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第14話「夜の訪問者」

 

 俺とアーリアの前には、大きなハンマーを持ったシオンが立っている。


「突然現れたけど、そのハンマーどうなってるんだ?」


 さっきまでそんな物を、シオンは持っていなかったはずだ。


「透過魔法で見えなくしていただけですよ?女性がハンマーなんて持って歩いていたら、目立ちますから」


 確かにその通りかもしれないが、いろいろと予想外すぎる。

 シオンの儚げで神秘的な雰囲気からは、ハンマーを使うなんて普通は想像できない。


「でもそんな武器で戦ったら、シンクが大怪我するブヒ」


 アーリアの中では、自分じゃなくて俺が怪我することが前提になっているようだ。


「闘技場の戦闘用スペースには、ダメージ無効化の魔法が発動していますから、大丈夫です」

「どういうことブヒ?」

「つまり、いくら殴っても斬っても怪我しないってことだ」


 無効化できるダメージに上限はあるが、普通に武器で戦う分には問題ないだろう。

 ちなみに最初の試験の時は、この魔法は無効化されていた。


「ならいくら攻撃しても、問題ないブヒね」

「ですが、痛みはそのまま感じるのでご注意ください」


 ダメージを無効化できても、痛みまでは無効化できない仕様になっているのだ。


「どうせなら、痛みも無効化できるようにして欲しいブヒ」

「それじゃあ訓練にならないだろ……痛いのが嫌なら、相手の攻撃を避けろって事だ」


 まあ俺も痛いのは、正直嫌だけど……。


「それでは、そろそろ始めましょう……準備はよろしいですか?」

「やってやるブヒ!!」


 なぜかアーリアはやる気のようだ。


「いきなり対人戦って、もっと武器に慣れてからでもいいんじゃないか?」


 正直、まだマルチウェポンの扱いがよくわかっていない。


「大丈夫です、痛いだけで怪我はしませんから」

「そういう問題じゃない」


 どうやらシオンに話しても無駄なようだ。

 だけど、アーリアの訓練の成果を試すにはいいかもしれない。


「……わかった、こうなったら俺もやってやる!!」


 俺は、槍の形態のマルチウェポンを構える。


「アーリア、相手はハンマーだ、武器で受け止めないで避けた方がいい」


 あの大きさでは、アーリアの剣で受け止めるのは無理だろう。


「わかったブヒ」

「それでは、いきますよ……」


 そう言うと、シオンが大きなハンマーを持って近づいてくる。


「こっちも行くブヒ!!」

「おい、いきなり突っ込むな!!」


 アーリアは剣を持ったまま、シオンに向かっていく。

 その動きは、以前よりもずっと素早い。


「くらえブヒ!!」


 アーリアが、手に持った剣でシオンを斬りつける。


「動きは悪くないですね」


 するとシオンはその攻撃を、素早く後ろに下がって回避する。


「ブヒッ!?」

「ですが……もう少し考えて攻撃するべきです」


 シオンは、アーリアに隙ができた所を狙って、大きなハンマーを振り回す。


「回避ブヒ!!」

「無理です」


 アーリアは急いで避けようとするが、間に合わない。


「ブヒィィィィ!!」


 ハンマーが直撃したアーリアは、下品な鳴き声と共に吹き飛ばされた。


「アーリア、おまえの死は無駄にはしない」


 地面に倒れるアーリアを見ながら、そう呟く。


「死んでないブヒ……」


 アーリアのツッコミはさておき、シオンの身のこなしだと、こちらから普通に攻撃しても回避されるだろう。


「それなら……」


 俺は槍を構えたまま、ハンマーになるように念じる。

 すると槍の形をしていた武器は、ガシャンと機械がぶつかる音をたてハンマーへと変化した。


「ハンマーですか」


 ハンマーを構えて、シオンが攻撃してくるのを待つ。

 あの大きなハンマーなら、攻撃した後に大きな隙ができるはずだ。


