第36話「デートの約束」
ルクアーヌの実習から帰ってきてから、三日が過ぎた。
「うーん……やっぱり載ってないな」
俺は自分の力や邪神について知るために、学院の図書室で借りた本を寮の自室で読んでいた。
8月の試験休みは2週間あるので、休みを利用して色々と調べているのだが、未だに役に立ちそうな情報は見つかっていない。
「やっぱり図書室の本じゃ無理か、屋敷の地下を調べられればな……」
俺の住んでいた屋敷があった森は、今も聖王騎士団によって封鎖されているため中に入る事はできない。
シオンの話では屋敷は完全に燃えてしまい、地下は瓦礫で埋まってしまったらしい。
気になるが、今は調べることもできないので、どうしようもない。
コンコン
本を読んでいると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「誰だろう?」
アーリアはシオンと一緒に裏山で姫騎士の力を扱う特訓をしているはずだし、ソフィーとカリンも今日は用事があると言っていた。
だとすると、残っているのは……。
「もしかして……」
扉を開くと、そこにはクリスが立っていた。
「えっと、今大丈夫かな?約束通り来たんだけど……」
そういえばクリスとルクアーヌの温泉で写真集を貸す約束してたな。
「大丈夫だ、入ってくれ」
「それじゃあお邪魔します……あれ、読書中だったんだね」
クリスは、机に置かれた本を見てそう言った。
「ルクアーヌから帰ってきてから、なんだか忙しそうにしてるけど何かあったの?」
「実習中に気になることがあってな……それで色々と調べてるわけだ」
クリスに本当の事は言えないので、はっきり答えずに誤魔化しておく。
「僕には錬金術の事はわからないけど、手伝える事があったら言ってね」
どうやらクリスは、俺が錬金術の研究をしていると思ったようだ。
「ああ、その時は頼む」
本当の事を教えるわけにはいかないし、勘違いしたままでいてもらおう。
……あまりいい気はしないけど、仕方がない。
「それじゃあ、俺の持ってる写真集を見せてやるから少し待ってくれ」
「えっ……あっ、うん」
俺は机の引き出しを開けると、その奥から写真集を取り出しベットの上に並べた。
表紙に写っている女性は、どれも胸のサイズが90以上ある爆乳揃いだ。
「これが俺のとっておきの写真集達だ」
「うわっ……みんな大きいね」
そう言ったクリスも、写真集の女性に負けないくらい胸が大きいと思う。
やはりこの大きさは三桁を超えてるんじゃないだろうか……。
「うん、確かに大きい」
「……僕の胸見て言わないでよ」
どうやら俺の視線に気づいていたようだ。
さすがは剣聖の息子……気づかれないように胸を見るのは難しそうだ。
「それじゃあ好きなのを見てくれ、気に入ったのがあったら貸してやるから」
「シンク君は、どの人の写真集が一番お気に入りなの?」
「うーん、そうだな……」
正直どれも素晴らしいので、一番を決めるのは難しい。
その日の気分によって見たいと思う写真集も変わってくるし、一番と言われると悩む。
「えっと、そんなに悩まなくても……」
「どれも素晴らしいし、一番と言われるとそう簡単には決められない」
ここにあるのは、どれも俺が厳選した写真集なのだ。
それぞれにいい所があって、それは比べられるものではない。
「一晩考えさせてくれないか?」
「えっ、そこまでなの!?」
「もしかしたら、一晩では決まらないかもしれないけど……」
「別にそこまでしなくていいから!!ほ、ほら、この人とかシンクの好みな感じがするけど、どうなのかな?」
クリスは、写真集の中から金髪碧眼の美女が表紙の本を手に取って見せてくる。
「『シルヴィア・ルードラー』か……確かにいいな」
「えっと、どんな人なの?」
「最初のページにプロフィールが載っているから見てみろよ」
俺がそう言うと、クリスは写真集を開いて読み始める。
