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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
8 イギリス編

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8-1 哀れな男

※イギリス編の話は、暗く、ゲスく、胸糞系ですので、苦手な方は8ー8まで飛ばして下さい。




 時代は産業革命の真っただ中。ヴィンセントは当時の最先進国であったイギリスへ向かった。


1897年


 産業革命の中枢、プロテスタントの国イギリス。国土は決して広くはない島国でありながら、インドやアフリカにも植民地を置く大国。当時、イギリスの商業的、工業的地位において右に出る国はなかった。急進的に発達を遂げたイギリスは、とても貧富の差の激しい国だった。

 上等な燕尾服の貴族と、汗と油にまみれた工夫。町を練り歩く貴婦人と娼婦、笑いあって走り回る子供と浮浪児。この国には人間の全てがある。なんと美しい国か。


 あの娼婦たちに真実の愛とやらを説いて裏切ったらどんな顔をするだろう。

 あの浮浪児たちに救いの手を差し伸べて見捨てたらどんな反応をするだろう。

 バカな貴族どもに吸血鬼の力を貸すと約束して殺そうとしたらどんな顔で泣くだろう。考えただけで楽しい。そうだ、この国では人間の心で遊ぼう。

 新しいオモチャを見つけたヴィンセントは早速若い男に変身した。白く、なめらかな肌、すらりとした舞台俳優のような体躯。輝く金の髪にミスティークなグレーの瞳の貴族然とした美貌。人間を惹きつける、若く美しい男に。


 ロンドンをしばらく徘徊して、綺麗な屋敷を見つけた。屋敷の管理人に尋ねると、そこはある貴族の別宅で丁度売りに出そうと思っていたという事だった。管理人に案内してもらい、その貴族の代理人である弁護士の屋敷を訪ねた。



「すみません! お待たせしました!」

 スーツを着た茶髪の碧眼の、50代くらいの男が笑顔で階段を下りてきた。

「いえ、とんでもありません。私こそ急に押しかけてしまい申し訳ありません」

 帽子を取って謝ると、その男は異常なほど恐縮して騒いでいた。

「私は弁護士のホレイショー・キングです。よろしくお願いします」

「ドイツから参りました。ヴィンセント・ドラクレスティと申します。こちらこそよろしくお願いします。キング先生」

 屋敷の説明や買い取り額を相談して、一段落するとホレイショーは世間話を始めた。

「ドラクレスティ様はドイツの方ですよね? 貴族の方ですか?」

「ええ。ですが帝国解体と共に国を追われた、名ばかりの伯爵家ですよ」

「爵位をお持ちだったんですね! 大変失礼いたしました……」

「いえいえ。私が申し忘れておりましたから。どうかお気になさらず」

「ドラクレスティ伯爵は、貴族なのに気取ってなくていい人ですね」

「そうですか? ありがとうございます」


 貴族どころか王族だと突っ込みそうになったが、ホレイショーの人懐っこい笑顔に言葉を飲み込んだ。

 ホレイショーと話していて、かつての親友を思い出した。今頃親友は当然墓の中だ。親友はヴィンセントが死んでからも上手く国を纏めて、賢帝と呼ばれるほど偉大な王として君臨し、正教会において聖人に序列されたと聞いた。本当に親友は大した奴だ。

 友として喜ばしく思う反面、羨ましくもあった。親友のお陰で王位の奪還に成功したと言うのに、間もなく謀殺されたヴィンセントに親友は失望しただろうか。

 聖人に叙された親友が、神を見限った今のヴィンセントを見たら失望するだろうか。所詮ヴィンセントには王としての資質がなかったという事なのか、それとも帝国に反抗したのは間違いだったのか、今はもうそれを確かめるすべもない。

 ただ、父と兄と、そして友の期待を裏切ってしまった自分を、悲しく思った。


 ヴィセントが思索に耽っている間も、適当に返事をしていたためかホレイショーはニコニコと笑いかけながら会話を続けていた。

 この男は、幸せなんだろう。何もかもが普通で、普通に辛い事があって普通に楽しい事がある、そう言う幸せな人間なのだろう。ヴィンセントも生まれた時代が違ったら、別の生き方をしていたのだろうか。今の時代に「ヴィンセント・ドラクレスティ伯爵」として生まれてホレイショーと出会ったなら、友と呼べるような関係を築けているかもしれない。

 いや、考えるだけ無駄なことだ。所詮過去は過去だ。今はもう王族でも貴族でも、ましてや人間ですらない吸血鬼なのだから。


 とりあえず、この日はヴィンセントの話を聞いたうえで先方と交渉してみるという事で、そのまま話し合いを済ませた。

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