「なるほど、守りからのカウンター狙いですか……」


 攻撃力の高いハンマーなら、当たればシオンを一撃で沈められるかもしれない。


「その選択はハズレですね」


 するとシオンは、その場でハンマーを振り回し始める。


「えっ!?」


 そして、高速でハンマーを振り回して回転しながら、突進してくれる。


「ちょっ、そんなのありかよ!?」


 その予想外の攻撃方法に、俺は対応できず吹き飛ばされる。


「うわぁぁぁぁ!!」


 俺もアーリアと同じ様に地面に倒れるのだった。

 その後も、俺達は何度もシオンに挑んだが、結局一度も体に攻撃を当てることができなかった。


「そろそろいいでしょう……こちらに来てください」


 何度もハンマーで殴られて痛む体を引きずり、俺達はシオンの元に集まる。


「戦ってみてわかったのですが、お二人とも身体能力は高いようですね、特にアーリアさんは鍛えればかなり伸びそうな感じがします」

「そうブヒ?」


 シオンの言うとおり、アーリアは短期間でかなり動きがよくなったし、まだまだ強くなりそうな感じがする。


「ですが、もう少し考えて戦う事も憶えた方がいいと思います」

「ブヒ……」


 アーリアは何も考えずに、すぐ突っ込みたがるので、そこは直した方がいいと俺も思う。


「シンク様は、マルチウェポンの扱い方を理解すれば、今以上に戦闘の幅が広がると思います」

「ああ、帰ったら説明書を読んでみるよ」


 全部読んで理解するのは大変そうだが……。


「そしてここからが本題なのですが、お二人ともパートナーなのに個人で戦っている感じがします」

「そう言われると……そうかもな」

「お二人はパートナーなのですから、もっと協力して戦った方がいいと思います」


 確かにさっきの戦闘では、全然アーリアと協力していなかった気がする。

 アーリアがやられても、自分が一人でなんとかすればいい……そんな風に考えていたかもしれない。


「オレもそういう事は、全然考えて無かったブヒ……」


 アーリアも反省しているようだ。


「パーティーでの戦闘は連係が大切です……今後の試験でも、きっと重要になってくるでしょう」

「それじゃあ、どうすればいいブヒ?」

「そこで、わたくしの出番です」


 なんでだよ……と思いつつも、マルチウェポンの件もあるし、一応聞いてみることにする。


「わたくしが、次の試験までお二人の特訓をお手伝いします」

「えっ!?」


 この娘は、突然何を言い出すんだろうか?


「失礼ですが、連係の取れない今のままでは、今後の試験を乗り越えるのは難しいと思います」

「それは……」


 さっきシオンに負けたばかりなので、言い返せない。


「そこでわたくしが、とっておきの特訓プログラムを用意致します!!」

「いや、そんなこと言われてもなぁ……」


 なんだか嫌な予感がするんだが……。


「今なら無料で、女神教団の巫女が付いてきますよ?」

「それ、おまえだろ」


 俺は、アーリアの方を向いて意見を求める。


「シオンは、俺達より強いブヒ……だから特訓を手伝ってもらえば、今よりも強くなれるかもしれないブヒ」


 アーリアが言うように、シオンは俺達よりも強い……。

 アーリアに、いつまでも基礎訓練ばかりさせてる訳にもいかないし、ここはシオンに頼んでみるのもありかもしれない。

 それに、これからマルチウェポンを使っていくなら、知っている人間がいた方がいいだろう。

 だがシオンには気になる事がある。


「シオンが強いのは、聖王教団の巫女だからなのか?」

「はい、これも修行で身についた力です」


 巫女の修行をしたら、あんな風にハンマーを振り回せるようになるんだろうか?


「巫女の修行って、どんな感じなんだ?」

「いろいろですよ、この学院に通うのも修行ですしね」


 シオンの言う修行というのは、本当に巫女と関係あるものなのだろうか?


