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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
6 ローマ編
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6-5 絶対に許さない


 ミナが気付くと城の居間にいた。つい1週間前も似たような事があったが、この兄弟は一体何なのだとミナは溜息を吐く。

「もう、ヴィンセントさん? ちゃんと話し合わなきゃダメでしょ?」

 ミナの言葉にヴィンセントは不思議そうに首をかしげる。

「さっきからお前、仲直りだの話し合いだの言っているが、何の事だ?」

「え? だって、ケンカしたって……」

 クリシュナからはそう聞いていたのだ。だからその喧嘩が終息すればそれでいいと思っていた。だがヴィンセントは喧嘩の事など記憶にもないようだ。どういう事かと首をひねっていると突然、意識が中に引っ張られた。

「ごめんお姉ちゃん」

 表に出たに無理やり中に押し込められたようだ。

(ちょっと、北都?)

「ヴィンセントに話しておきたいことがあるんだ。少し時間を頂戴」

(う、うん……)

 北都の様子がいつになく真剣だったので、ミナは大人しく引き下がって精神テレビの様子を見ることにした。


 北都が交代したことに気付いたヴィンセントは改めてミナ―ー北都―ーに尋ねた。

「なにがわかった?」

「大したことは何も。とりあえず、お義兄さんはヴィンセントと昔の事で喧嘩したから、その喧嘩にお姉ちゃんを付き合わせたって説明してたよ」

「昔の事……内容は?」

「聞いてない。聞こうとしても何度かはぐらかされた」

「そうか。他には?」

「仕事の事は知ってる?」

「あぁ、知っている」

「じゃぁイタリアでの名前も知ってる?」

 それは今までヴィンセントも得ていなかった情報なので、知らないと答えた。それを聞いて北都が続ける。

「姿も違うよ。こちらでは金髪に青い瞳をしてるのが普通みたい。そのイタリアでの姿の時の名前は、ジュリアス・スペンサーって言うんだって」

 レミから聞いた、と北都は続けたが、その名を聞いた瞬間ヴィンセントは目を見開いて驚愕した様子だった。

「ヴィンセント、知ってたの?」

「いや……」

 動揺しながらも否定したが、ヴィンセントは少しすると黙り込んで、小刻みに肩を揺らし始めた。その様子に不審そうに北都は覗き込む。

「どうしたの?」

「ふっ、くくっ」

「ヴィンセント?」

「ふふっ、はははははは!」

「わっ」

 突然ヴィンセントが笑い出し、北都だけでなく全員が驚いて後ずさった。ヴィンセントが大笑いしている様子をしばらく眺めていたが、痺れを切らしたクライドが改めて尋ねた。

「何一人で笑ってんだよ? クリシュナがジュリアスって名乗ってんのがそんなにおもしれーのか?」

 ようやく笑いが引いてきたヴィンセントが、やはり少し肩を揺らしながらクライドを見た。

「いや、全く面白くない。むしろ不快だ」

「はぁ?」

「それに、兄様がジュリアスと名乗っている、それは間違いだな」

 その言葉に、情報を提供した北都はムッとした。

「間違いじゃないよ! ちゃんとSMARTの人たちにも聞いたんだから!」

「あぁ、そう言う意味ではない」

 興奮する北都を宥めてから、ヴィンセントは周りを見渡して言った。

「兄様がジュリアスと名乗っているのではない。ジュリアスが兄様の名を騙っているのだ」

 ヴィンセントの言葉にミナはテレビを見ながら首をかしげていたが、テレビに映る仲間たちは全員、顔から血の気が引き青ざめた様子になった。どうしたのかと思いながら見守っていると、衝撃を隠し切れない顔をしたままボニーが尋ねた。

「確証が、あるんだね?」

「あぁ」

 ヴィンセントの肯定を聞いて、メリッサも尋ねた。

「それで、これからどうするの? このままではまたミナちゃんを奪われて、恐らくその繰り返しよ」

 城の場所も知られているのだ。このままここに滞在するわけにはいかない。そうしたらメリッサの言う通り、同じ事が繰り返されるだけだ。

「手は打ってある。トワイライトの仲間には了承を得ている。すぐに荷物を纏めろ」

 ヴィンセントの命令に周りはすぐに動き出そうとしたが、ミナは慌てて北都を引っ張り戻し、表へ現れた。

「ちょっと待ってください! どういうことですか! なんで急に引っ越すことになってるんですか!? こんなに急に連れ戻されても、クリシュナさんに挨拶の一つもしてないし!」

 怒りながら食って掛かるミナを、ヴィンセントは少し憐れむように見つめた。ミナはその視線に勢いが殺されてしまって、「なんなんですか……」とヴィンセントを睨み上げる。ヴィンセントはそんなミナの瞳を真っ直ぐに捉えて、一言「すまない」と呟いた。ヴィンセントの瞳が紅く輝き、つられるようにミナの瞳も紅く輝きだす。一瞬意識を手放したかのようにクラリとミナの体が傾いだが、すぐに大勢を立て直した。

 そしてミナは周囲を見渡した。

「なにぼーっと立ってるんですか? ほら、時間ないんだから早く荷造りしますよ!」

 そう言って周りを急かしながらちょこまかと動きはじめた。


 その様子をヴィンセントとメリッサは遠目に見つめた。悲哀を湛えた目で、メリッサがヴィンセントを見上げた。

「ミナちゃんを納得させることは……」

「無理だ」

 だからこの手段を取らざるを得なかった。このまま引っ越してしまえばそれで丸く収まる。それはメリッサもわかっている。それでも辛かった。

 ミナの初めての恋は消えてしまった。恋心も、クリシュナと言う存在もすべて、ヴィンセントの魔眼による能力で消し去られた。ヴィンセントにとってもクリシュナの存在が消されてしまう事は辛い事だった。だが仕方ない。こうしなければミナの心が守られないし、もっと酷いことが起きる。

 その決断をしたヴィンセントが一番つらいのだと、メリッサはよくわかっている。慰めるようにヴィンセントの背中に腕を回して、優しく撫でた。

「ミナちゃんは、大丈夫よ」

「あぁ……」

「大丈夫。あなたがいるから」

「そうだな、お前達も」

「えぇ、私達はいなくなったりしないわ。だから……」

 悲しみを湛えていた榛色の瞳を瞑って、もう一度メリッサが瞳を開けた時、その眼に映るのは悲しみではなく、激しい怒りだった。

「私は絶対に、ジュリアスを許さない……っ」

 静かに、しかし激しく怒気の籠ったメリッサの宣言を聞いて、ヴィンセントも頷いて、ローマのある方角に視線をやった。

「この借りは、高くつくぞ」

 

 ローマにある、機械からも化け物からも一切視線を通さないビル。そのビルの中でも一人の男が唇をかみしめ、血の気がうせる程拳を握って、怒りに震えていた。

「ミナは俺のモノだ! 伯爵のモノじゃない! 必ず奪い取ってやる!」

 そして彼もまたフィレンツェの方角を睨みつける。

「絶対に……許さない」

 その瞳に憎悪の炎を宿して。

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