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第10話「黒い槍」

 俺とカリンは、街外れにある家の前まで来ていた。

 表札には、ティルマ・ルーストと書かれている。


「若いのに一軒家とか、もしかして金持ちなのか?」

「街外れですし、それなりに安い物件だったのかもしれません」


 見た感じ家も古そうだし、もしかしたらそうなのかもしれない。

 あまり大きくもないし、部屋は二つでトイレと風呂場があるといった感じだろう。


「それじゃあ行くぞ」

「はい」


 俺は家の扉をノックする。


「すみません、誰かいませんか?」


 扉の前でしばらく待ってみるが、誰も出てくる様子はない。


「誰も出てきませんね?」


 扉を引いてみたが、鍵がかかっているようだ。


「もしかして、出かけてるのかな?」

「まあ開けてみればわかりますよ」


 そう言うと、カリンは扉の鍵穴に針金のようなモノを入れる。

 するとカチャリという音が聞こえてきた。


「開きましたね、古い家なので簡単でした」

「すごいな……どこでそんなの憶えたかは今は聞かないでおくよ」

「そうしてもらえると助かります」


 正直犯罪の香りがするけど、今は緊急事態なので深くは追求しないでおく。


「それじゃあ私が先頭で行きますから、シンクさんは後ろからついて来てください」


 俺はこういう事に慣れてないし、ここは騎士科のカリンに先頭をまかせるのが正解だろう。


「わかった」


 カリンは扉を開き、玄関に入ると居間へと移動していく。

 なるべく足音を立てないように、カリンの後をついていく。

 途中に別の扉があったが、おそらくトイレなので後回しでもいいだろう。

 居間に入ると、これといって特におかしな所はないように見える。

 カリンは魔導機を使って、部屋の中を調べているようだが特に何も言ってこない。


「……」


 すると、カリンは無言で台所の方に向かって歩き出す。

 俺もついて行くと、台所には四つの大きなゴミ袋が置かれていた。

 カリンはゴミ袋の中を開くと、何かを確認しているようだった。

 俺はカリンの後ろから袋の中を覗くと……。


「これは……」


 そこには、黒くてドロドロした何かが詰まっていた。

 なんだか生臭い変な臭いがする。

 これが何なのか俺にはわからないが、カリンにはわかっているのだろうか?


「カリン、これが何かわかるのか?」

「……」


 俺が小声でそう聞いても、カリンは黙ったまま何も答えない。

 仮面をつけているので表情もわからないし、カリンにはこれが何かわかっているのだろうか?

