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第32話「扉の向こうにあるモノ」

 三日目の実習を終わらせた後、俺はソフィーとカリン、そしてアーリアとシオンを連れて、森の奥にある屋敷を目指して歩いていた。


「この先に、シンクの住んでいた家があるブヒ?」

「ああ、あの大きな木がある所を曲がればもうすぐだ」


 色々と考えた結果、俺はアーリアとシオンを屋敷に連れて行く事にした。

 二人には、昨日の夜に俺の両親や師匠の事を話してある。


「シンクさんの住んでいた屋敷というのは、随分と森の奥にあるんですね……これでは街への往復も大変だったんじゃないですか?」

「そうだけど……屋敷に住んでいた頃は、街に行くことなんて一度もなかったからな」

「えっ?」

「俺は生まれてから9年間、この森の外に出たことがなかったんだ」


 師匠に会うまで、俺は両親と三人で、ずっと森の奥にある屋敷で暮らしていた。

 あの頃は、住んでいた屋敷とこの森だけが俺の世界だったんだ。


「だから初めて街に行った時は、人の多さに驚いたな」


 師匠と街で暮らすようになってから、俺は今まで両親としか接したことがなかったので、他人と上手く話せなくて色々と苦労した。

 だから学院に入学するまで、友達もできず、ずっとぼっちだったわけだ……。


「シンクさん……」

「おっと、着いたみたいだな」


 林を抜けると、二階建ての大きな屋敷が見えてきた。


「あれがシンクの住んでいた家ブヒか、思ったよりも大きいブヒ」

「まあ三人で住むには、広すぎる家だったよ」


 広すぎると掃除するのも大変なので、三人で住むならもっと小さい家でもよかった気がする。

 誰かはわからないが、森の奥によくこんな大きな屋敷を建てたものだ。


「それじゃあ、入るか」


 屋敷の扉の鍵を開けて、俺達は中に入る。


「なんだか暗いブヒ」

「もう夕方だしな……」


 屋敷の中は窓から夕日が差し込んでいたが、それだけではやはり暗く感じる。


「こんな時こそ、オレの魔法の出番ブヒ……サーチライト!!」


 アーリアがそう叫ぶと、手のひらに光りの球体が現れ、頭上に浮き上がった。

 アーリアは、シオンとの特訓でいくつかの魔法が使えるようになっていた。

 前にミントさんが使っていた、この光属性魔法もそのうちの一つだ。


「どうブヒ、オレの魔法は?」

「おー、すごいすごい」


 屋敷には備え付けられたランプがあるのだが、アーリアが自信満々にしてるので黙っておこう。

 魔法を使ったほうが、燃料もいらないし。


「では、地下まで案内しろ」

「わかった、ついてきてくれ」


 俺は、ソフィー達を連れて屋敷の廊下を歩く。

 たまに師匠が掃除をしてくれるおかげで、思ったよりも屋敷の中は綺麗だった。


「この扉から地下に行けるんだ」


 廊下の突き当たりにある扉を開け、地下への階段を降りていく。

 階段を降りた先には、不思議な模様が描かれた黒い扉があった。


「ほう、これが封印された扉か……なるほどな」

「これは強い魔力を感じますね」


 ソフィーとシオンは扉を見ただけで、何かを感じとったようだ。


「周りの壁がなんだか傷ついたり、焦げたりしてるブヒ」


 扉の周りの壁には、斬撃の跡や黒く焦げた部分あった。

