第26話「魔導列車の旅」(挿し絵あり)
アルクラン暦1101年 8月。
俺は、四回目の試験の実習場所である『港街ルクアーヌ』に向かうため、駅でアーリアが来るのを待っていた。
ルクアーヌは、アリアドリからかなり離れており、魔導列車に乗らないと辿り着くのに数日かかってしまうのだ。
ちなみに、学院から魔導列車の切符が配布されているので、生徒が購入する必要は無く、ルクアーヌの宿も学院が予約してくれているので、無料で泊まれるらしい。
これで試験も楽なら文句は無いのだが……たぶんそれは無いだろう。
「ふぁ~……」
今日は魔導列車に乗るために、普段よりも早く起きたせいか欠伸が出てしまう。
「シンク君、眠そうだね」
そう言って話しかけてきたのは、青くて綺麗な長い髪をした女子生徒だった。
大きな青の瞳がとても綺麗で、かわいらしい顔をしており、スタイルも抜群でアーリアに匹敵するほど大きな胸をしている。
こんな美少女、俺の知り合いにいただろうか?
「うーん……」
「シンク君、大丈夫?もしかして具合悪いの?」
考え込む俺を見て、美少女は具合が悪いと勘違いしたのか、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「だ、大丈夫だ、問題ない」
「そっか、ならいいんだけど……僕、ちょっと心配しちゃったよ」
美少女が『僕』と言った事で、俺は目の前の美少女が誰なのかわかってしまった。
「もしかして、クリスか?」
俺の知り合いで、『僕』なんて言う『女』はクリスだけだ。
「そうだけど……もしかして、気づいて無かったの?」
「だって髪型がいつもと違うし、女子の制服着てるからさ」
普段のクリスは、髪を後ろで結んで、男子の制服を着ていたから、まさか女子の制服を着てるなんて思わなかった。
「や、やっぱり変かな?実習先で男子の制服だと目立つから、女子の制服を着た方がいいってカリンさんに言われたんだけど……」
クリスは恥ずかしそうに、俺から視線をそらす。
「いや、すごくかわいいし、似合ってると思うぞ」
正直、髪型を変えて女子の制服を着るだけで、ここまでかわいくなるとは思わなかった。
「……って、男なのにそんな事を言われても嬉しくないよな」
見た目はいくらかわいくても、クリスは男だったのだ、
かわいいなんて、言われて嬉しいはずがない。
「そうなんだけど……シンク君に言われるとなんだか変な感じかも」
顔も赤いし、知り合いに見られるのは、やはり恥ずかしいようだ。
「まあ知らない人が見たら、女の子にしか見えないし、特に違和感は無いと思うぞ」
俺もクリスの事を知らなければ、気付かずにただの美少女だと思っていたはずだ
「シンク君がそう言ってくれるなら、この格好で実習に行っても大丈夫かな……」
「ああ、そっちの方が目立たないし、俺はいいと思うぞ」
まあ、かわいいから別の意味では目立ちそうだが……。
「でも、嫌ならちゃんと言わないとダメだぞ」
体が女になったからって、心まで女になったわけじゃない。
言われても受け入れらないことだって、あるはずだ。
「うん、わかってるよ……ありがとう、シンク君」
にっこり笑って礼を言うクリスの顔がかわいくて、思わず見入ってしまう。
「随分仲がいいんですね……」
声がしたので後ろを振り返ると、シオンが立っていた。
「シオン、いつの間に……」
「今さっき来たところです、それよりアーリアさんはまだ来てないんですか?」
「それなら今来たみたいだよ」
クリスが視線を向けた先を見ると、大きな胸を揺らしながらアーリアが走ってくるのが見えた。
「はぁはぁ……シンク、お待たせブヒ!!」
アーリアは俺の前に辿り着くと、肩で大きく呼吸を繰り返す。
「遅かったな、寝坊でもしたのか?」
「昨日楽しみすぎて、なかなか寝れなくて……ブヒヒ」
近くで見ると、アーリアの髪と服が乱れているのがわかる。
よほど急いで来たのだろう、制服のボタンが外れてヘソが丸見えになっていた。
「子供かよ……ほら、ボタンが外れてるぞ」
アーリアに近づき、制服のボタンを止める。
「ありがとブヒ、ついでに髪も直して欲しいブヒ」
アーリアが俺に頭を近づけると、髪からとてもいい匂いがしてきた。
「アーリアの髪、いい匂いがするな……それに触るとサラサラして気持ちいいし」
髪に触れるのが気持ちよくて、思わずアーリアの頭を撫でてしまった。
「ブヒヒ、ミースから教えてもらったシャンプーを使ってみたブヒ♪」
アーリアは、嬉しそうに教えてくれる。
「ミースって、特科クラスの生徒か?」
「そうブヒ、ミースの中身は……ってこれは話たらダメだったブヒ」
そのミースという生徒も、おそらく中身は別人なのだろう。
「深くは聞かないけど、アーリアの友達なんだな」
「まあ、そんなところブヒ」
アーリアに自分のクラスにも、ちゃんと友達がいるようで、ちょっと安心した。
「シンク様、アーリアさんの事は、わたくしにお任せください」
アーリアの頭を撫でていると、シオンが隣にやってくる。
「ああ、わかった」
俺よりも、ここは女だったシオンに任せた方がいい気がする。
「アーリアさん、ここは人が多いので向こうで直しましょう」
「うーん……わかったブヒ」
少し不満そうな顔をしながらも、アーリアはシオンに連れられて、駅の女子トイレへと入っていった。
「シンク君って、アーリアさんと仲がいいんだね」
二人がいなくなると、クリスがそんな事を言ってくる。
「まあパートナーだからな」
「ちょっと羨ましいかも……」
もしかして、クリスはシオンとうまくいっていないのだろうか?
