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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
10 オーストラリア編
98/140

10-8 あなたが一人で苦しまないで



 それからしばらく時が流れて、オーストラリアの厳しい夏が終わった。日中の日差しはだいぶ緩くなって過ごしやすい。それでも乾燥して砂嵐の吹き荒れるその砂漠に、不自然にそびえるコンクリートの建物。

 その建物の、その部屋の窓は他の部屋の窓より大きい。それは千里眼を持つレオナルドが、周囲の状況を観察しやすい様に大きく設計されていた。


 だから、レオナルドが最初に気付いた。この辺りを通りかかる人間は誰だって車に乗っているし、たまに車から降りて散策しているとしても、単独での砂漠の踏破は推奨されていないことから、二人以上でいることが多い。

 なのに、レオナルドが見つけたその男は一人だった。たった一人で、その身一つで砂漠に現れた。


「伯爵、何者かが近づいています」

「そうか」


 ついに来た。1万平方キロメートル以上もある砂漠の中から、とうとうこの家を見つけ出した。砂漠の過酷な環境で、食料も手に入らない、天然の地獄のようなこの土地で。数か月もさ迷い歩いて、彼はようやくこの土地にやってきた。


 レオナルドが視認できたのは10km以上も先だ。ヴィンセントにも見えない程、まだ遥か遠い。しかし、人の姿は確認できなくても、あちらからは不自然に建つビルは見えているかもしれない。きっと、今日来るだろう。


「ヴィンセント……」


 メリッサが隣に座って、不安そうにしつつも気遣う様に、ヴィンセントの膝にそっと手を置いた。


「あなた、可哀想な人だわ」


 ヴィンセントは自嘲するように笑った。


「そうか、私は可哀想か」

「そうよ。だからあなたは何もしないで。あなたがこれ以上苦しむことはないのよ」


 二人の様子を見て、アンジェロは唇を引き結んで拳を強く握り、その琥珀色の瞳に強い意志を宿した。

 この事態を引き起こしたのは自分だ。だから、自分が片を付ける。手前の尻拭いも出来ないで、惚れた女を守れないで、そんなのは男じゃない。

 他人に後始末を任せて平然としていられるほど、アンジェロは無責任でもヘタレでもなかったから。だからアンジェロも覚悟を決めた。


 そして、覚悟を決めるべき者が、もう一人いる。


 ミナが1階に下りていくと、それに気付いたヴィンセントが立ち上がってミナの前まで来た。


「どうしたんですか?」


 その問いにヴィンセントは儚く笑った。


「最初から、こういうことをするべきではなかったな」


 北都の言っていた通り、仲間なら痛みを分かち合うべきだった。思いを共有するべきだった。ミナの言う通り、仲間外れは良くない。


「このままでは、フェアではないからな」


 そう言ってヴィンセントがアンジェロに視線を送ると、アンジェロは頷いた。

 これから何が起きるのだろうと、ミナは不思議に思いながらヴィンセントを見つめる。


「何度もすまないな、ミナ」


 ヴィンセントが見つめ返して、その瞳が紅く輝いたと同時に、ミナの頭の中では、記憶の奔流が激流となって押し寄せた。


 ミナは、クリシュナの全ての記憶を取り戻した。

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