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学校断頭  作者: 浪速
17/36

十二月二十四日 金曜日 午後二時四十六分 不安定な作戦

 私の考えまたは悩みを解決するのは一つだけ。「過去」だ。


 たぶんじゃなくて、絶対に私を支えていたのは「過去」であり、縛り付けていたのも「過去」だ。それほどまでに私にはなくてはならないものであった。

 だから、それを守るためには私はどんな手段も選ばないだろう。命と引き換えでも守りたいもの。

 それでいい。


 外は寒かった。だけど、それを感じるのは遅かった。すでに手も悴んでるけど、寒さはあまり感じない。空は灰色で濁ってる。風は無感情で心地よさもなにもない。

 家から中学校までは徒歩で五分ほどだけど、あの人狼が他にもいるはずだから警戒して時間がかかる。

 私は他にも刃物を予備としてタオルにくるんでリュックに入れた。刀を手に持って、包丁を新聞紙からタオルに包みなおして背中とズボンの間に銃と一緒に挿んだ。

 結には電話の隣りに置いてあったモンキレンチを持たせた。刃物なんて持たせられない。出来れば、家にいてずっと隠れていてほしいぐらいなのに。

 昔の通学路である田んぼにはさまれた道路を歩いていると血のにおいが漂ってきた。強い北風に一瞬だけ乗ってきたように鼻を刺激した。だけど、それはかすかで私しかわからなかった。シンディもわかってるかもしれないけど、もしかしたら、気のせいかもしれない。


「……人が消えてる」


 咲羅が足を止めた。隣には自転車が倒れている。

 警戒する事に意識を向けすぎてたのか、死というものが転がりすぎていて感じなくなったのかわからないが、確かに咲羅の言うとおり亡骸が消えてる。

 しかし、ここは人通りが結構少なかったりする。昼は特に。

 だけど、咲羅の足元の自転車の側には衣類がある。


「いなくなった?」


 死者が服を脱いで歩き出した以外に考えられる事はない。だけど、それも考えられない。人狼が死肉を食ったとしても血が出るはずだ。突然、消滅したに違いない。

 私は安心させようと結と繋いでいた手に力をこめた。シンディはずっと結に寄り添っている。


「何で?」矢坂が訊く。


「わかるわけないわ、こんなのって」


 咲羅の声がかすかに震えていた。「ブラッディアウト」より不可解なのかもしれない。


 すぐに中学校に向かって進み始めた。もう敷地の外周にある柵は見えて、体育館や南校舎も見えてる。そろそろ正門だ。

 中学校の正門まで来ると、異様な雰囲気が立ちこめていた。それに血のにおいは幻ではなかった。

 一歩足を踏み入れただけで、私たちが過ごした中学校と同じ場所だとは思えなくなった。

 数百人の生徒と教師が消えていた。消えた数と同じ数の制服を残して。

 そして、生臭い地だった。

 正門の地面にはいくつもの逃げ惑った赤い足跡。惨殺されたのを物語る細かな赤い血痕。そして、横たわる亡骸。在校生や卒業生だけではなく、見た事ない人もいた。それに人狼も。


「もしかして……ここだけ……?」


 運動場の砂など見えないほどに血がぶちまけられたようだった。血をこんなに撒き散らせる事が出来るのかと思うほどに赤かった。

 ついさっきのあの血のにおいは、ここで戦いが今まで行われていた事を示すものだったのだろうか?


