大事な妹
久しぶりの短編です
「大塚さーん。大塚 新さーん」
病院にある、普通の待合室。
壁側に置いてあった雑誌を読んでいると、俺の名前が呼ばれた。
雑誌を元の場所に戻し、担当の先生がいる部屋へと向かう。
「大塚さん」
「先生、ズバッと言っちゃって下さいよ」
自分の身体の事だ。
流石に症状から病名を当てるなんて事は出来ないが、身体がどんな状況になってるかぐらいは分かる。
「そうですね……コレを見てもらってもいいですか」
先生の視線の先には、先程撮ったレントゲン写真が。
「ここにですね……末期かと思われます」
「そうですか」
身体に異変を感じたのは、3ヶ月前。
仕事中、突然嘔吐感に襲われその日は途中で仕事を切り上げた。
その時はただの疲れだと、自分で勝手に判断し、1日休みまた仕事に復帰した。
その日から、身体にはダルさが残りたまに熱をこじらせた。熱を引く事自体珍しく、最初は病院に行こうかと考えたが、直前に迫っているプレゼンの為に休む訳にもいかなかった。
それが、悪かったんだろう。
プレゼンも終わり、一区切りついた俺は病院へと足を向けた。その頃の俺の身体は、既に限界を迎えていた。
少し動けば息切れをし、何かをするにも集中出来なかった。
「手術などは」
「正直……難しいかと思われます。20代という若さのため、手術には耐えられるかと思いますが……時期が遅すぎました」
「遅すぎですか」
これが、仕事のために無理をした罰なのか……と、一瞬神様を呪いたくなった。
「つまり……死ぬんですかね」
「1ヶ月……いや、もしかしたら明日かもしれません」
明日って……。
別に死ぬ事に恐怖はない。いや、その時にならないと分からないが、今は怖くない。
両親も既に2人共逝ってしまった。
「そうですか……」
そんな俺にある、唯一の心残り……それは──。
「え……嘘でしょ?」
「ごめんな」
久しぶりに食べる、温かな食事。
いつもは仕事が遅くまでかかるので、1人で食べる冷たい食事。
「大丈夫。栞が大学まで行けるぐらいの貯金はある」
大塚 栞。11歳離れた俺の唯一の家族。
そして、俺がこの世にある唯一の心残り。
「住むところも、母さんの妹の志穂さんにお願いした。あの人には感謝しないとな」
高校は県立なので、お金関係は大丈夫だろう。
家族がいないだの何だので、栞が除け者にされたりしないか心配だが、栞に限ってそんな事はないと思う。
「他に心配な事あるか?今のうちに言っておいてくれよ。出来るだけ準備しておくから」
俺は栞の作ってくれた、温かいご飯を口にしながら淡々と話す。
「そうだな……他に俺が思い付くのは」
「何言ってるの!」
「お、おい。どうした、いきなり」
栞は持っていた箸をテーブルに叩きつけ立ち上がった。
「私の事はどーでもいいよ!そうじゃなくて、説明してよ!」
「だ、だから……俺は……」
「そうじゃない!そうじゃなくて……」
栞は……泣いていた。
俺達の両親が逝ってしまってから、笑い続けていた栞が。
「なんで!なんでお兄ちゃんまでいなくなっちゃうのよ!」
「……」
それは、分かっていた。
栞が中学生の時に、俺達の両親は逝ってしまった。そのため、1人暮らしをしていた俺のもとへ栞来た。
その生活が始まって5年。次は俺が栞のもとからいなくなってしまう。
栞の悲しみは理解してやることは俺には出来ない。
独り立ちをしていた俺と違って、まだ甘えたり無い年の時に親を無くし、次は唯一の家族の俺までもがいなくなる。
きっと、俺の想像以上の悲しみだろう。でも、俺に分かるのは表面だけ。
「お金はある?住む所はある?そんなのどうでもいいよ!」
「お、おい……」
栞はそう怒鳴り、自分の部屋へと言ってしまった。
「まぁ……分かってたさ」
結局、1人になってしまった食事をしながら俺は思う。
栞が怒る事は分かってた。それでも……それでも、栞に不自由な生活を送らせる訳にもいかなかった。
両親との約束。
『自分の息子にこんな事を頼むのは何か変だけど……新、栞をお願いね』
先に逝ってしまった親父の後を追うように、同じく逝ってしまった母さんの最後の言葉。
「守らないとな……約束も、栞も」
自分も栞の前からいなくなるって言うのに、よく言うよな……そう、俺は自嘲気味で笑った。
「生活の方面は志穂さんが保障してくれたから、安心だよな。やっぱり、不安なのは学校か……」
俺は目眩がする身体に喝を入れながら、携帯をいじる。
「確か……栞と同じ学校だったよな……」
携帯の中にある連絡帳の『さ行』へと持って行く。
「こいつなら……」
栞の1個上の先輩。
そして、栞が想いを寄せる相手。
『どうしたんですか、新さん?』
「久しぶりだな」
幼馴染とまでは行かないが、両親が生きていたころ近所に住んでいた奴。
10歳年の離れた俺に対して、生意気なほど普通に話しかけてくる奴。
「お前の通ってる学校ってさ──だよな」
『そうですけど』
「栞もな……同じ学校なんだよ」
『あぁ、栞ちゃん』
「悪いんだけど、気に留めてやってくれねーか」
『なんですか、急に』
「頼んだぞ」
『ちょ、まっ──』
俺は最後まで聞かず、電話を切った。
「あいつなら、任せられるだろう……」
根拠はないが、話していて分かる。
あいつは人の事を第一で考える、大馬鹿野郎だ。
「ふぅ……目眩が酷いな……」
俺は栞の作ってくれた夕飯に箸をつける。
「本当……料理も上手くなったよな」
俺の家に来た当初、俺のためにご飯を作ると意気込んで、そして出て来たのは何か分からない黒い塊。
それが、今となっては出てくる料理は昔家族と囲んで食べた物と同じようなちゃんとした物。味まで昔を思い出す。
「母さんに教わった訳でもないのに……母さんの飯と味が瓜二つなんだよな」
それに、俺は別に頼んだ訳でもないのに、わざわざハンバーグの中にチーズまで入れてくれて……俺の大好物だよ……。
「ったく……栞との最後の会話が喧嘩になるとはな……」
自分の身体の事は自分が1番分かる。
「栞の飯を食えるのも、今日で最後か……」
目眩が酷くなって来た。
「栞……ちゃんと、あいつに気持ちを伝えろよ」
俺……泣いてるのか?
「ごめんな……」
俺は栞の作ってくれた夕飯を全て平らげ、椅子の背もたれに寄り掛かった。
「栞……幸せに……なれよ……」
俺はそのまま……ゆっくりと目を閉じた。
恋愛要素、なくてごめんなさい。
当てはまるジャンルがなかったもので…
長編『平穏な高校生活』に関係ある短編です。
直接関係あるわけではありませんが。
感想、批判お待ちしております