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第30話「師匠の依頼」

 俺とクリスは、師匠のいる錬金工房の前に来ていた。


「まさか、こんなに早く帰ってくる事になるとはな……」


 この家を出てから、まだ四ヶ月ちょっとしか経っていない。

 こんなに早く帰って、師匠に何か言われたりは……たぶんしないな。

 あの人なら、例え最初の試験で退学して帰ってきても、普通に受け入れてくれるだろう。

 だからこそ、俺は……。


「シンク君、どうかしたの?」

「なんでもない、中に入ろう」


 錬金工房の中に入ると、大量の本と素材の入った箱があちこちに散らばっていた。

 部屋の真ん中には大釜が置かれており、その隣にはスレンダーな体系をした金髪の女性……師匠が椅子に座って本を読んでいた。


「すみません、僕達はアリアドリ騎士魔法学院の生徒なんですけど……」


 クリスが声をかけると、師匠は読んでいた本から顔を上げ、俺達の方に視線を向ける。

 すると、驚いた顔をして、こちらに向かって走ってくる……が、途中で本につまづいて転んでしまう。


「あうっ、痛い」

「何やってるんだよ」


 近づいて手を差し出すと、師匠は俺の手を掴んで立ち上がった。


「シンク、おかえりなさい」


 そう言って、師匠は嬉しそうに、にこっと笑った。


「ただいま、師匠」

「師匠って……もしかして、シンク君の知り合いなの?」


 そういえば、クリスには俺がこの錬金工房に住んでいた事を話していなかった。


「ああ、この人は俺の錬金術の師匠で……」

「はじめまして、私はパルカ・ルービリ、シンクのお姉ちゃんです!!」


 師匠が勝手な事を言い出す。


「シンク君って、お姉さんがいたんだ」

「いや、違うから」

「小さい時は、お姉ちゃんって呼んでくれてたじゃない」


 確かにそんな頃もあったけど、友達の前でそういう話はしないでほしい。

 まあ、姉的な存在でもある事は否定しないけど……。


「あの頃のシンクは女の子みたいにかわいくて、夜になると一人で寝れないって、私の布団に……」

「昔の話はいいだろ!!」


 子供の頃の話をされるのは、正直恥ずかしくて仕方ない。


「そうだ、今からアルバムを持ってきて、私の厳選したシンクの写真を……」

「絶対にやめろ」

「じゃあ、お姉ちゃんの写真を……」

「なんでそうなるんだよ!!」


 どうせその写真には、子供の頃の俺が一緒に写ってるに決まっている。


「えっと……」


 クリスが俺達を見て、困った顔をしていた。


「そっちの子は、もしかしてシンクの彼女?」

「違う、友達だ」

「なるほど、シンクの片思いか」

「人の話聞いてんのか!?」


 俺を無視して、師匠はクリスに話かける。


「あなたの名前を教えてもらってもいい?」

「クリス・セブントラッドですけど……」

「クリスちゃんね……いつもウチのシンクがお世話になってます」


 そう言って、師匠はクリスに頭を下げる。


「こ、こちらこそ、シンク君にはお世話になってます」

