事を除くとクリスが俺のどこに惹かれたのかはわからない。

 だけど、それよりも俺達の間には別の問題がある。


「俺は男なんだぞ、クリスだって元は男だし……」

「でも、今の僕は女の子だよ」


 今のクリスは、どこからどう見ても女の子だ。

 それは間違いない。


「女になったからクリスは俺を好きになったのか?」

「それは否定しないよ、僕だって最初は男の子を好きになるなんて思ってなかったし、男のままだったらシンク君の事をただの友達だって思ってたかもしれない」


 クリスが男のままだったなら告白されることもなかったし、子供の頃の話だってクリスとなら笑い話になっていたはずだ。

 きっとそれが本来あるべき姿……。


 ズキリ


 なんだろう、この気持ち……胸が苦しくなってくる。


「だけど、僕は女の子になってシンク君を好きになった……シンク君に会いたい、シンク君と話したい、シンクと一緒にいたい……そんな風に思っちゃうんだ」

「クリス……」


 俺はクリスの気持ちにどう答えるべきか悩んで、何も言えなくなってしまう。

 そんな俺を見て、クリスは何かを察したのか悲しそうな顔をして俯いてしまった。


「ごめん、やっぱり男だった僕に好きなんて言われても気持ち悪いよね……」

「それはない」


 クリスに好きだって言われても気持ち悪いなんて思わない、それだけははっきり答えられる。


「ただ俺はクリスを男だって思うようにして接していたから、すぐには切り替えられないっていうか……」


 だからクリスにはエロ本だって見せたし、自分の男の部分をさらけ出すことができた。


「それにクリスより先に答えを出さなくちゃいけない娘が他にもいるんだ」


 俺はカリンとシオンに自分の気持ちをちゃんと伝えていない。

 何を伝えるべきなのか、今もわかっていないけど……。


「……つまりすぐには答えを出せないってこと?」

「すまない……」

「シンク君って優柔不断でどうしようもないね」

「うっ……」


 答えを出せない今の状態では、否定することもできない。


「でも、僕も男だったからシンク君のそういう気持ちはわかるかな」


 クリスはそう言うと、俺の体に抱きついてきた。


「お、おい!?」

「僕ならシンク君を男として理解して、女として愛してあげられると思う」


 確かに男だったクリスなら、男の気持ちを理解することも可能だろう。


「シンク君が望むなら、ここで抱いてくれてもいいんだよ?それで付き合えなんて僕は言わないから……」


 それは男にとって魅力的な誘いだった。


「ねえ、シンク君……」


 潤んだ瞳でクリスが俺を見つめてくる。

 その表情に思わず胸がドキドキしてしまう。


「ク、クリス……」


 抱きついたクリスの体からいい匂いがする、それは男を興奮させる女の香りだった。

 さらに大きな胸が押し付けられ、俺の欲望を刺激してくる。

 このままクリスを押し倒したい……。

 一瞬そう思ったが、すぐに冷静になる。


「ダメだ、それはできない」


 ここで勢いに任せてクリスを抱いたら、きっと後悔する事になる。

 それをするとしたら、ちゃんと答えを出して、クリスを選んだ時だ。


「そっか……やっぱり僕じゃダメみたいだね」


 クリスは俺から離れると後ろを向いてしまった。

 もしかして、俺に拒絶されたと思っているのだろうか?


「クリス」


 俺はクリスの被っていた帽子を取ると、その頭を優しく撫でる。


「シンク君?」

「そういうのは恋人同士でするべきだと思う……だから今はこれで我慢して欲しい、答えはちゃんと出すから」


 クリスだけじゃない、カリンとシオンにもちゃんと答えを出して伝えないといけない。


「まったく……普通の女の子だったら、そんなので納得しないよ」


 クリスは呆れたようにそう言うと、俺の方に振り返った。

 

「でも、僕は普通の女の子じゃないから今は納得しておくよ……だからもっと撫でて欲しいな」


 それからしばらくの間、俺はクリスの頭を撫で続けた。


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