第24話「黒い剣」(挿し絵あり)
「傭兵団がなんでこんな所に……」
山道に入る前に傭兵団の話はしていたが、まさか自分達が遭遇するとは思わなかった。
「『イビルレイス』……ランクは高くありませんが人殺しを楽しむ、タチの悪い傭兵団です」
カリンは『イビルレイス』の事を知っているようだ。
「へぇ、そこの仮面の娘はアタシ達のこと知ってるみたいだね、その肌にその髪……あんたもマリネイル人だね?」
「ええ、他にもあなたのことを知っていますよ、イビルレイスの団長のマリーナさん……あなたが女性を拷問して、殺す事に悦びを感じる変態だってこともね」
カリンがそう言うと、マリーナと呼ばれた女性の目つきが鋭くなる。
「アンタもしかして傭兵団の人間なのかい?」
「そういう事を聞くということは、依頼主から私の事は聞いていないんですね」
「この小娘……おしゃべりはここまでだ、おまえ達やっちまいな!!」
マリーナの掛け声で、他の三人の傭兵がマントから武器を取り出す。
「あの女は私が相手をします、クリスさんはシンクさんを守って他の三人の相手してください」
「わかったよ、シンク君は僕が必ず守る」
カリンはベルトから二本の短剣を抜き、クリスは片手剣を構えて俺の前に立つ。
「俺は誰と戦えばいいんだ?」
人数的にはクリスの方を手伝ったほうが良さそうだが……。
「彼女達の依頼主はおそらく女神教団です、だとしたら狙いはシンクさんのはず……ですから前に出ず、守りに徹してください」
女神教団が俺を狙って、傭兵を送り込んできたということか……。
「でも相手は傭兵団なんだろ?だったら二人だけじゃ……」
いくらなんでも戦闘のプロを相手に、学生二人じゃ厳しい気がする。
「傭兵団だからこそです、彼女達は行方不明事件の犯人と同じ傭兵団の人間です、この意味がわかりますね?」
ようするに、俺では敵わないから大人しくしてろってことらしい。
「だったらカリンだって……」
行方不明事件の犯人と戦った時、カリンも殺されそうになっていた。
「今回は彼がいるから大丈夫でしょう、そうですよね?」
そう言って、カリンはクリスの方を見る。
「カリンさんがあの女性を足止めしてくれれば、他の三人は僕だけでなんとかするよ」
クリスがそう答えると、突然傭兵の一人が姿を消す。
「き、消えたぞ!?」
「マントの力で姿を消したんです、気をつけてください!!」
そういえば、さっきマリーナがミラージュマントがどうのと言ってたから、たぶんそれの効果だろう。
「大丈夫だよ」
すると隣にいたクリスの姿が消える。
「えっ!?」
気が付くと傭兵はマントを血で汚し、地面に倒れていた。
その横には、血のついた剣を持ったクリスが立っていた。
よくわからなかったが、クリスが一瞬で倒してしまったようだ。
「さすがは剣聖の息子ってわけか……ならこっちも本気でいかないとね!!」
マリーナは背中に背負っていた黒い剣と紫の剣を抜く。
二刀流のようだが、どちらの剣も普通の剣とは違う感じがする……特に黒い方の剣は嫌な感じがする。
「その紫の剣は『魔剣エターナルペイン』ですか、その剣で傷つけられると超級治癒魔法でしか回復できないという面倒な魔剣ですね」
マリーナの剣を見たカリンがそう言う。
「アンタ、そこまで知ってるってことは……もしかしてアタシと会ったことがあるのかい?」
「さあどうでしょう?気になるのなら、この仮面を外してみてはどうですか?」
「アタシを挑発して、自分に攻撃を向けさせるつもりかい?いいだろう……その挑発乗ってやるよ!!」
二本の剣を持ったマリーナが、まるで獲物を狩る虎のような勢いでカリンに襲いかかる。
カリンは、その攻撃を二本の短剣で受け止める。
だが、マリーナの力の方が強いのか、カリンの腕は震えており今にも押し負けそうだ。
「ははっ、口は達者なようだけど腕はたいしたことないようだね!!」
「加齢臭がするので黙ってください」
カリンは暴言を吐くと、素早くバックステップして後ろに下がる。
「生意気な小娘だね……だけどそういう方が拷問のしがいがあるってもんだよ!!」
マリーナが先ほどよりも素早い動きでカリンに近づき、両手の剣で何度も斬撃を繰り出す。
カリンは短剣を使って斬撃をすべて受け止めるが、短剣にひびが入り割れてしまう。
「くっ!?」
「さあ、終わりだよ!!」
マリーナの魔剣がカリンの仮面を吹き飛ばし、素顔が露になる。
それを見たマリーナが突然笑顔になる。
