第13話「運命の人」(挿し絵あり)
俺が目を覚ますと、目の前に薄紫色の綺麗な長い髪をした少女の顔があった。
その顔は、どこか儚げで神秘的な感じがする。
「目が覚めましたか?」
少女は俺の顔を覗き込むようにして、見下ろしている。
その時、俺は彼女がさっき泉から現れた裸の少女だという事に気づく。
ちなみに今は、俺と同じアリアドリ騎士魔法学院の制服を着ている。
どうやらこの娘も、同じ学院の生徒だったようだ。
「えっと……」
いまいち現状が、飲み込めない。
それに、頭になんだか柔らかい感触がある。
「まだ痛みますか?治癒魔法はかけておいたのですが……」
少女はそう言うと、俺のおでこに優しく触れる。
「あの……もしかして今の俺って、膝枕されてる?」
「はい、そうですけど?」
少女は「だから何?」って感じの顔をしている。
見ず知らずの男に膝枕するなんて、いったい何を考えているのだろう?
「女の子が、知らない男に気安く膝枕なんてするもんじゃないぞ」
そう言って、俺は起き上がる。
「ごめんなさい……」
すると少女は、しょんぼりした顔になる。
なんだか罪悪感が……。
「いや、その、助けてくれたんだよな……ありがとう」
「いえ、お気になさらないでください」
今思ったら、この娘の裸を見てしまったんだから、俺が謝らないとダメなんじゃないか?
「その……さっきは、見ちゃってごめん!!」
少女に向かって頭を下げる。
「いえ、わたくしもあなたの大事なモノを、見させていただきましたから」
「えっ!!」
俺は、思わずズボンのチャックを調べてしまう。
「しんく……」
突然、少女が俺の名前を呼ぶ。
もしかして、俺の知り合いだったのだろうか?
「綺麗な真紅の瞳をしているのですね……前髪が長くて最初は気づきませんでしたが、とても珍しいモノを見させていただきました」
「えっと、大事なモノって……もしかして俺の目の事か?」
「はい、そうですけど?」
少女は「それが何か?」って顔をしている。
なんだろう……この娘、不思議ちゃんってやつなんだろうか?
「わたくしは、シオン・フォルアードと申します……あなた様のお名前を教えていただいても、よろしいでしょうか?」
随分と丁寧な話し方をする娘だ。
もしかしたらシオンは、どこかいい所のお嬢様なのかもしれない。
「俺は、シンク・ストレイアだ」
「シンク様ですか……もしかしてあの行方不明事件を解決したお方ですか?」
どうやらシオンにも、噂が伝わっているようだ。
「えっと、まあそんな感じかも」
本当の事は言えないので、そう答えておく。
「そうでしたか……やはりあなたが、女神様が言っていた『運命の人』なのですね」
シオンは、突然意味不明なことを言い出す。
「ちょっと何言ってるか、わからないんだが」
女神とか運命の人とか……なんだろう、関わっちゃいけない気がする。
「申し訳ありません、説明していませんでしたね……わたくしは、『女神教団の巫女』なのです」
このアルクラン大陸には、『女神』『竜神』『海神』『獣神』『魔神』の5体の神が、それぞれの国にいると言われている。
グラーネ聖王国には、『女神』。
アルキメス王国には、『竜神』。
マリネイル王国には、『海神』。
今は亡き、フリスティア王国には、『獣神』。
そして魔国アビスフレイムには『魔神』。
それぞれの国は基本的に、自分の国の神を崇拝しており教団が存在する。
そして俺が今いる聖王国に存在する教団が、女神を崇拝する『女神教団』だ。
教団の中でも巫女というのは特別な存在で、なんでも神の声を聞くことができるらしい。
「それじゃあ、女神のお告げでもあったっていうのか?」
「はい、この泉で運命の人に出会うと……」
「なんだよそれ……」
なんだか、すごく嘘っぽい。
……というか俺が運命の人っていう時点でおかしい。
「だいたい、それならなんで水浴びなんてしてたんだ?」
「泉で体を清めていたのです」
それって確か、禊と呼ばれる行為だったか……。
「なるほど、それで裸だった訳か……でもなんで人が来るってわかってるのに、そんなことしてたんだ?」
「それは……正確な日時については、女神様も言っておられなかったもので、少々油断していました」
そう言うと、シオンはばつが悪そうにしていた。
「じゃあ俺が、運命の人じゃない可能性もあるんじゃないか?」
特に日にちが決まっていないなら、別の日にここに来た人間だっているかもしれない。
「いえ、最近は毎日この場所に来ていましたし、出会った人間はシンク様が初めてです、それに……」
他にも何かあるのだろうか?
