十二月二十四日 金曜日 午後一時三分 不明瞭な恣意
必要な荷物を部長の車のトランクに詰め込み、刀は自分の脇に置いてる。車種はわからないけど、黒のBMWだと思う。
今の状況にはかなり抵抗があった。だけど、心臓の位置より高くしたほうがいいと思った私は矢坂の頭を自分の膝に乗せていた。この事は絶対誰にも知られたくない。
矢坂の腰のホルスターには拝借した時と同じように銃が収められてる。シンディは足元に窮屈そうに座ってる。
窓から見える景色がいつもと違って見えた。まるで地球が死んだみたい。静かで異質で虚しい。
あの人狼は美女と野獣の野獣だ。だけど、この場合美女はどんな役目を担うのだろう? 殺されるか食われるか、それとも良心を引き出す?
いや、あの野獣に美女は不要。美女が必要なら人間の事だ。ただ、殺されるだけの。そして、心を通わせる事も和解はありえない。刃を向けたのは人間が先だから。
「對崎さんはどうしてあそこにいたんですか?」
いつもみたいに無言の沈黙に耐えられなかったわけじゃない。ふと、私は普通の疑問が浮かんだから聞いてみた。
「家があの近くなんだ」
何らかの方法――今乗ってる車を運転して自宅まで戻って家族の安否を確かめに来たに違いない。部長ならそうだとしてもおかしくない。
「……そうなんですか」
だけど、一人だという事は亡くなってるはずだ。私はそれ以上言葉が見つからなかった。
ボーっと窓の外を見てるといつか読んだ本が思い出される。
誰かが動物を擬人化するのは過ちだと言った。動物が痛みを感じると考えただけで過ちだと。怒りではない攻撃態勢である。愛情ではない求愛行動である。逃げるのではない退避行動である。そして、動物は痛みなど感じない、と。感情を持たないただの物だとした。
それを簡単に受け入れられたら、こんなに考えずにすんでるかもしれない。学校のやり方を、家畜たちの扱いを受け入れられたはずだ。
だけど、私の幼少期は動物が主だったといっても過言ではない。彼らは感情を持ち、痛みを感じるのが身に沁みるほどわかる。あの人狼すらそうだ。だから、それは受け入れられない。動物が感情を持たないと言う人がいるなら、私はその人が「地球は丸い」と言っても信じられない。
人間と動物をわけるのは何? 感情、行動、家族、心理、体格、言葉、知識、愛情。いったい何なのか? 人間が何かしらの境界線を引いてるだけだ。
じゃあ、何のためにあの人狼は私たちを殺そうとする? 怒りか食欲か遊戯か。
だけど、そんな事どうだっていい。彼らは生きて動いている。自分の意思を持ち、自ら行動してる。
その結果がこれなのかもしれない。いや、それが人間を殺す原因かもしれない。人間が命を奪っている事に気付かずに今までいた代償。ついに自分たちが狙われる事になったという事だろうか。
赦しは乞えない。一番最初に牙を向けたのは私たち人間だ。そして、動物は過ちを赦さない。殴れば、殴ってきた相手を永遠に覚えてる。蹴れば、蹴ってきた相手を永遠に覚えてる。たとえ、麻酔銃だろうと痛みを与えられた動物たちは忘れない。一度落とし穴にはまったら、あの道は落とし穴があるから通らないでおこうと認識するのが普通だ。それは動物も同じ事。一度でも殴ってきた人間には近寄らなかったり、攻撃してくる。その記憶はいつまでも残り、過ちとして憶えている。そして、赦されない。
私たちは人狼に殺される。
「あの人狼を……殺して、どう思ってますか?」
私はいつの間にかそう口走っていた。だけど、その質問を下ろそうとは思わなかった。私は家畜とペットの違いを延々悩む。その永遠とループする生死の問題に、|對崎部長(この人)は答えを持っているだろうか?