「シンクは、たまに天然だったり人見知りする所もあるけど、根は優しくていい子だから、これからも仲良くしてあげてね」


 師匠は俺の事を思って言ってくれてるんだろうけど、恥ずかしいからやめてほしい。


「はい、シンク君とは、これからも仲良くしたいと思ってます」

「ふむ、これは少しは脈がありそうね……がんばりなさいシンク」


 元男だったクリス相手に何をがんばれというのか……。

 クリスが男だった事を説明しても、ややこしくなりそうだし、今は黙っておこう。


「もういいから、さっさと依頼の内容を教えてくれ」

「仕方ないわね……でも受けるのがシンクとクリスちゃんなら、ちょっと内容を変えようかしら」

「勝手にそんなことしたら、学院に怒られるんじゃないですか?」


 クリスの言うとおりだ、学院が決めた依頼があるなら、勝手に変えるわけにはいかない。


「大丈夫よ、どんな依頼を受けさせてもいいって、学院には言われてるから」

「えっ、そうなのか?」

「昨日ゴミ拾いをさせられたでしょ?あれってルクアーヌの観光協会からの依頼だったの」


 あれは観光協会の依頼だったのか……。

 それなら実習なのに、ゴミ拾いをさせられたのもわかる気がする。


「この街で学院の生徒を実習させるかわりに、観光協会に所属しているお店は、好きな依頼を出していい事になってるのよ」


 どうやら今回の実習は、学院側とルクアーヌの観光協会が協力しているようだ。

 俺達が無料で宿屋を借りられるのも、おそらくその辺が関係しているんだと思う。


「学院側も資金の問題とか、いろいろとあるんじゃないかしらね」

「大人の事情ってやつだな」


 生徒全員を六日もルクアーヌに滞在させるとなると、それなりにお金がかかるはずだ。


「それで、僕達は結局何をすればいいんですか?」

「最初は素材集めだけしてもらおうと思ってたんだけど、シンクがいるなら錬金もしてもらう事にするわ」


 もしかして、俺のせいで依頼の難易度が上がってしまったんじゃ……。


「えっと、確かこの辺に……」


 師匠が机の引き出しから小さな箱を取り出す。

 蓋を開くと銀色の指輪が入っていた。


「二人には素材を集めて、この指輪に水属性を付与してもらいたいの」

「水属性ってことは、水命石を採ってくればいいんだな」


 水命石というのは、水属性の魔力を含んだ魔石の事だ。

 水属性の装備を作る時によく使われており、上質な物だと結構な値段がする。


「そうよ、場所はわかってるわよね?」

「街の近くにある海辺の洞窟だろ、師匠と一緒に行った事があるから憶えてるよ」


 錬金術を習い始めた頃に、師匠と何度か素材集めに行ったことがある。

 俺がモンスターに襲われて怪我をしてからは、連れて行ってもらえなくなったけど……。


「あの洞窟はたまにモンスターが出るけど、今のシンクなら大丈夫よね?もし、無理そうなら依頼を変えても……」

「大丈夫だって、俺だって成長してるんだ、その辺のモンスターに負けたりしないさ」


 あの洞窟に現れるのは下級のモンスターだし、今の俺なら苦戦することはないはずだ。


「わかったわ、二人とも気をつけてね」





 街を出た俺達は、水命石が採れる海辺の洞窟に向かって歩いていた。

 