「ははっ……なるほど、アンタ『プラチナムーン』のガキだったのかい、また会えて嬉しいよ」
「……私は会いたくありませんでしたけどね」
どうやら二人は知り合いのようだが、カリンの方はとても嫌そうな顔をしている。
「その顔の傷、エターナルペインの呪いがまだ残ってるみたいだね」
カリンの顔の傷痕は、マリーナの魔剣が原因のようだ。
「はぁはぁ、アタシの付けた傷がこうしてアンタの顔に残ってるなんて、たまらないね♪」
「ちっ、相変わらず変態ですね」
「あの時は、金髪の小娘のせいで逃げられたけど、今日は最後まで愉しめそうだね……くひひ、アンタの仲間と同じように、たっぷりかわいがってあげるよ」
歪んだ笑みを浮かべてマリーナは、カリンに近づいていく……。
何もするなと言われたが、こんな時に何もしないでいるなんて俺にはできない。
俺は急いでマルチウェポンを弓に切り替えると、マリーナに狙いを定めて矢を放つ。
「ふんっ」
マリーナは、飛んできた矢を魔剣で斬り落とした。
構わずマリーナを狙って矢を撃ち続ける。
だが、放った矢はすべて斬り落とされてしまう。
「しつこいね、だから男ってのは嫌いなんだ……男を斬っても何にも楽しくないけど、アタシの愉しみを邪魔をするっていうなら相手をしてやるよ!!」
近づいてくるマリーナに向かって、何度も矢を放つが斬り落とされて一つも当たらない。
「その程度の腕でアタシに矢なんて当てれるわけがないだろ!!」
「なら、僕の剣ならどうかな?」
マリーナの前に突然クリスが現れる。
するとマリーナの肩や腕が斬り裂かれ、血が噴き出した。
「な、なにぃ!?」
「そんな速度じゃ僕の剣はかわせないよ」
クリスの姿が消えたと思った瞬間、マリーナの右腕が吹き飛び魔剣が地面に落ちた。
「バ、バカな……話には聞いていたけど、ここまでなんて!?」
「終わりだよ」
いつの間にか、クリスはマリーナの背後に移動していた。
「何を言っ……ごほぁ!!」
突然口から血を吹き出し、マリーナはその場に倒れた。
正直何が起こったのかよくわからないが、クリスがマリーナを倒したようだ。
「や、やったのか?」
「うん、背中から心臓を貫いたから死んだはずだよ」
倒れたマリーナをよく見ると、背中に剣で刺された跡があった。
「そういえば、他の傭兵達は?」
「それなら向こうで倒れてるよ」
クリスが視線を向けた方を見ると、草むらで傭兵二人が背中から血を流して倒れていた。
「さすが傭兵だね、倒すのに少し時間がかかちゃったよ」
四人いた傭兵達は、結局クリスが一人で倒してしまった。
圧倒的な強さに、なんて言ったらいいかわからない。
「クリスって本当に強いんだな……」
「でも、彼女の剣を一撃もらっちゃったし、髪留めも切られちゃったよ」
クリスが右手の小さな切り傷を俺に見せると、長い髪を束ねていた髪留めが外れて地面に落ちた。
「本当は最初の一撃の時に両手を斬り落とすつもりだったんだけどね……まさか反応されるなんて、さすが傭兵だね」
「そ、そうなのか……」
見ていたはずなのに、俺にはさっぱりわからない。
「とりあえず、冒険者ギルドにもどっ……うっ!?」
突然クリスが苦しそうに胸を押さえる。
「ど、どうしたんだ!?」
「わからない、急に胸が苦しくなって……ううっ!!」
クリスの体から大量の汗が噴き出してくる。
もしかしたら、マリーナの剣には毒が塗られていたのかもしれない。
「今、解毒薬を飲ませてやる」
「す、すまない……」
俺は急いで鞄から解毒薬を取り出すと、クリスに飲ませる。
その時、クリスの体がさっきよりも細くなっている事に気づく。
それに顔もなんだか女っぽくなっているような気が……。
「はぁはぁ、体が熱い……まるで体中がおかしくなっているみたいだ」
「解毒薬が効いてないのか?」
もしかしたら普通の毒ではないのかもしれない。
「あぁん、胸が……胸が苦しい!!」
クリスがそう叫ぶと、制服の胸の部分が膨み始める。
「えっ!?」
クリスの胸はどんどん膨らんでいき、制服のボタンが弾け飛ぶ。
そして制服に収まりきらなくなった、大きな胸が露になる。
それは、どこからどう見ても女性の胸だった……。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
思わず叫んでしまった。
童顔で少し女っぽい顔だと思っていたが、もしかしてクリスは女だったんだろうか?
