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第15話「シオンの特訓プログラム」

 次の日の朝。

 自分のクラスの教室に行くと、女子生徒が俺に話しかけてきた。


「シンク君、おはよ~」


 挨拶してきたのは、前に話しかけてきたギャルっぽい女子生徒だった。

 確かこの生徒の名前は……。


「おはよう、カティアさん」


 こんなこともあろうかと、事前に名前を調べておいたのだ。

 まあ出席確認の時に、教師に呼ばれた名前を覚えていただけだが……。


「おっ、アタシの名前、初めて呼んでくれたね~、忘れられてると思ったよ」

「そ、そんなわけないじゃないかー」


 すみません、完全に忘れてました。


「あ、それよりも聞いたよ~、シオンさんと一緒に闘技場にいたらしいじゃない?」


 昨日は、他の生徒達も闘技場にいたし、彼女の耳に入ってもおかしくはないか。


「それがどうかしたのか?」

「どうかしたって……シオンさんといったら女神教団の巫女だよ?滅茶苦茶美人でかわいいし、高嶺の花で有名じゃん!!」


 シオンって学院の生徒から、そんな風に思われているのか……。


「それで、いつから二人は付き合ってたの?」


 ただ一緒にいたから付き合ってるって、彼女の頭の中はどうなっているんだろう?

 そもそもあの時は、アーリアも一緒にいたんだが……。


「シオンはただの友達だよ」


 とりあえず、そう答えておく。


「なるほど、とりあえずキープってことか……」

「いや、違うから、すぐに恋愛に繋げるのやめろ」


 なぜ、彼女はすぐに恋愛に繋げたがるのか……。


「シンク君、男と女の友情は存在しないんだよ?」


 カティアさんは、なぜか真面目な顔で言ってくる。

 正直うざい。


「あー、そうですか」

「人がせっかくいいこと言ってるのに、適当だな~」


 適当なこと言ってるのは、おまえだろ!!……とツッコミたいがここは我慢だ。


「はい、これあげる」


 カティアさんから、いきなり飴玉を渡される。


「えっと……なんで飴玉?」


 意味がわからない。


「特に理由なんてないけど、飴あげるくらい普通っしょ?」


 そうなんだろうか……今までぼっちだったから、さっぱりわからない。

 そんなことを考えていると、教室の扉から担任のビヒタス先生が入ってくる。


「おっと、先生だ……そんじゃまたね~」


 軽く手を振るとカティアさんは、自分の席に戻っていった。


「う~ん、いったい何を考えてるんだか……」


 カティアさんから貰った飴玉を口に入れると、リンゴの味がした。





 放課後、俺とアーリアは闘技場の前で、シオンが来るのを待っていた。


「シオンの特訓って、いったい何するつもりブヒ?」

「さあな……」


 シオンは、特訓プログラムを用意するなんて言ってたけど、正直、何をするのか予想ができない。

 それから少しすると、シオンが走ってやってきた。


「すみません、お二人ともお待たせしました」

「俺達もさっき来たところだし、気にするな」


 そういえばシオンって、俺達とクラスが違うけど何科なんだろう?

 やっぱりハンマーを使うなら前衛だろうし、騎士科なんだろうか?


