5-7 ミナは僕のもの
翌日はみんなで観光に出かけた。クリシュナと二人きりも十分に楽しいが、やっぱり大人数で賑やかなのも、また別の楽しさがあっていい。ミナたちはクリシュナをあちこちに引っ張りまわして、存分に観光を楽しんだ。
深夜になるとクリシュナは用事があるからと去ろうとしたが、クライドとボニーが引き留める。クリシュナの夜のお仕事はミナとクリシュナだけの秘密だから、ミナは公然と送り出すことも出来ず困った。そして以外にも、ヴィンセントもクリシュナを引き留めた。それでクリシュナは渋々断りの電話を入れて、ヴィンセント達に付き合ってくれている。
しばらくするとヴィンセントはクリシュナと二人で話すことがあると言って、クリシュナを引っ張って部屋に籠ってしまった。それを見てボニーとクライドと一緒になって文句を垂れた。
「もぉ。ヴィンセントさんって本当に自己中なんだから」
「クリシュナはみんなのクリシュナなのになー?」
「どんだけブラコンなのヴィンセントって」
その文句を聞いてメリッサはクスクスと笑っている。
「大事な話でもあるんじゃないかしら」
「大事な話?」
オウム返しにしたボニーにメリッサは微笑む。
「さぁ、わからないけど。兄弟でしかできない話もあるでしょう」
確かにミナも北都としか出来ない話はある。そう言われてみるとそう言う物かと、なんとなく納得してしまって、みんなクリシュナ争奪は諦めた。
その頃、ヴィンセントの部屋ではクリシュナが顔を強張らせていた。ヴィンセントの確信めいた質問に驚きが隠せなかった。その表情を今更取り繕っても遅いことはわかったので、なんとか溜息で平静を取り戻す。
「なぜ、お前が知ってるんだ?」
「心配するな。ミナは何も話していない」
ヴィンセントは飄々と答えて、そして思案する様にしながら続けた。
「なんだったか……イタリア陸軍不把握体・特殊機構体強硬……」
「イタリア陸軍不把握体・特殊機構体強硬対策特別執行部対特殊機構体特別捜査課特殊機構体急襲遊撃班、だよ。長いから略称のSMARTでいい」
「あぁ、それだ」
イタリア陸軍不把握体・特殊機構体強硬対策特別執行部対特殊機構体特別捜査課特殊機構体急襲遊撃班―以下SMARTーとは、クリシュナの所属する組織の名称だ。
ヴァチカンは表面上武力を持つことは許されていない。だからSMARTはイタリア陸軍の特殊部隊として設置され、ヴァチカンからの依頼で外からヴァチカンを守る勢力である。
彼らSMARTの仕事はその名の通り、特殊機構体急襲遊撃、つまり人間ではない生物を打ち滅ぼす為の組織である。ちなみに特殊機構体と不把握体の二つに大まかに分類されているが、不把握体の方は幽霊や悪魔など実体を伴わないもの、特殊機構体は実体を伴うものとして分類されている。
つまりクリシュナの夜の仕事は、化け物狩りだ。ヴィンセントはいい顔はしないだろうから、ミナには黙っていてほしいと頼んだ。しかしミナから聞いたわけではないという。ニヤニヤ微笑む弟が心底不気味だ。
だがヴィンセントにしてみれば不思議でもなんでもない。ミナの位置情報も思考も筒抜けなのだ。その事をミナ本人は時々忘れてしまって、今回も忘れているようだが、ヴィンセントがこんな重大な事を放っておくはずがない。
「私が何故知っているか、その事自体は重大な事ではない。それよりも、何故兄様がその組織に所属し、私達に隠していたのか。その事の方が遥かに重大だと思うがな」
「それは……」
クリシュナは答えに詰まる。視線を落として沈黙したクリシュナを見て、ヴィンセントは微笑んだ。
「隠していた理由は、私たちが兄様の仕事を快く思わないからか?」
確かにミナにはそう話した。それが全てではないが、それもある。クリシュナが頷くと、ヴィンセントはさらに続けた。
「所属したのは、地下の者を探し出す為か?」
「……そうだよ」
クリシュナは観念したように頷いて、ヴィンセントは満足したように一つ息を吐いた。
地下の者と呼ばれる吸血鬼の一族がいる。本流はノスフェラートと言う一族が分裂したものだ。クリシュナはノスフェラート一族の地上の者である。
地上の者は、自分を吸血鬼化した地下の者を憎み、殺すまで追い求め続けなければならない、そう言う呪いがかかっている。地上の者の地下の者への憎しみは、最早回心だとかそう言うレベルではなく、ほとんど本能的なものだ。なにがなんでも探し出し殺すまでは、自分が自分でいられない程のものだ。
そう言う前提があれば、確かにSMARTに所属するのは最も効率がいいだろう。そう考えれば納得する事は容易かった。
「そうか。ミナを連れていきたいか?」
その質問にクリシュナはまた驚かされた。
「どこまで知っているんだよ。僕に盗聴器でも仕掛けてるのか?」
「まさか。ミナが何か悩んでいるようだったのでな。ただの勘だ」
クリシュナは一つ溜息を吐いて、ヴィンセントを見返した。
「勿論連れていきたい。でも、ミナさんから返事は貰ってないけど」
「そうだろうな。無論、私も手放す気はない」
ヴィンセントの宣言に、クリシュナは怪訝そうに眉を寄せた。
「なぜ?」
「当然だ。ミナは私のたった一人の眷愛隷属。これまでの教育を無駄にしたくはない」
そう言われてみると、確かにそうだ。たった一人の愛弟子で、その技術と能力は門外不出。
だが、クリシュナも引けるわけではない。
「別に、今生の別れになるわけではないよ」
ヴィンセントは首を横に振った。
「いや、兄様はそのつもりだろう?」
そんなことはない、と、言いかえすことが出来ない。ヴィンセントの鋭い目から放たれる威圧感に、言葉が抑えつけられた。
何も言えない。だが引く事は出来ない。ならば、行動で示すのみ。
クリシュナはヴィンセントの前から姿を消すと、すぐにミナの前に姿を現した。「もう話は終わったんですか?」と見上げたミナを連れて、すぐにその場から消えた。
突然クリシュナが現れて、突然ミナと共に消えた。その様子を見ていた3人は呆然としていたが、すぐにヴィンセントが下りてきた。二人が消えた事と、何が起きたのかとボニーが尋ねると、ヴィンセントは「やはりな」と呟き、深く溜息を吐いて告げた。
「一旦インドに戻る」
そしてヴィンセントまで突然消えてしまって、いよいよ置いてけぼりの3人は大混乱に陥った。