「洞窟に入ったら、モンスターとの戦闘があるかもしれないけど、クリスは大丈夫か?」

「うん、この体での戦い方もわかってきたし大丈夫だよ」


 下級のモンスター相手なら、今のクリスでも余裕なはずだ。

 だけど、また『イビルレイス』の様な傭兵団が襲ってくるなら、俺がクリスを守らないと……。


「この体になって運動能力は下がったけど、魔力はそのままだから、魔法でなら結構役立てると思うよ」


 そういえばクリスは、火、水、風、土の四属性の魔法と治癒魔法を中級まで使えるんだった。

 例え剣を使えなかったとしても、魔法使いとしては十分万能と言える。


「さすがに聖剣を使うのは無理だけどね」


 今のクリスは、腰のベルトに剣を一本しか携えていない。

 前に見た聖剣とは違う形をしているので、たぶん普通の片手剣だろう。


「複数の魔法を使えるだけでも十分心強いよ、俺は錬金術しか使えないから」


 せめて、戦闘中に役立つ錬金術を使えればいいのだが、未熟な俺ではまだ難しい。

 その場にあるモノを使って、武器やゴーレムを作れるようになれば、戦闘の幅ももっと広がるのだが……。


「お互いに今できる事で協力すればいいよ」

「そうだな……でも、流れで協力して依頼を受ける事になったけど、クリスは良かったのか?」


 クリス一人なら、もっと簡単な依頼だったかもしれない。


「もちろんだよ、シンク君が一緒なら心強いしね」


 素直にそう言われると、ちょっと照れる。


「それに寮では周りが女の子ばかりだから、シンク君といるとなんだか安心するんだ」

「やっぱり女子寮の生活は大変なのか?」

「うん……でも、カリンさん、アーリアさん、ミントさん、それにソフィーさんもフォローしてくれるから大丈夫だよ」


 どうやらソフィーもクリスを気にかけてくれているようだ。

 魔王の生まれ変わりとか言っても、やっぱり優しい娘なんだと思う。


「ありがとう、シンク君」


 なぜかクリスがお礼を言ってくる。


「シンク君が、みんなに僕の事を頼んでくれたんでしょ?」

「そうだけど、俺はただ良かったら仲良くしてやってくれって言っただけだし……」


 俺はただきっかけを与えただけだ、直接クリスを助けたわけじゃない。


「それでも嬉しかったから……だから、ありがとう」

「そ、そうか……」


 とりあえず、クリスがうまくやれてるならそれでいい。


「あっ、洞窟が見えてきたね」


 砂浜から少し離れた岩場に洞窟の入り口が見えた。

 あの岩の形には見覚えがあるし、昔、師匠と一緒に行った場所で間違いないだろう。


「よし、入ってみるぞ」


 洞窟の中に入ると、天井の隙間から光が漏れていた。

 これなら明かりが無くても、奥まで進めそうだ。


「あんまり暗くないし、これなら明かりも必要ないね」

「そういえばクリスは、水命石を見たことがあるのか?」

「見たことないね、僕は錬金術に関してはあんまり詳しくなくて……」


 戦いには直接関係無いし、騎士科の生徒なら知らなくても仕方ない。


「それじゃあ、水命石は俺が探すからクリスは辺りを警戒していてくれ」

「ごめんね……」

「気にするな、俺一人でもすぐに見つけてやるさ」


 素材を採取するのも錬金術師の仕事のうちだ。

 それにクリスがモンスターを警戒していてくれれば、こちらとしても安心して探すことができる。


「まずは水がある場所まで進むか」


 水命石は必ず水のある所に存在する。

 だから海辺や川の近くにある洞窟で採取される事が多い。

 上質な水命石は探すのも大変だが、質を気にしないなら、街の近くにあるような洞窟でも手に入れる事ができる。

 ぶっちゃけ素材屋で買う事もできるのだが、それだと実習にならない気がするので、見つからなかった時の最終手段だ。


「モンスターの気配は感じられないし、このまま進んでも大丈夫だと思うよ」


 クリスがそう言ってるなら、きっと大丈夫だろう。

 洞窟の奥へと進んでいくと、大きな湖のようになっている場所に出た。

 昔、師匠と来た時も、ここで水命石を採取したような気がする。


「じゃあ、とっと探して……」

「シンク君、待って!!」


 湖に近づこうとしたら、クリスに腕を掴まれる。

 その瞬間、湖の中から吸盤のついた長い触手が現れた。


「えっ!?」


 触手だけでなく、青くて丸い大きな物体が飛び出してくる。

 それは巨大な青いタコだった。


「あれはデビルオクトバスだね、こんなモンスターがいたんだ」


 デビルオクトパスと言ったら上級クラスのモンスターだ。

 ここには下級のモンスターしかいなかったはずだが、どこからか紛れ込んできたのかもしれない。

 上級クラスのモンスターに二人だけで勝つのは難しいだろうし、ここは素直に逃げた方が……。


「僕がなんとかするよ」


 クリスはそう言うと、鞘から素早く片手剣を抜き、デビルオクトパスに向かって走り出す。