「ところでシオンって何科なんだ?」

「わたくしは魔法科ですよ、治癒魔法を専門に学んでいます」


 予想と全然違った。

 でも考えてみたら、巫女だし魔法科でもおかしくない気がする。


「それで、いったいどんな特訓をするブヒ?」

「その前に、お二人とも学生証は持ってますよね?」


 なんでシオンが、そんなことを聞いてきたのかわからないが、確か鞄の中に入っていたはずだ。


「ちょっと待ってくれ」


 学生証が無いと、学食や寮の食事を利用できないので、俺はいつも持ち歩いている。


「ほら」


 鞄から学生証を取り出して、シオンに見せる。


「これがないと飯が食えないから、オレもちゃんと持ってるブヒ」


 アーリアも鞄から学生証を取り出す。


「はい、なら大丈夫ですね……それでは行きましょう」


 そう言って、シオンは闘技場とは別方向に歩き出す。


「あれ、闘技場に入るんじゃないのか?」


 てっきり闘技場の前で待ち合わせたから、中で特訓すると思っていたんだが……。


「違いますよ」

「それじゃあどこに行くブヒ?」

「わたくし達が行くのは、『冒険者ギルド』です」


 そんな予想外の返答が返ってくる。


「冒険者ギルドって……困ってる人が依頼を出して、その依頼を冒険者が解決してくれる所ブヒ?」

「そうですね、その認識で間違いないと思います」

「ブヒヒ、シンクが教えてくれたから、ちゃんと憶えてるブヒ」


 どうやら筆記試験の時の勉強が、役に立っているようだ。


「だけど、なんで冒険者ギルドなんだ?」


 だいたい想像はつくが、あえて聞いてみる。


「先ほどアーリアさんが言ってましたが、冒険者ギルドは依頼するだけでなく、受ける場所です」

「やっぱりそういうことか……」

「どういうことブヒ?」


 アーリアは、まだわかっていないようだ。


「これからお二人には、冒険者ギルドの依頼を受けてもらいます」

「俺達、冒険者になるブヒ?」

「学院の学生証があれば、低ランクの依頼までは受けることができるんです」


 そういえば、そんな事を入学の時に教師の誰かが言っていたような気がする。


「学生証って、飯食うために必要なだけじゃなかったんブヒね」

「この学院を卒業した後に冒険者になる生徒もいますので、そういう生徒達のために冒険者ギルドで依頼を受けられるようにしたそうです」


 ようするに冒険者を目指す生徒のために、学生のうちから依頼を受けられるようにしたってことか。


「ただし、学生証が使えるのは、この学院があるアリアドリ街だけです……そしてギルドランクはDまでしか上がりません」


 普通の冒険者とは違い、いろいろと制限があるようだ。


「ギルドランクって何ブヒ?」

「ギルドランクは上からS、A、B、C、D、E、Fの七つがあり、ランクによって受けられる依頼が決まっているんです」

「ようするに俺達学生は、いくらがんばってもDランクまでの依頼しか受けられないってことだな」


 冒険者として稼ぐにはBランクは必要って言われてるし、学生の実力を考えれば、そんなものだろう。


「なんかしょぼいブヒ」

「それでも依頼を達成すれば報酬が貰えますから、収入源の少ない学生にはいいかもしれませんよ?」


 これは、最近金欠の俺にはありがたい話だ。

 稼ぐことができれば、いろいろと欲しい素材が買えるかもしれない。


「よし、やろう!!」

「シンクが急にやる気になったブヒ!?」


 報酬がもらえるとわかったら、なんだか急にやる気が出てきた。


「よし、それじゃあ冒険者ギルドまで行くぞ!!」


 俺は冒険者ギルドに向かって、走り出す。


「ま、待つブヒ~!!」

