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第18話「はじめてのひと」

 三回目の試験の日から三日が経っていた。

 あの後、俺達は巨大な木のあった場所まで戻り、月光草を入手して学院へと戻った。

 それと木の上にあったキラービーの巣は、空になっていたため襲われるような事はなかった。

 おそらくあの時、シオンの超級魔法ですべて消滅したのだろう。

 

「それで……シオンとカティアさんは、なんで男子寮にいるんだ?」


 夕食を終えた後、寮の部屋で休んでいたら、シオンとカティアさんの二人が訪ねてきたのだ。

 夕食後の時間帯は、男子寮への女子生徒の出入りは禁止されているはずだ。


「実は男になったせいで、女子寮を追い出されちゃってさ~男子寮に住むことになったのよ」


 カティアさんは、軽い感じで言ってくる。

 二人は試験の後に魔法病院で診てもらったのだが、元の体に戻る方法は無いと言われたらしい。


「別に追い出さなくても、いいと思うけどな」


 好きで男になった訳じゃないのに、いくらなんでも二人がかわいそうだ。


「学院の規則ですから仕方ありません」

「まあ、そういうことね~」


 学院の規則に逆らえば、退学させられるので従うしかないのだが……個人的には納得できない。


「そんなわけで、アタシ達はシンク君の隣の部屋に引っ越して来たからよろしくね♪」

「わたくしが205号室、カティアさんが207号室です」

「えっ、いつの間にそんなことに!?」


 そんな話、全然聞いてないんだが……。


「まあさっき決まった事だしね……シンク君の両隣の部屋に空きができたから、そこに入ることにしたのよ」

「そうだったのか」


 つまり、俺の両隣の部屋の生徒は、試験に落ちたのか……。

 今回の試験は俺達も危なかったし……シオンが助けに来てくれなかったら、どうなっていたかわからない。

 ちなみにシオンは、パートナーが一人で試験の課題をこなして合格したらしい。

 さすがは剣聖の息子だ、その実力は本物だったようだ。


「そんな訳で、引越し手伝ってもらってもいいかな?」

「ああ、別に構わないぞ、女の子だけじゃ引越しも大変だろうしな」


 特に本とか、たくさんあると結構重いから一人で運ぶのは大変だ。

 二人とも魔法科だから、魔法関連の本はたくさん持っているだろうし……。


「いや~アタシ達はもう女の子じゃないんだけどねー、アタシなんてこんなに逞しい体になっちゃってるし」


 確かにカティアさんは、俺よりも筋肉がついていて男らしい体格をしている。


「別に二人が男になったって、女の子の時と変わらないよ」


 男になったからといって、友達との付き合い方を変えるつもりはない。


「ふーん、そうなんだ……じゃあチャンスあるのかな」


 よくわからないが、カティアさんはなんだか嬉しそうだった。


「シンク様は、どちらもいけるのですか?」


 シオンがいきなりそんな質問をしてくる。


「ああ、どっちでも行けるぞ……どっちの荷物から運べばいいんだ?」


 二人いるのに片方だけ手伝うなんてことは、俺はしない。


「……」


 シオンが何か言いたそうな顔で、俺を見てくる。


「どうかしたのか?」

「いえ、なんでもありません……天然というのは恐ろしいなと一瞬思っただけです」


 誰の事を言ってるのかわからないが、その人もシオンには言われたくないと思っているはずだ。


「それより運ぶなら早くしたほうがいい、深夜になったら寮に住んでる他の生徒にも迷惑がかかるからな」

「確かにそうですね、それでは荷物が多いカティアさんの方から運びましょう」

「ごめんねー、あ、荷物はもう寮の玄関に運んであるから」


 女子寮から運び出すと思っていたので、それなら少しは楽そうだ。

 ……そんな風に思っていた時期が俺にもありました。


「これは……」


 男子寮の玄関には、荷物の入った箱が山積みになって、入り口の扉を塞いでいた。


「あははーやっぱ多すぎかな?」

「ちなみに5分の4がカティアさんの荷物です」


 ほとんどカティアさんの荷物のようだ。


「いや、シオンさんの荷物が少なすぎるのよーこれが普通だって」

「カティアさんがそう思うなら、そうなんでしょうね……カティアさんの中では」


 カティアさんが普通かはともかく、これだけの量の荷物を二階の部屋まで運ぶのは結構大変だ。

 他に手伝ってくれる人がいればいいんだが……。


「そういえば、シオンのパートナーもこの寮にいるなら手伝ってもらえばいいんじゃないか?」


 男がもう一人いれば、運ぶのが楽になる気がする。


「彼は今この学院にいません、家の用事で明後日にならないと帰ってこれないそうです」

「いないなら、仕方ないか……」