いやそんなはずはない……いくらなんでもこんな大きな胸を制服の下に隠せるわけがない。
「僕の体はいったいどうなって……えっ!?」
クリスも自分の胸が大きくなっている事に気づいたようだ。
「な、なにこれっ!?」
自分の大きな胸を触りながら、クリスは驚いた顔をする。
「ま、まさか……」
クリスは立ち上がると、ズボンの中に手を突っ込んだ。
「な、ない……ない、ない、ないない!!」
何を確認したのかは、言わなくても男の俺にはわかった。
「ねえ、シンク君……今の僕ってどう見える?」
「そ、それは……」
クリスの体は、胸だけでなくお尻も大きくなり、逆に腕や腰が細くなって肩幅も狭くなり、前よりも小さくなった気がする。
顔も前よりも女っぽくなっており、長い髪がすごく綺麗に見える。
はっきり言って、今のクリスの姿はどこからどう見ても、かわいい女の子だった。
「くくく……くひひひひ」
俺がクリスへの返答に困っていると、不気味な笑い声が聞こえてくる。
それは死んだはずのマリーナからだった。
「くひひ、アンタは女になったのさ……この黒い剣の呪いでね」
体中から血を流しながらマリーナが立ち上がる。
「そんな……確かに心臓を貫いたはずだよ!?」
「残念だけど、アタシはこの剣を手に入れた時にもう人間をやめてるんだよ、だから心臓を貫かれたぐらいじゃ死なないんだよね」
するとマリーナの体の傷が塞がっていき、切断された右腕が再生する。
それは、まるで以前戦った黒いキラービー達のようだった。
もしかしてマリーナに黒い剣を渡したのは……。
「その黒い剣は、仮面を付けた道化師から貰ったのか?」
「ああ、そうだよ……アタシは自分の欲望を満たすために道化師と取引きしたのさ」
やはりマリーナに黒い剣を渡したのは、リューゲで間違いないみたいだ。
シオンの超級魔法に巻き込まれて死んだと思っていたが、どうやら生きていたようだ。
「この黒い剣は斬った男を、私好みの女に変える事ができるのさ……男なんてどうでもいいと思っていたけど、この剣のおかげで最近斬るのが楽しみで仕方ないよ」
その話を聞いて、俺はある事に気づく。
「それじゃあ、ここにあった女性達の死体は……」
「ああ、それはここを縄張りにしてた盗賊達の死体だよ、むさい男達だったからアタシが女に変えてやったのさ、いやーやっぱり女の悲鳴っていうのは最高だね♪」
マリーナはそう言って、嬉しそうな顔をする。
やってることはかなり悪質だが、黒い剣の力を使えばシオンやカティアさんを元の体に戻すことができるかもしれない。
「それと道化師からアンタに伝言だけど、呪いを上書きするには、より強い呪いじゃないとダメらしいよ、だからこの黒い剣じゃアンタのお友達は元に戻せないってさ」
最近読んだ呪いの本にも同じことが書いてあったので、嘘ではないだろう。
考えてみれば、あの道化師が自分から元に戻す方法を用意するとは思えない。
「おしゃべりはここまでにして、今度はアタシにアンタを斬らせてよ、剣聖の息子……いや娘さん♪」
マリーナが邪悪な笑みを浮かべながら、こちらに向かってくる。
「シンク君は、離れて!!」
クリスは、その場から駆け出すとマリーナに向かって斬りかかる。
だが、マリーナの黒い剣によって簡単に受け止められる。
「おっと、さっきまでの勢いはどうしたんだい?」
「くっ!?」
なんだかクリスの様子がおかしい。
「くひひ、どうだい貧弱な女の体は?思ったように体が動かないだろ?今のアンタは女になったことで筋力も体力も低下してるんだよ」
確かに今のクリスは男だった時よりも腕が細くなり、体も一回り小さくなっている。
