第19話「ソフィーの料理大作戦」(挿し絵あり)
魔王だったオレ様は、100年前の戦争で死ぬ間際に転生魔法を発動した。
それから時が経ち、気が付くとオレ様は人間の娘として生まれ変わっていた。
どうやら転生魔法は不完全だったらしく、魂と記憶だけを引き継いで、人間の娘に転生してしまったらしい。
オレ様が生まれたのは、マリネイル王国にある大きな街だった。
父親は魔導機技師で、腕が良かったため仕事の依頼も多く、それなりに裕福な家庭だった。
母親は一般的な主婦だったが、フリスティア人の血筋を引いているらしく、エメラルドの瞳をしていた。
この体の容姿は母親に似ていたため、父親が「母さんに似て美人になるぞ」と何度も言ってきてうるさかった。
歩けるようになってから気づいたが、この体は生まれながらに体力も魔力も普通の人間以下だった。
さらに病弱だったため、幼い頃はベットの上で過ごすことが多かった。
オレ様は体力を少しでもつけるために運動をして、魔力を高めるために魔法の訓練もした。
その結果、10歳を過ぎた頃には、普通の子供と同じように生活できるようになっていた。
それから学院に通うようになったのだが、人間の子供に混ざって受ける授業はあまりにも低レベルでつまらなかった。
正直、学院に通う意味など無いと思ったが、この体の両親が学院に通うをオレ様を見て、あまりにも嬉しそうにしていたから仕方なく通い続けてやった。
学院でオレ様はいつも一人だった、最初は人間の子供がやたらと話かけてきたが、無視していたら誰も話しかけてこなくなった。
両親は、いつも一人でいるオレ様を心配していた、なので拷問されていた傭兵団の娘を手下にすることにした。
傭兵団の娘はカリンと名乗り、オレ様が両親に頼んで、使用人として一緒に住むことになった。
カリンは失明していたので、試作型の魔導機を与えて、目が見えるようにしてやった。
数年後、オレ様はカリンを連れて、グラーネ聖王国にあるアリアドリ騎士魔法学院に通う事になった。
女子寮の部屋にある台所で、オレ様はひたすらハンバーグを作っていた。
「また表面がこげ過ぎてしまったか……」
どうやら火力が強かったようだ。
料理なんて、この体に生まれる前から一度も作ったことがないので、なかなか上手くいかない。
「くっ……魔王であるはずのオレ様が料理一つまともに作れんとは、やはりこの体が貧弱なせいか!?」
「いえ、違うと思います」
台所に入ってきたカリンが話しかけてくる。
「一度休憩して、気持ちを切り替えてみてはどうでしょう?」
寮に帰ってきてから、ずっと台所にいる気がする。
カリンの言うとおり、一度休憩した方がいいだろう。
「うむ、そうだな」
「では、紅茶を入れますね……お嬢様は座って休んでいてください」
台所から出て、部屋にあるテーブルの椅子に座る。
少しすると、いい香りのする紅茶をカリンが運んできた。
「どうぞ」
カリンが運んできた紅茶のカップに口をつける。
「それで、お嬢様はシンクさんの事が好きなんでしょうか?」
「ブフゥーーーー!!」
突然のカリンの問いに、思わず口から紅茶を噴き出してしまう。
「げほっ、ごほっ、突然何を言い出すんだおまえは!?」
「ここ最近、毎日のように台所でがんばっているようですが……やはりシンクさんのためですか?」
どうやらカリンは、何か誤解をしているようだ。
ここはオレ様の威厳のためにも、きちんと説明しておかなければ……。
「それは違うぞ、これは単なるあの男への褒美だ……それ以上でもそれ以下でもない」
「それなら毎日がんばる必要は無いのでは?半分焦げていて、形も味も臭いも微妙で、体に多少の異常が出たとしても、お嬢様が作ったモノならばシンクさんも食べてくれると思いますよ?」
確かにシンクなら、嫌な顔一つせずに食べてくれるかもしれない……。
というか、オレ様の料理はそこまで酷いんだろうか?
