7-1 安全第一かつ保身第一で
トワイライトのお友達の邸宅。そこは既にイタリアから遠く離れた別の国だった。キリスト教圏ではあるが、カトリックではないこの土地。ここならばカトリックの人間が大きな顔をして好き放題するのは難しい。
ここは正教会を国教と定める国、北ヨーロッパに位置する共和制国家、フィンランド共和国である。
ミナは案内された居室のベッドの上にダイブして、クッションのふかふか具合を確かめながら寝転がっていた。
結局荷物も何もかも放って引っ越してしまった。そしてその引っ越しに何故かアンジェロがオマケでついてきた。ミナにとっては問題ないが、アンジェロも仕事があるはずなのに、一体どうするつもりなのだろうと考えると疑問だ。ローマやフィレンツェから慌てて逃げてきたことを考えると、ヴィンセントがアンジェロをローマまで送ってくれるとも考えにくい。こちらは(とくにヴィンセントは)アンジェロを追い出す気満々の様なので、アンジェロが自発的に帰る分には問題ない。なのにアンジェロは居座る気満々だし、まぁ本人が良ければ別に構わないとも思うが、一体いつまでいる気なのだろうとも思う。
それにアンジェロの言っていた、課長と伯爵の懸け橋になりたいという言葉が少し気にかかった。
彼の言う課長。それは恐らくミナを引き留めようとして口説いた、あのイケメンさんの事だろう。イケメンさんはヴィンセントに対しての敵意が窺えた。アンジェロはその二人の橋渡しをしたいようだ。アンジェロ達とミナ達、お互いがお互いにとっての天敵の様なものだ。その根幹にあるのがトップ二人の仲違いにあるのなら、それをうまく解決できれば、今後自分達は見逃してくれるかもしれない。そう考えるとアンジェロのプレゼンは中々良い提案だと思える。
だが、ミナが一番気になっているのはそこではなかった。
「ミナ、僕と一緒にいこう。僕の所においで」
彼はそう言ってミナに優しく微笑みかけた。ミナには覚えはないが、あちらはミナを知っているようだったし、ミナが拒んだ時にはとても驚いた顔をしていた。驚いたという事は、ミナが拒否するなどと思っていなかったという事だろうか。
(でも、いくらカッコイイからって、そんなホイホイついていくわけないのになぁ)
ヴィンセントには初対面でホイホイついて行った過去まで消去されたようだが、ミナも酔っていなければそれなりに普通の判断はできるのである。普通に考えて、初対面の相手に対して、あの勧誘はないだろう。イケメンだけど変わった男だ。
(でもあの人、カッコ良かったなぁ。アンジェロの課長さんなんだっけ。名前なんて言うのかな? アンジェロに聞いてみよっかな)
とりあえずミーハーなミナは、イケメンに対する好奇心が湧いたので、アンジェロに取材を試みることにした。
同じく居室を与えられたアンジェロは、ソファの背もたれに体を預けながら、ミナの質問に唸っている。
(さっきもおかしいと思ったけど、こいつは一体どーいう事だ?)
上司の恋人であるはずなのに、城で押し問答をした時は彼を拒絶したどころか、知らない人とまで言い放った。そして今は彼の名前は何だと質問を受けている。
頭がこんがらがる。何故ミナにそんな質問をされているのかが分からない。勿論、アンジェロにしてみれば、ミナとの友情を盾にして首の皮一枚で命を繋いでいるという緊迫した状況で、かたやミナの方はイケメンに興味津々という能天気さを発揮できるのが疑問と言うのもあるが、今はそこは置いておくとして。
理屈は分からないが、ミナは上司の事を、恋人の事を覚えていない。覚えていない理由やその理屈を突き止めるのは、少し後回しにする。もしヴィンセント達が催眠術か何かで忘れさせてしまっているのだとしたら、ミナが思い出してしまう事で吸血鬼たちに不都合があるからだ。そして思い出させてしまった自分は、間違いなく殺されるだろう。それだけは避けたい。
アンジェロの座右の銘は「世界で一番、我が身が可愛い」であり、人生のスローガンは「保身第一」である。そして現状として、アンジェロの命綱となっているのはミナとの関係性だ。その関係性は維持向上する必要がある。ミナに嫌われる様な事になって「ヴィンセントさぁん、やっぱアンジェロは殺しましょう」となるのは勘弁だ。命大事に。
つまり目下のアンジェロの行動指針は「ミナのご機嫌取り」であり、その次に「伯爵のご機嫌取り」が来る。
ミナの記憶の消失に関しては下手に探りを入れないことにして、ミナの質問に答えることにした。
「ジュリアス・スペンサー」
名前を聞いて色めき立った様子のミナは、続けてアンジェロに質問した。
「ね、ね、彼女いるのかな?」
お前だよ! と思ったがしばし考える。
ミナにはジュリアスの記憶はないし、ヴィンセントとジュリアスがミナを奪い合って争っている現状を考えると、下手にミナがジュリアスに興味を持ってしまったら、ヴィンセントが不利な状況になるかもしれない。ミナの恋を後押ししたせいでヴィンセントを不利に追い込んだと思われたら、自分の命が危うい。なのでこう答える。
「結婚考えてる彼女がいるみてーだぞ」
この解答は嘘ではなかったが、それを聞いたミナは「なーんだ」と、一気に興味をなくしたようだった。
ミナの様子を見て、ジュリアスに関わる会話が終了したことにアンジェロは心底安心したが、同時に思う。
(課長、スンマセン。ぶっちゃけ課長の恋よりも、自分の命が大事です)
ウッカリ勢いでついてきてしまったが、自分の微妙な立場に思わず溜息が出るアンジェロだった。