「えーと、シルヴィア・ルードラー、年齢24歳、身長167cm、体重は非公開、3サイズは上から100・59・91……ってすごいね」
エルフならともかく、人間でここまでスタイルのいい女性は滅多にいない。
しかも顔も綺麗だし、シルヴィアの写真集はかなり人気がある。
「シンク君はこういう人が好きなんだね、僕ももう少し身長が高かったらなぁ……」
クリスもスタイルはいいが、シルヴィアと比べると身長が7、8cm低く見える。
「今のクリスは女だし、別に身長は低くないだろ?」
クリスの身長は男子に比べたら低いかもしれないが、女子としては別にそこまで低いわけではない。
そもそもクリスの身長で低いなんて言ったら、同い年で身長が10cm以上低いソフィーはどうなってしまうのか……。
「それはそうなんだけど……」
クリスは何か言いたそうな視線を俺に向けてくるが、いまいち何が言いたいのかわからない。
もしかしたら、シルヴィアはクリスの好みじゃなかったのかもしれない。
「そうだ、クリスと同じくらいの身長の女性の写真集もあるから見てみろよ」
俺は写真集の中から童顔で爆乳の女性が表紙の本をクリスに見せる。
「これもシンク君のお気に入りなの?」
「ああ、シルヴィアに負けないくらい好きだぜ」
「そうなんだ……こういう娘も好きなんだね」
写真集を見たクリスは、なんだか嬉しそうな顔をしていた。
もしかして、こういう女性がクリスの好みなんだろうか?
「良かったらクリスの好みも教えてくれないか?」
「えっ!?僕の好みは、その……友達のために一生懸命になれる優しい人かな?」」
クリスは恥ずかしそうにそう答えた。
「えーと、見た目の事を聞いたんだけど」
「あっ、そうだよね!!ごめん、何言ってるんだろう……」
友達のために一生懸命になれる優しい人か……。
そういう女の子の友達がクリスにはいるのかもしれない。
「えっと、シンク君って、誰かと付き合ってたりはしないよね?」
「突然何を聞いてくるんだよ……俺が誰かと付き合ってるわけないだろ」
カリンとシオンからは好きだって言われたけど……。
「それじゃあ好きな人って、いたりするのかな?」
「それは……」
俺は、なぜかその先を答えることができなかった。
「……僕はいるよ」
クリスはそう言うと、綺麗な青い瞳で俺の顔をじっと見つめてきた。
まさか、好きな人っていうのは……。
「シンク君」
「は、はい!!」
「明日、予定がないなら僕と二人で遊びに行かない?」
てっきり告白されるかと思ったが、違ったようだ。
そうだよな……いくら女になったからって、クリスが俺の事を好きになるわけがない。
「明日なら別に大丈夫だぞ」
「それならせっかく休みなんだし、列車でタングラルに行ってみようよ」
タングラルは、魔法専門の学院がある大きな街だ。
二年くらい前に師匠に連れられて行った事があるけど、魔法に関する店がたくさんあって、様々な錬金術の素材が売られていた。
「そうだな……久しぶりに行ってみるか」
タングラルには、魔法に関する本が集められた巨大な図書館があったはずだ。
あそこなら邪神に関する本の一冊くらい見つかるかもしれない。
「じゃあ明日の午前9時に駅前で待ち合わせでいいかな?」
「わかった、駅前に9時だな」
「他の娘を連れてきちゃダメだよ?」
そういえば二人でって言われてたか……。
「……デート楽しみにしてるね♪」
そう言うと、クリスは部屋を出て行った。
俺は借りた本を返すために、学院の図書室に向かっていた。
「うーん、あれって本気だったんだろうか?」
さっきクリスに『デート』と言われたことが気になってしまう。
きっと冗談で言ったんだとは思うけど、もし本気だったら……。
「それはないか」
カリンとシオンに続いて、クリスまで俺の事が好きだなんて、ハーレム小説の主人公じゃあるまいしあるわけがない。
そもそもクリスは男だったんだ、男の俺を好きになるなんてありえない。
それに俺だって……。
