第20話「アーリアと魔法適性」(挿し絵あり)
オレの所属する特科クラスの生徒は、他の生徒達から『精神汚染者』と呼ばれている。
なんらかの病気が原因で精神が汚染されて性格が変化した……ということになっているようだ。
だが本当は違う……みんな体と中身が別人なのだ。
ドヴァンは、筋肉質なゴリラ顔の男だが、その中身は貴族のお嬢様だ。
ゴルダは、眼鏡をかけていてキモオタとか言われる見た目の男だが、その中身は王国で人気のアイドル歌手だ。
シェイミーは、長身でスタイルもよくて美人だが、その中身は汚いデブのおっさんだ。
ミースは、少し小柄なかわいらしい少女だが、その中身はリザードマンの戦士だ。
だが本当の事を、特科クラスの生徒以外に話すことは禁止されている。
この事が公の場であきらかになると、いろいろと問題が起こるのだそうだ。
なので、もし誰かに本当の事を話した場合は、行方不明になってもらうと言われた。
ようするに、死にたくなければ話すなということだ。
ちなみに特科クラスではないが、ボンデとサラサに関しては、特例で開放される事になったらしい。
この学院に入学した時、特科クラスの生徒達には、今の肉体にあった新しい名前が与えられる。
本当の名前のままだと、中身が違う事がわかってしまう可能性があるからだそうだ。
オレの『アーリア・セルティン』という名前も学院に入学した時に、与えられた名前だ。
オレの生まれたオークの部族は、名前を付ける習慣が無かったので、これが初めての自分の名前になった。
特科クラスにいる生徒のほとんどが、理不尽な理由で自分の本当の体を奪われた者達ばかりだ。
オレは目を覚ましたら突然今の体になっており、人間達にこの学院に入学するように言われたのだ。
他の生徒達も、国からの治療や保護という名目で、この学院に連れてこられたらしい。
しかし、強制的に連れてこられた生徒達が、まともに授業を受けるはずがない。
だから特科クラスの生徒達は、学院を退学なると監獄に送られることになっている。
この学院から逃げ出した場合や試験に落ちた生徒は退学となり、監獄に送られて自由を失うのだ。
三回目の試験が終わり、特科クラスの生徒が何人かいなくなっていた……おそらく監獄に送られたのだろう。
オレ達には、この学院を卒業する以外の選択肢がない。
学院を卒業できれば自由が約束されており、さらに望むなら新しい体を与えてもらえるそうだ。
特科クラスの生徒は、自由を得るためにこの学院に通っているのだ。
「最近、アーリアは楽しそうだな」
今日の授業が終わり、シンクの所に行く準備をしていると隣の席のミースが話しかけてくる。
彼女の見た目は、少し小柄なかわいい少女だが、その中身はリザードマンの戦士だ。
オレと同じで中身が人間ではないという共通点から、よく話すようになった。
「そう見えるブヒ?」
自分では、いつも通りのつもりなのでよくわからない。
「この学院に入学したばかりの頃は、いつも憂鬱な顔をしていたが、一回目の試験が終わった頃からアーリアは変わってきたように思える」
一回目の試験といえば、オレが開始直後にゴーレムに一撃でやられたせいで、シンクが一人で戦う事になった試験だ。
今思うと、シンクにはかなり申し訳ない事をしたと思う。
でもシンクは、そんなオレを責めずに、頭を撫でて次がんばればいいと言ってくれた。
あんな風に優しくしてもらったのは、幼い頃に死んだ母親以外に初めてだった。
「それは、たぶんシンクのおかげブヒ」
シンクと出会ってから、オレはこの学院での生活も悪くないと思うようになっていた。