「女神様は、真紅の瞳の少年と言ってました」
この大陸でそんな人間は限られている。
今考えついたデタラメで言っているのか、それとも……。
「シンク様?」
今の情報だけじゃ、考えてもわからないか……。
「えーと、それじゃあなんで、教団の巫女が学院にいるんだよ?」
「学院にいるのは修行のためです」
巫女っていうのは、修行のために学院にまで通うものなんだろうか?
そもそもこの娘は本当に、女神教団の巫女なのか……。
「……という訳でシンク様は、運命の人なのです」
「たぶん夢でも見て、勘違いしたんじゃないか?」
崇拝してる人間の前では言わないが、女神なんて実際に存在するかもわからないモノの言葉なんて、信じられない。
「確かに、眠ることで女神様の声を聞くことができますが、あれはただの夢ではありません」
「って言われてもな……」
正直、面倒な事には関わりあいたくない。
「俺が運命の人だとして、シオンはどうするつもりなんだ?」
もしかして、恋人とか結婚とか、そういうアレなんだろうか?
「シンク様をお助けします、何か困ってる事があったらおっしゃってください」
運命の人だと助けるとか、いまいち意味がわからない。
これなら「女神様に言われた運命の人だから結婚しなければなりません」とかの方がまだ理解できた。
「そんな事言われてもな……」
「わたくし、なんでもお助けしますよ?」
いきなりそんなこと言われても、正直困る。
「シンク様のお力になりたいのです、どうぞなんでも言ってください」
シオンはそう言って、俺の手を握ってくる。
そして俺に顔を近づけ、綺麗な紫色の瞳でまっすぐと見つめてくる。
「えーと……」
何か言わないと、これは帰ってくれない気がする。
「それじゃあ、実は今、自分の使う武器について悩んでるんだけど……」
とりあえず、武器についてシオンに相談してみる。
こんなことシオンに相談しても、どうにもできないだろうし、きっとあきらめるだろう。
そう思っていたのだが……。
「たぶんシンク様には、得意な武器なんて無いんだと思います」
悪気がまったく無い顔で、直球な事を言ってくる。
「そ、そうか……」
事実だけど、はっきり言われるとちょっと傷つく……。
「そして、苦手な武器も無いんだと思います」
「どういうことだ?」
シオンは、いったい何が言いたいのだろう?
「確証が無いので、まだはっきりとは言えません……まずは闘技場に行ってみましょう」
シオンの言葉が気になった俺は、一緒に裏山を降りて、闘技場に向かうことにした。
闘技場に着くと、空はすでに薄暗くなっていた。
それでも闘技場には、まだ何人か訓練をしている生徒達がいた。
「それでは、わたくしが武器の申請をしてくるので、少々お待ちください」
「あっ、俺も行くよ」
シオンは闘技場のカウンターに行くと、片手剣、槍、斧、短剣、両手剣、鞭、爪など、俺が一通り試した武器を申請をして借りる。
「闘技場で借りれる武器は、全部試したけど……」
「わたくしの前で、もう一度使ってみてくれませんか?」
とりあえず、言われたとおりに闘技場にある練習人形相手に武器を使っていく。
「ふむふむ、なるほど……」
シオンはそんな事を言いながら、ずっと俺の事を見ていた。
そして一通り武器を使い終わる。
「それで、何かわかったのか?」
「はい、おそらくシンク様はたいていの武器ならある程度は扱えますが、どれもずば抜けた才能や適正はないと思われます」
わかっていた事だけど、才能や適正が無いって言われるのは、やっぱりいい気はしない。
「それってようするに器用貧乏って事だろう」
「そうなりますね……ですが、それはある意味才能なのですよ」
「まあ、そうかもしれないけど……」
そんな才能に、いったい何の意味があるというのだろう?