そのせいなのか、剣に勢いが感じられないし、さっきの動きは俺の目でも追う事ができた。
「例えそうだとしても、おまえなんかに負けるもんか!!」
クリスがマリーナの黒い剣を弾くと、ベルトに携えたもう一本の剣を抜く。
それは白をベースに金色の装飾がされた美しい剣だった。
「『聖剣』の力を使わせてもらうよ……」
クリスはさっきまで使っていた剣を鞘にしまい、もう一本の剣を両手で掴む。
すると剣が突然輝き出す……。
その光は、アーリアが姫騎士の力を使った時の白い光に似ているような気がした。
そして輝きが収まると、クリスの剣は大きくなり、大剣へと変化していた。
「この『聖剣グランセイバー』でおまえを倒す!!」
クリスが剣聖の息子だとは知っていたが、まさか聖剣を持っているとは思わなかった。
「へぇ、話には聞いていたけど、それが聖剣かい……でも今のアンタにそれが使いこなせるのかな?」
「……」
クリスは無言でマリーナを睨みつける。
「それじゃあ、こっちも本気を出そうかね!!」
マリーナの黒い剣が禍々しい光を放つと、大剣へと変化した。
「どうだいアタシの剣は?アンタの聖剣と似ているだろ?」
「……」
クリスは無言で剣を構えるだけで、マリーナの問いには答えなかった。
「つれないね……それじゃあ、こっちからいくよ!!」
マリーナが黒い大剣を振りかざし、クリスに斬りかかる。
クリスは聖剣でその攻撃を防ぎ、マリーナは連続で斬撃を浴びせ続ける。
「ほらほら、どうした?斬りかかってきなよ!!」
「くっ……」
クリスはなぜか反撃せずに、ひたすらマリーナの攻撃を防いでいる。
そして……。
「うわぁ!!」
マリーナの大剣にクリスが吹き飛ばされ、手から聖剣が離れてしまう。
聖剣は地面に落ちると、大剣から元の片手剣の姿に戻ってしまった。
「しまった!?」
「やっぱりね……聖剣の力は解放できても、扱えないんじゃ意味ないよ」
クリスは、女になったことで聖剣を扱えなくなってしまったようだ。
「まずはそこに寝転びな!!」
「ぐはっ!!」
マリーナの大剣で叩き付けれたクリスが地面に倒れる。
「くひひ……それじゃあ、まずはその綺麗な腕を斬り落としてやろうかね♪」
「やらせるか!!」
俺はハンマーに変形させたマルチウェポンで、背後からマリーナを殴りつける。
「ぐほぉ!!」
マリーナの首がありえない方向に曲がって、体ごと吹っ飛んでいく。
正直、防がれるかもしれないと不安だったが、当たって良かった。
「大丈夫か、クリス!?」
倒れたクリスに駆け寄ると、右腕と左の足首がありえない方向に曲がっていた。
これは俺の回復薬では、どうにもならないかもしれない。
「ごめんね、守るとか言っておいて、逆に助けられるなんて……」
「そんなの気にするな、それより治癒魔法は使えそうか?」
中級の治癒魔法なら、クリスの怪我も治せるはずだ。
「無理かな……さっき聖剣の力を解放したせいで、魔力を使い切っちゃったみたい」
だとしたら、回復するのは難しいかもしれない。
カリンに相談しようと思って辺りを見回すが、姿は見当たらなかった。
それにカリンの外れた仮面も消えているし、あの魔剣も無くなっている。
「そうか、それじゃあ休んでろ、後は俺がなんとかする」
とりあえず、クリスの怪我を簡単に治療しておく。
動かすのは無理かもしれないが、痛みくらいは和らげる事ができるだろう。
「無理だよ、彼女は強い……僕を置いてカリンさんと一緒に逃げて、そうすればすぐには彼女も追ってこないはずだよ」
このままクリスを置いていけば、確かに街まで逃げ切れるかもしれない。
だからといって、仲間を置いて逃げるなんて俺にはできない。
