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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
1 邂逅編
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1-6 私はファブリックではありません

 マンションに着いて、とりあえずお部屋を賜った。まさかのクローゼットだった。

「うぅ……ヴィンセントさん、せめて廊下とか……」

 涙ながらに懇願するも「他の候補にはトイレもあるが」と言われたので、クローゼットで即決してしまった。

 しぶしぶクローゼットを開けると、ミナ一人が寝る分には困らない十分な広さだった。思ったよりドラ〇もん生活も悪くないかもしれない。でも、まだ棺もないし寝具もない。もしかして、これは床で寝る羽目に陥るのかと肩を落としていたら「棺が届くまではベッドで寝ていい」と言ってくれた。

「あ、ありがとうございます。でも、ヴィンセントさんはどこで寝るんですか?」

 首を傾げて尋ねてみると、ヴィンセントは黒い棺を指さした。

「この棺がヴィンセントさんの棺ですか?」

 黒い棺には赤い血のようなもので龍のウロボロスのマークと、魔方陣のようなものと文字が書いてある。書いてある文字はどうやら英語でもないようで、何が書いてあるかはさっぱりだ。

「そうだ。棺と言うのは重要なのだ。人間としての私はここで死に、吸血鬼としての私はここで生まれた。この棺が、私の最後の砦だ」

「へぇ……」

 この黒い棺が最後の砦であり、ここで生まれてここで死ぬ。吸血鬼にとってそれがどれほど重要な事なのか、この時のミナにはイマイチわからずにいた。


 それからお風呂を掃除して、お湯を張ってヴィンセントに先にお風呂に入ってもらい、その間に荷物の整理とベッドメイキング。一通り終わった頃にヴィンセントが上がってきて「お前も入れ」と言ってくれたのでお風呂に入ることにした。


 脱いだ服を洗濯機に入れてお風呂に浸かる。広い浴槽で目一杯手足を伸ばす。

 洋風の大きなバスタブと隣にはシャワールーム。

 本当に豪華なマンションだ。ここに定住できないなんて惜しいこと山の如しだが、ヴィンセントならこのくらいのクオリティの住処なら、どこに行っても確保してきそうな気もした。


 しばらく湯船に浸かっていると、突然猛烈に眠気が襲ってきた。浴室には小さな窓がある。このまま寝てしまえば、明日の朝には灰になっている事に予想が行き当たり、慌てて立ち上がろうとするも、眠すぎてうまく体に力が入らない。

 眠気と戦いながらも困り果てて、心の中で必死にヴィンセントを呼ぶと、ヴィンセントは既に脱衣所に来ていた。

「全く、少し待っていろ」

 ヴィンセントは脱衣所で何やらバサバサやっている。浴室の扉が開いたのを見届け、強烈な眠気に抗うことができず、ミナはそのまま眠りについてしまった。



 

 翌日目が覚めると、大きなベッドのシーツにくるまれて全裸のままだった。自分の様相にびっくりして起き上がり、すぐに昨夜のことを思い出して恥ずかしくなり、羞恥心で死にたくなった。

「起きたか」

 ヴィンセントが腕組みをしてベッド脇に立っていた。当然のようにお怒りの御様子だ。

「お、お、おはよぉございます。あの、昨日はすみませんでした……」

「全くだ。今後こんな迷惑は金輪際御免だ。私までびしょ濡れになったんだからな」

「すみません……」

「だから血を飲めと言っただろうが。普通の人間でも、一日飯を食わないだけで体力が持たないだろう。それをお前は、何日飯を食わずにいる気だ? ガミガミ……」


 恥ずかしいやら申し訳ないやら。もう謝る以外に喋りたくない。本当に申し訳ないと思っているのだが、是非ともヴィンセントには早めに部屋から出て行って欲しい。しかしヴィンセントは、そんなミナの気持ちを知ってか知らずか……知っているはずだが知ったことではないようで、延々とお説教が続いている。ふと、ヴィンセントが覗き込んできたのでギョッとした。

「おい、貴様、聞いているのか」

「き、聞いてます聞いてます! 聞いてますけど、あの、そろそろ着替えさせていただきたいんですけど……」

 ああそうだな、と言う反応を期待したのだが、まんまと裏切られ、ヴィンセントは思い切り眉根を寄せた。

「ふざけるな。今は私が話している。聞け」

(う、うわぁぁぁ)

 ミナの様子など、どうでもいい模様。それ以上に不満と怒りが爆発しているらしく、今はお説教をしたいらしい。

「安心しろ。お前ごときに興味はない」

「ご、ごとき……」

 改めて言われると結構ショックを受けた。


 仕方がないのでそのままガミガミとお説教を受けていると、しばらくするとヴィンセントも落ち着いてきたようだ。ようやく着替えられる、説教から解放されると安堵して、ヴィンセントの説教を聞きながらミナなりに反省した。


 何とかヴィンセントに部屋から出て行ってもらって、着替えを済ませリビングに行くと、ヴィンセントはソファに座って映画を見ていた。何の映画を見ているのか、ヴィンセントの趣味に興味が湧いて背後から覗いてみると、昔のヨーロッパの戦争のシーンだった。見たことがある。ベートーヴェンの映画の序盤だ。ミナもこの映画は結構好きだが、戦争のシーンはなんだか妙にリアルで、とても悲しい。と言ってもミナは戦争を経験したことはないから、戦争のリアルなど知らないが。

「着替えが済んだなら飯を持って来い」

 急に話しかけられてビクッとして、「はい! ただいま!」と反射的に返すと「中々従順になってきたではないか」と、なんだかご満悦だ。機嫌がいいならそれに越したことはない。