「長さん……」


 私は見覚えのある一人に駆け寄った。

 長木晴美ながき はるみ。文武両道で陸上部のエースであり、クラス委員だった。私が最初で最後のオール5の通知表を見たのは彼女のだ。

 いまや、右腕が消え、胴体に大きな爪痕がある。血はまだ乾いていない。触ると指についた。


「つい、さっきかもしれない……」


 もう光を喪っている目。


 私は側に跪くと瞼を閉じた。

 その途端、思い出が蘇った。空き地で遊んでいた思い出、交換日記をした思い出、中学の時も話していた思い出。勝手に涙が流れた。ポツリポツリと遺体の上に落ちていく雫が憎たらしかった。

 私はあなたを信じていません。でも、優しかった彼女のためにどうかお願いします。

 神を信じていないのには理由があった。宗教はいくつもあり、神もまた多くいる。だから、どの神を信じればいいのかわからなかった。もともとに日本人なんてお寺にクリスマスなんだからどうでもいいようなものだが。

 それ以上に壊れた生活の中で仏にすがる祖母を見て、神は人間が作った位置――心のよりどころでしかないと思ったからだった。


 私は涙を振り払い辺りを見回すと何人かいた。咲羅は山崎希やまさき のぞみの隣に跪いた。

 私は馬鹿な真似をしたに違いない。ほとんど周りを警戒せずに長さんに駆け寄ったのだから、彼女たちを殺したやつがいたら私も死んでたに違いない。

 離れてしまった結は左手で矢坂の指を掴み、右手でシンディの背中の毛をしっかりと掴み、明らかな恐怖の顔をしている。

 私は結のほうに駆け寄って抱きしめた。


「ついさっきって事はまだ近くに犯人がいるって事よね?」咲羅はたずねる。


「……たぶん。声の仕業でもないし、爪痕から人狼かもしれない……」


 ここまで出来るのは人間じゃない。人狼しかいないだろう。人狼だって死んでるんだし。

 今にも泣きそうな結の頭を撫でてやる。


「集まってたから……、絶好のチャンスとばかりに来たと思う……」


 血が人狼を引き寄せてるのかもしれない。


「ここを早めに出たほうがいい」


 矢坂の言う事は正論だ。


「何個かの靴跡は校舎に続いてるわ、生き残ってるはずよ」


 美穂の言っていた言葉を思い出した私は後悔に拳を強く握り締めた。もっと早くこっちに来ればよかった。

 校舎に向かって行く咲羅の肩を私は掴んだ。


「もしかしたら、人狼もいるかもしれない……」


「でも、つーが遭った獣は諦めよかったんでしょ? 今回もそうなるかも」


 咲羅が言い終わるか終わらないかのうちに、私はさえぎるように口を開いた。


「ならない!」私は声を抑えながらも張り上げた。「不注意の所為で一瞬で殺られるかもしれないんだよ。それ以上に、いないのに連れて行ってしまうかもしれない……」


「シンディがわかるはずよ」


 隣にいるシンディが私たち四人を見上げていた。シンディの傷も治りかけている。全速力までは無理かもしれないが、自転車よりは速く走れるだろう。嗅覚は人間の何倍もいいし、聴覚もそうだ。


「……それでもええけど、シンディには任せっぱなしは出来ない」


 私はは腰を曲げるとシンディの顔を両手で挟んだ。


「いい? 吠えちゃダメ。あの獣がいたら停まって。いい?」


 言葉が伝わるかどうかはわからないが、気持ちは受け取ってくれるはず。


 私は刀を抜き、悴んだ右手で握り締める。いきなり襲われたら手はなかなか動かないかもしれない。左手で結の手を握る。 

 赤い足跡はバラバラでどれが正しい道なのかわからない。

 北棟の一階、職員室の下の階で保健室や特別支援学級の前を通り、東棟同じく一階の図書館の前、南棟一階の一年生の教室を順に回った。一階の技術室のドアと廊下の窓は壊されていた。

 廊下に鼻をつけてはにおいを嗅ぎ、顔を上げてはにおいを嗅ぐシンディの後ろに続きながら、私たちは辺りを警戒していた。私はもしもの事を考え、いろいろな思考を巡らせていた。


 二階の廊下を歩きながら浮かんだいくつかの案の一つのため、咲羅に合図してから理科室に立ち寄った。酸なども使えるかと思ったが、誤って瓶が割れても困るためその案は最初からなかった。

