第31話「真紅の瞳の理由」
夕方、俺が宿に戻るとアーリアとシオンが戻ってきていた。
アーリアは俺を見つけると、すぐに駆け寄ってきて……。
「シンク、完璧に依頼をこなしてきたブヒ!!」
と自慢げに報告してくる。
「そっちの依頼はどんな感じだったんだ?」
「子供達の面倒を見たり、建物や家具を修理したりと平和なモノでした」
シオンがそう説明してくれる。
だいたい俺の予想通りの内容だったみたいだ。
「アーリアさんは子供達に人気で、しっかりと面倒を見ていましたよ……おかげで、わたくしは修理に集中する事ができました」
「オレにかかれば、ガキ共の面倒を見るくらい余裕ブヒ」
どうやら、俺が心配する必要なんて無かったようだ。
アーリアが子供に人気だとは思わなかったけど、俺の知らない意外な才能があるのかもしれない。
「子守が得意なら、アーリアはいい母親になれるかもな」
「オレが母親ブヒ?」
まあ中身がオークでは、そんな事はありえないと思うけど。
「わたくしも日曜大工は得意ですよ」
シオンが日曜大工を得意というのも、かなり意外な気がする。
でも、日曜大工が得意なのは母親じゃなくて、どちらかというと父親だと思う。
「とりあえず、思った以上によくやってくれたみたいだな、よしよし」
頭を撫でるとアーリアはとても嬉しそうな顔をした。
「ブヒヒ、もっと撫でて褒めるブヒ♪」
「……」
アーリアの頭を撫でていると、シオンが無言で俺の顔をじっーと見てくる。
もしかして、シオンも撫でて欲しいのだろうか?
「シオンも、がんばったな」
そう言って、もう片方の手でシオンの頭を撫でてみる。
すると、シオンの頬が仄かに赤く染まった。
「……ありがとうございます」
嫌がられるかとも思ったが、どうやらこれで正解だったみたいだ。
シオンの髪はサラサラしていて気持ちいいし、やっぱりいい匂いがする。
「シオン、俺にして欲しい事があったら前みたいに言ってくれよ」
「はい……でも、今はこれで満足です」
普段から世話になっているので、俺としてはもっと何かしてあげたいんだが……。
とりあえず今は、たくさん撫でてあげる事にする。
「そういえば、クリスさんとは会いましたか?」
「ああ、一緒に依頼を受けたんだけど、終わったら用事があるってどこかに行っちまった」
クリスは錬金工房を出ると、用事があるから先に宿屋に戻っていてほしいと言って、どこかに行ってしまったのだ。
後を追いかけようとしたが、クリスの足が早すぎて無理だった。
「あっ、依頼の方は無事に達成できたから、安心していいぞ」
「そうですか……クリスさんを手伝って下さって、ありがとうございます」
「いや、手伝ってもらったのはこっちだ」
クリスがいなければ、デビルオクトパスを倒す事もできなかっただろうし、あんな上質な水命石を手に入れる事もできなかった。
「クリスって、女になってもやっぱり強いんだな」
「クリスさんは、今の自分の体にあった最適な戦い方を見つけるために、最近は遅くまで特訓してましたから」
クリスが特訓していたなんて知らなかった。
あの強さは知識や技術だけではなく、クリスのそういった努力があってこその強さだったんだ。
「そうか、クリスの強さにも理由があるんだな」
俺が想像していた以上に、クリスはずっと努力してきたんだと思う。
「ですが、クリスさんのお父様は……いえ、これはわたくしから話すことではないですね」
剣聖がどうかしたのだろうか?
気になるが、クリス本人の口から聞くべき事なのだろう。
「では、わたくしは一度部屋に戻ります」
「ああ、わかった」
「……また、なでなでしてくださいね」
シオンは、少しだけ名残惜しそうに俺の方を見てから去っていった。
その日の夜、俺は宿屋の三階にあるソフィーに教えてもらった部屋の前にいた。
「ここであってるよな」
目の前の扉のプレートには『309』と書いてあるし、この部屋で間違いないだろう。
とりあえず、ノックして確認してみる。
「はい、どなたですか?」
中からカリンの声がした。
やっぱりこの部屋で間違いないみたいだ。
「シンクだけど」
「シ、シンクさんですか!?ちょ、ちょっと待っててください」
中でドタバタ音が聞こえてくる。
それから少しすると扉が開き、制服を着たカリンが出てきた。
仮面は着けておらず、かわいらしい素顔のままだ。
「どうぞ、中に入ってください」
「ああ、お邪魔するよ」
部屋の中に入るとカリン一人で、ソフィーの姿は見当たらなかった。
「ソフィーはいないのか?」
「お嬢様は一人で散歩に出かけています」
ソフィーは、俺が来るのをわかっていたはずなのだが……。
「お嬢様に何か用事があったんですか?それなら私が後で伝えておきますけど」
「いや、自分で伝えるよ」
屋敷の封印された扉に関しては、話しておきたい事もあるし、ソフィーに直接言った方がいい。
「それでは、また後で来てもらえれば……」
「いや、ソフィーにもだけど、カリンにも会いにきたんだ」
「わ、私にもですか!?」
なぜかカリンが驚く。
もしかして、俺が来る事をソフィーから聞いていなかったのだろうか?
