6-1 人間なめててすいませんでした
ミナが連れ去られてから1週間程経った。この間にクリシュナの所の部下ともそこそこ仲良くなれた。一番仲良くなったのは、ミナの付き人になってくれたレミという少年だ。
「ミナさん、ご飯ですよ」
ステンレスのデキャンタと、ガラスのグラス。それらを持ってきたレミはテーブルに置くと、デキャンタからグラスへと血液を注ぐ。その仕草は子供とは思えない程洗練されていて、レミが美少年なのも相まって思わず見とれるほどだ。
レミは10歳の少年で、とびきり可愛い。金髪のくせっ毛で、紫色の瞳、愛らしい唇。初めて見た時は壁画の天使かと思った。
少年は名前をレミ・ヴァルブランと言って、元はフランス人らしい。まだ子供なのでアンジェロ達が色々と教育を施していて、上述の洗練された礼儀作法も教育の賜物のようだ。
レミがミナの付き人になったのは、クリシュナの所にいるのが男盛りの男ばかりで、レミが一番ミナにとって気が楽だろうという配慮らしかった。
「レミもお勉強とか忙しいでしょ? 私のせいで仕事増やしちゃって大丈夫?」
尋ねるとレミはこれでもかと可愛い顔で微笑む。
「大丈夫です。最初にクソオ……いえ、主任に話を貰った時は驚きましたけど、ミナさんはお優しいですし」
ちなみに主任というのはアンジェロの役職だ。それにしてもクソオ……とはなんだろうか。気になる。
「クソオ……ってなに?」
我慢できずに尋ねると、レミは周囲を窺うように少しキョロキョロして、迷ったようにしたが、ミナに近づいて耳打ちをした。
「内緒ですよ?」
「うん」
「主任ですよ、僕は心の中でクソオヤジって呼んでるんです。わかるでしょ?」
思わず吹き出して爆笑してしまった。レミは天使の見た目に反して中身は腹黒なのである。こういうところもある意味萌えポイントだ。
アンジェロがクソオヤジ呼ばわりされるのも頷ける。アンジェロが他の部下と会話しているのを見たことがあるが、基本ワンマンだし、怒らせると無茶苦茶だし、説教が始まると長い長い。
昔居酒屋でアルバイトをしていた時、延々と部下にくだを巻く酔っ払い上司がいたが、まさにあんな感じだ。
「まぁクソオヤジには違いありませんが、主任は面倒見はいいですし、すっごーく仕事ができるので、その点は尊敬していますけどね」
それはクリシュナを見ているとわかる。クリシュナは時々「暇だー」と言っているが、クリシュナが暇なのはアンジェロを筆頭にした部下が完璧以上の仕事をしてくるので、クリシュナが手間取ることがないのだ。
しかも失敗自体が少ないので、管理職の本分である、責任を取るという仕事はほとんど回ってこない。クリシュナの仕事と言えば報連相と書類にサインすること、予算の折衝及び上のご機嫌取りくらいだ。
この建物は一見するとただのオフィスビルのように見えるが、中はかなり高度なシステムを使ったものらしい。どう高度なのかというと、物理的にもIT的にもセキュリティは最高峰。あくまで軍事施設なので、この位は当たり前とのこと。
そしてここはクリシュナを初めとして、SMARTのメンバーの住居でもある。軍人が寮生活なのは万国共通のようだ。
ここで暮らしているのは、SMARTのボス、つまり課長がクリシュナ。主任がアンジェロ。アンジェロの補佐役がクリスティアーノ、あとはレオナルド、ジョヴァンニ、レミの6人で、レミ以外は全員が戦闘員として毎日鍛錬を行っている。
先日はアンジェロとジョヴァンニが銃の訓練をするというので、地下の射撃場を見学させてもらった。システムはありきたりな、動く人形を撃つという物。ただ、その人形の動きが普通の物とは数段違って、恐らく100キロ以上のスピードで動いている。しかも一体ではなく複数だ。
人形とはいえどうだろうかと思いながら見ていると、アンジェロはホルスターから2丁の銃を取り出し、高速で動く人形をロクに見もせずにあっさりと撃ち抜いた。しかも全部が心臓を撃ち抜かれている。これにはミナも度肝を抜かれた。