 剣聖の息子だし、いろいろと忙しいのかもしれない。


「とりあえず運ぶか」

「そうですね」


 話してても仕方ないので、地道に荷物を二階の部屋へ運んでいく。


「ふぅ、結構重いな……」


 やっぱり荷物を持って、階段を何度も上がるのは結構疲れる。


「シンク様は、あまり無理しないでください」

「そうそう、手伝ってくれるだけでありがたいしねー」


 俺が荷物の入った箱を2個ずつ運ぶのに対し、シオンとカティアさんは3個ずつ運んでいた。

 なんだろう……男として二人に負けてる気がしてきた。


「二人は、わりと余裕そうだな……」


 シオンもカティアさんも、特に疲れた様子は無い。


「わたくしは、いつもハンマーを持ち歩いていますから、このくらいなら問題ありません」


 言われてみれば、シオンは戦闘の時に大きなハンマーを振り回してるし、やっぱり力があるのだろう。


「アタシは、見ての通りの体だからねー男になってから体力だけは上がった気がするよー」


 カティアさんは、そこいらの騎士科の男子生徒よりも逞しい体をしているし、見た目どおり力もあるのだろう。


「俺も負けてられないな」


 なんとなく二人に対抗心が沸いてくる。


「シンク君は無理しないほうがいいよー」

「そうです、シンク様は軽い荷物を運んでください」


 そんなこと言われたら、男として引き下がれない。

 二人に男の意地というやつを見せてやろう。


「二人になんか絶対に負けない!!」


 ――それから一時間後。


「二人には勝てなかったよ……」


 俺は、張り切りすぎて床に倒れていた。

 やっぱり無理をするのは良くないようだ。


「シンク様、大丈夫ですか?」

「だから無理しないほうがいいって言ったのにー」


 二人が心配そうに俺を見る。

 荷物は全部運び終わったが、結局運んだ数は俺が一番少なかった。


「でもシンク君が、がんばってくれたおかげで、思ったよりも早く終わったねー」

「後は自分達がするので、シンク様は部屋に戻って休んでください」

「すまない……そうさせてもらう」


 こんな状態で手伝っても迷惑だろうし、素直に休もう。


「シンク君、ありがとねー」

「シンク様、ありがとうございました」

「また何かあったら言ってくれ」


 二人と別れて自分の部屋に戻ると、俺はベットに寝転がる。


「ちょっと張り切りすぎたかな……まあ二人とも落ち込んでなくて良かったけど」


 男になって二人が落ち込んでいると思ったけど、思ったよりも大丈夫そうだ。

 でも、まさか二人が男子寮に住むことになるなんて思わなかった。

 男子寮と女子寮じゃ、結構違うだろうし、うまくやっていければいいけど……。


「それにしても、あの道化師はいったい何者だったんだろう……」


 リューゲと名乗った仮面の道化師……アイツがすべての元凶だったんだろうか?

 それとも、まだ裏に誰かいるのか?

 だとしたら、それはいったい……。





 気が付いて、時計を見ると午前2時だった。

 どうやらあのまま眠ってしまったらしい。


「トイレ行くか」


 尿意を感じた俺は、部屋を出て寮のトイレに向かう。

 寝ぼけた頭でトイレに入ると……。

 シオンがスカートを下ろして、綺麗なお尻を丸出しにして小便器の前に立っていた。


「あっ……」

「えっ……」


 そして時が止まる。

 なんで男子トイレにシオンがいるんだ!?

 いや、男子寮だから、ここには男子トイレしかないのか!!

 とりあえず……。


「するなら個室の方でした方がいいぞ」


 そっちなら座ってできるし、他人に見られる心配も無い。

 するとシオンも自分の過ちに気づいたのか、顔が真っ赤になっていく。


「み……」

「み?」

「見ないでください!!」

「ご、ごめん!!」


 俺は慌ててトイレから出る。

 どうやら寝ぼけてたせいで、シオンにも変な事も言ってしまったようだ。


「それにしても綺麗なお尻だったな……って何を言ってるんだ俺は!?」


 シオンのあんな姿を見たせいで、俺も混乱してるみたいだ。

 まずは落ち着こう。


「シ、シンク様、先ほどはいきなり怒鳴ってすみませんでした」


 赤い顔をして、シオンが恥ずかしそうにトイレから出てくる。

 初めて会った時は、裸を見られてもこんな顔しなかったのに……なんだかちょっとかわいいと思ってしまう。


「いや、俺も悪かったよ、ごめんな」


 寝ぼけていたとはいえ、すぐにトイレから出るべきだった。


「その……もう中に入っていいですよ」

「お、おう」


 俺は、気まずい空気のままトイレに入って用を済ませる。


 手を洗ってトイレから出ると、シオンがまだ立っていた。


「何かあったのか?」


 もしかして、やっぱりまだ怒っているのだろうか?


