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学校断頭  作者: 浪速
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十二月二十四日 金曜日 午後三時五十九分 歪な訪問

 グラウンドの真ん中に帯電している白い雷は光を徐々に弱め、その中心に何かあるのが確認できるまでになった。雷神でも避雷針でもない、人影だ。


 その人影がすぐに確認できた。三本の白いラインの黒いコートを着てる。長身で足が長い。目は深海のように真っ暗。赤みがかった栗色のグシャグシャの髪。三角の顎。頬には血をつけている。この人を知ってる。私は怒りを感じ、処理しきれずに言葉も息も出ない。「ブラッディアウト」後に初めて会った異常な人間――吸血鬼だ。

 何センチか浮いていて、気球が着陸するみたいに恐ろしく静かに地に足をつける。二十メートルほど離れているのに目の前にいる気がした。人間が纏うはずもない得体の知れないオーラがある。一歩一歩その吸血鬼の男が近づいてくるたびに息が苦しくなる。

 すぐ近くから銃声が劈いた。


「お前っ!」


 矢坂が怒鳴るのに私は怯んだ。怒鳴ってるのを聞くのは好きじゃない。怒りを感じるのも怒られるのも。だから、自分が怒りを感じるのは新鮮で処理のしようがない。


「おっと、戦うのはやめようよ。君らは戦ったばかりだろ?」


 口調は大人びていたのにどこか子供っぽい声質だ。降参するかのように肩の位置まで手を上げたその男は、さっきまで雷がまとわりついていたようには見えない。焦げも感電も静電気もない。

 血にまみれた腕で銃を持ち上げて狙いを定めた矢坂の隣に私は立ち一歩前に出て、鞘から刀を引き抜く。切っ先を男に向ける。


「シンディは生き返った。だけど、あんたへの怒りは消えない」怒り、そんなもんじゃない、憎しみや憎悪だ。


 矢坂の銃に手をかけたのは咲羅だった。


「いったい何の用?」


 咲羅の声色はいつもと変わらず、落ち着いて鈴のよう。


「あー、そう。適性だったんだね」


 吸血鬼の男の目が私を見ていた。深く深く穴が開いているようで吸い込まれそうになる。

 私はシンディが生き返った事だけにしか目を向けていなかった。その過程などどうでもよかった私はきっと間抜けな顔をしていただろう。


「君には理解しようのない事」


 シンディがキリストと同じ復活だと言われても私には理解出来ない。死をなくせるなら私はあんな事にはならなかったはずだ。


「でも、これは理解出来るはずだ」男は全員に目を向けた。「……君らの中に異物がいる」


 私は深海に落とされたような重みを感じた。指一本動かせない。私が気を失った時に人狼が動きを止めたなら、自分が何かしら関係してると考えるのが普通。そうでなくても私は異物なんだ。


「黙れ!」咲羅が叫んだ。「あんたこそこの地にいてはならないはずよ!」


「おっと、これはこれは、これは。珍しい人がいるもんだね。観光? 永住? それとも追放?」


 誰に向かって言ってるのかわからなかった。でも、たぶん、咲羅に言ってるに違いない。アメリカで何かあったのだろうか?


 突然、雷鳴が轟いた。上空からではなく、すぐ目の前の男の腕からだった。電気の分子か静電気を集約するようにシュッと音がし、続いて音速を超えるかのようにバシュッと空を切り裂く音がした。

 うめき声が聞こえ、その方向を見ると、上別府が膝を撃たれていた。膝を突いて、唖然と男を見ていた。何が起こったのか理解出来てない。


「二階きゅ……あー、そっか。君らはただの人間か」


 その「人間」という単語は、軽蔑に溢れてた。生物の授業で同じ単語を使ってもそれほどの感情はこもらないだろう。


「もう、動かないで。僕は話してるんだ」


 エメラルドグリーンに光った指はまっすぐと上別府の右胸に向けられている。

 吸血鬼の男は大気中のにおいを嗅ぐかのように顔を上に向け、鼻孔を広げる。両手を広げ、においの粒子を吸い込んだ。


「異物はやっぱり一人だけみたいだね。それも探していた大物だ」


 考えるかのように瞼を閉じた。男が目を閉じたのに誰一人として動こうとはしなかった。目を閉じていても見られている気がした。


「自覚は、あるみたいだね。あと二人はそれを理解してる」


 目を開いて告げた男の言葉に私は骨の髄まで凍ってしまった。異物が私だとしたら、理解してる二人は咲羅と矢坂。咲羅は理解してるのは間違いない。だけど、矢坂は高校生になってからの私をまったく知らない。だとしたら、理解してないはずだ。