「シンク様がやる気になってくれて、わたくしは嬉しいです」





 冒険者ギルドは、東通りにある宿屋の近くにあった。


「ここが冒険者ギルドブヒ?」

「はい、そうです」


 大きな建物だが、見た目はどうにも古く感じる。

 おそらく昔から、この街にあったのだろう。


「それでは、中に入りましょう」


 シオンの後に続いて、俺達が冒険者ギルドの中に入る。

 ギルドの中は、冒険者らしき男達が雑談したり掲示板を見たりしていた。

 女性も数人いたが、やはり冒険者は男性の方が多いようだ。


「結構人がいるブヒね」

「それだけ仕事があるってことなのかもな」


 魔王が倒されて平和になったといっても、モンスターは存在してるし、人間による犯罪が無くなった訳ではない。

 冒険者に依頼をしたい人間は、まだたくさんいるのだろう。


「では、受け付けで依頼を受けましょう」

「わかった」


 シオンに案内され、ギルドのカウンターへと向かう。

 そこには、屈強そうな中年の男が立っていた。

 スキンヘッドで鋭い目つきをしている。

 どちらかというと、受付というより冒険者側の人間に見える。


「すみません、わたくし達、依頼を受けたいのですけど……」

「その制服、学院のやつらか……学生証は持ってるのか?」

「はい、こちらをどうぞ」


 シオンと一緒に、俺とアーリアも学生証を見せる。


「本物ようだな……んっ、この名前もしかして、おまえが行方不明事件を解決したって学生か?」


 突然そんなことを言われる。


「そうブヒ、シンクが解決したブヒ」


 そして、なぜかアーリアが答える。


「ほう、おまえのような学生がな……」


 中年の男は、鋭い目で品定めするように俺を見てくる。


「冒険者ギルドでも調査はしてたんだが、まさかこんな学生に先を越されるとはな」

「たまたまですよ……」

「たまたまで解決できたら苦労しねぇんだよ!!謙虚すぎるのも嫌味に聞こえるから気をつけな」


 なぜか怒られてしまった。


「事件を解決できなかったくせに偉そうなやつブヒ、いいからさっさと依頼を受けさせろブヒ」


 アーリアは、恐れも知らずに中年の男に言い返す。


「嬢ちゃん言うじゃねえか……まあその通りだな、登録してくるから少し待ってろ」


 中年の男は俺達の学生証を持って、カウンターの奥に行ってしまった。


「アーリア、これから依頼の手続きするんだから、相手を怒らせるようなこと言うなよ」

「……わかったブヒ」


 あの中年の男を怒らせて、アーリアが殴られたりしないか心配だ。


「大丈夫ですよ、シンク様……何かあったら教団の力で黙らせるので、問題ありません」

「その発言が問題だよ!!」


 それから五分くらいして、中年の男が戻ってきた。


「ほらよ、ついでにおまえ達が受けれそうな依頼も持ってきてやったぞ」


 学生証と一緒に、一枚の紙を渡される。

 その紙には、いくつかの依頼内容が書かれており、依頼主はすべてアリアドリ騎士魔法学院となっていた。

 どうやら学生用に、学院が依頼を出しているようだ。


「それでは、この『キラービーの針十本の納品』をお願いします」


 シオンが紙に書かれた依頼の一つを選ぶ。


「わかった、キラービーは街の南の森に出るからそこで狩るといい……キラービーは単体ではそこまで強くないが、集団になるとやっかいだから気をつけろよ」

「はい、ありがとうございます」

「それとそこのおまえ、事件を解決したからって、あまり調子に乗るなよ」


 鋭い目で、中年の男に睨まれる。


「は、はい」


 別に調子に乗ってるつもりは全然無いのだが……。

 冒険者ギルドの依頼を解決されたのが、そんなに気に食わないのだろうか?


