第29話「初恋の少女」
次の日、宿の食堂で朝食を食べ終わり、アーリアと一緒にホールに行くと、ビヒタス先生から二日目の実習内容が書かれた封筒を渡された。
「さて、今日の実習内容は何かな?」
封筒を開けると、中には実習内容が書かれた紙と地図が入っていた。
まずは実習内容が書かれた紙から確認する。
『実習その2A 孤児院の依頼』
『実習その2B 錬金工房の依頼』
※内容に関しては、どちらも現地で確認(午前10時までに依頼者に会って確認すること)
場所は地図を参照
※今回の実習はパートナーと分担する事、現地で他の生徒との協力は可
「どういう事ブヒ?」
「ようするに二手に分かれて、別々に依頼を受けろってことだ」
どっちの依頼も詳しい内容はわからないが、おそらく錬金工房の依頼は素材集めで、孤児院の依頼は子供の世話とか、そんな感じだろう。
「なら、シンクは錬金工房の依頼を受けるべきブヒ」
「まあ、そうなるよな」
錬金工房の依頼なら、錬金術師の俺が受けるべきだ。
だが、アーリア一人に依頼を任せて大丈夫だろうか……。
「孤児院の方はオレに任せるブヒ」
「何かわからない事があったら、ちゃんと孤児院の人に聞くんだぞ、それから……」
「わかってるブヒ、それよりシンクは自分の依頼の方に集中するブヒ」
そうは言っても、やはりアーリア一人に任せるのは心配だ。
昨日みたいに、変な男達に絡まれたりするかもしれないし、誰か知り合いが一緒にいてくれれば安心できるのだが……。
「シンク様は、アーリアさんの事が、よっぽど心配なんですね」
そう言って、近づいてきたのはシオンだった。
「ですが、過保護と心配は違いますよ……アーリアさんだって成長しています、パートナーなら信用して任せてみてもいいのでは?」
「そうブヒ、安心してオレに任せるブヒ」
そう言われると、シオンの言うとおりかもしれない。
あまり過保護すぎるのもアーリアのためにはならないだろうし、ここは信用して任せる事にしよう。
「わかった……それじゃあ、そっちの事は任せたぞ」
「任されたブヒ!!それじゃあオレは孤児院に向かうから、シンクもがんばるブヒ!!」
そう言うと、アーリアは張り切った様子でホールを出て行った。
「アーリアのやつ、迷わないといいけど」
アーリアにとっては初めて来た街なので、迷わず孤児院まで辿り着けるか、少し不安だ。
「大丈夫ですよ、地図は持っていったみたいですし、地図の見方も教えてありますから」
「そうか、なら大丈夫かな」
「それに、わたくしもこれから孤児院に依頼を受けに行くので、何かあればこちらでフォローしておきます」
「えっ、シオンの実習にも孤児院の依頼があったのかよ!?だったらアーリアと一緒に孤児院に行ってもよかったんじゃ……」
シオンと一緒に行けば、アーリアが迷うことはないはずだ。
「それではアーリアさんのためになりませんから……今回の実習で、わたくしが力を貸すのは、アーリアさんが本当に困った時だけにしようと思っています」
確かにシオンが最初から手伝っていたら、アーリアが何もしなくても依頼を達成してしまいそうな気がする。
それはきっと、本人のためにもならないと思う。
「そっか、シオンなりにアーリアの事を考えてくれてるんだな」
「今回の実習は試験の結果にも繋がりますし、本来なら、すぐに手助けするべきかもしれませんが……」
「いや、その必要は無いよ、シオンが思ったとおりに行動してくれ」
俺としては、シオンがアーリアの側にいてくれるだけで安心できるので、それだけで十分だ。
「わかりました、それとクリスさんの事なんですけど……」
そういえば、クリスが一緒にいないけど、どうしたんだろう?