「シンクというのは、アーリアのパートナーの人間の男だったな」
「そうブヒ、すっごくいいやつブヒ」
シンクは、オレの中身がオークだとわかっても信用してると……パートナーだと言ってくれた。
二回目の試験の時も、オレのために勉強会までして色々な事を教えてくれた。
「アーリアは、パートナーに恵まれたようだな」
「ミースのパートナーも人間の男だったはずブヒ」
確かミースのパートナーは、騎士科の男子生徒だったはずだ。
入学当初にミースが学院の廊下を歩いていたら、男子生徒が突然話かけてきて、パートナーになって欲しいと頼んできたらしい。
その時は断ったが、その後しつこく何度も頼まれたので、仕方なくパートナーを組んだと言っていた気がする。
「うむ、悪いやつではないのだが、まだまだ未熟でな、今日もこれから鍛えてやるつもりだ」
そう言ったミースの顔は、どこか楽しそうな感じがした。
「ミースも、なんだか楽しそうに見えるブヒ」
「そ、そんなことはないぞ!!別にあの男と一緒にいて楽しいなどと思っていない!!」
ミースは、顔を赤くして否定する。
「そうなんブヒ?」
「そ、そういうアーリアは、パートナーと一緒にいてどうなんだ?」
「オレは、シンクと一緒いるとすごく楽しいブヒ」
素直にそう答える。
オレは、シンクと一緒にいるとなんだか温かい気持ちになる。
シンクに褒めてもらえるとすごく嬉しいし、頭を撫でてもらうと幸せな気分になるのだ。
「アーリアのそういう素直ところは、羨ましいな……」
「ブヒ?」
よくわからないが、ミースはなぜか俯いてしまった。
「いや、気にしないでくれ……それより急がなくていいのか?」
そう言われて、シンク達と約束があるのを思い出す。
「そうだったブヒ!!シンクとシオンが待ってるからオレは行くブヒ、それじゃあミース、またブヒー」
「うむ、またな」
ミースに別れを告げて、オレは教室を後にした。
最初の頃は、この体にかなり違和感があったが、今では自分の本当の体だと思えるくらいに動かせるようになった。
それでもまだ違和感を感じる部分がある……それは、この大きな胸だ。
少し動くだけで大きな胸が揺れるので、男だったオレとしては、どうしても違和感を感じる。
それに、すれ違ったほとんどの男がオレの胸を見てくるのだ。
気になったのでミースに聞いてみたら、どうやら人間の男は、女の大きな胸が好きらしい。
オレの生まれたオークの部族では、太っている女ほど好まれていたので、それと同じようなことのようだ。
なので、シンクも大きな胸が好きなのか確かめてみようとしたが、前髪で瞳が隠れていて視線がわからず、オレの胸を見ているのかよくわからなかった。
直接シンクに聞いてみようとも思ったが、小さい方が好きだと言われたら嫌だったので聞かなかった。
最近は、男になったシオンや金髪ロリ子とも仲がいいみたいだし、もしかしたらシンクは胸が無い方が好きなのかもしれない。
そう考えたら、なんだか気分が沈んできた……。
そんな事を考えながら歩いてるうちにシンクがいる教室に辿り着いた。
「シンクー!!シンクー!!」
気を取り直して、いつものようにシンクの名前を叫ぶびながら教室に入る。
するとシンクは机で難しそうな本を読んでいた。
なんだか集中しているようだ。
「シンク、何読んでるブヒ?」
近づいて声をかけると、シンクが気づいてこちらを振り向く。
「アーリア来てたのか……これは呪いに関する本だ」
呪いということは、シンクは誰か怨んでいる人でもいるのだろうか?