 女になって弱体化しているとはいえ、そのスピードは俺よりも速かった。


「お、おいっ!!」


 そんなクリスに対して、デビルオクトパスが長い触手を振り回して攻撃してくる。

 クリスはその触手を軽々避けると、デビルオクトパスの体に飛び乗る。


「ライトニングブレイド!!」


 そう叫ぶと、クリスが持っていた片手剣が雷光を放ち、デビルオクトパスの大きな頭部に突き刺ささった。

 すると、デビルオクトパスの体に雷撃が流れ、数秒で黒こげになり動かなくなった。


「よし、終わりだね」


 そう言うと、クリスは何事も無かったように俺の隣に戻ってくる。


「クリス、滅茶苦茶強いじゃないか!!女になって弱体化したんじゃ無かったのかよ!?」


 上級クラスのモンスターを一撃で仕留めるとか、全然弱くなった感じがしない。


「モンスター相手だからだよ、これが傭兵団のような人間相手なら無理だろうね」


 確かに『イビルレイス』のマリーナは異常な強さだったけど、デビルオクトパスだって、そこらのモンスターとは比べ物にならないほど強いはずだ。


「そうだとしても、デビルオクトパスは上級クラスのモンスターだぞ」

「基本的にモンスターは人間ほど思考が複雑じゃないし、動きも読みやすいから、弱点を狙えば人間より簡単に倒せる事だってあるよ」


 さっきのデビルオクトパスは、風属性の魔法で作り出せる雷が弱点だった。


「だからって、すぐに弱点を見つけられる訳でもないだろ?」

「モンスターに関する知識はそれなりにあるからね、この大陸にいる大抵のモンスターの弱点は理解してるよ」


 さすがは剣聖の息子……いや、きっとクリスの努力の成果だろう。

 クリスは女になっても、それを補えるだけの知識や技量を持っているのだ。


「クリスは、すごいな……」

「そんなこと無いよ、僕は錬金術に関する知識はさっぱりだし、シンク君がいないと必要な石一つ見つけられない」


 もし、クリスが錬金術にも詳しかったら、きっと俺の出番は無かっただろう。

 それはそれで楽だけど、ちょっと寂しい気もする。


「じゃあ、さっさと水命石を探して……って、そこに落ちてるじゃないか」


 クリスの足元に仄かな青い光を放つ石……水命石が落ちているのを見つける。

 俺はクリスの足元まで移動すると、しゃがんで水命石を拾う。


「むっ、これはかなり上質な水命石だな!!」


 手に持っただけで、強い魔力を感じる。

 街の近くの洞窟で、こんな上質の水命石が手に入る事なんて滅多に無い。

 もしかしたら、さっきのデビルオクトパスの体に付着していた物かもしれない。


「そうなの?」

「ああ、たぶんさっきのデビルオクトパスが……」


 顔を上げると、クリスのスカートの中が見えた。

 クリスは女物の下着をはいており、その色は白だった。


「シンク君、急に黙ってどうしたの?」

「な、なんでもない……水命石も手に入れたし早く帰ろう」


 立ち上がると、早足で洞窟の出口に向かう。


「あっ、待ってよ!!」


 クリスが元は男だって知ってるのに、なんで俺はこんなにドキドキしてるんだ?

 体が女になってしまったんだから、クリスが女物の下着をはいていたって別におかしくはない。

 だから、下着を見たくらいでドキドキする必要なんて無いはずだ。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は洞窟の出口へと向かうのだった。





 錬金工房に戻った俺は、大釜を使って、銀色の指輪に水属性を付与していた。

 クリスは師匠に呼ばれて、奥の部屋に行っている。

 たぶん、二人でお茶でも飲んでいるのだろう。


「よし、完成だ」


 大釜から銀色の指輪を取り出すと、素材にした水命石と同じ強い魔力を感じる。

 この指輪を身に着けるだけで、水属性の攻撃に対して強い耐性を得る事ができるはずだ。

 これも上質な素材が手に入ったおかげだ。


「これを売ったら結構な額になりそうな気が……」

「売ったらダメでしょ」


 後ろを振り返ると師匠が立っていた。


「冗談だって、本当に売るわけないだろ」


 売れば一万Gは確実に超えそうだけど、さすがに依頼された物を売るわけにはいかない。


「それより、指輪を確認してくれ」


 俺が師匠に指輪を手渡すと、師匠はじっーとその指輪を見つめる。


「うん、これなら大丈夫そうね……よし、合格!!」


 そう言って、師匠は俺の頭を撫でた。


「子供じゃないんだから、いいかげん頭を撫でるのはやめろよな」

「私から見たらシンクはまだまだ子供よ、悔しかったら早く一人前になりなさい♪」


 その通りなので、反論できない。

 それに撫でられるのも久しぶりだし、少しくらいならいいか。


「あっ、シンクに伝えておく事があったんだけど……」

「なんだよ?」


 もしかして、妊娠でもしたんだろうか?