 理科室の大きな教卓の引き出しからマッチのケースだけをとった。コートのポケットに入れると廊下に戻った。


「どうしてマッチなの?」


 咲羅は小声で聞いてきた。


「最悪学校を燃やす。それに暖がとれるものはいつか救ってくれる」


 今は十二月だけど、これが長引いたらもっと寒い時期に入る。その日までに何も改善されなかったら、ライフラインはおろか人類の文明は滅んでるかもしれないとまで私は考えた。

 動物が火を恐れるのは最初だけだ。威嚇にしかならないだろうけど、そんな使い道はしない。

 廊下に出て階段を上ると、薄れた血の足跡は一つ見られ、それは北棟四階まで上っていた。

 足音を殺し、四階まで続く階段の隣の生徒会室や会議室の前を通り、美術部室の前を通った。中学生時代に私が所属していた美術部専用の教室であり、一番学校内では落ち着く場所だった。学校での良かった出来事の半分はここでの思い出。部室に入って少し思い出に浸りたいと思ったが、今はそんな事をしている場合でないと引き戻された。


 美術部室の隣のトイレの先にある角を曲がり、東棟の第二音楽室まで続いていた。後ろの窓からは紙で遮られて中が見えない。


「どうすんだ?」

「入る?」

「しかない……」


 私は後ろを振り向き、耳を澄ませて後を追われていないかを確かめる。刀を抜いてから第二音楽室の扉を開けた。


 一瞬で電動ノコギリと日本刀が向かい合った。私は結を後ろに押していた。


「何や、お前かよ……」

「佐野……。佐野ーっ!」


 電動ノコギリを下ろすとその後ろからバールを持った三輪が飛び出してきた。私は急いで刀を鞘に納めた。


「死んだかと思ってたんやからな!」


「勝手に人を殺して……」


「咲羅も久しぶりやな!」


 三輪は私の右後ろにいる咲羅に目を向ける。


「三輪っちも!」


 三人で抱き合っているとすぐに戻された。


「中に入るなら入れって」


 問題児であった上別府に言われ、私たちは音楽室に入った。


 音楽室の奥にある音楽準備室に生き残った者がいた。

 もっと大勢いたらしいが、襲撃を受けて殺された。

 ここの中学生の在校人数は私の通っている高校の半分ほどだが、生き残っている者は農芸高校の半分より圧倒的に少なく三人だった。それよりも卒業生が多い。

 椅子にかかっている紺色のセーラーとカーディガン、同じ色のスカート、黒い詰め襟、ズボン、靴下と抹茶色の上履き。音楽室なのだから当然音楽の授業だったに違いない。机の上にはシャープペンシルと教科書とノート。授業が退屈なためか机が落書きされていた。

 電動ノコギリを持っていた問題児――今もそうだろう――の上別府勇かみべっぷ ゆう、飛び出してきた三輪和美みわ かずみ、隅で泣きじゃくっている田中鈴奈たなか すずな、いつの間にか矢坂と話している野口洋一のぐち よういち