「シンク、そんなハゲ構ってないで早く行くブヒ」

「おい、アーリア!?」


 中年の男の方を見るが、特に気にしていないようだ。


「それでは、失礼しました」


 俺達はカウンターを後にし、冒険者ギルドから出る。


「まったく、怒らせるようなこと言うなって言ったろ?」

「だって、なんかアイツ気に入らないブヒ」


 そんな子供みたいな事を言う。


「向こうも気にしていなかったみたいですし、今は依頼を済ませましょう」

「そうだな」


 今は依頼の事を考えよう。


「確か、キラービーを退治するんだよな?」


 キラービーというのは、30~50センチくらいの大きな蜂のモンスターだ。

 攻撃さえ当たれば簡単に倒せる相手だが、飛んでいるので攻撃を当てにくいのが難点だ。


「はい、その変わり特訓として、シンク様のマルチウェポンは弓だけに限定させていただきます」

「俺、弓を使ったことないんだけど……」


 特訓だとしても、いきなりそれは厳しい気がする。


「大丈夫です、戦闘前にわたくしが教えますから」


 それでも、すぐに実戦っていうのはやっぱり不安だ。


「シンク様一人で戦うわけではありません、アーリアさんも一緒なのを忘れないでください」


 そうだ、これはアーリアとの連係を高めるための特訓でもあるのだ。


「シンクはオレが守るから大丈夫ブヒ」


 アーリアは俺の不安に気づいたのか、そんな事を言ってくる。


「わかった、やってみる」


 アーリアにそんなこと言われて、やらない訳にはいかない。


「アーリアさん、今言ったこと忘れないでくださいね」

「もちろんブヒ」


 別にアーリアに守ってもらうつもりは無いのだが、まあいいだろう。


「それじゃあ行くか、確か街の南の森だったな……」





 俺達は街の南口から外に出ると、街道の向こうに森が見えた。


「あそこの森みたいブヒね」

「行ってみよう」


 街道を歩き、森の入り口まで移動した所で、シオンが立ち止まる。


「シンク様、森に入る前に一度弓を使ってみましょう」

「そうだな、頼む」


 俺は、マルチウェポンを弓の形態に変形させる。


「あ、でも俺、矢を持ってきてないぞ?」


 弓を使うのには、矢が必要だ。

 普段弓を使わないので、用意するのを忘れていた。


「わたくしが持ってきています、こちらをお使いください」


 シオンは鞄から、筒に入った矢の束を取り出すと、俺に渡してきた。


「ありがとう、シオンは用意周到だな」

「シンク様には、弓の特訓をしてもらうつもりでしたから」


 シオンは最初から、俺に弓を使わせるつもりだったようだ。


「それでは、弓を構えてみてください」

「こ、こうか?」


 弓を持った人間をイメージし、自分の記憶を頼りに弓を構える。


「悪くないですけど、もう少しこちらの方に腕を持ってきてください」


 正しい構え方を教えるために、シオンの体が俺に密着する。


「そして指をこうですね、矢をこう持って……」


 シオンの髪から、なんだかいい香りがしてくる。

 それに、柔らかい胸が体に押し付けられて……。


「なんだか顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」

「お、おう」


 落ち着け、シオンは俺に弓の扱い方を教えてくれているだけだ、意識する必要は無い。

 心を無にするんだ……。

 無に……。

 むに……。

 おっぱいむにむに……。


「……という訳で、シンク様わかりましたか?」

「すまない、もう一度頼む」


 やっぱりダメだったよ……。

 結局何度か教えてもらい、なんとか矢を射ることができるようになった。


「待たせて悪いな、アーリア」

「……別にいいブヒ」


 そう言いつつも、アーリアは不満そうな顔をしていた。

 どうやら、待たせた事を怒っているようだ。

 報酬を貰ったら、アーリアに何かおごってやろう。


「それより終わったなら、早く行くブヒ」

「ああ、そうだな」


 俺達は、森に入るとキラービーを探して歩き回る。

 しばらく歩いていると、花が咲いている広場のような場所に出た。


「あそこにいるな」


 キラービーが四匹、俺達から離れた場所にある大きな花に止まっていた。


「それではアーリアさんが前衛で戦い、シンク様が後衛から弓で援護してください」

「わかった」


 まだ弓をうまく扱える自信はないが、やってみよう。


「アーリアさんは、後衛のシンク様に敵が行かないようにしてください」

「言われなくても、わかってるブヒ」


 アーリアは、まだ機嫌が悪いようだ。


「ところで、シオンはどうするんだ?」

「わたくしはシンク様の後ろで、指示を出します」

「一緒には戦ってくれないんだな」

「すみません、わたくしが一緒に戦うと特訓にならないので……」


 確かにシオンが一緒に戦ったら、強すぎて特訓にならないだろうし仕方ない。


「オレがいるんだから、大丈夫ブヒ」

「おう、頼りにしてるぞ」

