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第35話「だいすきなひと」(挿し絵あり)

 今日は実習最終日。

 俺は最後の依頼を受けて、海水浴場の砂浜にいた。


「なんとかここまでこれたな」


 リューゲやガタノソアとの戦いで疲労していたが、あれから一度も依頼を失敗せずに、なんとか最終日までくることができた。

 邪神や俺の力に関して調べたい事もあったが、アーリア達と話あった結果……今は実習に集中する事になり、調べるのは学院に戻ってからという事になった。


「夕方までに依頼を終わらせないとな……」


 今日の実習が終われば、夕方の魔導列車に乗って学院に帰ることになっている。

 色々と気になる事はあるけど、今は依頼を達成する事を考えよう。


「シンク様、お待たせしました」


 声のした方を振り返ると水着姿のシオンが立っていた。


挿絵(By みてみん)


 シオンは、白いセパレートの水着を着ており、腰にはパレオを巻いている。

 こうして水着姿を近くで見ると、シオンの胸はまったく膨らんでおらず、体にはそれなりに筋肉がついているのがわかる。

 普段は制服を着ていてわかりにくいが、こうやって露出されると、やっぱり今のシオンは男なんだと改めて認識させられる。


「その……やっぱり変ですか?」


 俺の視線に気づいたシオンがそんな事を聞いてくる。

 今のシオンは男だが、決して女性用の水着が似合っていないわけではない。


「いや、そんなことないぞ」

「ですが、今の私は男ですし……もしシンク様が不快に感じるなら男性用の水着に替えてきます」


 男性用の水着ということは、上には何も付けず、下もパレオで隠さない訳だから……。


「そ、それはダメだ!!シオンにはやっぱり女性用の水着が似合う!!超かわいいぞ!!」


 男性用の水着を着たシオンを想像したら、なんだか色々と問題がある気がしてきた。


「……わかりました、このままでいます」


 また着替えるとか言われても困るし、早く依頼を済ませてしまおう。

 そもそも、なぜ俺がシオンと二人で海水浴場にいるかというと、以前と同じように二つの依頼を同時に受けることになり、アーリアと別行動をする事になったからだ。

 その時、シオンの受ける依頼が俺と同じだったため、一緒に海水浴場に来たわけだ。


「それじゃあ『魔霊魚』を探しに行くか」


 俺達が受けた依頼は『魔霊魚』の入手だった。

 魔霊魚は、ここから少し離れた沖で獲れる珍しい魚で 料理の食材としてはもちろん、錬金術や武器や防具の素材としても使われている。


「ボートで沖まで出て、魔霊魚を釣るんですよね?」


 魔霊魚は店で買う事もできるが、獲れる数が少ないため、結構な値段がする。

 学生の俺の資金で買うのは、正直かなり厳しい。

 学院の方もそれはわかっており、宿の受付で釣り竿と餌が準備されていた。

 つまり自分で魔霊魚を釣って入手しろということだ。


「ああ、沖まで行かないと魔霊魚は釣れないからな」


 ちなみにもう一つの依頼は喫茶店の手伝いだったのだが、釣りの経験が無いアーリアがそっちの方に行くことになった。

 アーリア一人に任せるのはまだ少し不安だが、孤児院の時もうまくやっていたみたいだし、きっと大丈夫だろう。


「学生証を見せればただでボートを借りれるらしいから、行ってみよう」

「はい、わかりました」





 俺達は、ボート屋で借りたボートを二人で漕いで沖を目指していた。


「ボートに乗るのは初めてです」

「漕ぐのが大変なら俺が一人でやるから大丈夫だぞ」

「いえ、力には自信がありますから……シンク様こそ右腕がまだ本調子ではないはずです、わたくしに任せて休んでいてください」


 確かに、まだ右腕に少し違和感を感じる。

 だが、俺より力があるとはいえ、女の子だったシオン一人にボートを漕がせるわけにはいかない。


「大丈夫だ、リハビリには丁度いい」

「わかりました、ですが無理はしないでくださいね」


 なんだか逆に心配されてしまった気がする……。


「そういえば、シオンは釣りも初めてなのか?」

「はい、申し訳ありません」

「いや、別に謝らなくてもいいよ」


 普通に考えたらシオンは女神教団の巫女だったわけだし、釣りなんてしてるはずがない。


「俺がやり方を教えてやる、シオンには前に弓の使い方を教えてもらったしな」

「シンク様が……では、お願いします」

「まあ教えたからって、魔霊魚は簡単に釣れるものでもないけどな」


 俺も沖に出て何度か釣りをした事はあるけど、未だに魔霊魚を自分で釣った事はない。

 その時に一緒にいた師匠が魔霊魚を釣ったのは何度か見たことがあるけど……。