そういうモノは結局、一つの優れた才能の前には霞んでしまう。
「シンク様、戦い方は一つの武器を使うだけではないのです、戦いの状況に合わせて変更できる……そんなシンク様にぴったりな武器を、わたくしは知っております」
「そんな武器が存在するのか?」
いったいどんな武器なのか、俺には想像もつかない。
「はい」
シオンは、はっきりとそう答える。
どうやら嘘ではないようだ。
「明日の放課後、シンク様のもとにお持ちしますね」
「えっ、でも……」
本当にシオンに頼んでしまっていいのだろうか?
シオンには怪しい点がいくつもある。
それに……。
「わたくしはシンク様をお助けしたいのです、ですからどうか気にしないでください」
シオンが俺に向ける、よくわからない好意……どうにも、それが苦手だった。
俺は少し考えてから……。
「うーん……わかった、それじゃあ頼む」
このまま断っても、シオンは引き下がらないような気がしたので、持ってきてもらうことにした。
ここで断って、付きまとわれたり、いきなり教室に押しかけられたりしても困るしな……。
それに、本当にそんな便利な武器があるなら、見てみたいという気持ちもある。
「はい、それでは明日の放課後、闘技場の前でお待ちしています」
「ああ、わかったよ」
「それでは、明日の準備がありますので、わたくしはこれで……」
「おう、また明日な」
シオンは俺に向かってお辞儀をすると、闘技場を出て行った。
明日、いったいどんな武器を持ってくるつもりなのだろうか……。
そして、次の日の放課後。
俺はアーリアと一緒に、闘技場の前まで来ていた。
一人で行こうと思ったのだが、アーリアが教室まで来たので、シオンの事を説明して一緒に行くことにしたのだ。
「その女が、シンクの武器を持ってくるブヒ?」
「俺の武器になるかどうかは、まだわからないけどな」
そんな事を話していると、大きなトランクを持ったシオンがこちらに向かって走ってくる。
「はぁはぁ……すみません、遅れてしまいました」
肩で大きく息をしている所を見ると、よほど急いで来たのだろう。
「別にいいよ、俺達も今来たところだし」
「この女が、シンクの言ってた教団の巫女ブヒ?」
「あら、そちらの方は……?」
シオンは俺の隣にいるアーリアに視線を向ける。
「えっとこいつは俺のパートナーで……」
「アーリアブヒ」
俺の言葉を遮って、アーリアがそう答える。
「コイツも一緒でいいかな?」
「構いませんよ、シンク様のパートナーなら、わたくしにとっても関係ありますから」
そう言って、シオンはにっこりと笑う。
「わたくしはシオン・フォルアードと申します、アーリアさんよろしくお願いします」
「よろしくブヒー」
特に何事も無く、二人の自己紹介が終わる。
アーリアがブヒブヒ言ってる事にたいして、シオンは特に気にしていないようだ。
「それでは、お二人とも闘技場の中に移動しましょう」
俺達は闘技場の中に入ると、人がいない隅の方に移動する。
「それで、そのトランクに入っているのがそうなのか?」
「はい、今開けますね」
シオンが大きなトランクを開くと、機械的な感じがする弓と腕輪が入っていた。
「なんだか変わった感じのする弓ブヒね」
「もしかして、俺にあってる武器っていうのは弓なのか?」
確かにまだ弓は試してないけど、素人に簡単に扱える武器とは思えない。
「これは、この武器の一つの姿に過ぎませんよ」
「どういうことだ?」
「この武器は『マルチウェポン』……魔導機です」
魔導機という事は、カリンが使っていたあの仮面と同じ物か。
「わたくしのおさがりですが、良かったら使ってみてください」
「おさがりって、シオンはこの武器を使ってたのか?」
「ええ……ですが、わたくしにはうまく使いこなせなかったので、シンク様が使ってください」
シオンはそう言うと、トランクに入っていた腕輪を渡してきた。
「わたくしのデータは消去してあるので、まずはシンク様のデータをその腕輪に登録してください」
「えっと、どういうことだ?」
言ってる意味がよくわからない。
「腕輪を着ければ、自動的に登録が始まるので、まずは腕輪を着けてみて下さい」
「お、おう」
言われたとおり、右手に腕輪を着けてみる。
すると腕輪から声がしてくる。
『使用者ノデータヲ登録シマス』
「なんかしゃべってるブヒ!!」
「大丈夫なのかこれ?」
魔導機に関しては、あまり知識が無いので少し不安になってくる。
「大丈夫ですよ、しばらくすれば登録は完了しますから」
腕輪からは、ジジジジと機械音が鳴り響く。
それから一分後。
『データノ登録ヲ完了シマシタ』
「シンク様のデータが登録されたようですね」
「こ、これでいいのか?」
自分ではよくわからない。
「はい、それでは武器を持ってみましょう」
シオンに言われるままに、トランクに入っている弓を手に持ってみる。
「それでは、その弓が槍になるように念じてみてください」
「あ、ああ……」
もしかして、この弓が念じるだけで槍になるんだろうか?
