第37話「タングラルの図書館」(挿し絵あり)
次の日。
朝食を済ませた俺は、クリスとの約束に遅れないように早めに寮を出た。
「今から出れば、ゆっくり歩いても間に合うだろ」
俺は駅を目指してのんびりと歩く。
今日は天気もいいし、昼からかなり暑くなりそうな気がする。
アーリアは今日もシオンと特訓すると言ってたけど、忘れずにちゃんと水筒を持っていったかな……。
そんな事を考えていると、前方に白いワンピースを着た少女の姿が目に入った。
「……かわいい娘だな」
少女は青くて綺麗な長い髪をしており、ワンピースと同じ白い帽子を被っていた。
清楚な感じがして、育ちの良さを感じる……もしかして、どこかのお嬢様だろうか?
「でも、どこかで見たことあるような……」
「あっ、シンク君」
少女は俺の方を向くと、こちらに向かって歩いてくる。
胸がかなり大きく、歩くだけで揺れているのがよくわかる。
「こ、この胸はまさか……クリスなのか!?」
「そうだけど、胸じゃなくて顔で気づいてよ」
近くで顔を見ると、確かにクリスだった。
おそらくクリスも駅に向かう途中だったのだろう。
「すまない、つい胸に目が行ってしまって……」
「シンク君って、本当におっぱいが好きなんだね」
クリスに呆れた様子で言われたが、本当の事なので否定できない。
「ところで、その服はどうしたんだ?」
「今日は遠出するし、私服で来たんだけど……どうかな?」
クリスはそう言うと、恥ずかしそうに上目遣いで俺の事を見てくる。
着ている服のせいなのか、その仕草が妙にかわいくて、思わずドキッとしてしまう。
「い、いいんじゃないか、俺も私服だし」
いつも外出する時は制服なのだが、今日は遠出するので俺も私服を着ていた。
「シンク君の私服姿はなんだか新鮮だね」
「いや、クリスほどじゃないだろ……っていうか、なんでその服なんだ?」
実習の時も女子の制服を着ていたが、遊びに行く時まで女子の格好をする必要は無いはずだ。
「前の服はサイズが合わないし……それにこっちの方が違和感無いかなって思って」
「確かに違和感はまったく無いけど……」
今のクリスを見てると 最初から女の子だったんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
むしろ男の服を着てる方が違和感がありそうな気がしてきた。
「シンク君はこういう服って嫌いだった?」
「いや、そういう清楚な感じの服は結構好きだぞ」
「そっか、パルカさんの言ってた通りだね」
なんでそこで師匠の名前が出てくるんだろう?
「もしかして師匠から何か聞いてるのか?」
「シンク君は、清楚で可憐な爆乳のお嬢様が好みだって言ってたよ」
師匠はクリスにいったい何を教えてるんだ……。
「僕はお嬢様じゃないけど、見た目だけならそれっぽく見えない?」
「まあ、見た目はな……」
クリスの見た目は、完全に俺の好みだった。
もしかしてクリスは、俺のために今の格好をしてきたのだろうか?
「それじゃあ、せっかく会ったんだし一緒に駅まで行こうよ」
「お、おう、そうだな」
俺はクリスの事が気になりつつも、駅に向かって一緒に歩き出した。
俺達は列車に乗ると空いてる席に二人で並んで座り、タングラルについてからの事を話し合うことにした。
「タングラルに着いたら、クリスはどこに行くか決めてるのか?」
「うん、考えてはいるけど……シンク君は行きたい場所ってある?」
「俺は図書館に行ってみたいかな、確かタングラルには巨大な図書館があったはずだ」
タングラルの図書館なら、俺が探している邪神に関する本もあるかもしれない。
「それなら魔法学院付属の図書館だね、あそこなら魔法に関する本がたくさんあるし、シンク君が読むような錬金術の本もあると思うよ」
「魔法学院か……一度は俺も入学を考えたんだけどな」
学費が高かったので結局やめてしまった。
「えっ、シンク君はタングラルの魔法学院に通おうとしてたの?」
「タングラルの学院は魔法専門だしな、学費が安ければこっちを選んでいたかもな」
師匠なら無理してでも払ってくれたかもしれないが、結婚して子供ができたらお金がかかるだろうし、俺のために無理はさせたくなかったので、結局アリアドリの学院を選んだ。
「タングラルの魔法学院は、他の学院と比べても学費が高いからね」
「反対にアリアドリの学費は安いからな、まあ試験に失敗したら退学だけど」
アリアドリは実力主義の厳しい学院だけど、学費に関しては他の学院と比べてかなり安い。
