第9話「犯人探し」
俺達が食堂を出ると、ボンデがちょうど帰ってきた。
「あらシンク君、こんな時間にどうしたの?」
「実は聞きたい事があって……今起きてる行方不明事件について教えてくれないか」
「何かあったの?それにそっちの仮面の人は誰?」
「実は……」
俺はソフィーが行方不明になって、探していることを手短に伝える。
「ようするに私の時みたいに、面倒事に巻き込まれたわけね」
「自分で、面倒事とか言うなよ……」
「うふふ、それじゃあ女将さんに言って、ちょっと時間をもらってくるから少し待っててね」
ボンデはそう言うと、カウンターの奥にある扉に入っていった。
すると隣にいたカリンが話しかけてくる。
「前に、今の人と何かあったんですか?」
「まあ、ちょっとな……たいした事じゃないよ」
さすがにボンデとサラサの件を、話すわけにはいかない。
まあ言ったところで、信じてもらえるかわからないが。
「そうですか、まあいいですけど……」
仮面を着けていて表情はわからないが、あまり気にしてはいないように感じる。
それから少しして、ボンデが戻ってきた。
「それじゃあ私の部屋に行きましょうか、ついて来てちょうだい」
「ああ」
俺達はボンデの後に続き、案内された部屋に入る。
「それで、行方不明事件について聞きたいんだっけ?」
「ああ、犠牲者や犯人について知ってることがあったら教えてくれ」
「その前に警備兵には行方不明になった娘の事を、報告したの?」
そう言えばどうなんだろう?
「していませんよ」
隣にいるカリンは、まるで当たり前の事のように言う。
「してないって……いいのかよ?」
捜索願いを出せば、たぶん警備隊が探してくれるはずだ。
「何かあっても、絶対に兵士や騎士団には報告するなと、お嬢様にきつく言われているんです」
「ソフィーのやつ、そんなこと言ってたのか……」
昔、嫌なことでも何かあったのだろうか……。
「それに未だに犯人一人捕まえられない、数だけの無能共に頼るつもりはありません」
カリンは、容赦無く言い放つ。
「そうね、これだけ警備隊がいるのに行方不明者が増えてるんだから、その気持ちもわかるわ」
ボンデも反論するつもりはないようだ。
「行方不明者って、あれからまた増えてるのか?」
確か一昨日の時は、三人だったはずだ。
「ええ、今日一人増えて四人……あなたの友達を入れたら五人になるわね」
「そうだったのか……」
一昨日ソフィーを連れ去ってからも、犯人の犯行は続いているようだ。
「それじゃあ、知ってることを話すわね」
「ああ、頼む」
「宿屋に来てた、お客さんが話してたんだけど……」
――それから10分後。
ボンデは話し終えると、すぐに仕事に戻っていってしまった。
ボンデが教えてくれた事をわかりやすくするために、行方不明者に関してメモ帳に簡単にまとめてみた。
●弁当屋の店員トリス
最初の行方不明者。
いなくなったのは、9日前。
仕事帰りに行方不明になった。(夜)
●花屋の店員ハンナ
二番目の行方不明者。
いなくなったのは、6日前。
仕事帰りに行方不明になった。(夜)
トリスとは友人だった。
●ケーキ屋の店員ネネ
三番目の行方不明者
いなくなったのは、3日前。
仕事帰りに行方不明になった。(夜)
ハンナとは友人だった。
●お嬢様の学生ソフィー
四番目?の行方不明者。
いなくなったのは、2日前。
裏山から帰る途中に行方不明になった。(夕方)
友人がいない。
●本屋の店員シェーナ
五番目?の行方不明者。
いなくなったのは、今日。
仕事帰りに行方不明になった。(夜)
ネネとは友人だった。
「ふむ、いろいろと共通点がありますね」
「そうだな……まず職業はソフィー以外、全員店で働いている」
たぶんこれは、犯人がこの店を利用していたのだろう。
「お嬢様以外は3日おきに行方不明になっているようですね」
3日待たなければならない理由が、犯人にはあったのだと思う。
「行方不明になったのは、ソフィー以外、仕事帰りの夜みたいだな」
これは帰り道、一人になった所を狙うために、この時間になったんだと思う。
もしくは犯人にとって、この時間帯が都合が良かったのか……。
「お嬢様以外は、みんな友人が次の行方不明者になっているみたいですね」
これこそが犯人の犯行方法のヒントになっている。
おそらく警備隊にも想像がつかない方法のため、犯人は未だに捕まらずにいるのだろう。
「この中で一番謎なのは、ソフィーだな」