「あっ、別にシオンと何かあったわけじゃないよ」
「それじゃあ、何が羨ましいんだ?」
俺とアーリアを見て、クリスが羨ましがる事か……。
まさかクリスもアーリアの髪の匂いを嗅ぎたかったとか……いや、さすがにそれはないな。
「たいしたことじゃないよ……それより、ルクアーヌに着くまで時間がかかるし、僕はお弁当を見てくるね」
そう言うと、クリスは駅の売店の方に行ってしまった。
どうやら、はぐらかされてしまったようだ。
「……まあ、いいか」
少し気になったが、今すぐ聞く必要も無いだろう。
その後、俺はトイレから戻ってきたアーリア達と合流して、売店で昼食用の弁当を買い、ルクアーヌに向かう魔導列車に乗り込んだ。
「前にも一回乗ったけど、やっぱり列車は早いブヒね」
俺の隣の席で、アーリアは列車の窓から外を眺めていた。
ちなみに向かいの席にはシオンとクリスが座っている。
「馬車ならルクアーヌまで、数日かかるけど、魔導列車なら数時間だからな」
10年前、国内で魔導列車が走るようになってから、移動が格段に楽になったと言われている。
「ところでルクアーヌってどんな所ブヒ?」
「漁業が盛んな港街だよ、今の季節は海開きもしてるし、海で泳げるんじゃないかな」
学院に入る前は、俺も海に潜って錬金術の素材集めをしていた。
「オレは、海って見たことないブヒ!!青くて、しょっぱくて、魚がたくさんいるって聞いたブヒ!!」
オークだった頃、アーリアは海の見えない場所に住んでいたのだろう。
「まあ見ればわかるさ……でもこの時期の砂浜は、人がたくさんいて混んでるかもしれないけどな」
海開きが始まると、ルクアーヌには毎年結構な数の観光客がやって来る。
温泉がある宿もあるので、それ目当ての客もいるそうだ。
「そういえば、五年くらい前に僕もルクアーヌに行ったことがあったけど、すごく綺麗な海だったなぁ……」
「へぇ、クリスはルクアーヌに行った事があるのか」
五年くらい前といったら、俺が師匠に拾われて一、二年経った頃だ。
あの頃は、まだ背も小さくて、声変わりもしてなかったっけ……。
「シンク様は、ルクアーヌの出身なんですよね?」
すると、シオンがそんな事を聞いてくる。
シオンに話した憶えは無いが、おそらく女神教団にいる時に調べたか、カティアさん達に聞いたのかもしれない。
「ああ、そうだけど」
実際には、俺があの街で暮らすようになったのは師匠に拾われてからだ。
それまでは、街とは違う場所に住んでいた。
「それじゃあシンク君にとっては、里帰りってわけだね……実家には顔を出すつもりなの?」
師匠の家を出たのが今年の3月下旬……会うのは、まだ早い気がする。
「いや、まだ会うには早いかな……」
せめて、もっと成長してから会いたい。
「オレはシンクの両親を見てみたいブヒ」
「いや、それは……」
やはりアーリア達には、俺の過去の事を話しておくべきだろうか……。
「アーリアさん、無理を言ってはいけませんよ、シンク様にも事情があるのです」
シオンは、そう言うと俺の方に視線を向ける。
もしかしたら、俺の事情を知っているのかもしれない。
「年頃の男性というのは、友人に自分の親を見られるのが恥ずかしいと、この本に書いてありました、」
シオンが鞄から本を取り出し、俺達に見せてくる。
それは、『まるわかり男ごころ♪』と書かれたうさんくさい感じの本だった。
「えーと……シオンは、なんでそんな本を読んでるんだ?」
「男になってしまったので、男性の事をもっと知るために、最近この本を読んでいるんです」
ある意味、男の事は知れるかもしれないが、なんかちょっと違うような……。