実習の時も宿代や交通費は学院が出してくれたし、試験の厳しさを覗けば、お金の無い学生には優しい学院かもしれない。
「クリスこそ王都の騎士学院に通いたかったんじゃないのか?」
王都にはアリアドリよりも立派な騎士専門の学院がある。
聖王騎士団に入るつもりなら、そっちの学院に通ったほうが可能性は高かったはずだ。
「そうだけど、僕はアリアドリの学院に通うように父さんに言われてたから……」
そういえばシオンとパートナーを組むように、剣聖である父親に指示されたって言っていた気がする。
「でも今はアリアドリの学院に入学して良かったって思ってるよ……だって、シンク君と会えたしね」
クリスは頬を染めながらそんな事を言ってくる。
そんな顔で言われると、なんだか別の意味に聞こえて勘違いしそうになる。
きっと友達になれて良かったってことだろう……深い意味はないはずだ。
「俺もクリスと会えて良かったよ」
「そっか……えへへ♪」
クリスは頬を染めたまま、嬉しそうに笑う。
その顔はなんていうか……女の子の顔だった。
列車は一時間くらいで、タングラルに到着した。
駅を出ると、錬金術の素材屋や魔法装備の専門店等、魔法に関する店があちこちに建っていた。
「前に来た時も思ったけど、魔法の店ばっかりだな」
「タングラルは魔法使いの街って言われてるからね」
魔法使いの街か……前に師匠と来た時も、そんなことを言われた気がする。
「それじゃあ、最初は図書館に行こうか」
「えっ、いいのか?クリスも行きたい所があるんじゃ……」
「僕の行きたい所は後でいいよ、案内するからついてきて」
俺はクリスに連れられて、図書館の前まで移動する。
「これがタングラルの図書館か……大きいな」
目の前には、アリアドリの学院よりも大きな建物が建っていた。
それは図書館というよりも城のように見える。
「その隣にあるのがタングラルの魔法学院だよ、勝手に入ったら怒られるから注意してね」
図書館から少し離れた場所に、同じくらいの大きさの建物が見えた。
おそらく、あれが魔法学院なのだろう。
「学院も大きいんだな」
さすが学費が高いだけはある。
「三年制だからアリアドリの学院より生徒の数も多いし……試験でいきなり退学とかもないからね」
アリアドリの学院は一年制だし、試験のたびに生徒の数が減っていくからな……。
「それにタングラルの魔法学院には、第三王女のミラルカ様が通ってるから、やっぱり他の学院とは少し違うと思うよ」
「王女って……王族が通ってるのかよ!?」
王族が一般の学院に通うなんてことは普通はありえないが、それだけタングラルの魔法学院が評価されているのかもしれない。
「でも第三王女って、確かハーフエルフだよな」
聖王には複数の妻がおり、第三王女の母親はエルフだったはずだ。
「うん、ミラルカ様はエルフの血を濃く受け継いでいて、魔法が得意って話だよ」
エルフにもいくつかの種族があるが、その全てが魔力に優れており、人間よりも長寿で、男女問わず美しい容姿をしている。
そんなエルフの血を半分引いているハーフエルフも、優れた魔力と容姿を持って生まれてくるという。
「クリスは第三王女を見たことがあるのか?」
「僕が見たのは子供の頃だけど、すごく綺麗な娘だったよ……今だったらすごい美人になってるんじゃないかな」
ハーフエルフだけあって、やはり美しい容姿をしているようだ。
「立ち話はこれくらいにして、図書館に入ろうか」
「そうだな」
図書館の入り口から中に入ると、広いホールになっており、奥には受付のカウンターがあった。
「一階は受付で、一般に公開されてるのは二階と三階の本棚だけだよ、それと魔法学院の生徒以外は本を借りることはできないからね」
どうやら色々と制限があるらしい。
「他の階はどうなってるんだ?」
「四階以降は許可がないと入れないよ、なんでも古くて貴重な本があるとか……」
それが本当なら邪神について書かれた本もあるかもしれない。
調べたいけど、許可が無いと入ることはできないみたいだし、今は諦めるしかないか……。
「とりあえず俺は色々見てみようと思ってるけど、クリスはどうする?」
「邪魔じゃなかったら僕もついて行っていいかな?」
「別にいいけど……暇だと思ったら、好きにしてていいからな」
「うん、ありがとう」
おそらく邪神に関する本は四階以降にあるだろうし、今回は適当に本を見るだけにしておこう。
俺はクリスと一緒に階段から二階に上がると、そこには大量の本棚が部屋中に並んでいた。