「じゃあ運命の人とか言って、俺を助けるのも修行なのか?」

「それは……修行ではありません、女神様の……いえ、わたくしの意志です」

「なら、シオンは俺に何を求めてるんだ?」


 俺は、シオンをただの不思議ちゃんな巫女だとは思っていない。

 今日戦ってみて、シオンはあきらかに普通ではないと感じた。

 何か目的があって、俺に近づいていると思うのだが……。


「わたくしは、何も求めてはいません」


 その表情からは、何も読み取れなかった。


「シンク、さっきからシオンに質問ばっかりブヒね……何か気になることでもあるブヒ?」

「いや、別に……ちょっと気になっただけだ」


 おそらく俺達の『敵』ではないと思うので、今はまだ様子を見ておくか……。


「それじゃあアーリアは、シオンに特訓を手伝ってもらうのは、賛成ってことでいいのか?」

「問題ないブヒ、強くなるためなら、今はよくわからない女だって利用するブヒ」


 本人の前で、よくわからない女とか利用するとか言うなよ。

 シオンの方を見るが、特に気にした様子はない。


「それじゃあシオン、頼んでいいか?」

「はい、おまかせください」


 シオンは笑顔でそう答えた。




 その日の夜。

 俺は寮の自分の部屋で、シオンから貰ったマルチウェポンの説明書を読んでいた。


「うーん……専門用語が多くて、いまいち理解するのに時間がかかりそうだな」


 これが魔導書なら、もっと簡単に理解して読み進めることができるのだが、魔導機関連は専門外なのでどうしても時間がかかってしまう。

 とりあえず、基本的な使用方法はわかったが、メンテナンスの仕方も理解しておかなければ……。

 その時、寮の部屋の窓をコンコンと叩く音が聞こえてくる。

 