 結局カリンは無言で四つのゴミ袋を確認すると、台所から出て行った。

 俺もその後について行く。

 その時、玄関の方から物音が聞こえてきた。


「っ!?」


 するとカリンは素早い動きで隣の部屋の扉を開けて、こっちに来る様に合図してくる。

 俺は急いで隣の部屋に移動すると、カリンはすぐに扉を閉めた。

 部屋の中はカーテンが閉められ薄暗くなっており、足元にはたくさんの衣服が散らばっていた。

 部屋の奥の方には大きな鏡が置いてあり、近くにあったクローゼットが開いていたので、なんとなく中を覗く。

 そこには人の形をした皮がいくつもあり、ハンガーにかけられていた。


「こ、これはっ!?」


 おそらく行方不明者達の皮だろう。

 この街で行方不明になった人数より皮の数が多いが、たぶんこの街以外の女性のモノも混じっているのだろう。


「どうやらティルマ・ルーストは、確実に黒のようですね」


 そう言って、カリンはベルトの二つの短剣を抜く。

 そして部屋の扉が開くと同時に、入ってきた人物に斬りかかった。


「っ!!」


 部屋に入ってきた紫色の長い髪をした女性は、声を出す間もなくカリンの短剣に体を切り裂かれる。


「カリン!?」

「まだです!!」


 カリンは女性を蹴り飛ばすと、倒れた女性の喉に向かって短剣を突き刺そうとする。

 だがその瞬間……女性は包帯を巻いた左手で、カリンの腕を掴んでいた。


「うふふ、まさか本当にここまで辿り着くなんて……正直驚いたわ」

「ちっ!!」


 カリンは掴まれた左手を振りほどくと後ろに下がり、女性と距離を取る。

 すると、さっきカリンがいた場所に、黒い槍が突き刺さっていた。


「あら、避けられたわね……まあいいわ」


 女性はそう言うと、何事もなかったように立ち上がる。

 カリンに斬られた部分からは女性の肌とはあきらかに違う、毛深い男性の肌が見え隠れしていた。


「あんたが、ティルマ・ルースト……いや、行方不明事件の犯人か?」

「くっくっく、今の私はティルマよ……でもトリスにもハンナにもネネにも、皮さえあれば何にでもなれる……もうじきシェーナにもなれるわね」


 ティルマは邪悪な笑みを浮かべる。

 どうやらこの人物が犯人で間違いなさそうだ。


「お嬢様は、いったいどうしました?」

「お嬢様……ああ、私の大事な美少女コレクションの左手を斬り落としたあのガキね……さあ、どうだったかしら?台所のゴミ袋にでも入ってるんじゃない?」


 ゴミ袋には、黒いドロドロした物体しか入っていなかったはずだ。


「どういう意味だ?あの中には黒いドロドロした物体しか入ってなかったはずだ」

「あら、あたなは知らないのね……あのドロドロした汚い物体が皮の中身なのよ」


 それじゃあ、台所にあったあのゴミ袋の中身は行方不明になった女性達の……。


「この槍で中身を取り出して、皮を使えるようにするのに約三日かかるのよ……いちいち待つのが面倒なのよね」


 だから犯行が三日おきだったのか……。

 おそらくあの黒い槍も、前に見た黒いナイフと同じ、禁忌の錬金のような特別な力が付与されているのだろう。


「まったくあなた達が来るなら、回収なんて待たずに生ゴミの日にちゃんと捨てておくべきだったわ」

「おまえはっ!!」


 ティルマのその言葉に怒りを感じた俺は、鞄から小型爆弾を取り出す。

 するとその手をカリンに掴まれる。


「シンクさん、相手の挑発に乗ってはいけません」


 そうだ、冷静にならないと……。

 まだやつから、聞き出さなければいけない情報があるはずだ。


「いいのよ、かかってきてくれても?男の皮なんていらないけどね♪」

「おまえは……おまえはいったい何者なんだ?」


 おそらく中身は男なんだろうが、何者なのかはわからない。


「本当の私には名前も顔も無い、この槍と引き換えに道化師に引き渡したの……」

「道化師って誰だ?」


 もしかしたら、そいつがこの事件の黒幕なのか?


