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不死王の愛弟子  作者: 時任雪緒
4 インド編
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4-9 俺の庭を荒らす奴は許さない

 あれからしばらくして、クライドは盗賊団や別のマフィアなんかと交流するようになったらしい。その中にはスレシュファミリーの生き残りもいて、今は別の組織に身を置いていたりして、そう言う人たちと遊びがてら情報を持ってくる。ちなみに最近はボニーも一緒に行っている。しかし、その情報からは特に収穫は得られていない。クライドが絡んだりつるんだりしている「その筋の人」達は、屋敷を襲撃するつもりもなければ、そんな噂を聞いたこともないらしい。しばらく様子見をする必要はあるが、どうやらスレシュファミリーの残党説はシロと言う事になりそうだ。

 かといって、ヴィンセントによると未だに監視は続けられているようだから、警戒は怠れない。これだけ慎重に監視していると言う事は、もしかするとマフィアを崩壊させた危険な組織として目を付けた、インドの国家権力である可能性だってあるのだ。それに、以前のテロ事件のお仲間のテロ組織の可能性だってある。テロ組織は普通のマフィアたちとは活動範囲から何から違う。意外にお偉いさんと繋がっていたり、元々高い地位にいる人間がドロップアウトしている場合もあるので、そう言う事も考えると、現時点では情報不足が否めない。それも、備えあれば憂いなし。最近は単独行動をすることはほとんどなく、クライドはボニーといつも一緒だし、ヴィンセントは放っておいても大丈夫そうだがメリッサと一緒だし、ミナも出かける時はデートついでにクリシュナに一緒にいてもらう。もちろん、屋敷に出入りしているせいでエゼキエル一家に何かあってはいけないので、クライドには毎夜、情報収集の後エゼキエル家を見張ってもらっている。


 そんなある日の事、クリシュナが映画に誘ってくれた。ジャイサルの為に子ども向けの映画を見に行くので、ミナも一緒にどうかという事だった。二つ返事で了承して、最近覚えた運転でエゼキエル家まで迎えに行った。ちなみにミナは運転覚えたてであちこちぶつけてしまいそうなので、とてもではないが高級車を乗り回す気になれず、大衆車に乗っている。クリシュナに屋敷に来てもらってもよかったが、一緒に乗ってくるジャイサルにスラムや危険な街を見せたくなかったので、ミナがお迎えに行った。その足で街で一番大きな映画館へ行くと、アニメの大きなポスターをみて大はしゃぎするジャイサルが、一生懸命クリシュナとミナの手を引っ張って走ろうとする。その様子に微笑みながら、ジャイサルのジュースとポップコーンを買ってから映画館に入った。

 映画が終わった後もジャイサルは大興奮で、特典で貰ったフィギュアで遊びながら、一緒に見たと言うのに、映画の面白かった点やカッコよかった点を報告してくれる。可愛い。

(私とクリシュナ、夫婦みたいにみえてるかな? 子どもがいると、なんか幸せ感倍増だなぁ)

 そんな事を思いながら、クリシュナとジャイサルとお喋りをして微笑んだ。


 少しすると、ジャイサルはトイレに行きたいと言い出した。大きな映画館は少しトイレも遠くて、ジャイサルが一人で行けるはずがない。クリシュナが連れて行っている間に、ミナは近くのテーブルを見つけ、そこに腰を下ろして時間を潰すことにした。ぼーっと客並を見ていると、知らない人に話しかけられた。なんのことはない、自分の知り合いに似ていたので話しかけたが、人違いだったというだけだ。今がこの状況下なので少し緊張したが、何でもない事にホッと息を吐いた。またボーっとしながらしばらく待っていたが、気付くと15分は過ぎている。いくら子どものトイレが長いからと言って、こんなに長いはずはない。

(もしかして、あの二人に何かあったの!?)

 クリシュナはともかく、子どものジャイサルまで巻き込まれてしまったら、そう思うといてもたってもいられず、ミナは席を立った。


 トイレから戻る途中にグッズショップがあって、ジャイサルが覗きたいと言ったので、思ったより時間がかかってしまった。

「ミナさん、ごめんね。お待たせ……あれ?」

 クリシュナがミナと別れた場所に戻っても、ミナの姿はない。周囲を見回してみても、ミナは見当たらない。ミナの携帯電話にかけてみても、映画館からそのままにしているのか、電源が入っていない。

「おねーちゃん、どこいったの?」

「どこだろうね?」

 しばらくジャイサルを肩車して探し回ったが見つけられない。迷子のアナウンスまでかけてもらったがミナはこない。映画を観終わって二時間経っているし、クリシュナも屋敷の状況は知っているから、流石に表情が険しくなっていく。しかし、子どものジャイサルはハシャギ疲れたのか、クリシュナの腕の中で船をこぎ始めた。これは一人ではどうにもならないと考えて、クリシュナはヴィンセントに電話を掛けた。


 事情を聞いたヴィンセントは、「なんだと?」と動揺しつつも、ミナの声に耳を傾ける。しかし、何も聞こえないし、ミナの居場所もわからない。かといって殺される様な事にはなっていないはずだ。さすがにミナが死ねば、主であるヴィンセントにはわかるはずだ。