「シオンともう一度やり直すんだろ?だったら一緒に帰らないとダメだ」
クリスには、ちゃんとシオンと話し合ってもらいたい。
「それはそうだけど……こんな体になった僕に価値なんてないよ、聖剣だってまともに使えないし、きっと父さんだって……」
「なら、無理矢理にでも連れて帰ってやる」
俺はクリスを抱き上げると、その場を移動する。
「ちょっ!?」
「シオンやおまえの親父がどう思うかなんて、実際会ってみないとわからないだろ?勝手に決め付けて、勝手に絶望するな」
クリスの父親である剣聖がどう思うかはわからないが、少なくともシオンはクリスが女になったくらいで、価値がないなんて思わないはずだ。
「おまえは俺が守ってやる、だから一緒に帰るぞ、後悔するのはそれからでもいいだろ?」
「シンク君……」
クリスを少し離れた岩陰に下ろし、俺はマリーナを迎え撃つ。
「やれやれ、不死身だからって素人相手に油断しちゃったみたいだね……やっぱり邪魔者は先に殺しておくべきだったよ」
マリーナは、曲がった首を両手で動かし元の位置に戻しながらこちらに歩いてきた。
「本当に人間をやめてるんだな、そこまでしてその黒い剣が欲しかったのか?」
「当たり前だろ、この剣があれば男を斬っても愉しむことができるんだよ?まあアンタには効かないらしいけどね」
黒い槍の呪いが俺に効かなかったように、黒い剣の呪いも俺には効かないという事か……。
「あの道化師が言ってたけど、世の中には稀に呪いを受けつけない人間がいるらしいね……そういう人間は神に祝福されているか、人間ではない何かが混じっているらしいよ?アンタはどっちだろうね?」
「少なくとも、おまえのような欲望のために人間の心まで捨てた化け物じゃないよ」
「それは違うね、アタシは人間だからこそ欲望を求めるのさ……アタシは自分の欲望を満たすために傭兵になった、そして強くなったのも自分の欲望を叶えるためさ、欲望こそがアタシの力なんだ!!」
欲望というのは、確かに人間が生きるために必要な物だと思う……だが、この女の歪んだ欲望を認めるわけにはいかない。
欲望を求めるのも人間だが、欲望を制御できるのも人間のはずだ。
「際限の無い欲望は身を滅ぼすぞ?」
「だったらアタシを倒して証明してみせなよ、まあ無理だろうけどね!!」
マリーナは黒い大剣を持ち上げると、俺に向かって突っ込んでくる。
おそらく正面から戦っても勝ち目は無い。
それなら、俺は錬金術師として戦うしかない。
「これならどうだ!!」
俺は地面に煙玉を投げつけ、辺りを煙幕で包み込む。
「そんなモノでアタシを足止めできると思ってるのかい?」
マリーナが大剣を振り回すと、大きな風が起こり煙幕が吹き飛んでいく。
「なら次はこれだ!!」
閃光弾をマリーナに向かって投げつける。
「甘いよ……ダーク・ボール!!」
閃光弾がマリーナの放った黒い球に包まれ、光を発することなく地面に落ちる。
どうやら闇の属性魔法を使ったようだ。
「まだだ、まだアレがある!!」
わざわざこの場所に移動したのは、マリーナをここに誘導するためだ。
クリスとマリーナが戦ってる間に、俺はホールドトラップを設置しておいたのだ。
「何をしようとアタシを止められるわけが……うおっ!!」
ホールドトラップが発動し、魔力の鎖がマリーナの体に絡みつく。
「なるほど、これが狙いだったのかい、でもこんなんじゃアタシは止められないよ……ふんっ!!」
マリーナは、体に巻きついた魔力の鎖を引きちぎってしまう。
「まさかホールドトラップを引きちぎるなんて……」
予想はしていたが、いったいどれだけ怪力なんだ?
