5-4 人が仕事をしている時にデートですかそうですか
ミナには今何が起きているのかわからなかった。
さっきまでクリシュナとデートを楽しんで、クリシュナが行きたい所があると言うので、彼の瞬間移動で一緒に来たら、実はクリシュナ、昼の顔は大学の教員、夜の顔はイタリア軍の軍人だと言うではないか。昼と夜と二足のわらじは大変そうだが、夜の仕事のほとんどは、部下から報告を受けてそれを更に上に報告するだけだから、夜はそんなに大した仕事はなく、それほど大変でもないらしい。国をまたいでの活動も、瞬間移動できるので移動に苦労はないし、実はダーツでイタリアを当てたのも、ミナ達がイタリアに来れば、これからも会えるから、と踏んでの事だったようだ。
「そう言う事なら、早く教えてくれたらよかったのに。どうして秘密にしていたんですか?」
ミナの質問に、クリシュナは眉を下げて微笑んだ。
「実は夜の仕事は、あんまり大きな声じゃ言えない内容なんですよ。特にヴィンセントはすごく嫌がりそうで。だから」
そう言ってクリシュナがミナの頬に触れて、息がかかりそうな距離に顔を近づけてきたのでなんだかドキドキする。
「僕とミナさん、二人だけの秘密」
ね、と促されたので頷くと、目を瞑ったクリシュナの顔が近づいてくる。ドキドキしながらミナも目を瞑った瞬間、ノックの音が響いたと思ったらドアが開いて、見知らぬ青年に銃を突きつけられているところである。
その見知らぬ青年は、ミナの自己紹介と観光目的であることを聞いても、なかなか銃を下ろしてくれない。それどころか、金髪の下の切れ長の、琥珀色の瞳が鋭く光り、感情の読めない無表情の中に、僅かに怒りを感じる。
「観光? 冗談も大概になさい。ここは関係者以外立ち入り禁止です。立ち入るなら死ぬ覚悟をしてきての事でしょう」
パッと見はスーツをきた普通のビジネスマンに見えるこの青年は、なんとなく本当に撃って来そうである。一体どう説明したらいいものか迷ってクリシュナを見上げると、クリシュナはやや面倒臭そうに青年を見返した。
「アンジェロ、お前は重ね重ね僕に失礼だね。とうとう上司に銃まで向けるようになるとは」
クリシュナの言葉を聞くと、アンジェロと呼ばれた青年はパチクリと瞬きをした。
「あれ、もしかして課長ですか」
「もしかしなくても課長だよ」
アンジェロは少し怪訝そうだったが、クリシュナが溜息を吐いているのを見ると、納得したように頷いて銃を仕舞った。
「なるほど、その心底呆れて軽蔑したような溜息の吐き方は課長ですね」
「どんな納得の仕方をしているんだよ」
「ですがその格好は何ですか」
「彼女の前ではこの姿でいたいんだ。「イタリア用」はまだ見せてないからね」
イタリア用の格好とはなんだろうか。仕事に適した格好をするのは普通の事だが、アンジェロが上司であるクリシュナに銃を向けたと言う事は、イタリア用と今は姿形から違うのだろうか。首をひねっていると、アンジェロと目があった。
「それで、観光目的のミナ・ナガクラさんでしたね。課長とはどのようなご関係ですか?」
質問を受けるとクリシュナはミナの頭をそっと肩に寄せて、ミナに優しく微笑んだ。
「観光デートするような関係だよ。僕の可愛い恋人」
少し恥ずかしかったが、一応アンジェロに「いつもお世話になってます」と挨拶を返すと、アンジェロも「こちらこそ」と返してくれた。しかし、アンジェロは腕組みをして唸る。
「まぁ、それはいいのですが、課長」
「なんだい?」
「ここは女子禁制ですが」
「秘密にしてよ」
クリシュナのお願いを聞いたアンジェロは、やっぱり無表情ではあったが、なぜか雰囲気に愉悦が混じってきだした。
「課長の為でしたら、秘密にしてあげる事もやぶさかではありません。えぇもちろん私も最新のパソコンが欲しいですとか、そう言う事を考えないわけではありませんが」
「分かったよパソコン買ってあげるから」
クリシュナはとてもとても深い溜息を吐いている。クリシュナの返事を聞くとアンジェロは満足そうにして、クリシュナの目の前に大量の書類を置くと、「パソコンはデスクトップがいいです」と言い残して部屋を去って行った。
なんだかキャラの濃い部下だなと思いながらドアを見つめていると、隣でクリシュナが溜息を吐いていた。
「アイツ、いい性格してるでしょ」
「……はい」
「あれ、僕の副官です」
あれが副官。あれが一番身近な部下。
「なんか、大変そうですね」
「正直仕事よりも、アイツの相手をするのが大変です……」
もしかして昨日クリシュナが疲れた様子だったのは、アンジェロのせいなのではないか、そんな気がした。