「す、すごい数だな」
あまりの数に学院の図書室が霞んで見える。
「三階も同じくらい本があるよ、そこの壁に案内表があるから本を探すなら見てみるといいよ」
階段を上がったすぐ近くの壁に、本棚の種類について書かれた案内表がはってあった。
それを見ると、料理や音楽等の趣味に関する本や絵本や小説等の本も置いてあるようだ。
「魔法関連以外の本もあるんだな」
「二階は一般の人達が読むような本で、三階は魔法関連だったはずだよ」
「なるほど、そういう風に分かれているのか」
その時、俺は三階の案内表を見て気になる文字を見つけた。
「こ、これは!?」
そこには『18歳未満禁止区域』と書かれていた。
これはとても気になる、一度調査しておかなければ……。
「気になる本棚でもあった?」
「ああ、ちょっとな……とりあえず三階に行こう」
三階に上がると、四階への階段の入り口は扉で塞がれ、立ち入り禁止という看板が立っていた。
「やっぱり四階へは行けないみたいだな」
「四階に入るなら魔法学院の許可が必要だよ」
「それって、魔法学院の生徒なら簡単にもらえるのか?」
「『聖王騎士団』の人間でも許可が無いと入れないって言われてるし、難しいと思うよ」
強い権力を持つ聖王騎士団ですら許可が必要ということは、それだけ重要な本があるのかもしれない。
「もしかして、侵入しようとか考えてないよね?」
「そ、そんなわけないだろ!?」
ソフィーに相談してみようとは思ったけど……。
「ならいいけど……捕まったら最悪処刑されるからね」
おそらく過去に侵入して処刑された人間がいたのだろう。
今すぐ調べる必要はないし、帰ったらソフィーに報告だけはしておこう。
「とりあえず三階の本を見てみるか」
俺はクリスに気づかれないように『18歳未満禁止区域』に向かって歩いていく。
「シンク君は何の本を探してるの?」
「ついてくればわかる」
歩いていると黒いカーテンで仕切られた場所が見えてきた。
どうやらあそこが『18歳未満禁止区域』の入り口らしい。
「シンク君が探してるのって、もしかして……」
クリスも俺がどこに向かっているのか気づいたようだ。
「まあ、そういうことだ」
「ダ、ダメだよ!!僕達まだ18歳未満だし、見つかったら怒られるよ!!」
「クリス、男にはやらなくちゃいけない時があるんだ、わかるだろ?」
男だったクリスならきっと分かってくれるはず……。
「いや、わかんないよ」
即効で否定された。
「もし怒られても、すぐに出れば大丈夫だって」
「えー、でも……やっぱりダメだよ」
優等生のクリスには、やはり抵抗があるようだ。
「ちょっとだけ……ちょっとだけでいいから頼むよ!!後でなんでもするからさ!!」
「うーん、じゃあちょっとだけだよ」
クリスの許しも出たので、『18歳未満立ち入り禁止』と書かれた黒いカーテンを開けて中に入る。
いったいどんなおっぱいが待っているのか……。
『♪~』
すると、近くの本棚の方から奇妙な音が聞こえてきた。
「なんだこの音?」
「シンク君、どうしたの?」
「いや、何か変な音が聞こえて……」
「音って何も聞こえないけど?」
どうやらクリスには聞こえていないようだ。
『♪~♪~』
その音は、まるで俺を呼んでいるかのように鳴り続ける。
音が聞こえてくる本棚の方を向くと、一冊の本が目に入った。
「この本から音が聞こえて」
本を抜き取って開いた瞬間、俺の意識は途絶えた……。
気がつくと、俺は暗闇の中にいた。
『♪~』
静かで
ゆっくりとして
断固とした
嘲笑うかのような音色がどこからか聞こえてくる。
『♪~♪~』
音色はさらに大きくなり、頭が痛くなってくる。
俺は耳を塞ぐが、音色は消えることなく頭の中に響き続ける。
『♪~♪~♪~』
この状況は、前に屋敷の地下で本を開いた時に似ている気がする。
あの時と同じなら、クトゥグアのような邪神が姿を現すはずだ。
だが、いくら待っても邪神の姿は現れず、音色だけが響いていた。
『♪~♪~♪~♪~』
気がつくと音色は俺の口から漏れていた。
さらに俺の全身から音色が噴き出し、辺りに響き渡る。
『♪~♪~♪~♪~♪~』
暗闇の中には、ただ音色だけが響いている。
もしかしてこの音色の正体は……。
『♪~♪~♪~♪~♪~♪~』
そうか……この音色そのものが邪神だったんだ。
すると音色が声へと変化する。
『ソウゾウシロ』
その言葉の意味を今なら理解できる。
「俺は創造する」
そう答えると、すべての音が消え去り、俺の体は光に包まれた。