続いてジョヴァンニの番だ。ジョヴァンニはアンジェロ達と比べるとまだ若く、顔に幼さが残っている。
「俺は主任みたく名人じゃないから」
ということで、ジョヴァンニの銃は一つだ。アンジェロほど的確ではないにしても、全部の人形を撃ち抜いた。どう考えてもこの若さで、このスピードについて行ける時点で人間離れしていると思うが、お手本となるアンジェロが化け物じみているので、どうもジョヴァンニは謙遜している。
「いや、ジョヴァンニも十分すごいと思うよ? 私も何度か撃たれたことあるけど、アレ普通の人じゃ意外と当たらないものだよ」
「んー、そうかもしれないけど、俺達は仕事上、普通ではいられないしなぁ。やっぱりいつかは主任みたいになりたいな」
レミによると、ジョヴァンニはアンジェロに憧れているらしい。
「何故かジョヴァンニは主任の事を、優しいお兄さんだと思っているんです。僕には不思議でなりません」
とはレミの言だ。ミナにも不思議だ。
今度はクリスティアーノの訓練を見学だ。彼は軍隊格闘と剣術の使い手らしい。ミナも学生時代に剣道をしていたので、折角だからと訓練に混ぜてもらった。
クリスティアーノは当然剣道ではなく、基本形はフェンシングのようだ。ミナの使う剣道は道場剣法とはいえ、本来一刀で敵を斬り伏せるものだ。しかしクリスティアーノの繰り出す斬撃は攪乱や陽動を巧みに使ったもので、ただでさえ単純思考のミナは相当苦戦させられた。しかも鍛えているだけあって、驚いたことにクリスティアーノはミナのスピードになんとかついてこれるのである。
ミナと戦えるレベルならハッキリ言ってオリンピックで金メダルも摂れると思うが、本人はあくまで戦闘のため、仕事の為に行っているのであって、スポーツとは違うのだと笑っていた。
「でもクリス、本当にすごいよ。何歳からやってたの?」
訓練が終わった後に尋ねると、クリスティアーノは半笑いで答えた。
「何歳だったかなぁ。7,8歳くらいか」
「親の影響?」
「まぁそんなもんだな。こんだけ長くやってりゃ、巧くもなるだろ」
確かにそうなのだが、巧くなるにしても限界はあると思う。やっぱりクリスティアーノも人間離れしている。
続いてレオナルドの訓練を拝見したかったのだが、どうやら彼の訓練は室内では難しいらしい。というのも、レオナルドの得意分野は長距離の狙撃だからだ。
外出することが出来ないミナなので、レオナルドには断られてしまったが、なんとかお願いしてみると、渋々と言った感じで部屋に招かれた。
レオナルドは窓を開けると、ある一点を指さした。
「あそこに空き缶あるの見える?」
「え、どこ?」
「ほら、今青い車が停まってる、傍に紫色の服着たおばあちゃんが立ってる」
「えぇ?」
近くにそんな風景は見当たらない。まさかと思いつつ、見る範囲を拡大していくと、ようやく見つけた。
「うそ、あれ?」
「そう。アレ狙うから、静かにね」
なんとか頷いたものの、レオナルドが狙おうとしている空き缶は1kmは離れている。その距離の空き缶を目視できるレオナルドの視力にも驚かされたが、驚くのはまだ早かった。
レオナルドが握っているのは、セミオートの狙撃銃。連続発射性能、高い精度を併せ持ち、狙撃ライフルの最高峰と言われている。それを純銀製NATO弾装填用に改造した銃“ウェーヴァー”。
ウェーヴァーというのは、どうも「魔弾の射手」の作者、カール・マリア・フォン・ウェーヴァーから来ているようだ。
照準器の向こう側では、空き缶の前を幾人もの人が通りすがっている。傍の車の横では人を待っているのかおばあさんがウロウロしているし、狙撃が失敗すれば怪我人が出ることは必至だ。
一瞬、レオナルドの周りの空気が引き締まって、その瞬間銃弾が発射された。銃弾は一直線に空き缶に向かっていき、通りすがる人の足の間をすり抜け、着弾した瞬間に空き缶は弾き飛ばされた。誰も怪我をすることなく、近くで金属音が鳴ったことに気付いたおばあさんが不思議そうに首をかしげるだけだった。