「俺は……」
「さっきから一人で何を言ってるんじゃ?」
後ろを振り返ると、担任のビヒタス先生が立っていた。
「あっ、いえ、別に……」
独り言を聞かれていたかと思うと、急に恥ずかしくなってくる。
「ふむ、恋の悩みか?」
「べ、別にそういうわけじゃ……」
「まあいい……それよりも、ほれ」
なぜかビヒタス先生が俺に封筒を渡してきた。
「なんですか、これ?」
「ルクアーヌでの実習の報酬じゃ」
そういえば実習で評価が高いと学院から報酬が貰えるんだっけ……。
色々あって、すっかり忘れていた。
一応全部の依頼を失敗せずに達成できたし、そこが評価されたのかもしれない。
「ありがとうございます、ところでこれは何が入ってるんですか?」
「ルクアーヌの港から出発する豪華客船のディナー招待券じゃ、二枚入ってるからパートナーと一緒に行って来い」
封筒を開いて中を確認するとビヒタス先生が言ったとおり、豪華客船のディナー招待券が二枚と魔導列車の往復切符が入っていた。
開催される日時は今週末の夕方になっている。
「なんで実習の報酬が豪華客船のディナーなんですか?しかもルクアーヌだし……」
とても学生に送られる報酬とは思えない。
「向こうの観光協会との繋がりでな……学院にも色々あるんじゃよ」
どうやら大人の事情というやつらしい。
「これって学生が行っても大丈夫なんですか?俺はマナーなんて全然知りませんし、着ていく服もありませんよ?」
「服は向こうで貸してくれるから大丈夫じゃ、それにディナーといってもバイキング形式じゃから、そこまでマナーを気にする必要はないぞ」
俺が想像しているよりも、気軽な感じのモノのようだ。
「どうするかはパートナーと話して決めるといい、別に行かないのも自由じゃ」
「はい、わかりました」
後でアーリアに会ったらどうするか聞いてみよう。
「もし行くのなら、夜の豪華客船の雰囲気に任せて告白するのもありじゃぞ?」
「こ、告白って!?」
「冗談じゃよ」
「……変な事を言わないでください」
ありえない事を言うから、驚いてしまった。
「一つ言わせてもらうが……大事な時に、自分の気持ちに嘘を付くと後悔することになるぞ」
「えっ……」
「年寄りの戯言じゃよ……ではな」
ビヒタス先生はそう言うと、俺の前から去っていった。
図書室で本を返した帰りに、購買で飲み物を買って学院を出る。
すると、体操服を着たアーリアがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「シンクー!!シンクー!!」
俺の名前を嬉しそうに呼びながら、大きな胸を揺らし走り寄ってくる。
「アーリア一人か?シオンはどうしたんだ?」
「特訓が終わったら、用事があるって言って街に行ったブヒ」
そう言ったアーリアの額からは汗が流れていた。
「ジュース買ったけど、飲むか?」
「飲むブヒ!!」
購買で買ったジュースを差し出すと、アーリアはすぐに受け取って口に運んだ。
「ごくごく……ぷはぁー、うまいブヒ!!」
余程喉が乾いていたのか、アーリアはあっという間にジュースを飲み干してしまった。
「シンクありがとブヒ!!」
「最近暑いし、特訓するなら水筒を持っていった方がいいぞ」
熱中症で倒れたりしたら大変だ。
「シオンにも言われたから、次からは持っていくブヒ」
「そうか、なら大丈夫だな」
シオンが付いてるし、俺が心配する必要は無かったみたいだ。
「そういえば、さっきビヒタス先生に会ったんだけど……」
俺は実習の報酬として豪華客船のディナー招待券を貰った事を、アーリアに話した。
「豪華客船のディナー……シンクと一緒に行きたいブヒ!!」
「じゃあ、せっかく貰ったし行くか」
豪華客船のディナーなんて場違いな気もするけど、アーリアと一緒なら行ってみるのも悪くない。
「ブヒヒ、楽しみブヒ♪」
豪華な料理を食べるのがよほど楽しみなのか、アーリアはとても嬉しそうにしていた。




