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学校断頭  作者: 浪速
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十二月二十二日 水曜日 午後十二時四十九分 発端

 この日は、体育、芸術、農業科学基礎とくる。ちなみに農業科学基礎は二時間続けてだ。

 昼休みは四十分。


 つぐみは永岡と濱本の二人と弁当を食べていた。いつも静かで会話などほとんどない。結婚何年目かの家庭のように。ただ険悪ではない。

 しかし、つぐみの心の中では申し訳ない気持ちでいっぱいだった。二学期頃から学校に来たため、その前に仲のよかった子から奪った気分だった。話すとすれば、大抵は五時限目の授業の事か、課題の事ぐらいだろう。


 予鈴に続き、本鈴が鳴る。この間、四分と五十数秒。教室の時計が正確ではないのか、チャイムが正確ではないのかは誰も知らない。

 英語。これは現社の時よりも眠くはならないが、単調すぎる声である意味眠くなる。

 昼休みから引っ張られた眠気により眠たいが、この教員は絶対に眠らせてはくれない。机に突っ伏していると叩き起こされる。本人曰く、「定時制の学校なら寝てもいい」らしい。それを聞いた途端、つぐみは握っていたシャーペンを投げたかったが、そんな事をして後々ややこしくするのは面倒だし、そういう事をするような性格を演じていない。

 しゃべらないし、大人しくて礼儀正しい子を演じているが、多少なりともつぐみも周囲も違和感を感じていると。廊下で飛び跳ねていたところを微妙に見られたし、一人の時に幽霊でも見えるかのように話しかけていた事もある。実際は歌っていたのだが。授業中など寝ている時がある。寝ていなければ白紙に絵を描いている。教員のムカつく発言に顔をしかめた事もある。いつも無表情だと少しむっつりしているように見えるが、しかめた顔はそれ以上だった。ロッカーが開かなくて強く殴った事もあるし、総環での除草の時に持った鎌を畝に突き刺した事もある。周囲も何となく自分のギャップを感じているとつぐみは感じていたが、それはそれでどうだっていい事だった。秘密主義者であり、大きな二面性があるのが彼女だから。

 大人しい子を演じても、シャーペンを投げたい気持ちは抑えられなかった。ストローに紙玉を詰めて、吹き矢のように飛ばすのでも案としては良かった。どちらもしてはいないが。


 現社よりも違う意味で静まり返った教室。上下のしない単調な声が響く。もし教師の声が脈拍だったら確実に死んでいるだろう。時間が経つに連れ、脈拍はだんだんと小さくなっていく。終盤には教室の端にも聞こえなくなっていた。チョークが黒板に叩きつけられる音が一度もしないまま授業は終わった。


 午後の所為もあるが、とてつもなく眠い。教科書を机の中にしまうとそのまま机に倒れた。教室中で同じような事が起こり、中には気を失ったように倒れる生徒もいた。



 次に起きたのは、畜産の教師の声によってだった。砂漠のような乾燥した声が特徴的でいつも咳をしていた。

 畜産の豚の授業は聞くに堪えない話が多い。印のために耳に切り込みを入れるだの、母豚のために子豚を抜歯するだの。必要なのかもしれないが、人間に例えれば恐ろしすぎた。

 それに加え――あまり関係はないが――つぐみは元々小父さん嫌いのため、二番目にこの教員は好かなかった。嫌いと言うより、合わない。良い教員だとしてもその教員と相性が良いか分からない。それ故、得意としている教科でも不服な点をもらう事もある。

 つぐみにとって得意な教科ではなかったがそのような感じだった。



 畜生は、グロッキー。

 そりゃない、ない、ない……。絶対ないよー。絶対……、うっわぁぁ。感受性の強い子供だったらどうすんだ……。

 屠殺解体実習だって上手く出来なければ、拷問死のように感じる。

 と言うか、安楽死って人間が勝手に楽だと思ってるだけだよね。苦しんでるか知らないもんね。病魔の痛さとか……麻酔か薬かを打つ時の痛さとか。子供産むのは鼻の穴からスイカとかと一緒じゃない?

 そりゃないわ……うっわぁ……。ソラなら裁判所かどっかに訴えてるよね。



 教員に内心で批判しながら、過剰すぎる考えに向かう時間でもある。今日はマシなほうだろう。

 テスト期間の時、「畜産」を見間違え「畜生」と読んだ事から皮肉を込めて、そう呼んでいる。

 農芸高校に入ってからつぐみは少し考えが動物よりになった。「犬に生まれ変わりたい」や「動物に殺されそうになっても放っておいて」などとも。


 かすれた声とチョークを折らんばかりに叩きつける音。


『聴いて、声を。ちょうだい……』


 突然だった。氷のように冷たい声が響いた。耳からではなく、脳に直接的に伝わったように。

 何人かは驚き、顔を上げた。教員はそれに驚き「どうした?」と投げかけた。


「……今、あの声が……」顔を上げた一人の生徒が答えた。「変な、声が……」


「誰かしゃべってるんか?」と教室全体を見渡す。「静かにせえよ」


 しかし、生徒たちはお互い顔を見合わせるだけだった。


 終礼前には「声」の事でもちきりだった。

 聞こえた生徒と聞こえなかった生徒でいたが、聞こえた生徒を中心に話が盛り上がっていた。聞こえた方は四十人中十六人。

 終礼が終わると隣のクラスの生徒と仲のいい生徒がその話をしていた。


 学校全体でもその話がされていた。聞こえたのは六百人中二百四十五人と意外に多かった。

 つぐみもその「声」を聞いていた。最初は心底冷えるような感覚と頭が狂ったんじゃないかという思いが交ざっていたが、冷静に考えてみれば、宇宙人にマイクロチップを埋め込まれてて何か受信したのだろうと思った。十二分に冷静だが、普通より予想が飛躍しすぎている。

 他にも聞いていた者がいると、教室での会話を盗み聞きし、安心はしたがどうにも気持ち悪いものが残っていた。

 耳には、天井についた一週間前のガムのように、「声」がこびりついていた。


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