「何の音だ?」


 気になって近づいてみると、仮面を被った女子生徒が窓にぶら下がっていた。

 ちなみにここは寮の二階だ。

 俺は窓を開けると、仮面の女子生徒……カリンに話しかける。


「えっと……カリン何やってんだ?」

「久しぶりですね、シンクさん」


 カリンは窓にぶら下がったまま、普通に挨拶を返してきた。


「とりあえず中に入れよ」

「それではお邪魔します」


 このまま話すわけにもいかないので、カリンを部屋に入れる。


「ここがシンクさんの部屋ですか、私の魔導機によると卑猥な本の隠してある場所は……」

「おまえ、人の部屋に入ってきて、いきなり何やってんだ!!」


 思わず掴みかかってしまう。


「そういう反応をするという事は、やっぱりこの部屋にあるんですね」

「なっ……」


 どうやら、カリンの罠に引っかかってしまったようだ。

 よく考えみたら、魔導機にエロ本を探す機能なんてある訳なかった。


「そ、そんなことより何しに来たんだよ?」

「まあシンクさんの性癖には興味無いのでどうでもいいんですが……実は聞きたい事がありまして」


 どうでもいいなら最初から言うなよ!!……とツッコミたい所だが、これ以上エロ本に触れられたくないので黙っておく。


「シンクさんの好物はなんでしょうか?……あっ、シンクさんの隠してる本のオカズ的な意味ではなくて」

「わかってるよ!!」


 行方不明事件が終わってから、カリンとは初めて会ったが、どうやら元気なようだ。


「まったく……もう体の調子はいいみたいだな」

「はい、まだ戦闘はできませんが、普通に生活する分には問題ありません」


 ソフィーが言っていた通り、大丈夫なようだ。


「そうか、心配してたけど良かったよ」

「そうですか……」

「あっ、昨日は弁当ありがとうな、サンドイッチおいしかったよ……カリンって料理できるんだな」

「別にたいしたモノではありません」

「ソフィーの弁当いつも作ってるって聞いたけど、料理得意なのか?」

「普通です」


 なんだろう……仮面を着けていて表情はわからないが、カリンの態度が急に素っ気無くなった気がする。


「私の事よりも、シンクさんの好きな料理について教えてください……お嬢様が知りたがっているので」

「えっ?」

「なんでも、シンクさんを後悔させるほど美味しい料理を作るそうです」


 どうやらソフィーは、俺のために本当に料理を作ろうとしているようだ。


「あのお嬢様が、誰かのために料理を作るなど、普通では考えられない事なんですよ?」

「まあソフィーに、そういうイメージはないけど……」


 見た目だけなら、料理をしてても全然おかしく無いし、ちょっと言いすぎな気がする。


「これはお嬢様が、普通の女の子としての幸せに気づくチャンスなんです……相手がシンクさんというのが少々気になりますが、まあいいでしょう」


 いいなら、言わないで欲しい。


「確かにソフィーは普通の女の子では無いと思うけど……そんなに気にするほどのことか?」

「お嬢様は、少々特殊なので……」


 ソフィーは古代魔法とか使えるし、きっと昔から魔法ばかり勉強して、女の子らしい事をあまりしてこなかったのだろう。


「ソフィーにも色々あるってことか……」

「ですから、そんなお嬢様のためにもシンクさんの好きな料理を教えてください」

「えっと、ハンバーグかな」


 昔、母が作ってくれたハンバーグが俺は好きだった。


「なるほど……わりと普通ですね」

「変な料理言っても、おまえだって困るだろ?」

「そうですね、女体盛りとか言ってたら殺してました」


 この仮面の女、怖い。


「ほら、教えたしもういいだろ」

「そうですね……って、これは?」


 そう言って、カリンは俺がさっきまで読んでたマルチウェポンの説明書を拾い上げる。


「ああ、それは最近知り合ったやつから貰った、魔導機の説明書だ」


 俺は、ベットの下からマルチウェポンを取り出してカリンに見せる。


「これは、マルチウェポン……」

「魔導機持ってるし、やっぱりカリンは知ってるのか?」

「私が知ってるのは、これよりも古いタイプの物ですけど……こんな物を持ってる知り合いとは何者ですか?」


 せっかくだからシオンの事を、カリンに聞いてみるか……。

 もしかしたら、俺の知らない情報を知っているかもしれないし。

 俺はシオンと出会ってからの事を、簡単に説明した。


「なるほど……シオン・フォルアードですか」

「カリンは、シオンを知ってるのか?」

「ええ、女神教団の巫女がいるのは、この学院でも有名ですから……」


 有名だったのか……教室ではぼっちだったから、生徒に関しての情報は全然知らなかった。


「お嬢様といい、そんな人にまで目を付けられるとは……シンクさんには何かあるのかもしれませんね」

「いや、俺は普通の学生だぞ?」

「普通の学生は、教団の巫女に運命の人とか言われませんよ」

「それはそうかもしれないけど……」


 でも俺は、自分がそんな特別な存在だとは思っていない。

 少なくとも、女神教団の巫女に運命の人と言われるような人間ではないはずだ。


「まあ、あまり深くは関わらない方がいいでしょう」

「どうしてだ?」


 やっぱりシオンには、何かあるんだろうか?


「巫女というのは教団にとって特別な存在なんです、女神教徒でもないシンクさんが巫女のシオンさんと仲良くする事を、快く思わない連中もいるかもしれません」


 要するにそういう連中が、俺に何かしてくるかもしれないって事か……。


「例えばシオンさんのパートナーとか……」

「シオンのパートナーって、どんなやつなんだ?」


 そういえば、シオンからパートナーの話は一度も聞いていない。


「『剣聖』の息子です、こちらの方も学院では有名なのですが、知らなかったんですか?」

「マジかよ……」


 『剣聖』というのは、グラーネ聖王国最強の剣士の称号だ。

 そして、その剣聖は聖王騎士団の団長でもある……。


「自分のパートナーの女性が、運命の人とか言って、別の男性と親しくしていたらどう思うんでしょうね?」


 カリンが、そんなことを言ってくる。

 ようするに剣聖の息子が、シオンを取られて怒ってるかもしれないって事だろう。


「その剣聖の息子っていうのは強いのか?」

「騎士科で一番強いと言われてます、単純な一対一の戦いでは、私やシンクさんではまず勝てないでしょうね」


 どうやら剣聖の息子という肩書きだけでなく、実力も本物のようだ。


「まあ彼も女神教徒なら巫女の意志を無視できないでしょうし、シンクさんがシオンさんに手を出さない限りは大丈夫でしょう」

「だといいけどな……」


 そんなやつとはできれば、争いたくない。


「それでは、私はそろそろ行きますね」

「ああ、またな」


 カリンは、俺に背を向けて窓に手をかけたところで、立ち止まる。


「カリン?」

「言い忘れてましたが……あの時、私を庇ってくれてありがとうございました!!そ、それだけです!!」


 そう言うとカリンは、窓から飛び降りて出て行った。

 おそらく、あの時というのは行方不明事件の犯人から庇った時のことだろう。

 もしかして、本当はお礼を言うのが目的で俺の所に来たのだろうか?


「……そんなわけないか」


 俺は窓を閉め、マルチウェポンの説明書を手に取ると再び読み始めた。


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