10-8 あなたが一人で苦しまないで
それからしばらく時が流れて、オーストラリアの厳しい夏が終わった。日中の日差しはだいぶ緩くなって過ごしやすい。それでも乾燥して砂嵐の吹き荒れるその砂漠に、不自然にそびえるコンクリートの建物。
その建物の、その部屋の窓は他の部屋の窓より大きい。それは千里眼を持つレオナルドが、周囲の状況を観察しやすい様に大きく設計されていた。
だから、レオナルドが最初に気付いた。この辺りを通りかかる人間は誰だって車に乗っているし、たまに車から降りて散策しているとしても、単独での砂漠の踏破は推奨されていないことから、二人以上でいることが多い。
なのに、レオナルドが見つけたその男は一人だった。たった一人で、その身一つで砂漠に現れた。
「伯爵、何者かが近づいています」
「そうか」
ついに来た。1万平方キロメートル以上もある砂漠の中から、とうとうこの家を見つけ出した。砂漠の過酷な環境で、食料も手に入らない、天然の地獄のようなこの土地で。数か月もさ迷い歩いて、彼はようやくこの土地にやってきた。
レオナルドが視認できたのは10km以上も先だ。ヴィンセントにも見えない程、まだ遥か遠い。しかし、人の姿は確認できなくても、あちらからは不自然に建つビルは見えているかもしれない。きっと、今日来るだろう。
「ヴィンセント……」
メリッサが隣に座って、不安そうにしつつも気遣う様に、ヴィンセントの膝にそっと手を置いた。
「あなた、可哀想な人だわ」
ヴィンセントは自嘲するように笑った。
「そうか、私は可哀想か」
「そうよ。だからあなたは何もしないで。あなたがこれ以上苦しむことはないのよ」
二人の様子を見て、アンジェロは唇を引き結んで拳を強く握り、その琥珀色の瞳に強い意志を宿した。
この事態を引き起こしたのは自分だ。だから、自分が片を付ける。手前の尻拭いも出来ないで、惚れた女を守れないで、そんなのは男じゃない。
他人に後始末を任せて平然としていられるほど、アンジェロは無責任でもヘタレでもなかったから。だからアンジェロも覚悟を決めた。
そして、覚悟を決めるべき者が、もう一人いる。
ミナが1階に下りていくと、それに気付いたヴィンセントが立ち上がってミナの前まで来た。
「どうしたんですか?」
その問いにヴィンセントは儚く笑った。
「最初から、こういうことをするべきではなかったな」
北都の言っていた通り、仲間なら痛みを分かち合うべきだった。思いを共有するべきだった。ミナの言う通り、仲間外れは良くない。
「このままでは、フェアではないからな」
そう言ってヴィンセントがアンジェロに視線を送ると、アンジェロは頷いた。
これから何が起きるのだろうと、ミナは不思議に思いながらヴィンセントを見つめる。
「何度もすまないな、ミナ」
ヴィンセントが見つめ返して、その瞳が紅く輝いたと同時に、ミナの頭の中では、記憶の奔流が激流となって押し寄せた。
ミナは、クリシュナの全ての記憶を取り戻した。