 だとしたら嬉しいけど、少し寂しいような……。


「先月、森のお屋敷に掃除に行ったら、誰かが侵入した跡が会ったのよね」


 師匠の言っている森のお屋敷というのは、昔、俺が両親と住んでいた屋敷の事だ。

 三年くらい前から自分で屋敷を管理していたのだが、学院に入学してからは師匠が暇な時に見に行ってもらっている。

 ルクアーヌから少し離れた森の奥にあり、滅多に人が近づかない場所にあるはずなのだが……。


「泥棒でも入ったのか?」


 貴重な物は既に持ち出してあるから、価値のある物はもうほとんど無いはずだ。


「ほとんど荒らされてなかったし、何も盗まれてはいないみたいだったわ……開かずの扉を除いてね」


 開かずの扉というのは、屋敷の地下にある俺の親父が使っていた部屋の事だ。

 特殊な封印が施されており、俺もいろいろと試してみたが開ける事はできなかった。


「あの扉の前だけ魔法を使ったような跡があったの」


 おそらく、その人物は親父の研究していた何かを狙っていたのだろう。

 俺が両親と一緒に暮らしていた頃、親父はよく地下にこもって何かをやっていた。

 俺が何をしているのか聞いても「大事な研究をしているんだ、おまえにもいずれ教える」と言われて、その時は何も教えてもらえなかった。


「それで扉はどうなったんだ?」

「結局、開ける事はできなかったみたいよ」


 何者かはわからないけど、あの扉の封印を解く事はできなかったようだ。


「やっぱりそうか、俺もあの扉の向こうは気になってるんだけどな」

「あの扉の封印を解くなら、古代魔法を使える賢者クラスの人じゃないと無理でしょうね」

「古代魔法か……」


 古代魔法を使うことができるソフィーなら、あの開かずの扉の封印を解く事ができるかもしれない。

 夜にカリンに会いに行こうと思っていたし、その時に部屋にいたら頼んでみよう。


「それで……師匠はいつまで俺の頭を撫でてるんだ?」

「後、一時間くらいかな」

「なげーよ!!」


 俺は師匠の手を頭からどけると、クリスに会うために奥の部屋へと向かう。


「あっ、待って!!これをあげるわ」


 俺を追いかけてきた師匠から、さっき錬金術を付与した銀色の指輪を渡される。


「これって師匠が俺に依頼したやつじゃ……」

「いいのよ、それは元々シンクのための物なんだから」

「それじゃあ、売ってもいいのか?」

「それはダメ!!もし売ったらシンクの恥ずかしい話をクリスちゃんにするからね」


 残念だが仕方ない、売るのはあきらめよう。


「でも『誰かに』あげるのならいいわよ、『誰かに』……そう『誰かに』!!」


 ようするに俺から『誰かに』渡せという事のようだ。

 この場合、渡す相手は一人しかいない。


「それじゃあクリスに渡してくるよ」

「がんばってクリスちゃんの心を掴むのよ……お姉ちゃん応援してるからね!!」


 今思うと、俺からクリスに指輪をプレゼントさせるために、師匠はあんな依頼をしたのだろう。

 理由はどうあれ、クリスには助けてもらっているし、お礼として渡しておくか……。

 俺が奥の部屋に入ると、テーブルの椅子に座ってクリスが何かを見ていた。


「クリス、何を見て……って、俺のアルバムじゃないか!?」


 クリスが見ていたのは、俺の子供時代の写真が貼られたアルバムだった。

 きっと師匠の仕業だろう……まったく油断ならない人だ。


「やっぱり、この写真に写ってる女の子って……シンク君なの?」


 クリスが女の子と間違えても仕方ない。

 今と違って、昔の俺は背も小さくて、女の子みたいな顔をしていた。

 師匠に引き取られてから、いろんな人によく女の子と間違われたものだ。

 師匠が、かわいらしい服を俺に着せていたのも原因だと思うけど……。


「そうだけど……言っておくが、その写真に写ってるのは女の子じゃなくて男の子だからな」

「それじゃあ、僕の初恋の女の子って……」


 クリスが何か言いたそうにしているが、子供の頃の話は恥ずかしいからできればしたくない。

 ここは指輪を渡して、別の話に切り替えよう。


「それより、この指輪やるよ」


 俺はポケットから、銀色の指輪を取り出す。


「えっ?」

「師匠が依頼の報酬にくれたんだ、俺の指には入らないけど、クリスの指なら入るだろ?」


 実際に自分の指では試していないが、こう言っておけばクリスも受け取りやすいはずだ。

 俺はクリスの左手を掴むと、サイズが合いそうな薬指に銀色の指輪をはめる。


「おっ、ぴったりだな」

「あっ……」


 なぜかクリスの顔が真っ赤に染まっていく。


「こ、これってどういう意味で……」

「もしかして、嫌だったか?」

「そ、そんなことないよ!!でも、まだ心の整理ができてないっていうか……」


 指輪を付けるのに、心の整理とか必要なんだろうか?


「もし、クリスが嫌なら他のやつに……」

「それはダメ!!」


 クリスはそう叫ぶと、左手を後ろに隠してしまった。


「ご、ごめんね、いきなり大声出しちゃって……」

「気にするな、その指輪はもうクリスの物だ」


 あれだけ上質な水命石の力を付与した指輪だ、クリスだって本当は欲しいに決まっている。


「ありがとうシンク君、この指輪大事にするね」


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