「よし、この辺でいいだろう」


 さっきまでいた砂浜がかなり遠くに見える。

 この辺はモンスターも出ないし、釣りをしてる人がたまにいるけど、今日は誰もいないみたいだ。


「じゃあ餌の付け方から教えるか」


 俺は受付でもらった小箱の中から魔霊ミミズを取り出すと釣竿の針に取り付ける。


「なるほど、こうですか?」


 魔霊ミミズは紫色をしたグロテスクな見た目をしているのだが、シオンは素手で掴むと俺の真似をして針に取り付けた。

 どうやら触ることに抵抗は無いようだ、しかも餌の付け方は完璧だった。

 その後も竿の振り方を教えたり、魚がかかった後の事も教えたが、シオンは飲み込みが早く、すぐに理解した。


「シオンは物覚えが速いな」

「そうしないと殴られましたから」


 なんでもない事のようにシオンはそう答える。

 きっと巫女になる前にいたという教団の施設の話なのだろう。


「シオン……」

「あっ、何かかかりました」


 シオンが竿を引き上げると、紫色をしたグロテスクな魚……魔霊魚が釣れた。


「魔霊魚だな」

「依頼達成ですね、帰りましょう」


 なんていうか、なんの達成感も感じられないまま終わってしまった。

 こんな間単に釣れてしまっていいんだろうか……まあ、釣れてしまったものは仕方ない。


「……そうだな、帰ろう」


 街に戻って報告したら、喫茶店のアーリアの様子を見に行くのもいいかもしれない。

 そんな事を考えながら俺がオールを掴むと……突然水面が揺れだした。


「な、なんだ!?」

「シンク様!?」


 何か大きなモノが水面から現れたと思ったら、大きな波が起きて乗っていたボートがひっくり返り、俺達は海に投げ出された。


「なっ、なんだよいったい!?」


 水面から顔を出すと、目の前には青くて丸い巨大なタコ……前に洞窟で戦ったデビルオクトパスがいた。


「なんでこんな所にデビルオクトパスが!?」


 洞窟の時といい、こんな上級クラスのモンスターが街の近くに現れることなんて、ほとんどないはずなのに……。


「シオン、魔法でコイツを……」


 辺りを見回したがシオンの姿が見当たらない。

 ……なんだか嫌な予感がする。


「まさか、シオンは……」


 その時、デビルオクトパスの長い触手が伸びて俺の体に巻きついた。


「コイツ、邪魔をするなぁ!!」


 俺は目を閉じると、創造錬金で炎を……クトゥグアの力を創造する。

 すると俺の右腕から炎が噴き出し、俺の体に巻きついていた触手は消し炭になった。

 デビルオクトパスは慌てて水中に逃げ込もうとするが、それよりも早く俺の腕から噴き出した炎が頭部を燃やし尽くす。


「はぁはぁ……もういい、消えろ!!」


 頭部が焼かれて動かなくなったデビルオクトパスを見て、クトゥグアの力を創造するのをやめると腕から噴き出していた炎が消えた。

 この力を使ったのは二回目だが、前よりもコントロールできた気がする。


「急いで、シオンを探さないと」


 俺は海中に潜り、シオンがいないか探す……すると近くの岩場に薄紫色の長い髪が見えた。

 近づいて確認すると、岩に足を挟まれたシオンが気を失っていた。

 俺は全力で岩を動かしてシオンの足を引き抜くと、そのまま体を抱いて水面から顔を出す。


「シオン!!シオン!!」


 いくら呼んでもシオンは何も答えない。

 俺は急いでボートのある場所に向かうと、ひっくり返ったボートを戻し、シオンを乗せて自分もボートの上に乗る。


「シオン返事をしろ!!」


 やはり返事がない。

 調べてみるとシオンの呼吸は完全に止まっていた。


「落ち着け……こういう時は人工呼吸だ」


 俺は落ち着いて、昔師匠に教えてもらった人工呼吸のやり方を思い出す。

 シオンの胸の真ん中に手を当て、胸骨圧迫を三十回行い、気道を確保して唇から息を流し込む。


「シオンみたいな子がこんな所で死んだらダメだ!!シオンは幸せにならないとダメなんだ!!」


 このままシオンが死んでしまったら、辛いだけの人生で終わってしまう。

 今までずっと辛い思いをしてきたんだ、シオンには幸せになってもらいたい……いや、ならなくちゃいけないんだ。


「シオンが幸せになるなら、俺はなんだってしてやる……だから目を覚ませ!!」


 何度も胸骨圧迫と人工呼吸を繰り返していると……。


「ごほっ!!けほっ!!」


 シオンの口から海水が噴き出してきた。


「シ……ンク様?」

「シオン!!」


 どうやら意識を取り戻したようだ。


「わたくしは、いったい……」

「良かった……本当に良かった」


 嬉しくて、思わず目から涙がこぼれてしまう。