「さあ、私も何者かは知らないわ……それよりさっさと始めましょう、その女に斬られて私も久しぶりに戦いたくなっちゃったわ!!」


 ティルマは左手に巻いた包帯を外し、黒い槍を構える。

 そのゴツゴツした男の手には、不気味な髑髏のタトゥーが彫られていた。


「あのタトゥーは……奴は私が相手をしますので、シンクさんはお嬢様を探してください」

「でもソフィーは……」

「お嬢様はまだ皮にはされていません、魔導機で確認しましたが、あの袋の中にお嬢様はいませんでした」


 それならソフィーは、まだ生きているかもしれない。


「だけどカリン一人で、どうにかなるのかよ?」


 カリンが俺より強いのは確かだが、相手はあの黒い槍を持っている。


「おそらくやつは傭兵団の人間です……だとしたらシンクさんではどうすることもできません、足手まといになるだけです」


 傭兵団……マリネイル王国にいる武装集団、戦闘のプロと呼ばれている連中だ。

 確かにそんなやつが相手では、俺ではどうすることもできない。


「ならカリンだって……」

「私だって、これでも傭兵団の人間だったんです……だから、なんとかしてみせます!!」


 そう言うと、カリンはティルマに向かって斬りかかっていく。

 ティルマは黒い槍を振り回して、カリンの素早い斬撃を受け止める。


「ひゃっはー、よく見たらいい乳してるじゃない!!その仮面の下が美人だったら、私の美少女コレクションに加えてあげるわ!!」

「お断りします、死んでください」


 カリンは、ティルマから一旦距離を取ったと思ったら高速で動き、ティルマの周りを動き回って翻弄しながら、斬撃を加えて少しずつ皮を剥いでいく。

 そんなカリンを狙って、ティルマの激しい突きが放たれるがギリギリで回避する。


「見てないで、早く行ってください!!」

「お、おう!!」


 どう見ても、俺が割り込めるような状況ではない。

 大人しくソフィーを探したほうが良さそうだ。


「無事でいてくれよ……」


 俺はまだ調べていなかった扉を開けて、中に入る。

 するとそこは風呂場だった。


「こんな所にソフィーがいるわけ……」


 とりあえず閉まっていた浴槽の蓋を開けてみる。

 すると浴槽の中には、黒いドロドロとした物体を腹から流している全裸の女性が入っていた。


「っ!!」


 驚きならがも、女性の顔を確認するとソフィーではなかった。

 おそらくこの人がシェーナなのだろう。

 俺はシェーナを浴槽から引きあげ、息をしているかどうか確認する。


「生きててくれ……」


 すると僅かだが、息をしているようだった。

 しかし、どうやったらこの黒いドロドロを止められるのかわからない。


「こうなったら一か八かだ!!」


 俺は調合した回復薬を鞄から取り出して、黒いドロドロが噴き出す傷口にぶっかけ包帯を巻きつける。

 これでどうにかなるかはわからないが、このまま何もしないよりかはマシなはずだ。


「まずは、この人をここから避難させないと……」


 風呂場の窓を開けると、シェーナを担いで外に出る。

 シェーナに俺の制服の上着を着せて、道の真ん中の目立つ所に置くと、閃光弾を空に向かって投げる。

 まだ外が明るいので、気づいてくれる人がいる可能性は低いけど、今はこれしかない。


「誰か気づいてくれ……」


 俺はシェーナを外に置いたまま、玄関から家の中に戻る。

 今度はトイレと思われる扉を開けるが、中はやっぱりトイレだった。

 念のため便器の蓋を開けて調べてみても、中には誰も入っていなかった。


「さすがに、ここにはいないか……」


 他に調べられる場所も無いため、俺は急いで居間に戻る事にした。

 俺は勢いよく、居間の扉を開ける。

 するとそこには顔以外の皮が剥がれて、毛深い筋肉質な男の体が露になったティルマが立っていた。

 そして、その近くで仮面が外れて脇腹を押さえるカリンが膝をついていた。


「カリン!!」

「くっくっく、その女はもうおしまいよ♪この槍の呪いを受けたら後は皮になるだけ……」


 カリンの脇腹からは、シェーナと同じ黒いドロドロした物体が流れ出ていた。


「まあ、そんな顔に傷のついた醜い皮なんていらないけどね!!」


 そう言いながらティルマは槍をカリンに突き刺そうとする。


「やらせるか!!」