「どうやら、意識はないようだな……」

「じゃぁ、誰かに連れ去られたってことかい?」

「恐らく」

 答えを聞いてしばらく逡巡したクリシュナは、一旦家にジャイサルを送り届けてから、すぐ屋敷に向かうと伝えた。しかし、それにはヴィンセントが反対した。

「兄様の家の人間に被害があってはかなわん。兄様は家族の傍にいた方がいい」

「でも、ミナさんは僕の恋人だ。彼女を助けたい」

 電話口でヴィンセントが溜息を吐くのが聞こえて「わかった、兄様の家にはボニーとクライドをやる」と返事が来たので、家に帰ってジャイサルを嫁のアニカにまかせ、すぐに屋敷へと向かった。


 状況を聞いたヴィンセントとメリッサは唸る。

「何か痕跡は残っていなかった? 引きずられた跡とか、目撃していた人はいない?」

 メリッサの問いにクリシュナは首を横に振った。ミナがいたであろう付近の店には全部聞いて回ったのだ。もしかしたら自分達が遅いから迎えに来たのだろうと考えて、トイレまでの間にある店にも聞いてみた。だが、映画館のスタッフが、外のテーブルにずっと座っていた女性が、気付いたらいなくなっていたと話しただけで、ミナの足跡は全く分からなかった。

「ミナの匂いは辿れたか?」

「いや、色んな香水が混ざった匂いが強くて、無理だったよ……」

 でも、とクリシュナはヴィンセントを見つめ返した。

「薬品の匂いがしたんだ。多分、ドロペリドールかな」

「ドロペリドール?」

 首を傾げたメリッサに頷いた。

「全身麻酔薬だよ」

「麻酔か……厄介だな」

 ヴァンパイアの一族は、薬品や毒に強くない。恐らく人間よりも耐性は低いとヴィンセントは考えている。それは彼らが血液を主なエネルギー源にしており、排泄もしない程余すことなくすべて吸収してしまう。排泄をしないということは、生体に有害な物質を分解することが出来ないということだ。だから、必要以上に薬効が奏効してしまったり、毒が効きすぎてしまったり、とにかく薬物は毒にしかならないのだ。ヴァンパイアは並の人間より強く超能力なんかも使えるが、毒が弱点だと知られてしまえば、ヴィンセントとてどうなるかわからない。

 ミナはまだ意識が戻らない。電話もつながらないまま。どこにいるのかも、敵が誰なのかもわからない。監視カメラにも写らない存在だし、警察に訴えたところで、自分達の身元が保証できない。しばらく考えて、ヴィンセントは顔を上げた。

「ミナが意識を取り戻すまで、私はここで待つ」

「でもっ……」

 その言葉に反論したそうにしたメリッサだったが、今はどうにも動けないことはわかったようで、口をつぐんだ。

「ミナが意識を取り戻したら、どこにいるか私にはわかる。わかったらすぐに助けに行く」

 その話を聞いて、少し考え込んだクリシュナが顔を上げた。

「悪いけど僕はじっとしていられない。もう一度映画館で聞き込みをしてくる」

「私も行くわ」

 気が急いたようで、頷いた二人はすぐに立ち上がった。

「分かった。私はここで待つ。兄様とメリッサも気をつけろ」

「ええ」

「わかった」

 返事をすると二人は屋敷から出て行った。それを見送って、ヴィンセントは顔の前で手を組み深く息を吐く。

(ミナ、ミナ)

 呼びかけても返事はない。一体どこにいるのか、今どうしているのか。あの二人の不安はヴィンセントにだってわかる。本当は気が気ではなくて何か動きたい。だが今は敵方から何のアクションもなく、今ヴィンセントまで動き出すことは得策とは思えなかった。




 屋敷の庭師フリティックは、今日も造園に精を出していた。元々綺麗な庭だったが、自分の育てた植物が芽を出して、豊かに花開いていくのは感慨深い。フリティックは庭師と言う仕事をとても気に入っていた。

 昨日から屋敷の主たちが何やら深刻そうにしていると言うのはレヴィから聞いていたが、彼はそれよりも目の前の仕事に夢中だった。フリティックが丹精込めて作り上げた庭は、ミナやメリッサもよく褒めてくれる。二人の笑顔を思い出しながら、フリティックはまた作業に精を出す。

 そうしていると、突然車の音と共に鉄門扉が軋む音と、激しい金属音が響いた。鉄門扉を打ち破り、屋敷のロータリーを暴走し、フリティック自慢の庭を荒す黒いバンに、フリティックは怒り心頭になって立ち上がった。

「テメェ何しやがるんだぁぁ!」

 とクワを振り回しながら、玄関前で停車したバンに駆け寄って行ったが、フリティックが車に追いつくころには、車は再度動き出してすぐに屋敷の庭から出て行ってしまった。車が出て行くのを舌打ちしながら睨んで、「何だったんだ……腹立つ」と呟きながら玄関に視線を戻すと、玄関の前に何かが転がっている。何だろうと思いながら、近づいて覗き込む。

「う、うわぁぁぁぁ!」

 それを見た瞬間、フリティックはクワを放り投げ、腰を抜かしてその場に座り込んだ。そこには、先程思い浮かべた人と同人物とは思えないほど、全身に酷い傷を負ったミナが横たわっていた。

登場人物紹介


【フリティック・アデラ】

スラムドッグ盗賊団の元鍵師。手先の器用さを見込まれて庭師や家具の補修などを行っている。

こういう仕事をした事はなかったが、庭師と言う仕事に生きがいを覚えていて毎日イキイキしている。

庭を褒められるのは大好きだが、庭を少しでもけなされたり荒されると本性が出る。

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