「ピー子に咲羅!」


 懐かしいあだ名を呼ぶのは三輪っちと同じぐらい仲の良かった本田美穂。


「美穂!」


 真っ先に美穂に飛びついたのは咲羅だった。

 今にも美穂は倒れそうだったが、ブロンドの少女がそれを支えた。

 少女と言うにはあまりにも年上過ぎるかもしれない。ブルーの瞳に絹のようなブロンド、長身でバレリーナのよう。この人がリサさんだ。


「サラ、ミホが折れちゃうよ」


 しっかりした日本語だが、どことなく抑揚に違和感がある。


「大丈夫、ほら」


 咲羅は美穂を離して、リサさんが出していた手を握った。すると目にも留まらぬ速さで手を打ちつけ、足を踏み鳴らした。


「完璧!」


「カンペキ!」


 一つのパフォーマンスを見ていたようなハイファイブだった。咲羅とリサさんは手を硬く握り合った。


「久しぶり、ツグミ」


 下の名前で呼ばれるのが慣れてなくて、一瞬リサさんが誰のことを言ってるのかわからなかったが、手が差し出されていて私は慌ててその手を握った。


「お、お久しぶりです」


 画面を通してしか知らなかった人がこうして目の前にいるのは不思議な感じだ。芸能人とかタレントとかが目の前にいるのと同じだろう。

 三輪っちの左腕は真っ赤に染まって服の袖が引きちぎられてる。美穂は人狼の緑の血を浴びてるし、上別府は電動ノコギリと血の所為かジェイソンに見える。田中さんと野口は見たところ負傷してなさそう。たぶん、長さんたち以外にもいたはずだったけど、殺されたんだ。命からがら逃げてきたに違いない。


「それよりも、早くここを出たほうがいいわ」


「うちらだってそう考えてたけど、一匹を倒したら、もう一匹寄ってきて、それの繰り返しやったから、まだ周りにおるはずちゃう?」


 咲羅は背負っていたリュックを下ろして、中からあの黒光りする武器を出す。物怖じするかと思ったが、三輪っちたちはそれほど驚きもしなかった。むしろ今の突破口が見えたようで嬉しそうだった。


「一個貸せよ」


 上別府が咲羅の持つ銃を見て手を出した。


「銃は一丁」


 それだけを言うと咲羅は一丁渡した。


「ただ引き金を引くだけだから」


 だけど、なんだか心配だ。上別府に持たせるのが凶器であればあるほど。

 一度私を見ると、咲羅は上別府に向き直った。


「くれぐれも連射しない事。誰か仲間に当たったるかもしれないから」


 咲羅が私の言いたい事を代弁してくれた。さらに二丁渡す。


「ああ……」


 何人かは上別府連射しかねないと思ったに違いない。問題児であるし、忘れっぽいし、血がすぐに上るからだ。中学校生活で一番最初に教師に手を出したのは上別府である。だけど、昔と変わらなければ根は優しいはず。咲羅が言う保育園組みの一人だけど、最後にちゃんとしゃべったのは小学五年生で、一番最近関わったのは卒業アルバムにサインを書いてもらった時だろう。中学校時代では問題児グループにいたけど、それほど酷くない。殴ったのは間が悪かっただけのはず。リーダー格ではないけど、止めるようなやつでもない。だから、歳を重ねるごとに私とは合わないタイプになったのは当然の事。

 でも、親御さんからの評判はとてもいい。妹思いで優しい兄だと。雨の中で子犬を拾ってそうなタイプだ。


 三輪っちにも美穂にも他三人にもそれぞれ銃を三丁渡すのを見ながら私は刀を机に立てかけ、リュックを肩から下ろして、救急箱を引っ張り出して結に持たせた。


「結、この状況わかってるよね?」


 心臓を破裂させるかと思うぐらいに鳴らしながら恐る恐る聞いた。


「うん、おっきな獣と戦ってる」


 その顔は私の幼少期の顔と同じだ。だけど、不安でいっぱいで恐怖で少しこわばってる。


「いい? 一人になっちゃダメ。私と離れたら出来るだけあの矢坂って言う人か」野口と話してる矢坂を指差してから、拳銃をいじってる上別府に指を向ける。「あっちの上別府って言う人について行って。無理だったら、家にもいた咲羅っていう人と一緒にいてね。約束」


 私は結に小指を差し出す。妹がいる兄なら、母が男子供を大切にするように、妹思いなはず。あの上別府のそんな話を私はいくつも聞いてる。お祭りでカキ氷を買おうとした妹のお金が足りなくなったのを見て、隣で彼がスッとお金を差し出したっていうのは妹思いだっていう事がよくわかる話だ。親御さんたちの間ではその話によって株が上がってる。たぶん、運動神経抜群と長身でルックスもそれなりっていうのもあるかもしれない。