「……これが生きるって事だろうな」
自然界には生死がごろごろ転がってる。それと無縁なのは人間――とりわけ平和ボケしてる日本人かもしれない。家畜は殺されても平気だけど、ペットを殺されるのはいたたまれない。どっちも命だ。どこが違う? その答えは私は知らない。目に見えない問題には無関心だから答えが見えないのかもしれない。いや、私は両方見ていたはず。だけど、その違いは食用か愛玩かしかわからない。
「だけど、殺すのはかなり無理がある」
何かしらの苦悩があるようだった。私が会った中で一番完璧に近い人にすら悩み事はあるもの。
「殺すのは?」私は繰り返す。
「一歩間違えればただの意味のない殺しだ」
( )
そうだ。私は一度考えた。部活動で鶏を肉にする前の工程――屠殺について。それは座学だったが、私は初めてそれを知った。現実味を帯びた命の問題が目の前に突きつけられた。
だけど、それはただの殺しだと思った。それ以外考えられなかった。肉を食べないからかもしれない。最後に肉を食べたのは小学校だ。私は低学年のころに生のささみを前にして、声が聞こえた。それが幻聴か現実かは今でもわからないが、肉を前にすると今でも思い出して口に運ぶ事が出来ない。あれ以来絶対に食べなければならない場合を除いて食べた事はない。
それに美味しく食べられたいと思ってないと私は信じてる。逆にそう思ってたら私にはあの声は聞こえなかったに違いない。
だから、屠殺の必要性が私にはわからない。人間が生きるのに食すためだけど、それじゃあどこか抽象的過ぎる。
それに、「食べる」というとこに焦点を置かず、「殺す」というとこに焦点を置いたら? そう思ったのは、屠殺が現実味を帯びた頃に「ただ殺しを楽しみたい」と言った殺人事件が起きたからかもしれない。動物も人間も殺された事件だ。
命を殺すという点においては人間を殺しても動物を殺しても変わりはない。だけど、法律上は重さが変わる。同じ「命」なのにどこが違うって言うのだろう? だから、殺しに積極的かという点を除いて、私はその殺人犯に賛成は出来る。その殺人犯は人命のほうで裁判にかけられたけど。
だから、その境を越えたら、屠殺ではなくなる。食育ではなくなる。正直、その境を高校生にさ迷わせそうな事をするのはどうかと思う。一歩間違えれば、快楽殺人犯の出来上がりかもしれない。
この問題は私にとってかなりめんどくさくも真面目に取り組まなければならない気がする。そのうち、しなくちゃならないのだから。
何より知りたがりなのだ。屠殺を知った日にはすぐにネットで調べた。画面の奥にある情報だけに興味をそそられ調べつくした。結果何が得られたか――今まで知らなかった裏側と人間の汚さだった。けど、知りたがりが直るわけでもない。いつか屠殺をしたいと願う日が来る。事実、その問題が突きつけられた三日後には思ったが、快楽殺人に繋がったら? と思ったのも事実だ。
しっかり自分を持っていればいいと思うけど、私の決意のなさは自分でも笑えてくる。もしも殺しを楽しんでしまったら? 自分が死ねばいい。そんな考え実行出来るわけがない。私は嘔吐した。ホントに吐瀉物を出したわけじゃない。感情的なものが込み上げてきて吐き出した。
もっと大事な事を忘れてる気がする。
「大丈夫?」
こんな問題を起こす自分の脳が嫌いだ。こんな事をさせようとする高校が嫌いだ。何より一番最初にそれを当たり前とした人間が嫌いだ。以上、私が嫌いなもの三つ。
「平気です」
咄嗟に嘘をついたが、どうだっていい。
「俺ら人間は野生動物のようになった。いや、生きるだけに野蛮になった」
野生動物なら殺すのは獲物だ。例外はいくつかあるけど、狩りのためだ。捕食者が現れたからといって人間が野生動物のように殺しを行うわけじゃない。むしろ、捕食者を殺そうとしてさらに野蛮になる。それこそただの殺しだ。
自衛隊のヘリコプターが見えた。前方と後方にプロペラがあり、黒に近い緑の塗装。
よくある怪獣ものの映画だったり、天変地異の映画を思い出したが、現実ではどうにもならないと思った。それにどういう法的根拠で出動してるのだろうか? あれが起こり、人間を食う捕食者が現れたから勝手に出動したとしても始末書を出す事になるだろうな。とか考える気分にもならなかった。
「人間は牙を忘れた肉食獣だ。致命傷を与えられない肉食獣は動物界では生きていけない」部長がぽつりとつぶやいた。
後者の言葉はどこかで聞いた事がある。だけど、部長らしい言葉だ。
どれだけ足が速いチーターだろうが、喉を噛まなければ獲物は逃げる隙を見つけて逃げていく。それの繰り返しでやがては餓える。
そして、人間は素手では致命傷など与えられない。いや、触る事すら不可能だろう。だから、文明の利器を持ち出す。持ち出したところであまり変わりはないかもしれないが。
それにあの人狼は文明の利器を使って私を殺そうとしたのだ。もはや人間はどうにも出来ない。牙を忘れたのだから。
死ぬしかない。今をどんなに生き抜いても最後には死んでしまう。
結を拾ってからは、私は一度も對崎部長に話しかけなかった。
結を連れてくれていた女性は私たちの言葉を信じてくれたが、ほかの人たちはあまり信じていなかったかもしれない。獣がうろつている恐怖がまだあるはずだ。死んでるけどそれを見てないから。
だけど、あの看護師の女性だけは私たちの事を心配してくれてた。置いていった事を少し気に病んでたみたいだけど。
そういえば、亡骸が一つもない。車が衝突事故を起こしてたり、バイクが横転してたりするのに運転手がいない。遠くにはイルカの尾びれみたいな飛行機の尾翼が煙と炎の中で見える。
本当に地球上の人間が死んでしまった。