 その瞬間、俺の投げた閃光弾がティルマの目の前で光を放つ。

 そのせいでティルマはバランスを崩し、槍が床に突き刺さる。


「うおぉぉぉ!!目がぁ!!目がぁ!!」


 こんな至近距離で使えば、しばらくは目が見えないはずだ。

 だが元から目の見えないカリンには、なんの影響もない。


「カリン、そのまま突き刺せぇぇぇ!!」


 俺がそう叫ぶとカリンは立ち上がり、勢いよく短剣をティルマの腹に突き刺した。


「ぐはぁ!!」


 カリンがティルマの腹部から短剣を引き抜くと、血が噴き出す。


「ぐほぉ!!こ、この俺がこんな小細工にぃ!!」


 ティルマは腹から血を流しながらも、自分の顔についていた最後の皮を自ら引き剥がす。


「なっ!?」


 そこから現れたのは、ただれた黒い皮膚に目や口が滅茶苦茶な並びで無数にある異形の顔だった。

 その顔は魔族とはあきらかに違う……この世界のモノとは思えない異様な形をしていた。


「ぐへへ、皮を取っちまえば目くらましも無効だ!!誰も俺の邪魔はさせねぇ!!」


 そう叫ぶと、カリンを突き飛ばし床から槍を抜く。

 さっきまでとはあきらかに口調が違う、どうやらこっちが本性のようだ。


「カリン!!」


 ティルマは倒れたカリンに向かって、槍を向ける。

 俺はベルトのナイフを抜くと、カリンを守るようにして前に出る。


「バカがっ!!貴様も皮になれ!!」


 ティルマの黒い槍は、俺の持っていた短剣を砕き、脇腹に突き刺さる。

 

「ぐわぁ!!」

「ちっ、短剣で急所をずらしたか!!」

「シンクさん!!」


 黒い槍が俺の脇腹から引き抜かれると、黒いドロドロ……ではなく血が噴き出してきた。


「ど、どういうことだ……なぜおまえには呪いが効かない!?」


 どうやら俺には、皮になる呪いが効かないようだ……。

 ティルマが動揺している今がチャンスだ。

 だが思ったよりも傷が深くて、思うように体に力が入らない。


「普通の人間なら、この呪いから逃れるすべはないはず、もしかしておまえは……」


 その時、爆音と共に居間の壁が破壊される。


「な、なんだ!?」

「やはりおまえ達か……どうやら、二人とも生きているようだな」


 破壊された壁の向こうには、小柄な金髪のツインテールの少女が……ソフィーがいた。


「ソフィー!?」

「お嬢様!?」

「な、なぜ貴様がここに!?」


 予想外だったのか、ティルマも慌てているようだ。


「街に着いたら怪しい光が見えたのでな……何かと思って来てみたら、なるほど、そういうことか」


 ソフィーは一度目を閉じ、次に開くと冷酷な瞳でティルマを睨みつけた。


「まずはあの時できなかった、その腕を斬り落としてやろう」


 ソフィーの右手が、急に燃え上がり炎が剣の形になる。


「これがアビスフレイムの炎の剣だ」


 ソフィーの右手には、燃え盛る炎の剣が握られていた。


「じょ、上等だ!!貴様もこの槍で皮に……」

「黙れ」


 どんな魔法を使ったのか、ソフィーは一瞬でティルマに近づくと、炎の剣でティルマの左手を斬り落とす。


「ぐえぇぇ!!」

「まず一つ」


 続けて右手に向かって炎の剣を振りかざす。


「させねぇ!!」


 ティルマは槍を使って、ソフィーの炎の剣を防ぐ。

 だが……。


「脆いな」


 ソフィーがそう言うと、黒い槍は炎の剣によって二つに折れる。


「な、なんだとぉ!!」


 続けてソフィーは、ティルマの右手を斬り落とした。

 斬り落とされた両手は、炎に包まれて消滅する。


「ぐおぉぉぉ!!俺の手がぁぁ!!」

「これで貴様はもう二度と槍を持てまい……まあその槍も折れてしまったがな」


 ソフィーは、腕を失ったティルマの体を一方的に斬り刻んでいく。

 斬り落とされた部分は、炎に包まれて消滅していく。


「お、俺がこんなガキに一方的に……」

「貴様には魂すら不要だ、すべて燃え尽きろ」


 そして、最後に残った異形の頭部にソフィーの炎の剣が突き刺さると、そこから炎が広がり燃え上がる。


「俺が消えるぅ!!俺がぁぁ!!ぐおぉぉぉぉぉぉ!!」


 絶叫と共にティルマは……名前も知らない異形の顔をした男は消滅した。


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