「とりあえず、そこのデーブルの椅子に座ってください」
言われたとおり、テーブルの椅子に座るとカリンが紅茶をいれてくれた。
俺の部屋には紅茶なんてなかったし、カリンが持参した物のようだ。
「いい香りだな……うん、美味しい」
紅茶の事は詳しくないが、香りもすごくいいし、味も俺好みだ。
「そ、それで、私に何の用ですか?」
「あの日から、カリンとはちゃんと会って話してない気がするし、どうしたのかと思って」
話した事と言えば、偶然すれ違って挨拶した事くらいだ。
俺を好きにさせるとか言ってたから、もっとアピールしてくるかと思っていたのだが……。
まあ、実際にされても困るけど。
「そ、その、あの時は勢いであんな事を言ってしまいましたが、いざシンクさんに会おうと思ったら急に恥ずかしくなってしまって……」
「つまり、恥ずかしくて俺に会えなかったと?」
「そ、そうです……」
なんていうか、思ったよりもかわいらしい理由だった。
「カリンもそんな風に思ったりするんだな」
「やっぱり、私が恥ずかしがるなんて変ですよね」
「いや、かわいいと思うぞ」
すると、カリンは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「うぅ……私を照れ殺させる気ですか」
照れ殺させるってなんだろう?
「まあ、そんなに気にするなよ」
「シンクさんは全然余裕なんですね、なんだか不公平です」
俺だって別に、何も感じていないわけではない。
告白された女の子と二人きりなんだ、それなりに意識している。
「こうなったら、もう脱ぐしか……」
「待て、なんでそうなる!?」
いくらなんでも極端すぎる。
「俺だって、あんなことされたんだから意識してないわけないだろ……」
「そ、そうなんですか?」
「お、おう……」
カリンにキスされた事を思い出すと、今でも顔が熱くなってしまう。
というか、思い出して既に熱くなっている。
「……」
「……」
お互い恥ずかしくなって、黙り込んでしまう。
「おまえ達は何をやってるんだ……」
声のした方を振り返ると、開いた窓からソフィーが呆れた顔でこちらを見ていた。
「ソ、ソフィー!?」
「お嬢様、帰ってきてたんですか!?」
「ああ、おまえ達がまぐわっているようなら、もう少し散歩してくるつもりだったのだがな……」
そう言うと、ソフィーは窓から部屋の中に入ってきた。
その手には、俺が錬金術を付与した箒が握られていた。
飛行魔法を使って、三階にあるこの部屋の窓まで飛んできたようだ。
「あのなぁ、そんなことするわけないだろ?」
「そうですよ、それならお嬢様も一緒じゃないと!!」
「なるほどな、一人では物足りなくて、抱く気も起きないということか」
ソフィーが勝手に変な勘違いをしはじめる。
「いや、違うから!!そんなこと思ってないからな!!」
初めての時は、やっぱり二人きりで愛してやりたい。
……って、俺は何で二人を抱くことを前提で考えてるんだ!?