「誰かに呪いをかけるブヒ?」
「なんで俺が呪いをかけるんだよ……俺が調べているのは呪いを解く方法だ」
どうやら反対だったようだ。
「なんでそんなの調べてるブヒ?」
「ちょっと錬金術で作りたい薬があってな……材料のヒントになりそうなモノを探していたんだ」
錬金術のことはオレにはよくわからないので、シンクの力にはなれそうにない。
「錬金術とかオレにはさっぱりブヒ」
「仕方ないさ、それよりシオンが待ってるかもしれないから、そろそろ行こう」
シンクは、本を鞄にしまうと椅子から立ち上がる。
「わかったブヒ」
「今日はいつもと違う事をするから、旧校舎の二階の空き教室に来いって、シオンに言われてたな」
そういえば、そんなことを昨日シオンが言っていた気がする。
「シオンのやつ、今度は何するつもりブヒ?」
「さあな……まあ行ってみればわかるだろう」
旧校舎に入り、二階に着くとシンクが話しかけてきた。
「そういえば、俺とアーリアが会ったのも旧校舎の二階だったな」
「そうだったブヒね」
あの時は、どんなやつがオレのパートナーになるのかと不安だったが、シンクがパートナーで今は本当に良かったと思っている。
「最初にアーリアを見た時は、すごい綺麗でお淑やかな感じがしたから、どこかの家のお嬢様だと思ったんだけどな」
「オレがそんな風に見えたブヒ?」
シンクがオレを見て、そんな風に思っていたなんて知らなかった。
「まあ、いきなり初対面で屁をされて、その幻想も一瞬で消え去ったけどな」
「シンクは……やっぱりオレが見た目通りの方が良かったブヒ?」
オレは、なぜかそんな事をシンクに聞いてしまう。
どう考えたって、見た目通りの方がいいに決まっているはずなのに……。
「そんなの、今のアーリアの方がいいに決まってるだろ」
シンクは、当たり前のようにそう答えた。
「で、でも、オレの中身はオークブヒよ?」
「たぶん見た目通りの中身だったら、気後れしてただろうしな……そう考えたら、中身がオークの今のアーリアの方がいいさ」
見た目通りの人間の女よりも、中身がオークの自分を選んでもらえた。
それがすごく嬉しくて、この気持ちをシンクに伝えたくなってくる。
「シンク!!」
嬉しさのあまりシンクに抱きつこうとした瞬間……大きな胸を鷲掴みにされる。
「きゃあ!!」
思わず女みたいな声が出てしまう。
「廊下でイチャイチャしてないで、早く教室に入ってください」
後ろを振り向くと、シオンが背後からオレの胸を掴んでいた。
表情はいつも通りだが、どこか不機嫌そうな感じがする。
「悪いなシオン、待たせたか」
「いえ、シンク様は気にしないでください……ほら、アーリアさん行きましょう」
シオンに後ろから胸を掴まれたまま、近くの空き教室の中へと引っ張られる。
「じ、自分で歩けるブヒー!!」
「いえいえ、こんな重い胸をつけてるんですから、遠慮なさらないでください」
シオンの怪力から逃れることはできず、結局オレはシンクに抱きつく事ができないまま、教室の空いてる席に座らせられた。
「なんだかシオンが不機嫌ブヒ……」
「待たせた事を怒ってるじゃないのか?」
たぶん不機嫌な理由は、それじゃないと思う。
「シンク様は、アーリアさんの隣の席に座ってください」
「ああ、わかった」
シンクがオレの隣の席に座ると、シオンは教壇へと移動する。
するとなぜか眼鏡をかけた。
「なんで眼鏡をかけるブヒ?」
「気分の問題です」
どういう気分なんだろう?
