8-3 ゲスい男
バーに戻ると、ミナがでグラスを傾けていた。
「お待たせいたしました。ジュリアスはよく眠っていらっしゃいますよ」
「そうですか。ご迷惑おかけして申し訳ありません」
「とんでもございません。私がお酒を進めたのが悪かったんですから」
「うふふ。ジュリアスってば本当に下戸なんですのよ。強いお酒なんて匂いを嗅いだだけで酔う程ですわ」
「ははは。それは難儀ですね。でも少し見てみたい気もします」
「まぁ、伯爵ったら。そういえば、伯爵はご結婚は?」
「今は独身ですよ。妻には先立たれましたので」
「そうでしたの……」
さっきまでの笑顔とは一転、彼女の表情は曇り、悲しそうに俯いた。ヴィンセントの為に悲しんでいるミナを見て、猛烈に愛しく思った。
「寂しくはございませんか?」
心配そうに見上げる彼女が愛おしい。
「ええ、今はホレイショーと言う友人も出来ましたし。大丈夫ですよ」
「そうですか……」
少しほっとした顔をしたミナはすぐにまたヴィンセントに顔を向けてくる。
「伯爵、わたくしもおりますわよ」
「え?」
「わたくしも、友として、伯爵のおそばにおりますわ」
「ありがとうございます。ミナ、あなたは優しいですね」
「いいえ。当然の事ですわ」
ああ、ダメだ。先にヴィンセントの心の方がさらわれてしまう。なんと心の美しい娘だ。この心の美しさこそが妻の生まれ変わりの証だ。
友などでは嫌だ。妻にしたい。どうしようもなく欲しい。愛しい。この娘から、愛されたい。
あぁ、やはり、ならば、ジュリアスは殺してしまおう。
翌日、ジュリアスを自宅へと送っていった。
「伯爵、すみません。なんだか体調がすぐれなくて……ご迷惑おかけします」
「ただの二日酔いでしょう。じきに良くなりますよ」
この日から徐々に、ジュリアスの体調は悪化していくことになる。
その日から、夜中に侵入してジュリアスを吸血し、昼間はミナと共にお見舞いに訪れる。そんな日々が繰り返された。
いつまでたっても体調の回復しないジュリアスにミナは心の底から心配して、あらゆる手を尽くして医者を呼び寄せる。
このまま続けていれば、いずれはジュリアスは死ぬだろう。だが、それまでずっと、こんなミナの姿を見続けなければならない。
「ジュリアス……彼がいなくなってしまったら、私……」
「大丈夫。きっと良くなりますよ」
はらはらと涙をこぼすミナを優しく抱きしめる。ジュリアスの為に涙を流す彼女を見るのが辛い。嫉妬が渦巻く。
ジュリアスを襲った帰り、夜道で娼婦に声をかけられた。イライラしていて、憂さ晴らしのつもりで話に乗った。
ミナの事を思い浮かべながら娼婦を抱くと、少しだけ満たされたような気分になったが、行為が終わると途端に虚無感に苛まれた。
あぁ、空しい。余計に腹が立って、その場で娼婦を殺した。
それからは、その繰り返し。ジュリアスを襲って、ミナの代わりに娼婦を抱いて、殺して、ジュリアスの見舞いに行く。
そんな日々の中で、ある日、出会った娼婦に一筋の光明を見た。殺そうとした時、その娼婦が流した血から異臭が立ち込めた。その娼婦は、ペストに冒されていた。
あぁ、この手があった。そういえば父と兄を暗殺した仇敵、ジェイノスはペストで死んだのだった。懐かしい。やはり、怨敵はペストで死ぬのが似合いだ。
早速ヴィンセント娼婦から血を取ってネズミに飲ませ、ジュリアスの屋敷に大量に放った。いいアイデアを思いつかせてくれた礼に、その娼婦は殺さずにおいた。