「くくく……大丈夫だ、わかっている」
「いや、絶対わかってないだろ」
悪そうに笑うソフィーの顔は、とてもわかっているように見えなかった。
「そういえば、シンクさんはお嬢様に用があったのでは?」
「ほう、いったいどんな用件だ?」
せっかくソフィーも戻ってきたので、ここで話す事にする。
「頼みがあるんだけど、その前に俺の両親の事を話しておこうと思う」
あの扉を開けてもらうなら、俺の両親の事は話しておくべきだろう。
「お嬢様だけに話すのなら、私は外に出ていますけど?」
「いや、カリンなら信用できるし、聞いてもらって構わない」
「そ、そうですか、なら聞かせてもらいます」
カリンは、なんとなく嬉しそうな顔をしていた。
そんな嬉しくなるような話でもないのだが……。
「その瞳の色を見れば、だいたい予想はできるがな……話してみろ」
魔王だったソフィーは、やはり俺の事に気づいていたようだ。
「俺の父親は人間だったけど、母親は……『ホムンクルス』だったんだ」
『ホムンクルス』というのは、錬金術師が作った人造人間だ。
見た目はほとんど人間と変わらないが、瞳の色が赤く、感情が無いため、基本的にマスターである錬金術師の命令でしか動かない。
「やはりそうか……この大陸で、赤色の瞳を持つのは一部の魔族かホムンクルスだけだからな」
「しかし、人間とホムンクルスの間に子供が生まれるなんて、聞いたことがありません」
カリンの言うとおり、普通のホムンクルスには生殖機能が存在しない。
「俺の母親は、普通のホムンクルスとは違ったからな、感情だってあったし」
俺の母さんは、自我を持ったホムンクルスだった。
だから、親父の言う事に反対する事もあったし、泣いたり笑ったりもちゃんとしていた。
「詳しい仕組みはわからんが、そのホムンクルスは禁忌の魔法で作られたのだろうな」
「ああ、その通りだ……だから聖王騎士団がやってきて、母さんを連れて行ってしまった」
今から約7年前、親父の留守を狙って、聖王騎士団が屋敷にやって来た。
そして、俺から母さんを奪っていったのだ……。
その時、騎士の一人が「禁忌の魔法で作られたホムンクルスの存在は許されない」と言っていたから、たぶん間違いない。
「聖王騎士団か……奴らなら、それくらいするだろうな」
聖王騎士団は、禁忌の存在を許さない。
だから、母さんは連れて行かれてしまった。
親父も屋敷を出たまま帰ってこなかったし、たぶん二人とも殺されたんだと思う。
「その……シンクさんは大丈夫だったんですか?」
「ああ、聖王騎士団の連中は母さんだけを連れて行って、俺を連れて行こうとはしなかった」
あの時、その場にいた剣聖が「子供は無視してかまわん」と言っていた。
もしかしたら、俺は剣聖に見逃されたのかもしれない。
「それと、この事はクリスには絶対に話さないでくれ」
「……わかりました」
もしクリスが知ったら、余計な気を使わせてしまうかもしれないので、できれば知らないままの方がいい。
「シンクは聖王騎士団を憎んでいるのではないのか?」
「正直に言えば、憎んでいる……でも、それを理由にクリスまで憎むのは違うと思う」
例えクリスが、聖王騎士団の団長である剣聖の子供だったとしても、それはクリスを憎む理由にはならない。
「憎しみには引きずられないということか……」
「クリス個人には、恨みなんてないからな」
むしろ助けてもらって、感謝しているくらいだ。
「ならば、この事に関しては何も言うまい……それで、オレ様に何をしてほしいのだ?」
「ああ、実は……」
俺は自分の住んでいた屋敷の地下にある封印された扉について説明し、開けて欲しいとソフィーに頼んだ。
「なるほど……おそらくその扉の奥に隠されているのは禁忌の魔法に関するモノだな」
それは俺も考えていた。
だからこそ親父は、あの扉を封印したのだと思う。
過去に聖王騎士団が屋敷に来た時も、あの扉を開けようとしていたが、剣聖の聖剣の力でも開ける事はできなかった。
「もしそうなら、知れば後悔する事になるかもしれんぞ?」
禁忌の魔法というのは、知らない方がいいようなものばかりだ。
そこには俺が後悔するような真実が隠されているかもしれない。
「俺は知りたいんだ、親父が何をやっていたのか……そこには母さんに関する何かが、俺に関する何かがある」
あの扉の向こうには、きっと母さんの秘密が隠されているはずだ。
それを見つける事ができれば、女神がなぜ俺の運命を知ることができなかったのか、わかるかもしれない。
そして、この体が黒い武器の呪いを受け付けなかった理由も……。
「真実というのは、残酷な事もあるのだぞ」
「構わない」
真実が何であろうと、俺は知らなければならない。
後悔する事になったとしても、あそこには俺が知るべき何かがある気がする。
「覚悟はできているということか……いいだろう、その扉を開けてやる」
「ありがとう、ソフィー」
「では、明日の実習が終わった後、すぐにそこに向かうぞ」
それだと帰りが夜になってしまうが、実習を休むわけにはいかないので仕方ない。
「私もついていきます」
「カリンも来てくれるのか……わかった、一緒に行こう」
カリンなら、特に断る理由もないだろう。
「そ、それと、私はシンクさんが何者だったとしも大好きですから!!」
「カリン……ありがとう」
俺はカリンの頭を優しく撫でる。
「あっ……シンクさん」
「くっくっく、カリンもそんな顔をするのだな」
悪い笑みを浮かべながら、ソフィーが俺達を見ていた。
「わ、私だって好きな男性の前では雌の顔になるんです!!」
雌の顔とか自分で言うなよ。
「シンク、他の二人を連れてくるかは貴様に任せる……明日の実習が終わったら、宿のロビーに来い」
他の二人というのは、アーリアとシオンの事だろう。
クリスは聖王騎士団の事があるし、隠しておくなら連れてくるべきじゃない。
「わかった、どうするか考えておくよ」