「他には、ちょっと手を握ったり優しくするだけで、童貞の人は簡単に自分の事を好きだと勘違いするって、書いてありました」
「そ、そうか……」
俺も気をつけよう。
「本の話もいいけど、よかったら、みんなでトランプでもしない?」
「時間を潰すには、ちょうどいいかもな」
人数も4人いるし、色々できそうだ。
簡単なルールのゲームなら、みんな知っているはず……。
「トランプって何ブヒ?」
……と思ったら、トランプ自体知らない人がいた。
まあアーリアは、オークだったし、トランプを知らなくても仕方ない。
「それでは、初心者のアーリアさんでもわかるゲームをしましょうか」
「そうだな、じゃあルールも簡単なババ抜きでもするか」
運任せなゲームだし、初心者でも気軽に楽しめるはずだ。
「ばばぬき?年をとると女はできなくなるゲームブヒ?」
「いや、違うから……」
俺は、アーリアにトランプとババ抜きについて簡単な説明をする。
「同じ数字のカードが二枚揃ったら捨てる事ができて、最後まで残った人……つまりジョーカーを最後に持っていた人が負けブヒね」
「アーリアさんにしては、理解が早いですね」
「照れるブヒ」
たぶん、シオンは褒めてないぞ。
「とりあえず、一度やってみればわかるだろう」
間違っていたら、その場で教えてやればいい。
「それじゃあ、僕が配るね」
クリスが鞄からトランプを取り出し、カードをシャッフルする。
手際が良く、かなりカードの扱いに慣れた感じだ。
「へぇ、うまいもんだな」
「えへへ、カードゲームとか好きだからね」
カードゲームといえば、子供の頃、モンスターの絵柄が描かれたカードゲームが流行っていた気がする。
まあ、ぼっちの俺には一緒に遊ぶ相手もいなかったが……。
あのゲームって今でも流行っているんだろうか?
そんな事を考えている間に、クリスがトランプを配り終わる。
「じゃあ、始めようか」
そして……。
「アーリアさん、十回連続負けですね」
アーリアは、すべての勝負に負けていた。
ここまでババ抜きで負ける人は、初めて見たかもしれない。
「なんで……なんで勝てないブヒ!!」
「アーリアさんは、わかりやすすぎるんです」
アーリアは、すぐに表情が顔に出るので、どれがジョーカーなのかすぐにわかってしまう。
反対にシオンはポーカーフェイスなので、とてもわかりにくい。
だが、一番最初に上がった回数が多いのは、クリスだった。
「クリスは、なんでババ抜きでそんなに勝てるんだ?」
「ババ抜きっていうのは、駆け引きだからね、相手の表情や細かい動作、呼吸の乱れを感じ取るのが重要だよ、戦いと同じさ」
それ、俺の知ってるババ抜きと違う。
「ババ抜きがそんなに奥の深いゲームだったなんて知らなかったブヒ……ただの運任せのゲームだと思ってたブヒ」
「いや、それが普通だろ」
ババ抜きというのは、子供から大人まで楽しめる簡単なゲームのはずだ。
「わたくしも、まだまだと言う事ですね……やはり実戦ではクリスさんには敵いませんか」
「そんなことないよ、シオンも十分がんばったさ、ただ僕の方が実戦経験が多かったから勝てたんだと思う」
とてもババ抜きの後の会話とは思えない。
「では、もう一回戦行きましょうか」
「ああ、何度だって受けてたつよ」
「次は負けないブヒ!!」
「えっ、まだやるの!?」
その後、アーリアに一度勝たせてあげたくて、わざとジョーカーを取って負けると……。
「シンク君、真剣勝負にそれはどうかと思うよ……」
「シンク様、その優しさは命取りになる可能性があります」
……と言われ、なぜか二人から責められた。
そして、昼食の時間になるまで、ババ抜きは続くのだった。




