8-5 最低な男
「ん……伯爵……え?」
行為を終えて、ミナの髪を撫でながら抱きしめていると、ミナが正気を取り戻した。
「伯爵……え? まさか、そんな……」
状況を把握したミナは途端に狼狽えだして、泣きだした。
「わたくし……なんてことを……ジュリアスを裏切るなんて……」
自分の行動が信じられない様子のミナは、激しく動揺して悲嘆に暮れている。涙を流すミナを抱きしめると、ミナは震える声で呟いた。
「伯爵……どうして……」
「すまない。悲しむミナを見ていられなかった。少しの間だけでも、悲しみが薄れるなら、私はいくらでもミナの傍にいる。私はどこにもいかない。ずっとミナの傍にいる。ジュリアスの代わりでもいい。私を頼ってくれ。君を、愛してる」
「ごめんなさい……伯爵。あなたを利用するようなことをして、本当にごめんなさい」
「ミナ、泣くな。私が望んだことだ。きっとジュリアスもわかってくれる」
「ごめんなさい……。わたくし、酷い女だわ……ごめんなさい」
「ミナは悪くない。悪いのは私だ。ジュリアスが死んで、泣いているミナを見ていられなくて……私は、ミナの支えになりたい。一時でもミナの悲しみが消えるのなら、私はそれでいい」
「伯爵……」
ミナの思考が流れてくる。
(ジュリアスが死んだばかりなのに、なんてことをしてしまったんだろう。伯爵の優しさに付け込んで、酷い事をしてしまった。ジュリアスも裏切って、きっと伯爵も傷つけたわ。でも、伯爵がこれほどまでに思ってくれているなんて。彼となら、ジュリアスも許してくれるかもしれない。でも、わたくしはまだジュリアスを愛してる。わたくしはどうしたら……)
ミナの声を聴いて、抱きしめる腕により力を込める。
「ミナ、私はジュリアスを忘れて欲しいなんて思っていない。ただ、君を愛してる。それだけだ。私の事など考えなくていい。ただ、ミナに泣いてほしくない。幸せでいて欲しい。それだけだ」
ヴィンセントの言葉を聞いたミナは、再びはらはらと涙をこぼし始めた。とりあえず、今日の所はこのくらいでいい。考える余裕を持たせてやった方が、こっちに都合のいい結論が出る。
「ミナ、君を困らせるようなことをしてすまなかった。今日はもう家に戻って休むといい。屋敷まで送らせてくれ」
その日はミナを屋敷まで送って別れを告げた。やっと手に入った。完全にヴィンセントの手に落ちるまで、後は時間の問題だ。
それから、ヴィンセントは時折ミナの屋敷に足を運んだ。ただ、ミナと話をする、それだけの為に。極力、ミナへの愛情表現を避けて、ミナに触れないように、羊のふりをして。
日に日に、ミナの迷いは大きくなっていく。
そして、ジュリアスの墓参りに出かけた日、墓の前でミナは心の中で呟いた。
(ジュリアス、ねぇ、私、伯爵と運命を共にしていいかしら……ジュリアス、赦してくれる?)
その言葉を聞いた瞬間、ジュリアスの墓石を蹴飛ばしてやりたい衝動に駆られた。
(あぁ、可笑しい。お前の女は私が大事にしてやる。お前はそこで指をくわえてみていろ)
ジュリアスの墓石に向かってほくそ笑んで、ミナの手を取り、墓地を後にした。
夜も更けた墓地からの帰り、ミナがヴィンセントの屋敷に行きたいと言い出した。絶好の機会。今日、ミナが妻になる。
ソファに腰かけたミナはゆっくりとした口調で口を開いた。
「伯爵、わたくし、あの日からおかしいんです。昼間起きることができず、夜に目覚めご飯も喉を通りません。その代り、別のモノが欲しくて仕方がありませんの。怖くて知人に聞いてみたら、それはまるで吸血鬼だと言われましたわ。すべてはあの日から。伯爵、あなたは吸血鬼なのですか? わたくしも吸血鬼になったのですか?」
思いもよらない問いかけに、しばし絶句した。何故今までミナのこの思考が聞こえてこなかった? 知人? その知人が何かしたのか? それとも、ミナがその意志で思考を遮断していた?
わからない。――――――だが、かえって好都合。
「そうだ。私は不老不死の吸血鬼。そしてミナ、君も」
泣くかと思ったが、ミナは苦しそうに顔を歪めただけだった。
「ミナ、私も君も老いることも死ぬ事もない。若く美しいまま、二人で永遠の時を生きよう。私はミナを愛している。これからもずっと傍にいる。ミナだけを愛し続ける。一緒に生きよう」
そう言うとミナは苦しそうな顔を振り切って、ヴィンセントに笑顔を向けた。
「伯爵、嬉しいですわ。わたくしもあなたを愛しています。永遠にあなたのお傍におりますわ」
ミナは微笑んで立ち上がると、ヴィンセントの前まで来てゆっくりと腕を開く。ヴィンセントも立ち上がり、ミナを抱きしめると、その瞬間窓ガラスが割れ、背中に激痛が走った。