他の行方不明者との共通点が、ほとんどない。
「そうですね……もしかしたらお嬢様を連れ去った犯人は、この行方不明事件とは違う、別の誰かなんでしょうか?」
「でもソフィーを連れ去れるやつがいるとしたら、この事件の犯人くらいだと思うんだよな」
学院の試験で満点をとるだけの実力が、ソフィーにはあるのだ。
あれは知識だけで、どうにかなるモノとは思えない。
それに飛行魔法を試していた事から、魔法の技術も相当高いはずだ。
そんな魔法の使い手を、そこらの誘拐犯が連れ去れるとは思えない。
だが、これだけの行方不明者を出している犯人なら、ソフィーを連れ去る事もできるかもしれない。
「それじゃあ、もしかしたらお嬢様は、犯人の本来のターゲットではないのかもしれませんね……別の要因で連れ去られたのかもしれません」
しかし、その要因が何かはわからない。
「うーん、やっぱり犯人を見つけるしかないな」
「どうやってですか?」
カリンが聞いてくる。
「学院から裏山への道で拾ったあの皮……カリンだって気づいてるんだろ?」
あの皮の存在を知らないんじゃ、警備隊が犯人を捕まえられないのもわかる気がする。
「そうですね、おそらく犯人は犯行にあの皮と同じモノを使ったのでしょう」
「ああ、犯人は行方不明になった女性の皮を被って本人になりすまし、友人である女性達に近づいて、連れ去ったんじゃないかと思う」
行方不明になっていた友人だと思って近づいたら、中身は別人だったというやつだ。
「それじゃあ最初のトリスさんだけが、犯人に別の方法で連れ去られたということですね」
「それなんだけど……もしトリスさんも同じ方法で、連れ去られているとしたら?」
犯人が女性を皮にしても、行方不明者にならない方法が一つだけある。
だけど、これは単なる俺の思いつきかもしれない。
「なるほど、そういうことですか……」
カリンも同じ事に気づいたようだ。
「ああ、だからそこを調べてみようと思うんだ、そのためにはカリンの魔導機の力が必要だ」
「ふむ、詳しく聞きましょう」
その日、俺達は寮には戻らず宿屋の一室に泊まって、犯人を見つけ出して捕まえる方法について話し合った。
次の日、宿屋から出た俺達はトリスの働いていた弁当屋で聞き込みをすることにした。
俺が店の中に入ると、店長らしき中年男性がカウンターで新聞を読んでいた。
「えっと、すみません」
中年男性は、俺に気づくとこちらに話しかけてくる。
「へいらっしゃい、何をご注文で?」
「その、こちらで働いていたトリスさんについてお聞きしたいのですが……」
「すみませんが、教えることは何もありません……警備隊の連中にもいろいろ聞かれて、もう話たくないんですよ」
中年男性は、やる気なさそうにそう言うと再び新聞を読み始めた。
どうやら教えてくれるつもりはないようだ。
「こちらのゴールデンゴージャスセレブ弁当を二つください」
隣にいたカリンが、メニュー表を見ながらいかにも高そうな弁当を注文しだす。
すると中年男性は、読んでいた新聞を投げ捨てこちらに向き直る。
「ありがとうございます、それでお嬢さん達は何の話が聞きたいんです?」
わかりやすいくらい態度を変えて話しかけてきた。
「こちらで働いていたトリスさんの交友関係について、何か知っていたら教えてください」
「なるほど……それでしたら仲の良かった店員がいるんで呼んできますね」
中年男性はカウンターの奥にある厨房に向かって店員の名前を叫ぶ。
「おーい、ミカート!!お客さんがおまえに話があるそうだー!!」
「はーい、今いきますー!!」
それからすぐにカウンターの奥の厨房から、エプロンをつけた女性の店員がやってくる。
「それで私に話しと言うのは……」
「そちらのお嬢さん達だ、俺は弁当作るから話を聞いてやってくれ」
中年男性は店員を残して、奥にある厨房へと行ってしまった。
「えっと、トリスさんと仲が良かったと聞いたんですが」
「はい、そうですけど……それが何か?」
店員の表情が急に硬くなる。
俺達の事を怪しんでいるのかもしれない、特に隣の仮面を着けてるカリンの事を見ている。
「実は俺達の友人も行方不明になってしまって、警備隊は頼りにならないので自分達で調べているんです」
「そうだったんですか……その制服、アリアドリ騎士魔法学院の生徒ですよね?」
「そうですけど」
俺は素直にそう答える。
もしかして私服を着てきた方が良かっただろうか?
