5-10 伝説の彼女
ところで、とアンジェロが話題を変えた。
「彼女は何者です?」
その質問にクリシュナは吸血鬼だと答えてくれたが、そのくらいは予想がつく。知りたいのはもっと彼女に踏み込んだことだ。
なにせわざわざ連れて来て軟禁しようとまでするのだ。アンジェロの知る上司はそこまでキチガイじみてはいない。だとすると、彼女に何か理由があるのだ。
アンジェロの意図を察したようで、クリシュナが笑った。
「彼女は、"伯爵"の眷属だよ」
それを聞いた瞬間、普段やる気のなさそうな無表情を崩さないアンジェロが、
思い切り驚愕し、絶句した。
「不死王」「吸血鬼の頂点」「最強の吸血鬼」「伯爵」ヴィンセント・ドラクレスティ。
彼がこの世に存在する、それだけでも十分な驚きだと言うのに、更に眷属まで現れて、更に更に上司の恋人で、今この建物の中にいる。
ヴィンセントは最強の吸血鬼として、その筋の者には有名人であるが、彼の足跡は100年前のイギリスを最後に途絶えていて、その時重傷だったこともあり、死んだのではないかと囁かれていた。
それがまさか生きていて、100年後に眷属連れで現れるなど、誰が予想できよう。
「まさか、実在するとは……」
ようやく落ち着きを取り戻したアンジェロが呟くと、クリシュナはクスクスと笑った。
「昔から話していたじゃないか」
夢物語のように聞かされていた。まさか実話だったとは。
アンジェロが落ち着きを取り戻すと、ようやく思考も追いついてきた。ヴィンセントは伝説級の存在とはいえ、SMARTでは「SSS」クラスの討伐対象だ。その眷属であるミナだって、当然討伐対象で、かなり高位の吸血鬼として 認定されるだろう。
そう考えると疑問だ。
「何故彼女をここに?」
恋人なら逃してやることもできるし、討伐が目的ならば、妻として丁重に扱う必要はない。
アンジェロの質問に、クリシュナはやはり微笑んだ。
「彼女は僕を愛しているし、僕に取っても彼女は不可欠なんだよ。少なくとも、伯爵のそばにミナを置いておきたくはない」
そう思うくらいにはね、とクリシュナが笑いかけると、アンジェロはハッとして足を止めた。
「まさか、彼女は……」
呟くように言ったアンジェロにもう一度微笑んで、クリシュナはミナのいる自分のオフィスを見やった。
「彼女は大切な女性だ。この世界で何よりも。この僕のーー」
クリシュナはグッと拳を握りしめ、瞳に強い意志を宿す。
「僕の、100年の呪いを解けるのは、彼女だけなんだ。だから、ミナは大事に軟禁してくれよ」
クリシュナの言葉を聞き、彼の瞳に宿る強い意志に共鳴するように、アンジェロは姿勢を正し、「仰せのままに」と礼をとった。