「傭兵を舐めるんじゃないよ!!アンタみたいな素人の小細工でアタシを止められるわけないだろ!!」
マリーナが大剣を振り上げ、俺のすぐ近くまで迫ってくる。
俺は横に跳ぶと、マルチウェポンを弓に変形させて、マリーナの足元を狙い撃つ。
「バカが、アンタの矢がアタシに当たるとでも思ってるのかい!?」
矢はマリーナに当たらなかったが足元の近くに落ち、矢の先に付けていた錬金飴が割れると地面が凍り出す。
この間、カティアさんとパーティーを組んだ時に錬金飴を分けて貰っていたのだ。
「な、なにぃ!?」
凍った地面に足を滑らせ、マリーナは大剣を持ったまま転んで、正面の大木にぶつかる。
「カリン頼んだ!!」
俺がそう叫ぶと、大木の上からミラージュマントに身を包み、仮面を着けたカリンが飛び降りてくる。
その手には紫の剣……魔剣エターナルペインが握られていた。
「任せてください!!」
カリンの握った魔剣がマリーナの頭に突き刺さる。
「ぐわぁぁぁぁぁ!!」
「知ってますか?この魔剣で斬られた傷は超級治癒魔法でしか回復できないんですよ、まあ回復しても傷痕は残るんですけどね」
「こ、小娘がぁぁぁぁぁ!!」
マリーナは立ち上がると、血走った目で黒い大剣を振り回す。
カティアは後ろに下がってそれを回避する。
「カリン、俺が動きを止める!!」
マリーナに向かって、錬金飴を付けた矢を放つ。
「そんな小細工が何度も通用するわけないだろっ!!」
マリーナが錬金飴のついた矢を大剣で斬り落とすと、周囲に雷撃が発生してマリーナの体を包み込む。
「ぐおぉぉぉぉぉ!!」
「カリン!!」
雷撃が消滅するのを確認して、カリンに声をかける。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!この変態クソババアがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
カリンは、全力で叫びながらマリーナの胸に魔剣を突き刺す。
「ぐほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
胸から魔剣を引き抜くと、マリーナは血を流しながらその場に倒れた。
「アタシが……アタシがこんな素人や小娘に負けるなんて……」
「これが、おまえが欲望を求め続けた結果だ!!」
俺がそう言うと、マリーナは口から血を流しながら邪悪な笑みを浮かべる。
「そうだね、アンタの言ったことは正しいよ……だけど、アタシが死んでも剣聖の息子は女のままだし、小娘の顔の傷痕も一生消えない、アタシの振りまいた呪いは決して消えることは無いんだよ!!」
「それがどうかしたんですか?」
カリンが冷たい声で言い放つ。
「強がりはやめなよ、そんな傷痕がある醜い女なんて、どんな男も受け入れちゃくれないよ……アンタはアタシの呪いで誰とも結ばれること無く、孤独のまま死んでいくんだよ!!」
「そんなことはわかって……」
「その時は俺が貰ってやるよ!!だからおまえの思い通りになんてならない!!」
マリーナの言った事に腹が立ち、思わず言い返してしまう。
「ふんっ、どこまでもムカツクガキだね……なら小娘のためにもせいぜい死なないことだね」
するとマリーナの体が黒い霧になって消えていく。
「あぁ、もっといっぱい拷問して殺したかったな……」
そう言い残して、マリーナの体は完全に消滅した。
そして最後に残された黒い剣も、霧となって消えてしまった。
「ふぅ、なんとかなったな……」
俺は気が抜けて、その場に座り込んでしまう。
今回は本当に危なかった……途中から魔剣が消えている事とカリンの姿が見えない事に気づき、なんとかチャンスを作るのに成功したから良かったが、正直かなり運任せだった。
「あ、あ、あのシンクさん、さ、さ、さ、さっき言ったことは……」
カリンの様子がおかしい、もしかしたらどこか怪我をしているのかもしれない。
「どうした、怪我をしてるなら回復薬を渡すぞ?」
「い、いえ、なんでもありません!!そ、それよりクリスさんをどうにかしないと!?」
「そうだな、休んでる場合じゃないな、早くクリスを連れて街に戻ろう」
その後、俺は怪我したクリスを背中に背負い、山道を下りて街へと向かった。