とりあえず、槍になるように念じてみる。
「……」
すると、ガシャンガシャンと金属がぶつかるような音をたてて、弓の形をしていた武器が槍へと変形する。
「す、すごいブヒ!!」
「ほ、本当に槍になった!?」
自分の持っていた武器が、まったく違う武器になった事に驚く。
こんな物を持ってるってことは、シオンはおそらく本当に教団の巫女なのだろう。
一般の生徒が、こんな物を持っているとはとても思えない。
「これが魔導機『マルチウェポン』です、一つの武器で三つの形態の武器を扱うことができます」
「それじゃあ、弓と槍の他にも、もう一つ使える武器があるんだな?」
「はい、そのマルチウェポンには『弓』『槍』『ハンマー』の三つがセットされています」
『弓』『槍』『ハンマー』か……バランス的には悪くないと思う。
「本当は好きな武器を組んでカスタマイズできるのですが、今は他のパーツが無いもので……すみません」
「もしかして、この魔導機はマリネイル王国で造られた物なのか?」
確かカリンの使っていた魔導機も、マリネイル王国の物だったはずだ。
「はい、ですからこの国ではパーツを揃えるのは難しいと思います」
「でも……この武器、本当に俺が使ってもいいのか?」
今更だが、この魔導機はとても高価な物のような気がする。
シオンが巫女だとすると、おそらく女神教団で使っている魔導機なのだろうが、それを昨日会ったばかりの俺に渡していいのだろうか?
「教団側には、もう許可は取ってありますから、ご心配なく」
「そうなのか?」
一日で許可が下りるなんて、巫女というのは、思ったよりも教団内で権力を持っているのかもしれない。
「女神様の意思です……と言ったらあっさり許可がでました」
「女神様便利だな」
巫女が「女神様の意思です」って言えば、教団はなんでも許可してくれるのだろうか?
「ですから、お気になさらず使ってください」
「まあそういうなら……」
許可まで取ってもらったようだし、せっかくだから使ってみる事にする。
「それと、説明書があるので渡しておきますね」
シオンから分厚い本を3冊も渡される。
「お、おう……」
なんだか難しそうだけど、後でちゃんと読んでおこう。
「メンテナンスの仕方がよくわからなかったら、わたくしに言ってくださいね」
「ああ、その時は頼む」
「それでは実際に使ってみましょうか」
そう言って、シオンは闘技場の空いている戦闘用スペースに向かって歩いていく。
「ほら、お二人ともこちらに来てください」
「お、おう」
「行くブヒ」
シオンの後ろに続いて、俺とアーリアも戦闘用スペースに移動する。
「アーリアさんは、武器を持ってきてますよね?」
「ちゃんといつも身に着けてるブヒ」
アーリアは、ベルトに装着している剣をシオンに見せつける。
「なら、大丈夫ですね」
すると、突然シオンの手元に大きなハンマーが現れる。
「それでは実戦で試してみましょうか」
「えっと、もしかして……」
嫌な予感がする。
「お二人の実力、わたくしが測らせていただきます」