 おそらく師匠が言っていた侵入者の仕業だろう。


「この扉は古代魔法で封印されている、しかも術式が工夫されているようだな」


 ソフィーは、黒い扉に手を乗せるとそう言った。

 古代魔法の術式を工夫って……それじゃあ俺や師匠に開けられないのも納得だ。

 魔法の封印を特には、強力な力で無理矢理こじ開けるか、術式を読み取って解除するかの二択しかない。

 この封印された扉は、剣聖の聖剣でも破壊する事はできなかったし、そんな扉を俺達が力づくで開けるなんて不可能だ。

 だから、術式を読み取って解除するしかないわけだが……。


「ソフィー、できそうか?」

「ふん、誰に言っている?シンクの父親が何者かは知らんが、オレ様にかかれば、この程度どうとでもなる」


 そう言うと、ソフィーは小さな両手を扉に押し付け、目を閉じた。

 術式を読み取っているのだろう。


「お嬢様、がんばってください」

「今はソフィーさんを信じるしかないですね」


 シオンの言うとおり、今はソフィーを信じるしかない。


「あっ、扉が光ったブヒ!?」


 扉が光輝くと、描かれていた不思議な模様が消滅した。


「封印は解いた、さあ行くぞ」


 ソフィーは何事もなかったように扉を開くと、中に入っていく。

 まさか、こんなにあっさり封印を解いてしまうとは思わなかった。


「シンクさん、驚いてないで私達も行きましょう」

「そうだな、行こう」


 ソフィーを追って扉の奥に進む。

 すると、そこはいくつも本棚が並んでおり、まるで図書館のようになっていた。


「これは……」

「すごい数の本ブヒ」

「本棚の向こうにも扉がありますね」


 部屋の奥に、さらに扉があるのが見える。

 見た感じ普通の扉だし、封印されてはいないようだ。


「この本、何が書いてあるかさっぱりわからないブヒ」


 アーリアが本棚から本を取り出して開いていた。


「この文字、見たことがないですね……」


 シオンにも何が書いてあるのか、わからないようだ。

 もしかしたら、古代語で書かれているのかもしれない。

 俺も適当に本棚から本を抜き取って開いてみる。

 その瞬間、俺の意識は途絶えた……。





 気がつくと、俺は暗闇の中にいた。

 遠くに何千もの小さい光の点が見える。

 その中に、青みがかった赤色に輝く不思議な光を見つけた。

 あれはいったい……それに、ここはどこなのだろう?


『ソ……ウ……ロ……』


 頭の中に不思議な声が響いてくる。


『ソウ……ゾ……シ……』


 すると、突然俺の体が燃えるように熱くなっていく。

 まるで体の中で炎が渦巻いているような感覚だ。

 このままだと死ぬ……そう思っていると、俺の体から炎が噴き出してきた。


『ソウ……ゾウ……シロ……』


 謎の声が、再び頭の中に響く。

 だが、今はそれどころではない。

 俺の体から、止まることなく炎が噴き出し続けている。

 正直、意味がわからない……これは夢なのだろうか?

 しばらくすると、噴き出した炎は一つになり、巨大な炎の塊へと変化した。

 炎の塊は、まるで意思を持っているかのように動き、俺へと近づいてくる。


『ソウゾウシロ……』


 頭の中に響く声が、徐々にはっきりしていく……。

 ソウゾウシロ?想像しろって事なのか?

