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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
6 ローマ編

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6-4 あれが最強の吸血鬼

「主任、結界が……!」

 勢いよくドアを開けてジョヴァンニが入室した時、アンジェロは窓の外を見つめていた。

「見えてる」

 視線の先に映るのは、炎の渦を悠然と通過するヴィンセントの姿だった。

(あれが、最強の吸血鬼、伯爵・ヴィンセント・ドラクレスティか)

 並の吸血鬼には破る事など敵わないはずだった。その堅固な結界を突破した。ジョヴァンニは自分の張った結界に欠陥があったのではないかと申し訳なさそうにしているが、「あれ」は化け物の中の化け物。程度が違う。

 窓から視線を外したアンジェロはジョヴァンニに向いた。

「主任、迎撃準備ならすぐに整えられるよ」

「いや、そんなの無駄だと思うぜ。大方ミナを取り戻しに来たんだろ。じゃぁ、返してやりゃいい」

 アンジェロの提案にジョヴァンニはのけ反って驚いた。

「でも、課長がいないのにそんな事勝手にしちゃっていいの!?」

 不幸にも、この日はクリシュナが仕事で不在だった。だからジョヴァンニはアンジェロに指示を求めたのだ。アンジェロはジョヴァンニのもっともな意見を聞いて、一つ息を吐く。

「ありゃ俺らの手におえるレベル越えてる。皆殺しにされるよりは、失敗を叱責される方がマシだろ」

 アンジェロがそんな事を言うなんて、ジョヴァンニには信じられなかった。常に一撃必殺で敵を打ち倒し、今まで大きな怪我を負ったことはない。銃の腕は達人級で、アンジェロが負けるわけがないと思っていたし、アンジェロが及び腰な事に心底驚いた。

 驚いてはいるが、反発する様子の無いジョヴァンニを見て、アンジェロは続けた。

「武装する必要はねぇ。伯爵たちを丁重にお迎えして、ミナを連れてこい」

「わかった」

 ジョヴァンニは素直に頷いて、部屋を後にした。


 セキュリティシステムが施されているはずの鋼鉄のドアが、何故か難なく開錠される。そして、電源が切れて一瞬真っ暗になった後、非常電源が作動して明るくなる。明るくなった時には既に、ジョヴァンニ、クリスティアーノ、レオナルドの三人の目の前には、赤いコートを着た黒髪の美丈夫と、長い髪の妖艶な美女がいて、その後方では露出度の高い服を着た女がこちらを睨み、全身にタトゥ―の入ったいかついスキンヘッドの男が腕組みをして見下ろしている。

 後方の二人のいでたちもいかにもアンダーグラウンドだが、ジョヴァンニ達は何よりもヴィンセントから放たれる威圧感に圧倒されてしまった。


(あ……ダメだ……)

 本能的に思い知る。これが最強の吸血鬼。これが不死の王。これが、伯爵。彼が何をしたというわけでもないのに、ただ見つめられるだけで心臓をわしづかみにされてしまったように動けない。冷や汗が首を流れ、背筋を悪寒が走る。化け物狩りを生業にしてきた彼らでさえ、これほどの恐怖を味わったことはなかった。ヴィンセントはそれほどの殺気を放っていた。


「あっ、あの……伯爵……ですね」

 声が掠れて震えた。よく見れば指先も膝も震えている。ジョヴァンニの様子を見ても、ヴィンセントは表情一つ変えることはない。

「そうだ」

 たった一言で後ずさりしそうになるのを、ぐっとこらえる。

「私の用件はわかっているな」

「は、はい。我々はぶ、武装しておらず、抵抗の意志はありません。ですから、どうぞ……お入りください。ご案内します」

 震えながらもなんとか無抵抗の意志を表したジョヴァンニに、ヴィンセントは眉をひそめた。。

「どういう風の吹き回しだ?」

 ヴィンセントにしてみれば、クリシュナが簡単に手放すとは思えなかったし、話が通じるというだけで以外でもあった。

「本日、課長は外出しておりまして、この件に関しては主任が取次ぎいたします」

「なるほどな。その主任の独断と言う訳か。なかなか賢い選択だ」

 満足そうにうなずくとヴィンセント達が歩きはじめたので、ジョヴァンニ達も慌てて先導を始めた。


 オフィスについてノックをすると、アンジェロの声がしてレミがドアを開けながら招き入れた。ソファには既にアンジェロとミナが腰かけて待っており、ヴィンセント達に気付いたミナは即座に立ち上がった。

「ヴィンセントさん、みんな、久しぶりですー!」

 犬が主人を歓待する様に大喜びでヴィンセントにまとわりつくミナを見て、ジョヴァンニ達は複雑な気分だ。

(ミナはあんな怖い人と一緒にいて平気なのかな……)

(俺の上司、課長でよかった……)

 こんなジョヴァンニ達の気も知らず、じゃれつくミナとよしよしと頭を撫でるヴィンセント。


 ようやくミナが落ち着きを取り戻してヴィンセントを見上げた。

「ヴィンセントさん、どうしたんですか? クリシュナと仲直りしに来たんですか?」

 その質問にヴィンセントはにっこりと笑った。

「いや。帰るぞ」

「え?」

 ミナが小首を傾げた瞬間、ミナ、ヴィンセント、メリッサ、ボニー、クライドは一瞬でその場から姿を消してしまった。


 取り残されたSMARTのメンバーはしばし呆然としていたが、アンジェロは悔しそうに歯噛みした。

「話すらもする気はねぇってのか」

 アンジェロが取り次ぐと前もって聞かされていたはずなのに、ヴィンセントの様子は完全に外野を無視していた。ミナを取り戻せたら、後はどうでも良かったのだろう。

 しかし、アンジェロの苛立ちに対して、ジョヴァンニ達は必死に弁護に回った。

「で、でもさ! よかったじゃん! 怪我人とかでなくさ!」

「むしろ無視してくれて安心したっつーか!」

「そうそう。本当、アレは寿命が縮むぜ……」

 ジョヴァンニ、レオナルド、クリスティアーノが口々に言う。それを見てアンジェロは溜息を吐く。

「まぁ、それはいいんだけどよ」

 ヴィンセントにミナを差し出したと誤解されるのではないか、そう懸念するくらいSMARTには収穫はなく、みすみすミナを取り返されてしまった。せめて情報の一つくらい欲しいところだったというのに。なんと言い訳すればよいのか考えると頭痛がする。

(課長は怒らせると大変なんだよなぁ……)

 滅多に怒らないが、怒らせると本当に酷い有様なのである。その事を考えると、一体どうしたらよかったのか、これからどうすべきなのか、考えて憂鬱になるアンジェロだった。

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