「シンク様に話しておきたいことがあるので、わたくしの部屋に来てくれませんか?」


 シオンは真面目な顔でそう言った。

 おそらく、さっきの事とは別件だろう。


「わかった、行こう」


 俺はシオンと一緒に、部屋の前まで移動する。


「では、どうぞ」


 シオンが扉を開けてくれたので中に入る。

 シオンの部屋は、生活する上で必要最低限の物しか置かれていないシンプルな部屋だった。


「あんまり物がないな」


 女の子の部屋だから、もっと小物とかヌイグルミとか、そういうのがあるのかと思っていた。

 もしかしたら、引越しの時に運ぶのが面倒だから、色々と処分したのかもしれない。


「以前は教団関連の物が色々とあったのですが、教団を追放された時にすべて返してしまいました」

「そうだったのか……」


 今のシオンは、もう女神教団の巫女ではないのだ。


「マルチウェポンに関しては、もうシンク様の物なので返す必要はありません」

「それは助かるけど……でも追放なんて、やりすぎじゃないか?」


 巫女じゃなくなったからって、教団から追放までする必要があるとは思えない。


「いえ、わたくしは、それだけの存在でしたから……巫女でなくなったわたくしは、教団にとって不要なのです」

「どういうことだ?」

「両親のいなかったわたくしは、教団の施設で育ちました」


 そういえば、女神教団には身寄りの無い子供達を保護する施設があるって聞いた事がある。


「そこで、わたくしは神官達に巫女になるための修行をさせられました」

「修行ってどんなことだ?」


 体中に重りつけて階段を上ったり、滝に打たれて瞑想したりしたんだろうか?


「薬品を打ち込まれたり、奇妙な機械の中に入れられたり、手術を受けたりしました」

「は?」


 あまりの予想外の内容に、間抜けな声が出てしまう。


「後はモンスターを殺したり、同じ修行を受けた子供達を殺したりもしました」


 表情一つ変えず、シオンは淡々と話し続ける。


「そんな日が何日も続き、一緒にいた子供達の数はしだいに減って……気づくとわたくし一人になっていました」

「なんだよそれ……」


 そんなもの修行でもなんでもない、ただの虐待……いや地獄だ。


「その後、わたくしはずっと暗い部屋の中に閉じ込められました、何日も、何日も……そしたら聞こえてきたんです、女神様の声が……」

「ふざけるな!!そんなもん修行でもなんでもないじゃないか!!なんでそんな事までして巫女になる必要があったんだよ!!」


 俺には、まったく理解できない。


「わたくしは、そのために生まれてきたんです……それだけが、わたくしの全てだったんです」


 シオンにこんな事を言わせる女神教団に、俺は激しい怒りを感じていた。


「シオンは知らないだけだ、人が何のために生まれてくるかなんて決まってない!!」

「いいえ、決まっているのです……女神様には人の運命が分かるのですから」


 シオンは、きっぱりと言い放つ。


「女神様は、その人がどういう運命を辿るのかわかるのです」

「つまり女神は、人の未来が見えるってことなのか?」

「はい」


 普通に考えたら信じられないが、古代魔法には、未来を予知する魔法というのも存在している。

 それに神と呼ばれる存在なら、それぐらいできてもおかしくない。


「だったら女神は、シオンが教団から追放されるってわかってたのか?」


 運命がわかるなら、その事だって知っていたはずだ。


「おそらく、これは女神様の罰なんだと思います」

「どういうことだ?」


 罰って……シオンは何か女神を怒らせるような事をしたのだろうか?


「わたくしはシンク様に嘘をついてました……シンク様を部屋に呼んだのも、この事を話しておこうと思ったからです」

「嘘ってなんだよ?」


 それが罰と何か関係があるんだろうか?