「おそらくシンク様と同じ依頼だと思うので、もし困っているようでしたら、声をかけてあげてください」
「同じ依頼って事は、錬金工房か……」
どうやらシオン達の依頼は、二つとも俺達と同じ内容だったみたいだ。
「それでクリスは、もう出発してるのか?」
「はい、封筒を開けて実習の内容がわかると、錬金工房の依頼を受けたいと言って、すぐに行ってしまいました」
クリスと錬金工房に何か関係があるとは思えないし、その周辺にクリスに関する何かがあるのかもしれない。
「そういや、まだ地図を確認してなかったな」
念のため、地図で依頼を受ける場所を確認しておく。
おそらく俺の予想通りの場所だと思うけど……。
「やっぱりそうか」
地図に記されていた場所は、俺の師匠が運営している錬金工房だった。
この街に錬金工房は一つしかないので、きっとそうだと思っていた。
今回は家に顔を出すつもりは無かったけど、実習なら仕方ない。
「とりあえず、クリスを見かけたら声をかけてみるよ」
「すみません、こちらはアーリアさんを見守るだけなのに……」
クリスは女性になって力が弱体化してるから、シオンも心配なのだろう。
「気にするな、クリスとアーリアじゃ事情も違うしな」
アーリアと違って、クリスはまだ今の体に慣れていないだろうし、困っているなら助けてやりたい。
「ありがとうございます、シンク様」
「じゃあ、さっそく行ってくる」
シオンと別れて、宿屋を出た俺は錬金工房へ向かっていた。
その途中、青くて綺麗な髪をした女子生徒が三人組の男達に絡まれているのを見つけた。
「あれって……」
「へいへい、嬢ちゃん俺達と一緒に遊ぼうぞい!!」
青い髪の女子生徒の顔を見ると、思ったとおりクリスだった。
しかも絡んでいるのは、昨日海でアーリアをナンパしてきた男達だ。
「あの、僕は……」
「ひゃっはー、爆乳ボクっ娘キター!!」
「ぐへへ、おっぱいたまんねぇぜぇあ!!」
昨日会った時より、男達のテンションが上がって、おかしくなってる気がする。
クリスも引いてるようだし、すぐに助けてあげよう。
「すみません、その娘が困っているので、そこまでにしてもらえませんか?」
とりあえず、普通に話しかけてみる。
「あっ……」
クリスが俺を見て、安堵した顔になる。
やはり男達のテンションがおかしくて対応に困っていたようだ。
「なんだテメェ……って昨日おっぱいと一緒にいた男じゃねぇかぁ!?」
「また俺達のおっぱいを奪いにきたのかよぉ!!」
「まさか、このおっぱいもおまえの彼女だって言うんじゃねぇだろうなぁ?」
この男達は、よっぽどおっぱいが好きなようだ。
それはともかく、昨日アーリアを彼女って言ってしまったし、クリスまで彼女って事にするのは無理があるな。
だったら、彼女がダメならアレしかない……。
「当たり前だろ、だってその娘は……俺の『妹』なんだからな!!」
「「「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」」」
クリスも含め、男達が驚いた声を上げる。
ちなみになぜ妹かというと、クリスが俺より年下だからだ。
「俺は妹と待ち合わせをしていたんだ、悪いけど他を当たってくれ」
そう言って、目でクリスに合図を送る。
「お、お兄ちゃん、来てくれたんだね……わ、わーい」
クリスがぎこちない演技で俺の側に駆け寄ってくる。
「相変わらずクリスはかわいいな、さすがは俺の妹だ」
俺は、そう言いながらクリスの頭を撫でる。
クリスの髪は、アーリアにも負けないくらいサラサラしていた。
それに、なんだかいい匂いがするような……。
「も、もう、お兄ちゃんったら、子供扱いしないでよぉ」
よく見ると、クリスの顔は真っ赤になっていた。
恥ずかしいだろうが、今は我慢してもらうしかない。
「それは無理だな、だってこんなにもクリスがかわいいんだから」
恥ずかしがるクリスの頭を、さらに撫で続ける。
これだけ仲良しアピールすれば、男達も俺達が兄妹だと納得するはずだ。
「ちっ、見てらんねぇな……おまえら行くぞ」
「爆乳の彼女に爆乳の妹とかマジ死ねよ」
「こんな思いをするなら、花や草に生まれたかった」
三人組の男達は捨て台詞をはきながら、どこかへ行ってしまった。
どうやら、作戦はうまくいったようだ。
「よし、もういいな……大丈夫かクリス?」
俺は撫でるのをやめて、クリスの頭から手を離す。
すると、クリスは顔を真っ赤にして、その場にしゃがみ込んでしまった。
「僕、男なのに妹のふりして……なんだか死にたくなってきたかも」
「おいおい、演技なんだし、そんなに気にしなくても」
「でも、お兄ちゃんなんて呼ぶのは、やっぱり恥ずかしいよ」
体は大丈夫そうだが、精神の方にはダメージがあったようだ。
やっぱり妹のふりをさせるのは、やりすぎだったか……。
「クリスは年下だから妹にしたんだけど……じゃあ次からは、姉って事にしておくな」
そうなると、俺がクリスをお姉ちゃんって呼ばなくちゃいけないのか……。
「いや、そういうことじゃなくて……はぁ、もういいよ」
クリスはため息をつくと、その場から立ち上がった。
「とりあえず助けてくれてありがとう……でも、どうしてシンク君がここに?」
「ああ、俺の実習もクリスと同じ依頼なんだ」
「僕の受ける依頼を知ってるってことは、シオンから話を聞いたんだね」
「ああ、クリスの事を心配してたぞ」
「シオンが僕を!?」
シオンに心配されていた事が意外だったのか、クリスは驚いた顔をしていた。
「そういや依頼を見て、すぐに宿屋を出て行ったらしいけど、どうしたんだ?」