 今日もトレイにパックを3つとストローを乗せて、ヴィンセントの許へ運ぶ。ヴィンセントはその一つを手に取りストローを指して、ミナに突き付けてきた。

「飲め。そろそろ腹が減ってくる頃だろう。力を使わずとも生きているだけで生命力は消費されるのだからな。昨夜お前が急に眠くなったのもそのせいだ」

 言われてみると確かに、少し気怠い感じがした。例えるなら、仕事が終わって疲れて、血糖値が足りていないような倦怠感。


「そのまま捨て置けば何れ人を襲う。正真正銘ただの化け物に成り下がるが、お前はそれでいいのか」

 ザワッと心が波打ち、激しく拒絶する。ただの化け物になどなりたくはない。恐る恐るパックに手を伸ばす。受け取ったのはいいものの、どうしても心が拒絶する。でも、体はこの血液に吸い寄せられそうだ。

 強い渇望。これを飲めば至上の恍惚が得られる期待。心と体が激しく葛藤する。


パックを持ったまま固まっていると、急にそれをヴィンセントに取り上げられた。驚いて顔を上げると、ヴィンセントが膝の上にまたがってきた。びっくりして固まっているミナに、ヴィンセントが言った。

「そんなに輸血用血液が気に入らないのなら私の血を飲ませてやってもいい」 

 そう言って首筋を露わにする。

「私もお前と同じ生き物なのだから抵抗は少ないだろう。飲め」


 余計に抵抗感を感じたので、やんわり遠慮して断り、ヴィンセントの手から輸血パックを再度強奪して素直に呑んだ。それはそれでヴィンセントには腹が立ったようだが、目の前で血を飲んだので、それ自体には安心してくれたらしく、大人しく退いてくれた。


 一応ミナも、ヴィンセントのお説教を聞いてミナなりに反省したのだ。いつまでもヴィンセントに心配や迷惑をかける気にはなれないし、風呂場で昏睡するなど、自分だって金輪際御免だ。誰彼かまわず人を襲うような化物になりたくもないし、それに比べれば輸血用血液は幾分も我慢できる。いくらなんでも、ヴィンセントに噛みつくなど恐れ多いが。

「私の血を飲めばお前は本物の眷愛隷属に、本物の吸血鬼になることができるのだがな」

 改めて血を飲み終えたらしいヴィンセントが言った。

「眷愛隷属ってなんですか?」

「そのくらい辞書で調べろ」

「えぇ……。本物って? 私は偽物なんですか?」

「私の血族に偽物などいるものか」

「え、えぇ?」

 さっぱり意味が分からない。


首を傾げていると、ヴィンセントに血液の味を尋ねられた。と同時に、驚くほど平気でジュースの様に味わっている自分に気が付いて、二重に驚いた。

「そういえば、コレ血の味しないんですけど!」

「そうか? こういうものではないか」

「イヤイヤイヤ!」


 ヴィンセントは500年以上主食が血液だったので、本来の味など忘れてしまったようだ。明らかにミナが口にするものは血液だが、知っているような鉄臭さやしょっぱいえぐさなど微塵も感じない。それどころか血はワインに例えられるように、それ以上に甘美で芳醇な味わいがした。人間の頃は鉄の味しかしなかった血液が、吸血鬼にはこれほどの美味。血を飲んで美味しいと感じる日が来るとは思わなかった。


 改めてその現状に感嘆し、なるほど吸血鬼は血を飲むはずだと納得していると、ヴィンセントが目の前に手を差し出した。掌にはわずかに切り傷が出来ていて、そこから見る間に泉のように血液が溢れ出てきた。

「飲んでおけ」

 本物の吸血鬼のくだりのようだ。この状態で飲めと言われても、ヴィンセントの掌から啜って飲まなければいけないのか。


躊躇して狼狽えていると、ヴィンセントが溜息を吐いたと思ったらいきなり顎を掴まれた。掴まれた顎関節の隙間に指が差し込まれて、口を閉じようとも閉じることが出来ない。

「あがが、あんえふか!」

「開けておけ」

 と言われたと思ったら、血が溜った掌を口に押し当てられて、一先ずその血液が口の中に入ってきた。口を塞いだことをヴィンセントが確認した途端、更に血液が流れ込んできて、ミナはなかばむせそうになりながら、必死にそれを飲んだ。


ようやく血が止まって、ヴィンセントが手を離してくれたので、涙目になりながら睨んだ。

「けほ、けほ、なにするんですかぁ」

「飲ませてやったんだろうが」

「もっとこう、グラスに入れるとかしてくれたら、自分で飲みますから……」

 無理やり液体を大量に摂取させられるのは、イジメや拷問に近い光景だ。それもあながち間違いでもないらしく、何やらヴィンセントはご機嫌である。ニヤニヤ笑っているのが憎らしいと言ったらない。


「これでお前も一人前の吸血鬼だ。これでお前も本物の眷愛隷属だ」

 そう言ってヴィンセントはミナの頭を撫でてくれた。ヴィンセントに喜ばれるのは素直に嬉しいし、普段のヴィンセントの様子を考えると、やはりご機嫌ならそれに越したことはないので、一応礼を言っておいた。勿論、若干癪ではあるが。


 ヴィンセントはさっさと映画を見始めてしまって、そんなヴィンセントの姿を横目で見ながら、コッソリ撫でてもらった頭に触れた。すると何やらベトベトしていた。不審に思ってベトベトが付着した手を見ると、掌に付着していたのは、ヴィンセントの血液と自分のヨダレだった。

(手ェ拭いただけかい!)

 ガックリと肩を落として、少し泣いた。


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