十二月二十四日 金曜日 午前十二時四十七分 優男部長先輩
自由に何にも囚われず、本能のまま生きたい。
何々だからダメなんて言われたくないし、それで行動を奪われるのも嫌。そういう年頃かもしれない。
でも、そう簡単にはなれない。
今まで半分地だったけど、演技でもある。
もう半分の地でもある自由を望む心は、規律を守る心に拒まれていたんだ。
……無法地帯でも無法者にはなれなかった。
それでも、私は変わっていた――
ねぇ、どうして高校に行かなきゃならないの?
将来のため? 行けば保障されるの?
私のしたい事は出来るの?
勉強だけが私の価値じゃないのはわかってくれるの?
自由はあるの? それって檻じゃないの?
まるで犬の首輪。それがなくても生きていけるのに、なかったら悪い事のように言われる。
まるで檻。それがなければ、生きている事が許されない。
小説や漫画が好きだった私は豊かな想像力を抑えきれずにこじらせた。まるで自分がそこに同化したかのように。
同年代の子にはよくある事かもしれない。自分で作ったキャラクターを登場させてみたり、設定だけを借りて自分で話を作ってみたり。私も同じような事をした。キャラクターを作り、美貌を持たせ、力を与え、私には出来ない事をさせた。憧れの存在として作り上げた。
だけど、私はあらゆる設定やストーリーを溜め込み、バラバラにして、新しく形作るのを得意とした。いや、ほとんど一から作ってるのかもしれない。たとえば、トウモロコシの略奪宇宙間戦争。たとえば、まったく別の世界へ行ってしまい犯罪者とされる友達。たとえば、魔力があふれた未来。たとえば、私たちは夢の世界でも生活してる。
挙げれば挙げるほどきりがなくなる。だけど、どれも必ずといっていいほど、現実で起こればいいと望んでしまう。それは楽しく、幸せで、憧れる世界だから。
だからって、血みどろの想像をした事が一度もないって事はない。バトルロイヤルに殺人鬼から逃げ惑う話などなど。どれもスプラッター映画ほどではないが。
そういう想像力が現実になればいいと思った。血みどろは除いて。
あのままの高校生生活は嫌だと少なくとも望んだ。どんなかたちでも叶うとまでは思ってなかった。
でも、ここまで違うものは望んでいたかはわからん。
いつもと違う事を望んでたけど、これはない……。ありえない。
小さくため息をつくと額についた汗を拭った。
「そ、っか……」
一度は心に決めた。だけど、あの命のやり取りは別の意味を持っていた。
私には一種のゲームに入り込んだような錯覚が生まれ始めている。いや、もっと複雑だけど、例えようがない。壊れた日から望んでたかもしれない、日。少なくともファンタジーに憧れた日からの望み。世界が変わればいい、ただそれだけだった。
なのに、現実は予想もしないほうに転がる。それが現実なのだから。
左足が特に痛む。鋭痛。鈍痛よりはマシだと思う。腹殴られた時の吐き気はキツいから。
左腕が案外痛くない。肌寒い。
大きく息をして肋骨が折れていないか確認する。肺に刺さっていたら息苦しいし、心臓に刺さっていればもう死んでるかもしれない。
「これから……どうしよう」
自分の先が見えないかも。
中学卒業より忌々しい事なんてないと思ってたけど、あった。
もうすべてを放り出したい。投げ出したい。
学校のやり方と食糧になってしまう動物たちへの接し方などに怒りを覚え、悶々と考えた時と同じ。命とは何か? それが永遠にループするような答えの出ない問題。
だけど、人狼と戦わなきゃいけないのは事実。結末がどうなろうと。
矢坂に……シンディ……そう、シンディ!
「あの人狼は!?」
勢いよく起き上がったけど、眼前はあの道の駅。叫んだらよってくるかもと思ったのは遅かった。
戦ってたのに……! 喰われてない!? 頭は? ある。顔は? ある。肩。腕。指。あるある。うん。ある。胸は? 無くてもいいや。腹。脂肪ぐらい持っていってくれてもよかったのに。膝。足。五体満足。
刀はベンチに立てかけられ、リュックは綺麗に整えられていた。脱いでいたコートは綺麗に畳まれ、枕代わりに頭の下に置かれていた。
道の駅の休憩用ベンチに横たわっていた私は辺りの様子を見回した。視界に何かがいるのを認識した。
一瞬でわかった。学校で見かけなかったからちょっと信じられなかった。
立ち方、動作、姿。それだけで大体の者がわかる。人の顔と名前を憶えるのが苦手だったため、私は別の事で憶えるしかなかった結果だ。
人見知りのお蔭で一定のものだけしか見ていなかったという事はなく、全体的にいつも見ていたからかもしれない。そのため、名前よりも先に、その人の立ち位置やしゃべり口調、癖、性格、仲の良い者から自然に憶えていた。だからか、たまに仲良しグループ内で名前が入れ替わる事がある。
そして、視界に捕らえている人間は對崎慶輔。高校で所属している総合環境部の部長だ。
総環に入って、一番目に話しかけてくれた先輩だ。部の中では部長という、さらに上の立ち位置でもあった。知識は豊富。実習は進んで取り組むし、物事ははっきり言うし、それがいかにも道理にかなってる言い方をする。それになんだかんだ言って、私は憧れてはいたかもしれない。どの感情かは知らないけど。ああ、馬鹿だった自分を殴りに行きたい。
そんな私をよそに、對崎部長は近所の小母ちゃんからはきっと評判がよくなるような笑みをしている。いつもの事だ。笑っているような細い目。でも、目尻の笑い皺が現れる時が本当に笑ってる。
この人はいろんな意味で苦手だ。
第一に先輩としての世間を知っているため、その事からの指摘の脅威。いい事なのかもしれないけど、私にとっては恐怖同然だ。
当番実習時に「完璧。って言うのは自分が決めるのじゃなくて、他人が決めるもの」なんて言われた時には苔のこびりついた床掃除をやめられなくて死ぬかと思った。そこの私の存在はなかった事にしてほしいくらいだ。
第二に時々薄く開く目。まるで殺人鬼みたいに思えてくる。
第三に入部したてのころにあった小学生を招いた農業体験でセクハラまがいな事をされそうになったからだ。ただ単に私の緊張を解すための案として「こしょこしょ」を思いついた部長だったが、私はそれを聞いた途端に硬直した。部長自ら取りやめてくれたけど。
男嫌いからかもしれないが、三つの理由も含まれていると私自身思う。
学校以外で――こんな状況でも――会うのは初めてでどう挨拶すればいいか迷った挙句、いつも部活動で使っていた挨拶をする事にした。
「……おはようございます」
「おはよう」腕時計をチラッと見た。「もうお昼だけど」
なめらかでしゃべりなれてるって感じの言葉遣い。
「對崎さん……」
私は何を言っていいかわからなくなった。何から聞けばいい?