「それは、その……灯台に寄っていこうと思ったんだ」
確かに錬金工房の近くには、古い灯台がある。
「でも、あの灯台って、随分前から使われてないぞ」
あの灯台が使われていたのは十年以上前で、現在は別の場所にある新しい灯台が使われている。
「昔、その灯台で、とある女の子と会ってね……思い出の場所なんだ」
そういえば、クリスは五年くらい前にルクアーヌに来た事があるって、列車の中で言ってたっけ……。
たぶん、その時に会ったんだろう。
「もしかして、その女の子の事が好きだったとか?」
「それは……そうだね、きっと初恋だったんだと思う」
その初恋の女の子に会いたくて、灯台に行きたいわけか……。
でも、五年も前の話しだし、今から灯台に行っても会えるとは思えない。
それに、この街に住んでいた頃、俺は何度も灯台に行っていたが、女の子に会ったことなんて一度もなかった。
「もちろん、会えるとは思ってないよ……ただ実習中に機会があれば、もう一度行ってみたいなって思ったんだ」
だから、灯台の近くにある錬金工房の依頼を受ける事にしたのか……。
急いで宿屋を出たのも、灯台に寄る時間を作るためだろう。
「じゃあ、今から灯台に行くぞ」
「えっ、シンク君まで来る必要は……」
「いいじゃないか、俺も久しぶりに行ってみたいんだよ」
クリスが灯台に行っても、きっと初恋の女の子には会えないと思う。
その時、一人だったら寂しいかもしれないからな……。
「わかったよ、それじゃあ一緒に行こう」
「なら近道を知ってるから、ついて来てくれ」
俺はクリスを連れて、最短ルートで灯台へと向かった。
「ここであってるか?」
「うん、間違いないと思う」
俺とクリスは、丘の上にある古い灯台の前に来ていた。
ここから降りると、すぐに師匠のいる錬金工房がある。
「まずは、中に入ってみるか」
入り口の扉には鍵がかかっておらず、簡単に中に入る事ができた。
中は思ったより汚れていなかったが、老朽化のせいで壁には、所々ひびが入っていた。
「誰もいないみたいだね……」
俺達以外、人の気配はまったく感じられない。
小説だと、初恋の女の子と思い出の場所で再会っていうのはあるけど、やっぱり現実は違うようだ。
「そういえば、シンク君も久しぶりに行ってみたいって言ってたけど、この灯台には来た事があったの?」
「ああ、子供の頃はこの灯台に来て、よく一人で本を読んでたもんだ」
この街に来た頃の俺は、人付き合い……というか人と話す事が苦手で、誰も来ないこの灯台に、よく一人で来ていたのだ。
「でも、この灯台で女の子と会った事はないぞ、泣いてる男の子が来たことはあったけどな」
五年くらい前に、泣いてる男の子が灯台にやってきた事があった。
あの時は、コミュ障なりに泣き止ませようとがんばったな……確か、あの男の子もクリスと同じ青い髪をしていた気がする。
「泣いてる男の子?」
「父親に怒られて泣いていたらしい、あれから見かけてないし、たぶん観光で親と一緒に来た子供だと思う」
あの子が女の子だったなら、思い出の灯台で再会とか、俺もそういうのを期待したかもしれない。
「それよりクリスの初恋の娘って、どんな娘だったんだ?」
俺の出会った男の子より、そっちの方が気になる。
クリスが好きになるくらいだから、きっと美少女だとは思うけど。
「結構無口な娘だったよ、カードゲームのルールを教えてくれた時も、口じゃなくて紙に書いて説明してたし……」
「カードゲーム?」
「うん、僕にカードゲームの楽しさを教えてくれたのが、その娘だったんだ……『モンスター・ナイト・キングダム』っていうカードゲームなんだけど知らない?」
それって、俺が子供の頃に流行っていたトレーディングカードゲームだ。
カードにはモンスターの絵柄が描かれていて、それぞれ異なった能力値や効果を持っており、それらを組み合わせてデッキを組むのだ。
当時は、俺も様々なデッキを考えて楽しんでいた。
「知ってるぞ、俺も昔カードを集めていたからな」
友達がいなかったので、対戦する相手は師匠くらいしかいなかったけど……。
あっ、でも、灯台で会った男の子にルールを教えて一緒に遊んだ事はあった。
あの時は、話すのが下手だったので、俺も紙にルールを書いて説明した気がする。
「昔ってことは、今はもうやってないの?」
「ああ、途中から錬金術の勉強で忙しくなったからな」
成長するにつれて、錬金術の勉強の方に時間を使うようになったので、気づいたらやらなくなっていた。
錬金工房に行けば、昔のカードくらいは残っているかもしれないが……。
「あのゲームって、まだ流行ってるのか?」
「もちろんだよ!!今は新しいカードやルールが追加されて、大会だって開かれてるんだよ!!特に来月追加される予定のカードは……」
クリスのテンションが急に上がり、聞いてもいないカードの説明を始める。
カードに関しては昔とルールが変わっているので、よくわからなかったが、クリスがカードゲームを好きな事はよくわかった。
「そこまで知ってるって事は、クリスは今でも、そのカードゲームをやってるんだな」
「うん、あの娘と出会ってから、ずっとやってるんだ」
その初恋の娘も、クリスがそのカードゲームをずっとやり続けているとは思っていないだろうな。
「あっ、そろそろ錬金工房に向かった方がいいんじゃない?」
クリスが首にかけていた懐中時計を見せてくる。
時間は午前9時45分……そろそろ出発した方がいいかもしれない。
「そうだな、それじゃあ行くか」
俺達は灯台から出ると、丘を降りて、師匠のいる錬金工房へと向かうのだった。