「……まかせるブヒ」


 ちょっと機嫌が直ったっぽい。


「それではシンク様、先制攻撃をお願いします」

「わかった」


 俺は草むらから狙いを定めると、四匹いるうちの一番距離が近いキラービーに向かって矢を射る。

 すると運よく頭部に命中し、キラービーは地面へと倒れた。


「やった!!」


 だが他の三匹が気づき、こちらに向かって飛んでくる。


「シンクの方には行かせないブヒ!!」


 アーリアが草むらから飛び出すと、キラービーへと向かっていく。


「これでもくらうブヒ!!」


 アーリアは鞘から剣を抜くと、素早い動きでキラービーの体を斬り裂き、一匹仕留める。

 しかし残った二匹のキラービーが、俺の方に向かって飛んでくる。


「やらせないブヒ!!」


 アーリアは残ったキラービー達をすぐに追いかけ、背後から斬りつけて仕留めていく。

 そして、二匹のキラービーの死体がアーリアの足元に落ちてくる。


「どんなもんブヒ!!」


 俺の方を見ながら、アーリアは自慢げに言う。


「やるじゃないか、アーリア!!」


 成長しているとは思ったが、アーリアがここまで戦えるようになっているとは思わなかった。

 シオンと戦った時は、相手が悪かっただけなのだろう。


「それじゃあ、キラービーの死体から針を抜いておくか」


 キラービーの死体に近づこうと、草むらから出ると……。

 森の奥の方から、ブーンという奇妙な音が聞こえてくる。


「この音はまさか……」


 嫌な予感がしてくる。


「お二人とも気をつけてください!!」


 シオンの声と共に森の奥から現れたのは、キラービーの集団だった。

 数は十匹、さっきの倍以上だ。


「ここは逃げた方がいいかもな……」


 その時、背後からもブーンという音が聞こえ、キラービーの集団が現れる。

 数は同じく十匹だが、その中に一匹だけ黒いキラービーが混ざっていた。


「マジかよ……なんか黒いのもいるんだが」


 黒いキラービーなんて聞いたことがないが、新種か何かだろうか?

 どちらにしろ、これでは逃げられそうにない。


「後ろのキラービーは、わたくしが相手をします、シンク様はアーリアさんの援護をお願いします」


 シオンはそう言うと、大きなハンマーを手に持ち、後ろから迫るキラービーの集団に向かっていく。

 シオンの強さなら、一人でも大丈夫だとは思うが……なんとなく黒いキラービーの事が気になる。

 だが、今は自分のするべき事をしよう。


「アーリア、援護するから囲まれないように戦うんだ!!」

「わかったブヒ!!」


 アーリアは、キラービーに囲まれないように動き回り、近づいてきたキラービーを剣で斬りつける。

 俺は、そんなアーリアに近づこうとするキラービーを狙い、矢を放って援護する。

 そうやって、一匹、二匹、三匹とキラービーを倒して数を減らしていく。


「これならなんとか……」


 そう思ったのも束の間、キラービー達は突然方向を変えると、俺の方に向かって飛んでくる。

 どうやらアーリアを狙うのをやめて、俺を先に倒すつもりのようだ。


「ちっ、落ちろ!!」


 俺は、キラービー達に向かって何度も矢を射るが、素早い動きで回避される。


「くそっ、なんで当たらないんだ!!」


 苛立ちと焦りで、思ったように矢が飛んでいかない。


「シンクは、やらせないブヒ!!」


 キラービー達を追いかけてアーリアが走る。

 すると、キラービーの一匹がアーリアの方を向き、針を突き出して襲い掛かる。


「危ないブヒッ!!」


 アーリアは、それをギリギリで回避する。

 その間に、残ったキラービー達が俺に近づいてくる。

 あの速さでは、今から走っても逃げ切れないだろう。


「やるしかないか」


 鞄から小型爆弾を取り出して投げつけるが、それも回避される。

 俺は覚悟を決めて、マルチウェポンを弓から槍に変形させる。

 今は特訓がどうこう言ってる場合じゃない。


「アーリアさん、街を出る前にあなたが言ったことを思い出してください!!」


 離れた場所から、シオンが叫ぶ。

 アーリアが言っていた事って、確か……。


 『シンクはオレが守るから大丈夫ブヒ』


「そうブヒ……オレがシンクを守るブヒ!!」


 アーリアは自分を襲ってきたキラービーを素早く斬りつけると、まるで矢のような速度で加速し、俺に近寄るキラービーを背後から剣で貫いた。

 そして、恐ろしい勢いで他のキラービー達を次々と斬りつけていく。

 その動きは、今までのアーリアとはまったく違う、まるで別人のようだ。


「すごい……」


 アーリアの動きに思わず息を飲む。


「あれが、アーリアさんの本気です」


 俺の隣にシオンがやってくる。

 どうやらシオンの方は、無事に終わったようだ。


「昨日手合わせした時、アーリアさんは本気を出していませんでした……いえ、出せなかったんでしょう」

「どういうことだ?」


 もしかして、シオンはアーリアの体が『姫騎士の器』だと気づいているんだろうか?