「うん、約束する」


 結が小指を出して私の小指に絡める。歳の割りに結が少し舌足らずなのは二人の兄もそうであった。二番目の兄など涎が垂れていた。

 私は微笑んで二、三回上下に振ると結も笑顔になった。


「いいわ、それで決まり」


 ふいに咲羅の声が聞こえた。リサさんと三輪っちと美穂としゃべっていたに違いない。私は小指を解いて、刀を持った。


「やっぱり、血が次々と陣狼を呼び寄せるようよ」


 咲羅は私に囁くように言った。


「ここにいる時間が長ければながいほど集まってくるかもしれない。つー、あんたが作戦立てて」


 私の耳の中で後半の咲羅の言葉反響していた。私が作戦を立てるなんて冗談にもならない。


「馬鹿げてる」


 やっと搾り出せたのはそれだけだった。だけど、少しすると言葉が次々と浮かんできた。でも、咲羅に先を越された。


「三人は賛成してる」


「うちも佐野がいいと思う」


「同じ農芸生として美穂もそう思う」


 二人の後ろでリサさんも同意するかのように笑顔だ。



 私は大きくため息をついた。作戦を立てて戦うなんて事は私にはありえない。作戦の一部に、階段を全段飛び越えるなんて不可能な事を練りこむ私には向いてない。だけど、否定する時間があるくらいなら、最初っから適任な咲羅が練ってるだろう。


「……わかった。血におびき寄せられるなら簡単なはず。風下に逃げればいい。だけど、服に血がついてるから……車で逃げて、服を交換してから静かに逃げるか完全な準備で立てこもるのがいいと思う。人狼を倒す問題は別として」


 自信なさ気だったのが自分でもわかったけど、咲羅たちはちゃんと聞いてくれた。

 移動用の車は技術職員室の前にいつもあるワゴンで大丈夫だろう。たぶん、咲羅かリサさんのどちらかは運転出来るはず。万が一、ワゴンが無理でも他にいくらでもある。


「車がないなら、あるとこまで行ったほうがいい。たぶん、事故ってても走れるものもあるだろうし」


 そのままならキーがついてるはず。だけど、ガソリンとかの問題もあった。もしかしたら学校の裏にある資材置き場にトラックがあるかもしれない。キーを捜すのは楽なはず。だけど、そこまでは意外にも遠い。


「学校は燃やす?」


 咲羅が茶目っ気たっぷりに聞いてきた。

 そうだ。マッチを忘れてた。炎で一瞬でも人狼を怯ませれば有利になるに違いない。


「そのほうが、出て行く時にいいかもしれない」


 車で逃げたとしても音で追われる可能性がある。においもあるけど。だけど、学校を燃やすか出来れば大爆発を起こせば、囮となってそっちに人狼は集中してくれるはず。でも、その方法が見つからない。学校には燃えやすい木などないし、火薬もない。あったとしても一箇所に集まってなければ意味がない。時間がないのだから集めるのは無理だ。