「まだ午前中ですけど、授業に出なくてもいいんですか?私が言うのもなんですが、学生がこんな事件に関わるべきじゃないと思います」
そんな当たり前の事を言われてしまった。
さっきの中年男性と違って、真面目な人のようだ。
さて何て答えるべきだろうか……。
そんな事を考えていると、隣にいたカリンが突然仮面を外して一歩前に出る。
「私にとって何よりも大切な人がいなくなったんです!!どうかお話を聞かせていただけないでしょうか……お願いします!!」
そう言って、カリンは店員に向かって深く頭を下げる。
「お、俺からもお願いします!!」
俺もカリンに続いて頭を下げた。
「わ、わかりましたから顔をあげてください」
「ありがとうございます!!」
これで話を聞きだす事ができそうだ。
「それで何を話せば?」
「トリスさんの交友関係について聞きたいんですが、彼女と仲の良かった人を教えてもらえませんか?」
「それでしたら、この店にもう一人バイトの娘がいるんですけど、その娘ともトリスは仲が良かったですね」
どうやらもう一人、トリスと仲の良かった店員がいるようだ。
「その人は、最近怪我とかしてませんでしたか?」
「そういえば2、3日前から左手に包帯を巻いてましたね……なんでも酷い火傷をしてしまって、治癒魔法でもすぐには治らないんだとか」
あの時拾った皮の手は、女性の左手だった。
という事は……。
「その人は今こちらにいますか?」
「いえ、今日はお休みですね」
いないのか……それなら、こちらから乗り込むだけだ。
「もしよければ、その人にも話を聞きたいので、名前と住んでる場所を教えていただけないでしょうか?」
「お願いします!!」
カリンが再び頭を下げる。
「……わかりました」
俺達は、もう一人の店員の名前と住んでる場所を教えてもらう。
名前はティルマ・ルースト、住んでる場所は街外れの一軒家のようだ。
「ありがとうございました!!」
その後、俺達はゴールデンゴージャスセレブ弁当を受け取り、弁当屋を後にした。
ちなみに料金はカリンが払ってくれると言ったが、二つ頼んだので半分は自分で出した。
一つ1500Gとか高すぎるだろ……。
俺とカリンは、街の中央にある公園のベンチに座って弁当を食べていた。
「念のため聞いておくけど、さっきの店員におかしい所はなかったんだよな?」
「はい、私の魔導機にはなんの反応も無かったです」
犯人は、おそらく別人の皮を被って生活している。
それも俺達が拾った手の皮の女性になりすましている可能性が高い。
普通ならそんな人を見分けるのは不可能だが、犯人は左手の部分を失っているだろうし、カリンの魔導機を使えば見分ける事が可能なはずだ。
「それにしても、カリンがいきなり仮面を外して、あんなことするとは思わなかったよ」
カリンは、よっぽどソフィーの事が大事なんだろう。
「ああいう人間は、金よりも感情で訴えたほうが効果的だと思っただけです」
「あれ、そうなのか?」
「もちろん、お嬢様が何よりも大事なのは嘘ではありませんが」
やっぱりソフィーが大事なのは間違いないようだ。
「そういうあなたはどうなのですか?」
「え、何が?」
「ここまで付き合せておいて、言うのもなんですが……おそらく犯人と会えば戦闘になります、そうなれば命を落とす危険だってある、そこまでしてあなたがお嬢様を助ける理由はないのでは?」
確かに普通に考えたら、カリンの言うとおりかもしれない。
だが俺はここで帰るつもりなんてない。
「ここまで来てそんなの今更だろ、それにソフィーが帰ってこないと俺の作った錬金装備が無駄になるしな」
「ふむ、なるほど……シンクさんはお人好しなんですね」
「俺は別にお人好しなんかじゃ……」
「言っておきますが、そういう人は早死にしますよ」
カリンはそう言ってベンチから立ち上がると、弁当を食べるのに外していた仮面を着ける。
「でも、今はそのお人好しに感謝します」
「だから俺はお人好しじゃないっての」
「それでは、敵地に乗り込む前に武器屋に寄っていきましょう」
結局俺の発言は無視されて、次は武器屋に行くことになった。
武器屋に着くと、カリンは短剣売り場に向かっていった。
ちなみに、前にアーリアと入った武器屋とは違う武器屋だ。
俺は武器を使わないし、適当にアーリアに似合いそうな剣でもないか見ることにした。
すると少しして、カリンが俺のところにやってくる。
「これをどうぞ」
カリンから手渡されたのは、軽くて扱いやすそうな短剣だった。
「なんで俺に?」
「シンクさん、あなたは錬金術にこだわらずに武器を使う事も考えてみてもいいと思います」
いきなりそんな事を言われる。
「でも俺には錬金術があるから……」
確かに武器を持って前衛として戦えるようになれば、戦略の幅は今よりも広がると思う。
だけど今更、錬金術で作った道具以外の武器を自分がうまく使える自信も無い。
「シンクさんと戦ってみて思いましたが、あなたの身体能力なら武器を使って前衛として戦うのもありだと思います」
「うーん、そうかな?」
自分では、いまいちわからない。
「別に短剣にこだわる必要はありませんよ、ただ使いやすさから選んだだけですから」
確かにこの短剣は、素人の俺でも軽くて扱いやすそうだ。
「もちろん、強制するつもりはありませんが、今回の件が終わったら考えてみてください」
「わかったよ……でもなんでわざわざ俺に?」
「お人好しのあなたが少しでも長生きできるようにです……その短剣は私のおごりなので好きに使ってください」
カリンなりに、俺の事を心配してくれているようだ。
「ありがとう、使わせてもらうよ……でも俺は別にお人好しじゃないからな」
俺は腰のベルトに、鞘に入った短剣を装着する。
「それでは用も済みましたし、早く行きましょう」
「そうだな」
武器屋を出た俺達は、ティルマ・ルーストが住んでるという街外れにある家へと向かった。