 男は一匹の人狼に近づくと、人狼の手首に服の裾を裂いた布を巻きつけ、首の後ろを突いた。そのとたんに人狼は息を吹き返し、暴れた。が、しかし、男の巻いた布によって動きを封じられてる。それに男を攻撃もせず、見ようともしない。


「取り引きをしよう。人狼を始末してあげるのと、金髪ブロンド茶髪ブラウンと黒髪の女三人を交換だ。もちろん眠ってるほうじゃない黒髪だよ? 傷物は必要ないからね」


 つまり私だという事だろう。リサさんと咲羅、そして私。交換と言われ、殺される気がした。じわじわと指先から感覚がなくなっていくのを感じる。


「三人一度に渡してもらうけど、二人は返すよ」


 私一人の命なら安いものだ。だけど、今は殺されない気がした。死ぬよりも生き地獄を味わわされる。異物の私を探してたとまで言ったのだから、簡単には殺さないはずだ。


 でも、どうして最初から一人じゃないのだろう? 何か引っかかる。

 人狼が大きく吠え、がむしゃらに腕を振り回してる。縛り付けている見えない何かから逃れて、私たちを引き裂きにかかろうとして。


「取り引きはしない。あたしたちで始末出来るわ」


 咲羅が冷ややかに言い放つ。


「君たちに戦う力は残ってないはずだ。彼女が覚醒しなきゃ、みんな死んでたとこなんだよ」


 そこまで言って男は、あっちゃーというように額を手で覆った。「僕とした事が……――」


 私はそれ以上の言葉を聞き取れなかった。何かしら私には起きてるのが明確になった。そして、男がそれを知ってる。男の言葉を真に受けるならだが、今この状況で男が言ってる事が嘘だとは思えない。現に人狼の一匹を動かしたのだから、この男が「ブラッディアウト」の犯人であるか深くかかわっているのは間違いない。


 だけど、男の声が再び耳に入ってきたのは、對崎という名前を聞いた時だった。この男が對崎部長と知り合いだと言う。


「君を見つけたのもあいつ・・・・・さ」男が言った。「知ってるだろ? 昨日、對崎が君の中にある素質を垣間見た。血の海の中で見る怯えた目とはまた違う」


 あの屠殺の時、私は自分の事ばかりでよく見ていなかったが、先輩たちには余裕があった。それは何度も屠殺を経験してるからだと思った。でも、中でも平然としていた――肉の部位を確認するのを死体でも検死するかのように冷静だった――のは紛れもない對崎部長だ。いや、平然とじゃない、嬉々としていたあの表情。異常だ。

 部長が私の目を何度も見ていたのは、それを知るためだったのだろう。目はその人の内面を表してるというが、いつもの私だったら内面など微塵も現れていない。だけど、あの時、さまざまな感情の所為で隠しようがなかった。その時現れた感情を読み取っていたに違いない。


 私の手から咲羅が刀を引っ手繰って、目にも留まらぬ速さで男に突進していた。男は避ける素振りも見せず、静電気を発するといつの間にか咲羅の背後に回りこんで、腕をひねり上げていた。みんなが男から十メートルほど離れた。リサさんが男に向かって銃を向けた。咲羅は刀を男の脚に突き刺そうとしたが、刀を持つ腕もひねり上げられてしまった。そのまま咲羅は盾として使われてしまう。


「取り引きの材料一つ目だ」


 男は咲羅の耳元で何かを囁いた。咲羅は目を大きく見開き、抵抗し始めた。腕がもげてもかまわないかのように無理やりに関節を動かし、男から逃れようとした。

 男は咲羅の手から刀をもぎ取ると、構える動作をせずに私の足元に投げた。着地をすると地面に突き刺さった。私はそれを引き抜き、転がってきた鞘に収め、男を強くにらみつけた。


 私が異物なのはよくわかった。



 [それとも……僕らみたいに人外?]


 男のあの言葉が突然よみがえってきた。あの時と同じ笑みを浮かべている。


 私が異物であろうと、あの男とは違う。あの男は人間じゃない。異物を探してる。それに對崎部長と知り合いだ。


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