「でも、案がない」私は白状する。逃げやすくするための案だけどないよりはマシだし、それに命がかかってる。



「粉塵爆発は?」

 三輪っちが提案する。


「それだ」


 私が指パッチンを出来るならそうしてるところだ。一度だけ小説で読んだし、高校でも二、三度注意を受けた。確か小麦粉や金属の粉末で出来るはず。

 家庭科室と理科室は階が違うだけで同じ場所だ。家庭科室で小麦粉を探してから理科室で粉塵爆発を起こせればいい。それより少し先に学校を出てればいい。


「咲羅かリサさんが先導で中学生を乗せてから、戦える人が最後まで残る。出来れば、援護射撃とか出来る人もいてほしい」


「そうね。行き先は風下で目的地は後で決めればいいわ」


 咲羅が腕を振って、みんなの注目を集める。


「つーが作戦を立てた、指揮は彼女が執るわ」


 私は咲羅に肩をつかまれ、みんなの真ん中に立たされた。


「こいつにか!?」


 一瞬の隙も見せずに上別府は食って掛かった。

 上別府の意見は正しいと思う。私が指揮を執るなんてどうかしてる。だけど、上別府にやらせるぐらいなら自身がなくても私がやる。


「こんな影の薄いやつに命預けろってか? それなら俺は一人で行く」


 ごもっともな言葉に私は否定する気持ちはほとんどなかった。だけど、ここで単独行動をしたら、十分も持たない。


「単独行動はダメ」


 私の反論に上別府は目を見開いた。上別府も幼稚園組みだからってそれほど親しいわけじゃない。少なくとも幼稚園の時は砂場で一緒に遊んでいたが、今はまったく関わらない。たぶん、あいつからしたら私は教室の端に留まっている空気だ。


「あのさ、あんたみたいに無理やりな強さだけじゃ勝てない。ここにいる人数は少ない、相手はどのくらいの数がいて、どのくらいの強さかもわからない」


 いや、わかってるはずだ。


「ううん、あの人狼は人間なんかすぐに殺せる。見てたんじゃない?」この発言は控えたほうがよさそう。「素手でも一人でも倒せるわけがない。頭を使わず戦ったら最後にはこっちが死ぬ事になる」


 上別府は黙る。私の顔が鬼のようなのか、言葉を理解出来ないのか、気迫に圧倒されたのかも。実際の戦闘が映画や小説からの知識だけでは到底無理だけど、私は少なくとも体育の先生よりは一人ひとりを全体的に見ていたし、獣と二回戦った。相手を少なくとも知り、動物の習性をより知っている私が適任に近いかもしれない。それに自惚れすぎだ。


「……えーっと、まず、咲羅と上別府が車をとりに行く。シンディも。リサさんは中学生(その子)たちを連れてってください。美穂と野口と田中さんもついてって」


 咲羅が先頭なら最初に問題があっても臨機応変に対応してくれるし、上別府は慣れれば銃撃は正確になるはず。咲羅には刀を渡そうか少し迷ったがやめた。リサさんはまだよく知らないけど、美穂と野口と田中さんもいれば大丈夫だろう。一番危険がないはず。

 残りが三輪っちと矢坂だ。


「悪いけど、三輪っちにはついてきてほしい。理科室まで」


 三輪っちは剣道を少し習っていたはずだ。それに提案者の三輪っちなら粉塵爆発のやり方を知ってるはず。


「提案者やからしょうがないなあ」


 あとは矢倉だけだ。矢坂は真剣な面持ちで私の指示を待ってる。


矢坂あんたは、用意をするからそれまで私らの退路を監視……」


 矢坂はそれで納得したけど、私は結を忘れてた。リサさんたちは人数が多すぎて動くのが遅い。二人で一組にしたほうがいいかもしれないが、バラバラになるのも混乱を生む。やっぱり結は矢坂に任せたほうがいい。


「やっぱりダメ。結を連れて先行って」


「は?」

 突然の作戦変更に矢坂も混乱する。


「そのほうがいい……?」


 考えすぎて頭がパンクしそうだ。その所為で語尾も疑問系になってしまう。昔からのクセだ。私の頭の中で、再確認のために指定したパターンが大丈夫か考えられて、もっと最良のパターンはないかと組み合わせが変えられる。その所為でゴチャゴチャだ。


「疑問形かよ。俺は行くからな」


 すかさず矢坂が指摘するが、私はそれも聞かず頭を懸命に動かしてた。みんなの命がかかってるんだ。私の馬鹿げた計画で大丈夫なのか心配。頭はあらゆる可能性を考える。


「咲羅は先のほうがいい。危険だけど、上別府がいる。下のワゴン車がダメでも先生たちのもある。最悪、トラック。リサさんたちが一番危険かもしれない。いや、逃げ道はある。粉塵爆発にすべてをかけられるわけじゃないんだし」