「だが、それは魔王のプライドが許さん……それに、せっかくオレ様が作るのだ、やつには心からおいしいと思ってもらいたい」
「さすがお嬢様です」
「ふん、当然だ」
カリンの誤解も解けたようなので、再び紅茶に口をつける。
「それでは、シンクさんとお付き合いしてみてはどうでしょう?」
「ブフフゥーーーー!!」
カリンの問いに、再び口から紅茶を噴き出してしまう。
「な、何を言ってるんだおまえは!?オレ様は魔王だぞ!!」
そもそも転生する前のオレ様は男だったのだ、そんなオレ様が男と付き合うなどありえない。
「ですが、今のお嬢様は人間の女の子です……なら、一人の女性として幸せになるという選択肢もあるのではないですか?」
生まれ変わる以前の記憶が無ければ、オレ様も人間の女として、今もマリネイル王国の実家で暮らしていただろう。
だが現実は違う……。
「それはできない、魔王としてオレ様にはやらなければならない事があるのだ」
その事は、カリンも知っているはずだ。
「それにおまえの方こそ、シンク・ストレイアの事を気にしているのではないか?」
「いえ、まったく気にしていません」
口ではそう言っても、カリンがシンクを気にしていることをオレ様は知っている。
「最近、女神教団ついて調べているようだが、あの男のためだな?」
最近、シンクは女神教団の巫女と行動を共にしているらしい。
おそらく巫女は、マリヴェールの力を持つあの娘を教団に引き込むのが目的なのだろう。
「それは、お嬢様がシンクさんを気にしていると思ったからです……他意はありません」
「くっくっく、そういう事にしておいてやろう……だが、おまえがあの男と恋仲になっても構わんのだぞ?」
カリンに愛する男ができたなら、オレ様の下を離れることも許可するつもりだ。
「それはありえません……そもそも私のような醜い女を、受け入れてくれる男性などいませんよ」
やはり顔の傷痕を気にしているようだ。
カリンの顔に傷痕をつけ、視力を奪ったのは、禁忌の術がかけられた呪いの武具だ。
何度か治療を試してみたが、超級治癒魔法でも回復することはできなかった。
おそらく、あの黒い槍よりも強力な呪いが付与された武具だったのだろう。
「私のことより、お嬢様は自分の事を考えてください」
「わかっている……とりあえず今は、目の前の事を片付ける」
紅茶を飲み干すと、オレ様は再び台所に向かい料理を作り始めた。
3回目の試験が終わって一週間後。
オレ様は、台所で弁当箱に作った料理を詰めていた。
「くっくっく、ついに完成したぞ」
それは、今まで作った中でも最高傑作の弁当だった。
これならきっとシンクのやつも満足するだろう。
「どうだ!!これが魔王の力だ!!」
弁当箱を持ち上げて叫ぶ。
「いや、料理に魔王とか関係無いですし」
背後から、カリンの冷静なツッコミが入る。
「カリンいたのか……」
「一人で盛り上がってるところ申し訳ありませんが、こちらが届きました」
カリンがそう言って、渡してきたのは黒いマントだった。
このマントは、先月オレ様が知り合いの商人に頼んだ物だ。
「これが『アンチマジックシールドマント』か」
見た目はただの黒いマントだが、このマントは特殊な素材で作られており、装着している者を魔法から守る効果がある。
中級程度の魔法なら、身に着けているだけで無効化する事が可能だ。
「せっかくですから、着てみてはどうですか?」
「そうだな」
制服の上からマントを着て、鏡の前に立ってみる。
「ふむ、悪くないな」
黒いマントのおかげで、なんだか魔王っぽくなった気がする。
「せっかくですから、帽子もかぶってみてください」
カリンは、オレ様の頭に帽子をかぶせる。
「せっかくですから、リボンも変えてみましょう」
そう言って、リボンに触れようとするカリンの手を掴む。
「何がせっかくなんだ?必要ないだろう」
なぜ帽子をかぶって、さらにリボンまで変えないといけないんだ。
「せっかくシンクさんとお弁当を食べるんですから、お嬢様のかわいさをアピールするチャンスです」