 いや、違う……これは……。


「シンク、目を覚ませ!!」


 謎の声をかき消すように、ソフィーの声が頭の中に響いてくる。

 すると炎の塊はすべて消え去り、俺の体は光に包まれていく……。





 目を開けると、ソフィーが俺の唇にキスをしていた。


「……」


 なぜこんな事になっているのか、思い出してみる。

 本を開いたら知らない場所にいて……。

 俺の体から炎が噴き出してきて……。

 目を覚ましたらソフィーにキスされていた。

 うん、なるほど、まったくわからん。


「お嬢様、シンクさんが目を覚ましました」


 カリンの声が聞こえると、ソフィーは俺から唇を離した。


「やっと目を覚ましたか……」

「シンク、大丈夫ブヒ!?」

「シンク様、大丈夫ですか!?」


 アーリアとシオン、そしてカリンが心配そうな顔で俺を見ていた。


「俺は、いったい……」

「その本を開いたら、急にシンクさんが倒れたんですよ」


 俺の隣には、さっき開いた本が落ちていた。

 どうやら俺が気を失ったのは、この本が原因らしい。


「貴様の意識は、その本に取り込まれていたのだ」

「意識を取り込まれるって……これはただの本じゃないのか?」

「わからん……調べてみたが、オレ様にもその本に書いてある文字は読めなかった」


 ソフィーが読めないという事は、この本はアルクラン大陸のモノではないのかもしれない。


「いくら呼びかけても、シンクが目を覚まさないから心配したブヒ」

「そうだったのか……心配かけたな、ごめん」


 まさか本を開いただけで、こんな事になるとは思わなかった。


「でも、なんで俺はソフィーに……キ、キスされてたんだ?」

「お嬢様が唇から体の中に直接魔力を流し込んで、シンクさんの意識に呼びかけたんです」


 だからあの時、ソフィーの声が聞こえてきたのか……。


「えっと、ソフィー……ありがとう」

「ふん、あまり面倒をかけさせるな」


 そう言ったソフィーの頬は赤く染まっていた。

 俺もソフィーの柔らかい唇の感触を思い出し、顔が熱くなってくる。


「……」

「……」


 アーリアとシオンから何か言いたそうな視線を感じる。


「もしかして、お二人もシンクさんとキスしたかったんですか?」


 カリンが、そんなありえない事を言い出す。


「わ、わたくしが、そんなこと……」

「ちなみに私はもうしましたよ」


 その発言に、シオンが普段は見せた事がないような驚愕の表情になる。


「シ、シンク様の唇が二度も奪われていたなんて……」


 確かにカリンにもキスされたが、それは頬であって唇ではない。


「……この気持ちはいったい何ブヒ?」


 アーリアはシオンとは違い、何か考え込んでいるようだった。


「カリン、こんな所で突然何を言い出すんだよ」

「すみません、つい口が滑りました」


 絶対わざとだ。


「そんなことより、これからどうするつもりだ?もし、怖くなったのなら引き返してもかまわんぞ」

「そんなわけないだろ……とりあえず本棚は無視して、奥の扉を調べてみよう」


 ここまで来て引き返すなんてありえない。

 だが、さっきみたいな事があっても困るし、本棚は無視した方がいいだろう。


「シンク様の唇が……唇が……お尻が……」

「いや、お尻は関係ないだろ」


 シオンがおかしくなっていたので、落ち着くのを待ってから調べることにした。





「それじゃあ、開けるぞ」


 部屋の奥にある扉には鍵がかかっておらず、簡単に開ける事ができた。

 扉の向こうは工房になっており、大きな釜が中央に置かれ、隣の床には大きな魔方陣が描かれていた。


「ここは錬金工房か、魔方陣があるってことは、他にも何かやってたみたいだけど……」

「こっちの机に写真が置いてあるブヒ」


 部屋の隅には机が置かれており、幼い頃の俺と親父と母さんの三人が写った写真が飾られていた。


「もしかして、この子供がシンクブヒ?」

「ああ、そうだけど……」


 そういえば、昔三人で写真を撮った事があった。

 親父は写真を撮られるのがあまり好きではなかったが、母さんが家族の記念とか言って、無理矢理撮らせていた気がする。

 たぶんその時の写真だ。


「へぇ、子供の頃のシンクさんは、こんなにかわいかったんですね」

「昔の事は別にいいだろ」


 まさかアーリア達にまで昔の写真を見られるとは思わなかった。


「この銀髪のツインテールの少女は、シンクさんのお姉さんですか?」

「それは俺の母さんだよ」


 母さんの見た目は12歳くらいに見えるので、カリンが間違えるのも仕方がない。


「えっ……でも、お嬢様よりも年下に見えますよ?」

「まあ、ホムンクルスだからな」


