6-6 お前はそう言う奴
廊下を歩いていたクリスティアーノがふと顔を上げると、前方からアンジェロが歩いてくるのが見えた。気安く声を掛けようとしたが、アンジェロの姿を見て訝しんだ。
「アンジェロ、もしかして……?」
クリスティアーノの問いかけに、アンジェロは何でもない、といつもどおり無表情で答える。クリスティアーノはアンジェロの様子が気にかかったが、アンジェロがこうして何でもないという時は、周りがどれだけ心配しても絶対に教えてくれないことは知っていた。
クリスティアーノは直接その現場を見たことはない。その現場を知っているのはアンジェロだけだ。「課長は怒ると大変」らしいが、どのように大変なのかを知っているのはアンジェロだけ。他のメンバーは知らなくていい事だから、アンジェロだけが怒りを受け止めている。アンジェロもその方がいいとわかっていて、それを受け止めている。
それは別に恐怖や洗脳の類ではない。そこには互いに信頼があるからだ。アンジェロしか知らない彼の秘密があったから。
だが、クリスティアーノは何も知らないわけではない。なんとなく、何が起きているのかくらい察しはついていた。それはクリスティアーノだけではないが。
だからと言って上司や軍に対する忠誠が揺らぐわけでもない。ただ、それを誰にも、親友である自分にも話さない、誰にも頼らないアンジェロが悲しいだけで。
クリスティアーノが引き下がるのはアンジェロも想定内だったようで、口元の血を拭うと一つ息を吐いた後に告げた。
「全員に伝えてくれ。速やかに武装して課長のオフィスに集合だ」
クリスティアーノが疑問を感じていることはわかっているのか、アンジェロは続けた。
「課長の命令だ。ミナを奪う」
その命令に一層クリスティアーノは眉を顰めた。そしてアンジェロに問うた。
「お前が何の為にミナを返したのか、その辺を課長は……」
わかってくれなかったのか、そう言おうとしてやめた。アンジェロがミナの返還に応じた意味を解ってはくれなかったのだろうか。いや、そんなはずはない。解らないはずがない。だが、それでも攻撃命令を下すのだ。
それほどの想いで、それほどの執着でミナを求めているのだろう。自分たちの命よりも。だとしたら、覚悟を決めるしかなかった。
「わかった。すぐにみんなに連絡する」
そう返事をした後クリスティアーノは、アンジェロの肩をぽんと叩いた。
「死ぬなよ」
そう言った後立ち去るクリスティアーノの後姿を見つめながら、アンジェロは「お前もな」と呟いて見送った。
命令通り速やかに武装したSMARTは、瞬間移動によって城に移送されていた。20畳以上はありそうな広大なリビングはモスグリーンの毛足の長い絨毯が敷かれ、天井からは蝋燭のシャンデリアがともされている。ほの暗いその灯りは窓ガラスに反射して、オレンジ色の光が揺らめいているのが美しい。誰の趣味か知らないが、ガウディを模したようなデザインの家具が並んで、一段と目を引くボルドーのソファには黒髪の美丈夫とストロベリーブロンドの美女が並んで腰かけている。
二人は当初驚いた様子だったが、瞬時に殺意と緊迫感が部屋中に満ち溢れた。二人は座っているが、即座に他者を殺戮できるような体制には入っているのだろう、それくらいの敵意が視線から垂れ流されている。
そんな二人の目の前にクリシュナが進み出た。
「ヴィンセント、ミナを僕に返してくれるかい」
クリシュナの問いかけに、ヴィンセントは鼻で笑った。
「ハッ。序盤から突っ込みどころが多すぎて、処理が面倒臭い」
その言葉に隣に座るメリッサが呆れたようにクスクスと笑うと、クリシュナに視線を向けた。
「もう、仕方がないわねぇ。まず、ヴィンセントを気安く呼び捨てにしないで頂戴。それと、ミナちゃんは一度だってあなたのものになったことはないから、返せというのは適切ではないわね。それから、交渉するつもりなら武器を見せるのは反則だし、そもそも紳士が玄関から入ってこないなんて、不躾じゃなくって? それと」
一旦言葉を切ったメリッサの瞳には、心の底からの侮蔑が刻まれている。
「その物真似とその顔が不愉快極まりないわ。消えて頂戴」
唾棄する様にメリッサが言って、その物言いにクリシュナが眉を顰め反論しようとした。その時バタバタと足音が近づいてきてリビングに入って来た。
「ヴィンセントさん終わりましたよー……っと?」
荷造りが終わったミナがリビングのヴィンセントに報告に来たら、なんだか雰囲気が一触即発だ。見ればヴィンセントとメリッサは激怒しているし、それに対している男達もピリピリとしている。それでミナはそろーりと歩みを進めた。
「えーっと? ヴィンセントさんどうしたんですか?」
記憶を消したせいでミナには事態が飲み込めていない。それはわかったが説明も面倒くさいとヴィンセントが考えていると、ヴィンセントに無視されたと思ったのか、ミナはアンジェロに寄って行った。
「アンジェロどうしたの? てかなんでウチきてんの? てか何この雰囲気? 怖いんだけど……」
ミナの質問を受けて、なんで当事者のお前が理解していないんだと謎が駆け巡るSMARTの面々と、頭を抱えるヴィンセント。
「あぁっ、そうか、ミナはこういう奴だった。しまった、抜かった……」
「あなたって時々抜けいてるわよね」
メリッサの鋭い追い打ちに一層肩を落とすヴィンセント。普段から淋しがり屋で甘えん坊で人懐っこいミナの事だ。1週間もあればSMARTのメンバー達と仲良くなってしまうだろう。なのに彼らの記憶を消し忘れてしまった。クリシュナの事は忘れたが、アンジェロ達の事は覚えているので、ミナとしては友達が突然武装して家に押しかけて来たような状態なのである。
この状況をミナならどうするか。決まっている。
「なんかわかんないけど、ケンカ? もう、アンジェロは血の気が多いんだから。アンジェロが強いのは私も知ってるよ? でもさ、いくらアンジェロでもヴィンセントさんには勝てないって。あの人ホントにヤバいんだって。だからさ、どーせなら仲良くしよっ! ね?」
このように無駄な博愛主義が炸裂するに決まっている。そしてその姿勢が事態を余計にややこしくする。




