10-4 いてほしいがいないでほしい誰か
「ヴィンセント、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
アンジェロに釘を刺した後、ヴィンセントは改めてクリシュナの養子であるラジェーシュに顔を向けた。
「今の話は本当か?」
「ええ、僕が聞いた分には……でも、ただの噂です。僕はその噂が、本当だったらいいと思っていますけどね」
それは最近ムンバイでささやかれている話で、ほとんど怪談話として面白がられている程度のもので、事実なのかもわからないような話だった。
ムンバイにあるごみ集積場でのことだ。全裸で体中傷だらけの男が、ゴミの山の中から這い出て、集積場の職員を殺したという話。その男の容姿は、黒髪に緑色の瞳をしていたそうだ。
集積場の職員が殺害されたこと自体は事実だが、ゴミの中から這い出てきた男というのは、非現実的すぎて最早怪談扱いとなっている。
ヴィンセントが襟足の長い髪を肩に払うと、ラジェーシュが続けた。
「ヴィンセントさんのその黒髪と緑色の目は、生まれつきのものでしょう?」
「あぁ」
「父さんも同じでしたか?」
「私もそうだが兄様も頻繁に容姿を変えていたし、悪いが、昔の事過ぎて覚えていない」
「そうですか……」
ラジェーシュは残念そうに項垂れる。そんな事を聞くラジェーシュが何を期待しているのか、ヴィンセントにもわかる。
ゴミの山から這い出てきたというその男が、クリシュナだったらどれだけ良いか。その想いはヴィンセントも同じだ。
だが、その男の話はただの怪談話だ。吸血鬼は殺されたら灰になる。クリシュナの種族であるノスフェラトゥは、灰になってしまえば復活は出来ない。
それに、ジュリアスはクリシュナが邪魔で殺害を企てたのに、復活できるような中途半端な状態で放置していくとも考えられない。
「ただの噂話か、事実だったとしても別人だろう」
「そうですか」
残念そうにするラジェーシュには悪いと思ったが、ヴィンセントは続けた。
「でなければ、兄様が浮かばれぬ」
事情をあらかじめ聞いていたラジェーシュは、「そうですね……」と神妙な様子で俯いた。
「にゃぁん」
ミナの腕の中にいたアンジェロは、ふと何かに気付いて顔を上げた。ミナが体を起こしてアンジェロを抱き上げた。
「どうしたの?」
「にゃぁん」
アンジェロは虚空を見つめて鳴いている。
「にゃぁん、にゃぁ」
「アンジェロ?」
その日からアンジェロは、何かに向かって鳴くことが増えた。