「シンク様は運命の人ではないのです……虚ろな運命を持つ者、それがシンク様です」

「虚ろな運命?」

「魂が定まらない者の運命は、女神様にもわからない……虚ろの状態なんです……シンク様には何か思い当たることがあるのでは?」


 確かに、思い当たることはある……。


「シオンは、何か知ってるのか?」

「わたくしは、何も知りません」


 自分でも確信しているわけではないし、今はまだ黙っておこう。


「そうか……それじゃあ、なんでシオンは俺に近づいたんだ」


 運命の人じゃないのなら、俺に近づいた理由が他にあるはずだ。


「不確定要素であるシンク様と『姫騎士の器』であるアーリアさんを、教団側に引き入れるためです」


 何か目的があると思っていたが、そういう理由だったのか。

 そうでなければ、俺に魔導機なんて渡す訳がない。

 俺を通じて、アーリアも教団に引き入れようとしていたのだろう。


「ですが、わたくしの本当の目的は違いました」

「本当の目的?」

「わたくしは、シンク様と関わることで自分の運命を変えたかったんです……それが女神様の怒りに触れてしまったんでしょうね」

「シオンの運命っていうのは、なんだったんだ?」


 シオンが変えたいと思った運命というのが、俺は気になった。


「次の巫女を産むことです、女神様の声が聞こえる子供が現れるまで、何人も……何人も……」


 それは自分が生んだ子供達に、自分が受けたのと同じ『修行』をさせるということだ。

 そんな運命、誰だって受け入れたくないはずだ。


「後から知ったのですが、わたくしの母親は先代の巫女だったそうです」


 だとしたら、母親もシオンと同じ『修行』を受けていたのだろう。


「シンク様、母はどういうつもりで、わたくしをあの施設に入れたかわかりますか?」


 俺は、何も答えない……いや答えられない。


「今のわたくしには、わかります……母はきっと壊れていたんです、わたくしと同じように、女神様の声でしか動けない……壊れた人形だったんです」


 シオンは無表情のまま、語り続ける。


「わたくしの運命は、あの森で黒いキラービーに刺された時に、確かに変わりました……男になり、巫女の力を失い、教団からも追放されました」


 男になったことでシオンの運命は確かに変わった……だけど、それがシオンの望んだ運命だったとも思えない。


「ですが気づいてしまったんです……自分が女神様の声無しでは行動できないことに、巫女でないわたくしは誰からも必要とされていない事に……だから最後に聞いた女神様の声の通りに動くしかなかったんです……」


 シオンが自分の試験を投げ出してまで俺達を助けに来たのは、そういう理由だったのか……。


「あの道化師が言っていたように、わたくしは壊れた人形だったんです……ガラクタだったんですよ」


 そう言って、シオンはにっこりと笑った。

 まるで壊れた人形のように……。


「シンク様、わたくしは壊れているんです……そんなわたくしでも本当に必要としてくれますか?巫女でもない、女ですらない、ガラクタのわたくしを必要としてくれますか?」


 シオンの抱えているモノは、他人がどうこうできる問題じゃない。

 でもシオンが何を求めているのか、俺にはすぐにわかった。


「俺が必要としてるのは、今ここにいるシオンだよ……壊れてるとか巫女とか女とか関係ない、俺はここにいるシオンが必要なんだ」


 そう言って、俺はシオンの頭を優しく撫でる。

 誰かから必要とされたい、自分を受け入れてもらいたい……。

 そんな人間なら誰もが思うようなことを、シオンは求めているのだと思う。


「シンク様……」


 すると、シオンの目から一滴の雫がこぼれた。

 その数はどんどん増えていき、滝のように流れ出てきた。


「人の手の平というのは、こんなにも温かいものなのですね……初めて知りました」


 きっと今まで誰かに頭を撫でてもらった事もなかったのだろう。

 そう思ったら、シオンの頭をもっと撫でてあげたくなった。


「シオンは壊れてなんかいないよ、ただ知らないだけなんだ……だから少しずつ知っていけばいい、俺やアーリア達と一緒にいれば、きっとそれがわかるはずだ」


 シオンはもっと知るべきなんだ、温もりや優しさや喜びを……。


「こんなわたくしでも、シンク様達と一緒にいていいんですか?」


 シオンは、自信の無さげな弱々しい声でそう呟いた。


「当たり前だろ」

「ありがとう……」


 シオンは泣きながら笑っていた。 


「シンク様は、わたくしの初めての人……初めてわたくしに温もりを教えてくれた大切な人です」


 その笑顔は泣いているはずなのに、シオンが今まで俺に見せた笑顔の中で、一番嬉しそうに見えた。


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