「シンク様、泣いているのですか?」

「シオンが生きててくれて嬉しいんだ」

「そうですか……シンク様は、わたくしのために泣いてくれてるんですね」


 なぜかシオンの目からも涙がこぼれていた。


「シオン?」

「嬉しいんです、わたくしが生きてる事を喜んでくる人がいて……わたくしのために泣いてくれる人がいて……」


 シオンはそう言うと、左手で俺の右手を掴んだ。


「……シンク様大好きです、あなたの傍にずっといさせてください」





 俺はシオンを休ませ、一人でオールを漕ぎながら街を目指していた。


「シンク様、やはりわたくしも手伝ったほうが……」

「ダメだ、シオンは大人しくしてろ」


 まだ意識が戻ったばかりだし、しばらくは安静にしていたほうがいい。


「治癒魔法をかけたのでもう大丈夫だと思います、それに魔霊魚に逃げられたまま帰るわけにはいきません」

「釣竿も餌も流されたんだから、どうしようもないだろ」


 ボートがひっくり返った時、シオンの釣った魔霊魚はどこかに行ってしまった。

 その時に、釣竿も餌も流されてしまったようだ。


「ですが、このままでは依頼を達成することができません」

「依頼よりもシオンの方が大事だ」


 依頼を達成することよりも、今はシオンの体の方が心配だ。


「そう言ってもらえるのは、嬉しいですけど……」

「シオンは何も考えず、街に戻ったら病院で診てもらえ」


 治癒魔法は体の傷を治すことはできるが、万能ではない。

 念のため、医者に診てもらった方がいいだろう。

 その後、俺がまた一人で釣りにいけばいい……時間的には厳しいが、可能性が無いわけじゃない。


「しかし……」

「慣れない人工呼吸までして助けたんだ、無理しないでくれ」


 できれば、あんな思いはもうしたくない。

 次もうまくいくとは限らないし……。


「じ、人口呼吸というと、わたくしの唇にシンク様の唇が……」


 シオンの顔は、今まで見たことがないくらい真っ赤になっていた。


「緊急事態だったんだから仕方ないだろ」


 勝手にしたのは悪いと思っているけど、ああしなければシオンを助けることはできなかった。


「い、いえ、別に怒っているわけではなくて、逆に嬉しかったというか……夢が叶ったというか……なんで憶えていないんでしょうか?」

「いや、そんな事を俺に言われても……」

 

 嬉しかったって……俺に人口呼吸されて嬉しかったって事だよな?

 じゃあ、さっきのはやっぱり……。


「シンク様」

「な、なんだ?」

「もう一度、わたくしに『人工呼吸』してもらえませんか?」


 そう言うと、シオンは俺の方を向いたまま目を閉じた。

 これは、つまりキスして欲しいってことなのか!?


「ごくり……」


 人口呼吸した時は何も感じなかったのに、今はシオンの唇を見ただけで、なぜかドキドキしてくる。

 今のシオンは男なのに……でも本当は女の子で、俺は幸せになってもらいたいと思っていて……。


「シオン……」


 その時、シオンのパレオが不自然に膨らんでいる事に気づいた。


「シオンのパレオ、なんか変じゃないか?」

「えっ?」


 シオンが立ち上がると、パレオの中から紫色のグロテスクな魚が出てきた。


「魔霊魚だな」

「魔霊魚です」


 なんだろう、この空気……。


「えっと……依頼達成だな」

「そうですね……」


 なんだかキスするような雰囲気ではなくなってしまった。

 シオンの方を見ると、なんだか寂しそうな顔をしている。


「そんな顔されたら気になるだろ……」


 俺はシオンの頭に手を乗せると、優しく撫でる。


「シンク様?」

「今はこれで勘弁してくれ」

「はい、これで十分です……ありがとうございます」





 街に戻り、シオンを病院に連れていったが、体のどこにも異常は無かった。

 その後、宿に戻るとアーリアがすでに帰ってきており、無事に依頼を達成したらしく、俺に自慢げに話してきたので、頭を撫でてやった。

 これで実習中のすべての依頼は達成できたし、試験に落ちることは無いはずだ。


 その後、俺達は駅に行くと、学院のあるアリアドリ街へと向かう魔導列車に乗った。

 列車の席に座ると、アーリアもシオンもクリスもすぐに眠ってしまった。

 今回の実習は色々な事があったし、みんな疲れていたのだろう。


「ふぁ~、俺も寝るか……」


 考えることはたくさんあるけど、みんなの寝顔を見ていたら俺も眠くなってきた。

 今は少しだけ休むことにする……。


 こうして、俺達のルクアーヌでの実習は終了した。


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