そんなことだろうと思った……。
「そんなものは必要ない……もう部屋を出るから、おまえも早く学院に行け」
「わかりました、それではお嬢様、お先に失礼します」
カリンは何事も無かったように部屋を出て行った。
「ふむ、行ったか……」
オレ様はカリンが部屋を出て行ったのを確認すると、再び鏡の前に立ち、自分の姿を確認する。
「まあ帽子くらいならかぶっても問題ないだろう」
念のため、もう一度髪にブラシをかけてから、オレ様は学院に向かった。
学院に着いたオレ様は、シンクの所属する教室の前に来ていた。
教室の中を覗くと、シンクは女の顔をした筋肉質な男と話していた。
おそらく女子寮で噂になっていた、男になったという女子生徒だろう。
オレ様には関係ないので、特に気にする必要もない。
そのまま教室に入り、シンクに近づいて声をかける。
「おい、シンク・ストレイア」
シンクが振り返り、長い前髪に隠れた真紅の瞳でオレ様のことを見てくる。
すると胸の鼓動が早くなった。
そういえば、シンクと初めて会った時もそうだった。
あの時、オレ様は今まで感じたことの無いような胸の高鳴りを感じた。
最初は魔眼かとも思ったが、魔力が感じられなかったので、カリンにその事を話したら「それは一目惚れです」なんて事を言われた。
魔王であるオレ様が一目惚れなどありえない……はずだ。
「おはようソフィー、何か俺に用か?」
「貴様にあの時の褒美を与えるから、昼休みになったら屋上に来い」
とりあえず用件だけを伝える。
「褒美って……本当に作ってきたのか?」
「当然だ、貴様の願いはオレ様が叶えてやると言っただろう」
オレ様は自信満々に答えてやる。
「その黒いマントかっこいいな、ソフィーに似合ってる気がするよ」
「そ、そうか……まあ当然だな」
マントを褒められただけなのに、嬉しくて口元がにやけそうになる。
「それじゃあ昼休みを楽しみしておくよ」
「くっくっく、せいぜい腹を空かせておくがいい……」
そう言って、オレ様は教室を後にした。
それから昼休みになるまで、オレ様はシンクに弁当を食べてもらうことばかり考えていた。
昼休みになり、オレ様はすぐに校舎の屋上へと向かう。
屋上には誰もおらず、どうやら一番乗りだったようだ。
オレ様は、屋上の扉の近くでシンクが来るのを待つ。
扉が開くたびにシンクかどうか確認して、違うと落胆してる自分がいることに気づく。
「なぜオレ様は、あの男の事をこんなに気にしてるのだ……」
そんな事を考えていると、屋上の扉が開いてシンクがやってくる。
シンクは、すぐにオレ様の存在に気づき、こちらに歩いてきた。
「悪い待たせたな」
「気にするな、それより早くベンチに座るぞ」
オレ様とシンクは、並んで近くのベンチに腰をかける。
「それでどんな弁当を作ってきたんだ?」
オレ様は、よくぞ聞いてくれたとばかりに説明する。
「それは黄昏よりも昏く 血の流れより紅く 時の流れ…… 」
「すごい事はわかったから、早く見せてくれ」
シンクが急かすので、仕方なく見せてやることにする。
「では見るがいい……このオレ様が作った自信作をな!!」
オレ様は鞄から弁当箱を取り出し、蓋を開いてシンクに見せる。
「こ、これは……!?」
弁当箱に入っているのは、卵焼きにウィンナーにエビフライ、そしてシンクの好物だというハンバーグだ。
すべてオレ様が自分の手で作った物だ。
「正直、驚いた……ここまでちゃんと作ってくるなんて、すごいじゃないか!!」
「あたりまえだ、中途半端な出来では褒美にならんからな」
当然のように答えたが、正直ここまで作れるようになるのは大変だった。
「それじゃあ食べてもいいか?」
どうやら、この時が来てしまったようだ……。
オレ様は、覚悟を決めて箸を手に持つ。
「わかった……では喰わせてやるから口を開けろ」
「えっ?」
シンクが不思議そうな顔をしている。
「貴様がオレ様に喰わせて欲しいと言ったのだろう?」
以前シンクは……。