「アーリアさんは無意識のうちに力を加減してしまい、本気を出せないのだと思います……強すぎる力に本能が拒否しているのかもしれません」


 それが本当なら、アーリアのオークの本能が、姫騎士の力を恐れて拒否しているのかもしれない。


「ですが、きっかけがあれば本能よりも意志が優先されるみたいですね……よほどシンク様の事を大事に思っているのでしょう」

「えっ?」


 なんでそこで俺の名前が出てくるんだろう?


「シンク様を守りたいという意志が、アーリア様の本気の力を引き出したんだと思います」


 つまり、アーリアは俺を大事なパートナーだって認めてるって事か。

 それなら、俺だって同じだ。


「シンク、大丈夫ブヒ!?」


 キラービーを倒したアーリアが、俺の元に駆け寄ってくる。


「ああ、アーリアのおかげだ」


 キラービーの集団が現れた時は、さすがに焦ったが、アーリアのおかげで助かった。


「ありがとな」


 アーリアの頭に手を乗せ、優しく撫でる。

 すると、アーリアは嬉しそうに下品な笑みを浮かべる。


「ブヒヒ、もっと撫でるブヒ♪」


 そう言って、自分から頭を近づけてくる。

 そんなアーリアが、なんだか犬っぽくて、かわいく思えてくる。


「仲良くしてるところ、すみませんが、またキラービーが現れても困るので、針を回収して森を出ませんか?」


 確かに、キラービーがまた現れても面倒だし、早く森を出た方がいいだろう。


「わかった」

「仕方ないブヒね」


 俺が撫でるのをやめると、アーリアは少し残念そうな顔をした。


「それじゃあ、キラービーの針を回収して……」


 話してる途中、シオンの腕から血が出てる事に気づく。


「シオン、怪我してるじゃないか!?治癒魔法はどうしたんだ?」


 このくらいの怪我なら、治癒魔法で簡単に治るはずだ。


「それが治癒魔法が効かなくて……おそらく、あの黒いキラービーの針には、何か特別な力があったのでしょう」


 シオンは怪我の痛みも顔に出さず、冷静に話す。


「治癒魔法が効かないって言うなら、俺が薬で治療する、アーリアは今のうちにキラービーの死体から針を集めておいてくれ」

「わかったブヒ!!」


 針を入れるための袋を持つと、アーリアは駆け出していく。


「このくらいの怪我なら気にしなくても……」

「ダメだ、女の子なのに傷痕が残ったらどうするんだよ!!」


 俺は鞄から薬を取り出し、シオンの腕を無理矢理掴んで治療する。

 そんな俺を、シオンは不思議そうな顔で見ていた。


「せっかくこんな綺麗な肌をしてるんだから、シオンはもっと自分の体を大切にしろ」

「……すみません」


 血を綺麗に拭き取り、傷口に薬を塗ってから包帯を巻く。

 黒いキラービーが毒を持っていた可能性もあるので、念のため解毒剤も飲ませておく。


「街に戻っても血が止まらないようなら、魔法病院で見てもらった方がいいぞ」

「はい……」


 シオンはそれだけ言うと、俺から離れていく。

 治療するためとはいえ、強引にやりすぎたかもしれない。


「シンク、針を集めてきたブヒ」


 アーリアの手に持った袋には、キラービーの針が十五本以上入っていた。

 これなら依頼の数に、十分足りるだろう。


「そういえば、黒いキラービーの死体はあったか?」


 死体を調べれば、シオンの傷に治癒魔法が効かない理由がわかるかもしれない。


「黒いのは見てないブヒ」

「おそらく、まだ生きていて逃げたのでしょう……すみません、わたくしのミスです」


 逃げられてしまったなら、仕方がない。


「シオンの倒したキラービーはみんな潰れて滅茶苦茶だったブヒ、あんな状態で普通生きてるなんて思わないブヒ」


 確かに、シオンの大きなハンマーで攻撃されたら、普通のキラービーなら一撃で粉砕されるだろう。

 それでも生きてるなんて、あの黒いキラービーはいったい……。


「もう夕方ですし、早く戻りましょう」


 いつの間にか、空は夕焼けで赤くなっていた。


「そうだな、今日はもう戻ろう」


 シオンも怪我をしているし、早く街に戻った方がいいだろう。


「それじゃあ帰るブヒ」


 黒いキラービーの事が気になりつつも、俺達は森を出て、街へと戻るのだった。


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