 ホムンクルスの見た目は、だいたい作った錬金術師の好みが反映される。

 つまりそういうことだ……。


「な、なるほど……」


 理由を察して、カリンが引いているのがわかった。

 親父がロリコンでごめんなさい。


「オレ様にも見せてみ……なっ!?」


 写真を見たソフィーが、信じられないといった表情をする。

 俺の親父がロリコンでソフィーも驚いているのかもしれない。


「この写真に写っている男は、ゼノバルトではないか!?」

「ゼノバルトって何ブヒ?」

「ゼノバルトといえば、100年前に魔王を倒した英雄の一人、大賢者ゼノバルトですね」


 大賢者ゼノバルト……姫騎士マリヴェール達と一緒に魔王を倒した英雄だ。

 その名前は俺も知っているけど、親父がゼノバルトだったなんて話は聞いてない。


「間違いない、この眼鏡と目つきの悪さはゼノバルトだ」


 ソフィーの言うとおり、写真に写っている親父は、眼鏡をかけているし、かなり目つきが悪い。

 しかし、どう見ても年齢は40代くらいだし、とても100年以上生きているようには見えない。


「でも、そしたら俺の親父は100年以上生きてる事になるぞ」

「ゼノバルトなら、それぐらいできるだろう、奴はオレ様と並ぶ……いや、それ以上の魔法の使い手だったのだからな」


 ゼノバルトは、あらゆる魔法で奇跡を起こす天才だと言われている。

 もし親父がゼノバルトなら、魔法で寿命を延ばすくらいできてもおかしくはない。


「シンク様のお父様のお名前はなんですか?」

「親父はゼノ・ストレイアって名乗ってたけど……」

「奴のフルネームは、ゼノバルト・ストレイジア……偽名にしても名前の文字を減らすだけとは、相変わらず変な所で手を抜く奴だな」


 確かに名前は似ているが、自分の父親が英雄だったとか、いまいち信じられない。

 それに親父が本当に大賢者ゼノバルトなら、魔王だったソフィーを殺した事になる……。


「やっぱりソフィーにはわかるのか?」


 自分を殺した相手なら、憶えているのも当然だ。


「あたりまえだ、奴とは一緒に邪神と戦ったのだからな」

「一緒にって……敵として戦ったわけじゃないのか?」


 歴史では、魔王は英雄達に倒された事になっているはずだ。

 それに邪神というのは……。


「そうか、シンクは知らないのだったな……」

「さっきから何を話しているのか、さっぱりわからないブヒ」


 ソフィーが魔王の生まれ変わりだと知らないアーリアには、いまいち話が理解できないようだ。


「つまりシンク様のお父様が姫騎士マリヴェールと同じ英雄で、ソフィーさんが魔王の生まれ変わりだったということです」


 シオンがアーリアにわかりやすく説明してくれる。

 っていうか、ソフィーが魔王の生まれ変わりってことは話していないのだが……。


「貴様がそれを知っているという事は、やはり女神教団にも知られているということか」

「はい、実はシンク様とソフィーさんをできるだけ接触させないように、教団から言われていました……今となっては、どうでもいい事ですけど」


 シオンはそんな事をさらっと言う。

 その話、俺は初耳なんだが……。


「どうでもいい事か……オレ様は魔王だぞ、本当にいいのか?」

「今のわたくしはシンク様の味方です、ソフィーさんがシンク様の味方をするなら、わたくしもあなたの味方になります」


 シオンは別にソフィーと敵対するつもりはないらしい。

 できれば仲良くして欲しいし、その方が俺としても嬉しい。


「ただし、シンク様を裏切るような事があれば、その時は……覚悟してください」


 いつものシオンとは思えない、なんとも言えない迫力を感じる。


「くっくっく、いいだろう……シオン・フォルアード、その時はオレ様を殺すがいい」

「わかりました、それでは今後ともよろしくお願いします」


 とりあえず、二人の話し合いは解決したようだ。

 喧嘩にならなくて、本当に良かった……。


「では、アーリア・セルティン、貴様はどう思っているのだ?」

「ソフィーがシンクの仲間なら、細かい事はどうでもいいブヒ」


 アーリアにとっては、ソフィーが魔王だろうと関係ないようだ。


「なるほど……シンクは愛されているのだな」

「急になんだよ」

「二人は貴様のためなら魔王と協力する事もいとわないと言っているのだ、ならばオレ様もその想いに応えよう」


 シオンはともかく、アーリアはそこまで考えていないような気がするけど。


「貴様達にオレ様が知っている真実を教えてやる、100年前の戦争の真実をな……」


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