『じゃあソフィーが自分で手料理を作って、さらに俺にあ~んして食べさせてくれ』
と言っていた。
「ああ、そういえば言ったような気がする」
「まさか忘れていた訳ではあるまいな……もしやオレ様を辱めるだけに言ったのか?」
「そ、そんな訳ないだろーやだなーもー」
すごく棒読みだった、これは絶対に忘れていたな。
「貴様が忘れていようが、一度した約束は取り消せんぞ……大人しくオレ様に喰わせてもらうがいい」
せっかく辱めを受ける覚悟までしてきたのだ、無かったことになんてさせない。
「わかったよ、でも恥ずかしいなら無理はするなよ?」
「ふん、心配は無用だ……それでは行くぞ!!」
オレ様は、卵焼きを箸で掴むとシンクの口元へと運ぶ。
「あ、あ~ん……って早く口を開けろ馬鹿者!!」
「お、おう……あ~ん」
大きく開いたシンクの口に卵焼きを入れる。
これは恥ずかしい……顔が熱くなっていくのが自分でもわかる。
「もぐもぐ、ほんのり甘くておいしいな」
シンクにそう言われて、思わず口元がにやけてしまう。
なんで嬉しくなっているんだ、オレ様は……。
「そ、そうか……それじゃあ次は貴様の好きなハンバーグを喰らわせてやろう」
ハンバーグを食べやすい大きさに切って、シンクの口に運ぶ。
「もぐもぐ、これマジでうまいな!!もっと他のも食べさせてくれよ」
「仕方の無いやつだな、それじゃあ次は……」
シンクがおいしそうに食べてくれるのが嬉しくて、次々と料理を口に運んでいく。
気が付くと、弁当箱は空になっていた。
「ごちそうさま、すごくおいしかったよ」
「当然だ、感謝するがいい」
なんだかすごく気分がいい。
自分の作った料理を誰かに食べてもらうというのも、思ったより悪くないのかもしれない。
「そういえば、ソフィーは何も食べてないんじゃないか?」
くきゅるる~
シンクの返事に答えるように、オレ様の腹から音が聞こえてくる。
シンクに食べさせることに夢中になって、自分が食べることを忘れていた。
いったいオレ様は何をやってるんだ……。
「それじゃあ、次は俺が食べさせてやろうか?」
シンクがにやりと笑う。
「け、結構だ!!自分で食べれる」
オレ様は、自分の分の弁当箱を開けると急いで食べる。
食べさせるのも恥ずかしかったが、食べるのはもっと恥ずかしそうな気がする。
「冗談だって、まだ時間はあるんだから、ゆっくり食べていいぞ」
「ふん、つまらない冗談を言うな!!」
だが、少しだけもったいない事をした……と思ってしまう自分がいる。
なぜオレ様は、この男といるとこんなに気持ちにさせられるのだろうか?
『お嬢様はシンクさんの事が好きなんでしょうか?』
なぜかカリンの言葉が頭を過ぎる。
「そ、そんなことがありえるわけがない!!」
「ん、どうした?」
シンクが顔を近づけてくる。
それだけで、胸の鼓動が早くなる。
「な、なんでもない!?」
きっとこれは気の迷い、ただ女の体が反応しているだけに違いない。
「ならいいけど、具合が悪いならちゃんと言えよ」
「大丈夫だ……それよりも貴様にもう一つ用がある」
オレ様は気を取り直して、鞄から紙切れを取り出すと、シンクに渡す。
「これは……回復薬のレシピか?いやただの回復薬じゃないな……っていうかレシピの材料がいくつか抜けてるじゃないか!?」
「それは不完全なレシピだからな」
シンクに渡したのは、古代の錬金術で作る事ができる秘薬のレシピだ。
この体に生まれ変わる以前の知識で書いたので、憶えていない部分がいくつかある。
普通に考えれば、そんな不完全なレシピで、学生のシンクが作れるわけがないのだが、あの錬金箒を作ったシンクならもしかしたら……。
「この薬をそのまま作るのは、俺には不可能だ」
シンクがはっきりと答える。
やはり無理だったようだ……。
「だけど、何に使うか教えてくれれば一部の効果くらいは出せるかもな」
「本当か?」
「まあ効果によるけどな」
少しでも可能性があるなら、シンクに任せてみたい。
「シンク・ストレイア、貴様に作って貰いたい薬がある」