 私は頭を抱えてぶつぶつ言う。だけど、そのおかげで考え過ぎている頭が落ち着く。


「……それでいい。矢坂は結を連れて、リサさんと行って。作戦はそれだけ」


「一緒に行く」


 頑なに言う矢坂に私は少々イラついた。自分の作戦が穴あきだらけな気がするのに、さらにそこに水を差すなんて、作戦が粉々に分裂しそうだ。


「もう、わかったから」


 やむなく承諾する。これ以上同じ事を言われたら、作戦を忘れそうだったから。


「あのさ、人狼に襲われたらどうすんねん?」


 野口が言う。あまり触れたくない事だが、最悪の場合だってありえる。隊列にもならない列を乱して戦うかって事だろう。


「自分たちで対処してほしい。だけど、毅然とした態度でいれば、そんな簡単に襲ってこない。一瞬でも隙を見せたら襲い掛かってくる」


 隙と言われてもわかるはずがない。私だってどういうのが隙かよくわからない。だけど、動物たちはそれを瞬時に見極める。一瞬でも目が怯えたら負けだ。

 自分でも驚くほどの指示が出せてるけど、自分の考えも気持ちも何一つ口に出してない。私が言いたいのはそんな事じゃない。


「…………でも、死なないで」


 今、辛くもあるし、怖くもある。それに恐怖で逃げ出したいし、この現実に目を向けたくない。今感じるそれは私が中学卒業とともに体験した感情と似てる。前に前に押されて強制的に進んで、後ろには戻れない。でも、誰も手を差し伸べてくれないあの時とは違う。殻に閉じこもる日々とは違う。


「絶対、見捨てないから。自分の足で前に進んでも、崖があるなら助けを呼んで。絶対に助けに行くから」


 自分はあの時助けてほしかった。だけど、声にならない叫びは誰にも届かなかった。助けを求める事は誰だってある。だから、私はそれに応じる。私にはされなかった事を、辛かった思いを誰かが感じるなんてさせたくない。

 自然と涙が流れてた。悲しみでも嬉しさでもない。例えられない不思議な感情。


 だけど、もう一つ、私は味わった事のない感覚に満たされていた。大勢ではないがこれほどの目に見つめられても不快な気持ちにならなかった。



「仁義ですネ」


 リサの声で私は我に返った。誰かに伝えてる言葉じゃなく、自分自身に言い聞かせてるつもりだった。


「絶対、絶対って言いすぎやわ」


 三輪が私の肩を叩く。優しさと思いやりのこもった手だ。


「つーらしい、言葉ね」


 私は急いで服の袖で涙をぬぐった。涙が馬鹿らしく思えた。


「咲羅、前が危険なら自己判断でお願い」


 咲羅の手を硬く握る。初めて自分の手が震えてた事に気づいた。


「爆発が不発に終わったら言って」咲羅も私の手の振るえに気づいて両手で包む。「大丈夫よ」


 もしも、車が無理になった場合のためだろう。技術職員室前のワゴン車を使用出来なくなった時、学校に留まるか別の方法で学校を出て行くかは粉塵爆発にかかってる。

 咲羅の言葉で一つ問題が浮かんだ。連絡方法がない。大声で叫ぶのは厳禁だ。


 ケータイがある! こんなにケータイを持っていて嬉しい事はない。でも、着信音がうるさい。だったら、最初っから通話しておけばいい。

 でも、二つを繋ぐだけで複数は繋げない。全員で通話出来る機能があるかもしれないが、私は知らない。


「ケータイを持ってる人は?」


 中学生と野口と三輪っちと田中さん以外が手を上げる。当然、結とシンディは手を下げてる。いつも肌身離さず持っていそうな田中さんが持っていないのは少し驚いた。


「咲羅のとリサさんのを繋いで。美穂は私と。上別府は矢坂と」


 出来るだけ、お互い番号を知ってるはずの組み合わせにする。これで全体が繋がるはず。先頭と真ん中、真ん中と後尾、先頭と後尾。

 誰も複数の通話を提案しないところみると知らないかそんな機能はないのだろう。お互い掛け合って通話出来る状態にした。

 

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