「教師っぽい感じを出すためじゃないか?」
「なるほどブヒ」
「アーリアさん、私語は慎んでください」
なぜかオレだけ注意される。
「お二人には、これから魔法適性検査を受けてもらいます」
シオンは鞄の中から変な模様の書かれた紙を取り出して、オレとシンクの机の上に置く。
「この紙の中心に、どちらかの手を乗せてください」
「俺の適性は、もうわかってるんだが……」
やりたくなさそうな顔で、シンクがそう言う。
「それでも念のためお願いします……今後の訓練の内容に関わってくる大事なことなので」
「……わかったよ」
シンクは渋々そう言うと、紙切れに手を乗せる。
「魔法適性検査って、どういうことブヒ?」
「どんな魔法を使うことができるのか調べる検査です、詳しい事は後で説明するので、まずは机の上の紙に手を乗せてみてください」
とりあえず、言われた通りに紙の上に手を乗せる。
すると紙に書かれた模様の色が変化していく。
「なんか色が変わったブヒ」
「この紙には、手を乗せた人間の魔法適性を調べる効果があるんです」
こんな紙切れ一枚で魔法が使えるかわかるなんて、初めて知った。
「それでは、お二人とも紙を渡してください」
オレとシンクは、シオンに色の変わった紙を渡す。
その紙を見たシオンは、黒板にチョークで何か書き始めた。
「お二人の適性結果はこんな感じですね」
シンク様
『治癒:E 火:E 水:E 風:E 土:E 光:E 闇;E 召喚:E 錬金:A その他:A』
アーリアさん
『治癒:B 火:D 水:C 風:D 土:C 光:B 闇;E 召喚:D 錬金:E その他:E』
黒板には、オレとシンクの名前が書かれ、他にはAとかBとか書いてある。
「AとかBとかどういう意味ブヒ?」
「それはこんな感じですね」
シオンは、さらに黒板に説明を書き足す。
A:適性最高(超級魔法まで習得可能)
B:適性高い(上級魔法まで習得可能)
C;適性普通(中級魔法まで習得可能)
D:適性低い(下級魔法まで習得可能)
E;適性無し(習得不可能)
「……ということは、オレは治癒と光の適性が高くて、上級魔法まで覚えられるってことブヒ?」
「そうですね、魔法は生まれた時から適性が決まっていて、適性がEの魔法は使えません」
「だから俺は、錬金術以外使えないって訳だ……」
確かにシンクの適性は、錬金とその他以外は全部Eだ。
「でも、その他っていうのもAになってるブヒ?」
「その他というのは、ここには載っていない魔法の適性です……身体強化魔法や精神干渉魔法、符術という札を使った魔法等も存在します」
シオンが説明してくれる。
どうやら他にもいろいろな魔法があるようだ。
「確かに俺には、錬金術以外の適性もあるみたいだけど、それが何かわからないんだ」
「なんだかもったいないブヒ」
せっかくA適性があるなら、使えた方がいい。
「確かにそうなんだけど……いろいろ調べて試してみた結果、結局わからなかったんだ」
「そうだったんブヒか……」
なんだか悪い事を聞いてしまった気がする。
「まあ俺には、錬金術があるから気にしてないけどな」
「Aの適性が一つでもあるなら、魔法科の生徒としては問題ありません……超級魔法が習得可能なのもA適性だけですからね」
前にシオンは超級魔法を使っていたから、きっと光属性魔法の適性はAなのだろう。
「どんなにがんばっても、適性以上の魔法は使えないブヒ?」
魔法は生まれた時の適性だけで、すべて決まってしまうのだろうか?
「適性がEで無い限りは、努力しだいで適性よりも高位の魔法が使えるようになる可能性はあります、それに適性があっても努力無しでは魔法を使うことはできません」
適性がEだと努力しても使えないし、適性があっても努力しないといけないようだ。
「なのでアーリアさんには、努力して治癒魔法と光属性魔法を使えるようになってもらいます」
シオンが突然そんな事を言い出す。
「魔法適性を調べるって聞いた時から、そうだとは思ったけどな」
どうやらシンクは、気づいていたようだ。
「オレに魔法なんて使えるブヒ?」
「わたくしが教えるから大丈夫です」
シオンは、超級魔法が使えるほどだから魔法に詳しいんだろうけど……。
「……でも自信ないブヒ」
オレは、魔法のことなんて全然知らないし無理な気がする。
「俺には適性がないから無理だけど、アーリアにはあるんだからできるさ」
シンクにそう言われると、やらないわけにはいかない気がしてくる。
「アーリアさんが魔法を使えるようになれば、今後の試験も楽になると思いますよ」
シオンは、そう言うと俺の耳元に顔を近づけて……。
「それに、これはシンクさんに褒めてもらうチャンスですよ?」
と小声で呟いた。
確かにオレが魔法を使えるようになれば、シンクはきっと褒めてくれる。
そして、オレの頭をたくさん撫でてくれるはずだ。
「わかったブヒ!!オレは、絶対魔法を使えるようになってみせるブヒ!!」
「なんか急にやる気になったな……」
こうして、オレはシオンに魔法を教えてもらうことになった。