「君と一緒にいた少年と犬は手当てしておいたから、大丈夫だよ」
安心させるようにか對崎部長は笑い皺を作って微笑んだが、私は心配でたまらなかった。
ベンチから降りてみると、もう一つ隣のベンチに矢坂が横たわっていた。その下にはシンディがうずくまっている。
「シンディ……矢坂!」
私は駆け寄った。起きているシンディの脇に座り込み、彼女を抱きしめると――嬉しさのあまり、強く抱きしめすぎた――私は矢坂を見た。
腕に包帯が巻かれ、少し血がにじんでいた。額には絆創膏が張られている。腕の付け根のあたりに黒いゴムが食い込んでいる。私は自分の手首に目をやった。左手首にいつもつけていた髪ゴムが一本ない。矢坂の腕にあるのがその一本だろう。
当の本人はかなり安らかに眠っている。気を失ってるのかもしれない。
「かなり酷かった。出血していて、肉が抉れていた」
衣服が裂けて血が滲んでいたのを見るだけで容易に想像がつく。右腕は爪で抉られた四本の痕。額からの出血。他多数の生傷。想像しただけで私はたじろいだ。自分を落ち着かせようとシンディの背中を撫でた。
「……ありがとうございます」
涙腺が緩みそうになるが、必死に押しとどめようと勤める。まだ泣く事は許されない。
「あの獣と戦ったのか?」
私は弾かれたように顔を上げてしまった。本当の事を言っても、信じてもらえないかもしれない。素の私を知らない部長になんて言えば嘘っぽく聞こえないだろうか?
腕の傷がかゆくなってきた私は一言で済ます事にした。
「……そうです」
「佐野ちゃんにしてはよくやったよ」
私は耳を疑った。よくやった? それって皮肉としか思えない。佐野ちゃんなんて言われるのも嫌だけど。
「昨日の事を思うと」
昨日?
なかなか思い出せない。まるでもやがかかったみたいに思い出せない。健忘だろうか。でも、部長の笑みを見る限り、昨日の出来事は悪い事じゃなさそうだ。
突然、部長の手の平が迫っていて私は少し身を引いた。部長は少し困ったように、でもわかっていたかのように握り拳を作った。
あの時と同じだ。当番実習で三十キロ前後あろうかという飼料を運んできた時にされた事。私のパーソナルスペースにかなり侵入され、反射的に頭を避けた。他人が頭を触ってくるなど頭を引きちぎられるのと等しい。それを理解したのか部長は手を拳に変えた。ハイファイブは知っていたが、自分の身に起こるなど予想もしていなかった。もちろん、それにも応じなかった。
あの時の事は失礼だったとは思う。たぶん、褒めてくれようとしたんだから。だから、今回は応じる事にした。
右手で拳を作って、部長の拳に合わせる。部長は嬉しそうに笑うが、私は昨日の事が気になってしかたがない。
だけど、視線を周囲に走らせた事で私はショックを受けた。店の出入り口から少し離れたところに人狼が横たわっていた。吐き気がこみ上げた。やっぱり、あの人狼は對崎部長に殺されていた。ほんの少し馬鹿げた怒りがこみ上げたが、殺した事をどう思ってるのか聞きたかった。
「それで、これからどうするつもりだった?」
「…………わかりません」
聞くなら今しかない気がした。でも、言葉にするにはかなり抵抗があった。やっぱり、聞くのはよしておこう。
「送っていこうか? 見たところバイクのようだし」
嬉しい申し出ではあった。だが、結を迎えに行かないと行けないし、矢坂を負ぶって車で約三十分の道は歩けない。
「いえ、大丈夫です。矢坂が起きるまでここにいますから」
「もしかして、佐野ちゃん、俺がその少年を背負うと思ってる?」
私はそう考えるのが当たり前だと思って首を縦に振った。それとも、それはあまりにも他力本願だっただろうか?
部長は腹を抱えて笑った。笑い涙が出そうなほど。
「そ、それって」もう一度笑い声を上げる。「何? 俺の事を……ハハハハハッ!」
堪えきれずについには噴出してしまった。こんな部長は見た事ない。
「車で来たんだよ」
部長が十八歳じゃなくてもそれは可能だと思う。テーラーにも乗ってたし、コンバインにも乗ってた。他にも名前の知らない機械に乗ってたから、車ぐらい難なく運転出来るはずだ。
「ま、佐野ちゃんぐらいなら担げると思うな」
矢坂より私の方が重いと思うのに、想像するのも嫌になる。
「私、自分の足で歩けます」
私は少々ムカついて言い返した。部活じゃ絶対にありえない事だ。
「連れないなぁ」