「すっごーい!」
ミナは思わず鳥肌が立って、自分の腕を抱きながらレオナルドを賞賛した。レオナルドは照準器から目を離すと、ふぅと一息ついて、ミナを見てヘラヘラチャラチャラと笑った。
「え、俺スゴイ? スゴイ? マジで?」
前情報として聞いてはいたが、やはりこのレオナルドは残念だ。レオナルドは普段からヘラヘラチャラチャラしたチャラ男なのだが、仕事中だけ寡黙な男に人格が変わるらしいのだ。
確かに先程までのレオナルドは非常に落ち着きがあって、見様によってはカッコよかった。
「カッコよかった? 課長から俺に乗り換える?」
でも基本の中身がこれだと思うと残念極まりない。
そんなこんなで親交を深めた事を思い出しながら、レミから注いでもらった血を飲み干す。どうやって調達しているのか知らないが、ここの血液は色々な血液型がブレンドされているのだ。血液のちゃんぽんも、まぁアリだ。
ここの住人、SMARTのメンバーは化け物揃いだ。一体どんな訓練を受けてきたのか知らないが、戦闘員は超一流。
(こんなスゴイ人達を部下に持ってるなんてスゴイなぁ。どこからスカウトしてきたんだろ)
そんな事を考えていたら、ノックもなくドアが開いた。どうせアンジェロだ。
女の子の部屋なのにと思いつつドアを見ると、やっぱりアンジェロだ。アンジェロは両手に大量の紙袋を抱えていた。
「もう、ノック位しようよ?」
「うるせぇバカ。ほらよ、課長からプレゼントだ」
言うが早いかアンジェロはミナに向かって紙袋を放り投げた。なんとかキャッチして一応文句を垂れつつ紙袋を覗いてみると、紙袋の中には洋服が詰まっていた。
急に連れてこられたので衣類も何も持ってきていなかったのだ。クリシュナが気をきかせてくれたようだ。しかし、どうせならクリシュナにプレゼントされたかったものである。そうしたら折角のプレゼントをブン投げられることもなかった。
「残念だろーが課長は今日は本部に出向いてる」
察したらしいアンジェロが教えてくれたが、ちょっとさみしいなと思う。それに気付いてか、レミがミナに微笑んだ。
「じゃぁミナさん、僕今日はミナさんのお部屋で勉強してもいいですか?」
ミナが淋しいと思って気を使ってくれたのだろう。レミも腹黒いところはあるが優しい少年だ。嬉しくなって頷くと、アンジェロが溜息を吐くのが聞こえた。
「はぁ? じゃぁ俺もここに来なきゃいけねぇじゃねーか」
そういえばレミの教育係はアンジェロだった。さすがにアンジェロにわざわざミナの部屋に来てもらうのは悪い気がする。そして少し嫌だ。
「あ、えっと、レミ。いいよ、私一人で平気だよ」
遠慮してそう言うと、レミは少し中空を仰いだ後、思いついたようにミナに向いた。
「じゃぁミナさんも主任の部屋に一緒にいきましょう? 主任、いいでしょ?」
アンジェロは相変わらずの無表情で「邪魔しなきゃ別にいい」と言ってくれたので、この日はレミのお勉強(アンジェロのスパルタ教育)を眺めて過ごした。
ちなみにレミが習っていた内容は、ミナには到底理解できないレベルの難易度の高い数学だった。
(ここの人たち本当になんなのー!?)
今までちょっと人間をナメていたが、認識を改めざるを得ない出会いである。
【登場人物紹介】
■ジョヴァンニ・ヴィトゲンシュタイン
コードネーム:レッドクリフ
まだSMARTに入隊したばかりの18歳。アンジェロに銃を師事している。結界師。
まだ若く青臭さが残っていて、時々情緒的になりやすい、ナイーブな青年。
なのになぜかアンジェロに憧れるという謎の願望がある。
■レミ・ヴァルブラン
コードネーム:ダ・ヴィンチ
10歳のフランス人の少年。ミナの付き人となる。
普段は勉強をしたりパソコンをいじくったりして過ごしている。
壁画の天使のような美貌でミナが将来を嘱望している。
そして自分がイケメンだということをしっかりと自覚している。腹黒い。
教育係のアンジェロがウザいので嫌い。




